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17-18.登山を終えて(後編)

前回のあらすじ:引き続き、トレバーさん、ナタリーさんから登山中の話を聞きました。ぱっと見では暗い雲か霧のように見える「死の大地」の呪い、祟り神ですけど、終わりなく変化し、その蠢く様も風の流れに合わず生物的にすら感じられる、というのは、想像力豊かな人ほど怖い光景なのだろうと思いました。(アキ視点)

お昼休憩を終えて、登山時の体験についての質問時間から再スタートすることになった。


お、師匠が質問するのか。


「休憩時間中に研究組とも相談したんだが、二人に聞きたい。山頂で呪いを視た、その時を思い出すだけで、精神的な負担となっているところ申し訳ないんだが、その不調は、嫌な経験を思い出した事によるモノかい?」


「他に何があると?」


「呪いとの間に確立された経路パス、そこから行われた精神汚染の可能性を疑ってるんだよ」


 おや。ちょい割込もう。


「師匠、ちょっと教えて下さい。召喚の術式で確立した経路パスを使って、召喚対象との間で心話を行うことはできますけど、それと同じように呪いと二人の心が触れ合った、それによって精神に負担がかかったということでしょうか?」


そもそも、呪いについて詳しくないからね。それを言うと、呪いに対して、遠隔地から接触を試みようなんて事例があるのか、ってところも怪しいとこだ。


「呪いについて馴染みのない者もいるから、少し説明しておこうかね。呪いは生きていないが、触れた者からの刺激に対して反応はしてくる。刺激とは物理的、魔術的な介入だけじゃなく、触れ合った状態における感情、心の動きも刺激になっちまう。呪いに触れた者が、親しい者の姿を観たとか、死んだはずの者の声が聞こえた、なんて話はなんてことはない、本人の思考、関連して意識に触れた過去の記憶が刺激となって、投影された、云わば自分自身で作り出した影であり、それが示す挙動もまた、自身が無意識に推測したモノ、つまり一人芝居の範疇なんだよ」


んー、ちょい整理しよう。


「呪いは生きてないから、記憶もしないし、過去を思い出すことも、未来をあれこれ想像することもない、でしたよね」


「そう言われてるね。複雑に見える挙動をしても、それは今に対する反応であって、未知を推測して、可能性をあれこれ模索するような真似はしないんだ」


 ん、そう聞いてる。


「それを前提とすると、二人が経路パス経由で呪いに触れて、怖い思いや人としての存在の小ささに恐怖を抱いたのが呪いによるモノとして、それってどう区別するんでしょうか? 「死の大地」を視て浮かんだ想像、感情を刺激として、呪いが何か反応した、二人に影響を及ぼしたとすると、両者はとても似た感情に帰結する気がするんですけど」


僕の疑問に、二人も頷いた。


「確かに目の前に呪いがいるなら、ありえない存在が出現したり、聞こえたりして、異常事態だと気付けるからね。ただ、「死の大地」の呪いは、並みの呪いじゃない。呪われている品なら手に取る、身に着けるといったことをしなけりゃ影響は受けないが、呪われた屋敷なら屋敷内に入らずとも、屋敷のある敷地内に踏み込んだだけで影響を受けることもある。だったら、「死の大地」の呪いは? 海を挟んだ遠い地であっても、影響を受けないとは言い切れないんじゃないか、と私達は考えたのさ」


 ふむ。


「そこまでは理解しましたが、遠くから視て、感情が揺さぶられたとして、それを入力とするには、互いの距離が開き過ぎてるのと、「死の大地」に大して入力が小さ過ぎませんか?」


「私達も普通ならそれはないと思ったよ。だがね、アキの心話は経路パスを使って、弧状列島のどこにいる竜とも心を触れ合わせてる。それなら、「死の大地」の呪いだって、経路パスを使って、遠隔地にいる相手の心身に影響を与えてくるかもしれない、そう考えたんだ。勿論、アキの心話が相手との繋ぎに所縁(ゆかり)の品を必要とするから、ただ視ただけじゃ、経路パスは希薄で、影響を与えられるほどではないとも考えられる。だから聞いたんだ。どちらだろうか、とね」


 ふむふむ。


二人も、今の説明までは納得してくれた。


「それで、聞きたいことですが、恐らく心話のように心にしか影響がないとして、自身の心から生み出された不安と、呪いからの悪影響、それはどう区別すればいいんでしょう?」


