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3-1.戦闘外傷救護

前話のあらすじ:最初、想定していた状況と、大きく乖離した現在の状況について認識を合わせたお話でした。あとミア姉からアキへの手紙が届きました。


さて、今回から第三章。魔術を学ぶため、国を出る準備を始めます。

昨日、皆で状況を確認して、今後のことを話し合ったことで、過ごし方が大きくかわった。

といっても、午前二コマ、午後一コマの学ぶ時間という大きな枠は変わらない。


変わったのは内容と講師役だ。

ロングヒルという、海を渡った先にあるという他の国に行くために、一カ月程度で準備を終えなくてはならない。

ちょうどその頃に出航する船があるので、そこに同乗させて貰うことになるという話だ。


まずは一週間程度したら、妖精さんを召喚。その後、妖精さんは、子守妖精としての職業訓練を受ける。


僕はといえば、ロングヒルに行くための『必要最低限』の技能を習得しなくちゃならないそうだ。

具体的には、護衛人形と一緒に身を守ったり、野山を逃走しつつ水や食料を確保できないといけない。海に落ちた場合に備えて着衣泳法もやるそうで、せめて三十分は浮いていられるようにとのこと。


そのため、母さんからは主に戦闘外傷救護の方法を、父さんからは野山を移動する術を、リア姉からは無色透明の魔力属性の注意点や活用方法を学ぶことになった。


ジョージさんも言っていたけど、生きる術を教えるのは親の、家族の義務であり権利でもある。

三人とも、あと一カ月しかないけど、新米家族らしく頑張ろうと言ってくれた。


ちょっとくすぐったい気持ちになった。





 以前、ケイティさんが講義をしていた時間は、母、つまりアヤさんから、戦闘外傷救護について学ぶことになった。


「講義中はアヤ先生と言うように。刃物も扱うから意識はちゃんと切り替えてね」


 引き締まった表情は、落ち着いているのに有無を言わせぬ迫力があって、自然と背筋が伸びる。


「はい。それで、アヤ先生、質問があります」


「何かしら?」


「戦闘外傷救護って、応急手当のことですか?」


「応急手当は、怪我や病気になった時に行う救命行為でだけど、戦闘外傷救護は射られた、斬られた、爆発に巻き込まれたといった戦闘時の外傷を対象とした緊急救護活動のことになるわね」


「銃撃は無効化されるとして、爆発というと火薬ですか?」


「火薬式、魔術式、その併用と方式は様々ね。至近距離で爆発に巻き込まれたら、耐弾障壁も破られる可能性があると覚えておいて」


 即席爆弾(IED)による攻撃の脅威かぁ……。なんとも物騒だ。


「はい。それで戦闘外傷救護を学ぶのは、こちらでも時間を稼ぐため?」


「あちらと同じね。救護兵がいる後方に運ぶ前に死なないように、前線にいる兵が、怪我を負った兵自身が一次治療を行うことが大切なの。傷ついた部位にもよるけど、始めの数十秒が生死を分けることもあるわ」


「それだけ時間が短いと確かに自分自身で処置しないと間に合いませんね」


 よく映画とかだと、怪我人が出ると、『衛生兵(メディック)!』と呼んだりするけど、実際には前線に衛生兵(メディック)がいることなんてないそうだ。部隊の数%つまり、せいぜい数十人に一人くらいしかいないのだから、銃弾が飛び交う地域に彼らを待機させる訳がない。


「では、重要性を理解したところで、まずは血に慣れましょうか」


籠に入っているのは鶏だ。


「これは……」


「あちらでは、鶏を自分で締めたり、捌いたりもしないのでしょう? だから、まず、動物の生死、出血、鶏の死体が、鶏肉に変わるまでを経験することで、少し慣れて貰うわ。鶏肉はお昼ご飯に使うから、手早くやるからね」


自分の運命を悟っているのか、鶏の目が絶望に満ちているように見える。


籠から出した鶏は温かくて、今から屠殺するというのが、どこか現実味がないように思えた。


足を縛って、逆さに吊るして十分間。教わった首筋の頚動脈に刃を入れると、ポタポタと心臓の拍動に合わせて血が流れていき、しばらくしたらコップ一杯ほどの血が受け皿に溜まった。


まだ温かいけど、この鶏はもう死んでいる。さほど苦しまないように屠殺できたのは良かったけど、さっきまで生きていた動物が死んでいるのを見ると、少し苦しい気持ちになった。


「次は羽を抜く前処理ね」


母さんに促されて、たっぷりの熱湯が入った鍋に鶏を入れて二分ほど、取り出したらビニール袋にいれて十分ほど蒸らす。


毛穴が開いたおかげで、羽を毟り取るのは思ったより簡単だった。といっても本数も多く、結構、時間がかかった。残った細かい羽毛は母さんが杖を構えて呪文を唱えると、簡単に燃え尽きた。


首を落として、まな板の上に置かれた鶏の死骸は、なぜか、もう鶏肉一羽分にしか見えなくなった。


まるで手品のように、ある瞬間から死骸が食肉に変わった感じだ。


「不思議ですね。さっきまでは可哀想に見えていたのに、今は美味しそうに見えます」


「そういうモノよ。ただ、感謝の気持ちは忘れないようにね」


「はい」


それから、腹に切れ込みを入れて、切れ込みを入れて関節を外して、腿肉を切り外し、手羽元を切り、胸骨を外して、食道、気道を剥がしつつ内臓を取り出した。

手羽先と手羽元を切り分けて、胸肉を分けて、ササミを取り外し、内臓も部位毎に切り分けた。サエズリ、ハツ、ヤゲン、レバー、砂肝、ゲンコツ、セギモ、キンカン、ボンジリ、と。唐揚げにしても良し、串焼きもまた良しと料理のほうに意識がいってたせいもあり、切り分けていると楽しくなってきた。


ふぅ。


「お疲れ様。初めてにしてはいい手際だったわ。明日は兎、明後日は蛙だから、そのつもりでいてね」


「なんだか料理教室みたいです」


「骨格、内臓、血管の位置を把握する意味もあるから、あながち間違いではないわ。ただ、料理を教えたいところだけど、時間がないから、それはまたの機会にしましょう。獣を捌くのもサバイバル術の一端だから、良く覚えておいてね」


「はい、よろしくお願いします」


時間は結構かかったけど、思ったよりは精神的なショックが少なくて良かった。


「あくまでも私が教えるのは、戦闘外傷救護だから、そのことを忘れないでね」


 アヤ先生が手に持っていた鞄を開いて、中に整理されて入っている道具を見せてくれた。

 止血帯、緊急圧迫止血用包帯エマージェンシーバンテージ、弾性包帯、三角巾、アイパッチ、鉗子、経鼻気道(エアウェイ)福木(サムスプリント)、それに内服薬ケース。アヤ先生は1つずつ取り出して、簡単な説明をしてくれた。


地球あちらとよく似た装備ですね」


「これらは、魔術を用いない基本装備なの。あちらにはない魔術式装備もあるけど、アキが触ると機能不全に陥るから今は見せられないわ」


「ちなみに、例えばどんなものがあるんですか? 地球あちらの創作モノによくあるヒーリングポーションみたいなのがあるんでしょうか?」


 ゲームとかだと、大怪我でも治してしまうポーション類は大活躍だけど。


「切創、裂創、割創、擦過傷、挫創、銃創、爆傷、刺創、咬創、熱傷、凍傷、骨折、それらをどれでも飲むかかけるかして治すポーション? あれば便利ね」


「やっぱり無茶ですか」


 こちらでは、魔術もゲームのように便利にって訳にはいかないようだ。


「そうねぇ、例えば出血で失われてしまった血液を補う仮想輸血術式とか、切れてしまった血管を繋ぐ仮想血管術式、体の動きを遅くすることで治療までの時間を稼ぐ遅延術式なんてモノはあるわ。それらの高度な応急手当を行うのが衛生兵(メディック)ね。ただ、アキ、それに今はリアも、魔力が強過ぎるせいで、医療術式がまともに機能しないの。だから、時間もないし、それらの説明は省くわ」


「やっぱり、そういうのってあるんですね。凄いです。これはちょっとした興味なんですけど、人よりずっと強い魔力を持つ鬼の人達は、怪我の治療ってどうやってるんですか?」


「基本は私達と変わらないわ。あくまでも応急手当をして、外科手術をして、とやることは変わらない。ただ、その後が違っていて、自己治癒能力を高める術式を使って、回復までの時間を短縮してる。私達はせいぜい治癒までの時間を半減させる程度のことまでしかできないけど、彼らは一割以下まで短縮するような真似をするのよ」


「全治六か月の怪我を二週間ちょっとで治すってことですか?」


「そうなるわ。もちろん、基礎体力が異様に高い鬼だからこそできる力技だから、人が真似をしても治る前に疲弊して命を落とすのがオチよ」


「そうですか。じゃ、僕は怪我や病気をしないように注意しないといけないですね」


「リアにも言われたと思うけど、そう心がけて。それと今後、救護訓練に使う人体模型を見せておくわね」


 そう言って、離れたところに懸けられていたシートを取り払った。


「っ!!!」


 現れたのは、体のあちこちが傷ついた人が沢山横たわっていた。千切れた手足、血だらけの衣服が生々しい。

 幸い、頭部が一目見て模型だとわかる形状だったこともあって、叫び声をあげるのを止めることができた。


 アヤ先生はそんな僕の様子を見て満足そうに頷く。


「そう、その冷静さが重要よ。僅か数秒、数十秒が生死を分けるから、慌てる暇があったら、怪我の状態を把握して、一秒でも早く、適切な処置をする必要があるわ。……と言っても、あくまでも最低限ということで、仲間が手当てをするまでの時間を稼ぐための自己手当を学んで貰うから、そのつもりでいてね」


「……それって、護衛の皆さんが危険を排除するまで、手が空くまでの間、僕が自分自身の怪我を手当てするってことですか?」


「その認識でいいわ。例えば小鬼が襲い掛かってきたら、小鬼を倒すか追い払うかするまで、治療をしている余裕はない。そんな時、アキがただ痛い、痛いと泣いているだけでいるより、自分で傷を処置できれば、護る側も安心できるし、アキが助かる可能性も増えるわ」


 確かに。小さな子供ならいざしらず、僕くらいの年齢なら、それくらいできないと駄目だよね。


「頑張ります……。ただ、大変そうですね」


 人体模型をよく見てみると、怪我をしている部位がどれも違う。それだけ覚えるべき処置のパターンがあるということだ。


「基本を抑えればそれほどでもないから安心して。戦闘外傷で気を付けるべきは、心臓、血液、血管の三種類。そのうち、心臓の停止は自分自身ではどうしようもないから除外。だから、血管が傷ついてないか、傷ついた場合、血液量はどの程度の失われているか、まずはそこからね」


「はい」


 うーん、これは知識だけじゃ駄目で、街エルフが重視する実技、それも状況を認識した瞬間に、処置を思いつくくらいにならないと意味がない。道は遠そうだ。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


第二章の最終パート(2-37)の投稿より前に、登場人物ページを投稿したのは混乱を招いたかもしれませんね。日付が前後してますし。第三章は最終パートを投稿してから、登場人物ページを追加します。


次回の投稿は、八月十二日(日)十七時五分です。いつもより早い時間になります。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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