何か違いがあるからこそ、区別できるんでしょう?とそれを聞くと、師匠は少し困ったような顔をした。


「そこが悩ましいところなのさ。私も長生きしちゃいるが、呪われた品なんてのは視たことがない。研究組の中でも話は聞いたことがあっても、実際に触れたりした者がいなくてねぇ。一応、文献も漁ってみたし、呪われた地と因縁深い高齢な街エルフにもリア経由で話は聞いてみたんだ」


「高齢な街エルフの皆さんなら、「死の大地」に住んでたのだから、そこそこ有用そうな情報は聞けたっぽいですね」


まぁ、本当に有用なら先に言うだろうし、ちらりとリア姉を見たら、期待には添えなかった、とばかりに残念そうな顔をされた。


「それがそうでも無かったんだよ。当時も呪いとなった場所はあったが、そこは忌み地であって、そうそう近付くことは無かったし、その地で亡くなった者達を弔うことはあっても、忌み地の呪い自体に対して遠隔地から接触を図るような事もしてなかったらしい。使える品をかき集め、生き残った者達を集めて、別の地に逃げるのが精一杯だった。何故なら、そこを忌み地にした存在、天空竜がまだ近くにいる可能性が高いからだ。到底、長居なんてできない。見つからないように急ぐしか無かったそうだ」


……それはそうだ。ほとぼりが冷めた頃に遺品を回収しに行くことはあったと思うけど、それだって限られた時間に手早く行うしかなく、感傷に浸る暇すら無かっただろう。


「辛い土地だからね。そうして悲しんでおやり。きっと供養となる。話を戻すと、これまでに呪いに対して、直に接触せず、遠隔地から観察し、それを取りまとめた研究結果なんてモノは存在しなかったんだ。魔導具の補助もあって、自力では難しい相手も、余裕を持って浄化できるようになったからね。それに限られた土地を活かす為にも呪われた地を隔離するような余裕も無かったのさ」


私達の土地は狭いからね、とガイウスさん達に気遣いながらも、その訳を教えてくれた。


帝国に常に国境を脅かされる状況では、確実に支配下における地域を最大限活用していくしかない。連合、連邦は豊かな土地を支配しているけれど、更に広げる余力はない。帝国は逆で、困難な土地が多いけれど、広さだけはあるから、呪われた地を隔離する余地があったという話だ。


「トレバーさん、ナタリーさんは心話をされたことはあります?」


「幼い頃に多少手解きを受けた事はあった」


「私もその程度ね」


ふむ。


「僕の認識では、呪いに侵食されるというのは、心を外から崩そうとする作用。そして、「死の大地」を視て、色々と不安な想像が連鎖して歯止めが効かなくなるのは、心が内から崩れる作用と思えます。例えば、竜の思念波とか、僕や依代の君が、声に思いを載せる場合、皆さん、己を保とうと心を強くするでしょう? その時に自身を形作る外殻を形成したまま、祟り神に関する記憶に触れれば、外殻を崩そうとする力が外から来てるか、内から来てるか区別できるんじゃないでしょうか? ここなら、「死の大地」は見えないから、かの地との経路パス伝いに侵食してくるなら、気付きやすいと思うんですけど」


どうかなーって提案してみたけど、ちょっと皆さんの反応は渋かった。良いアイデアだと思ったんだけどね。


理由を師匠が教えてくれた。


「アキは心話の手解きをミア殿からしか受けてないから、心話において、己の心と向き合い、自己イメージの強化、確立をすることは当たり前だと思ってるんだろう?」


「ミア姉もそれが大切、基本だからと話してましたから。呼吸をするように意識せずとも、自己を保つことって教わりました」


だよね、って同意を求めたけど、頷いてくれたのは、師匠、ケイティさん、セイケンくらいだった。


「皆の反応を見てもわかるように、アキが基本と言った心の持ち方は、術式や魔導具を使えればいい魔術師級には求められてない。魔導師級、それも現場に出向くような探索者寄りでないと、そこまで極めようとはしないんだ」


おや。


師匠の説明に、セイケンが補足してくれた。


「鬼族は、武術と魔術を併用するのが基本なのは知っての通りだ。ただ、人や小鬼は、我らの魔術を魔導師級と称しているが、それは術式をほぼ瞬時に発動させる手際を指したモノだ。魔導師としての技能を何でも満遍なく修めている訳ではない」


あらら。


これにはリア姉も補足してきた。


「アキが誤解する前に説明すると、私達、街エルフは何でもできる。そうできるように学び、それを為したからこそ成人したと認められる。そう言われているし、事実ではある。だけど、それはどの分野でも仕事とできる最低限の経験、実力を備えたって意味に過ぎない。誰でも心話の作法は知ってるけど、心話術師かといえば、そんな事は無いんだ」


 むぅ。


でも、エージェントの二人ならって期待を込めて視線を向けたけど、二人とも勘弁してくれって顔をした。


「各国からロングヒルにきてるエージェント達は、国のある種の代表、窓口としての役割を担っている。求められる素養の中で、魔術に関する分野はそれ程重視されていない」


「トレバーの言うとおりで、私達は何かに特化した専門家では無く、専門家に話を繋げる万能家(ゼネラリストであれ、とされるの。専門家の話す内容を理解できさえすればいい。私達は多方面の専門家(スペシャリスト達の繋ぎ手なの」


 ふむふむ。


「お二人のような方は、僕達ほど中立ではないけれど、繋ぐために間に立つという意味では似てるんですね。なんか嬉しいです。えっと、話を戻すと、皆さんの話からして、事象の切り分けを今やるのは得策ではないってとこでしょうか?」


「そうだよ。この場に依代の君が居なくて良かったよ。試すのが好きだからね。雲取様達なら竜眼で二人の様子を視て、思念波で負荷を与えても問題がないか見極めてくれるだろうけどね。今、二人に必要なのは心の静養と、心の安定性を保つ為の医師の手助けさ」


なるほど。


「でも、それなら、何故、今の心への影響が、祟り神からの干渉かどうか聞いたんです?」


「そりゃ、貴重な経験者だからね。もしかしたら、はっきりと区別できる異質な接触(アプローチを自覚してるかもしれないじゃないか」


疑問があれば聞いてみるもんさ、と師匠は、当然の権利とばかりに頷いた。思い出すのさえ心身の負担になってるのに、必要があれば聞くのは当たり前、と言うんだから、師匠の性格も大概だ。


エリーも、やっぱり師匠だわー、って諦め顔をしてる。


二人は、無理強いはしないけれど、可能な範囲で話して欲しいと言う無言の圧力を受けて、暫し、意識を心の内に向けていたけれど、一応、ある程度、考えが纏まったようだ。


「「死の大地」の呪い、祟り神の姿を景色として眺めているだけでは、恐れの感情は湧いてこなかった。じっと視て、自然現象ではないと一つ認識するたびに、該当する既知の知識がない事に好奇心よりも不安が掻き立てられていった。知らない存在、理解が及ばない存在……」


そこまで話したあたりで限界とトレバーさんは話を止め、続きをナタリーさんにバトンタッチした。


「近い感覚としては、山を覆う樹木、それの全てが一つの存在として連携している連樹の神に参拝した時の驚きに近いかもしれない。一つの樹に宿る樹木の精霊(ドライアド)でも手に余る存在なのに、それが集って、山そのものの規模となった群体、群れることで個とは違う強大な存在と化している、そんな衝撃だったわ」


「連樹の神様は人に寄り添ってくれるけど、祟り神はそこに在るだけで、生き物に害をなしてきますからね。では、今のところ、外からでは無く、内からの可能性が高いと」


その問いに二人とも頷いた。


ここで、師匠が表情を引き締めて、二人に告げた。


「ダニエルが再集結してきた神官達の対応で席を外しているのは幸いだね。今、二人の心の中にあるのは単なる経験、記憶だ。ただね、対象への揺るぎない思い、強い感情を抱き続けると、ある一点を超えた瞬間、相手と距離を超えて繋がってしまうことがある。心に響く声が届いた、天啓を得た、とね。要らぬ誤解を招かないよう注意しておくれよ? 私は別に、他人の信仰に異を唱えるつもりは無いからね」


師匠は記憶への向き合い方には注意が必要だ、と注意を促した。


……怖い話だ。好きの反対は無関心、という話なんだろう。祟り神への感情がどうであろうと、強い感情、認識を持つこと自体が、互いの距離を詰めることになるって話のようだから。


しかも、この論理は相手が神だろうと、邪神だろうと関係ないようだ。繋がった事実を指して、強い信仰心の現れなどと言えば、既存の宗教団体の全てを敵に回しかねない。そもそも自分達に何らかの益を与える超存在を神、災厄を与える超存在を邪神と称している訳だけど、そんなの我々の勝手な分類分けに過ぎない訳だからね。でも、宗教団体の皆さん相手に、コインの表と裏の関係、同じ分類の存在でしょ、などと言えば火に油だ。


二人もその危険性は重々承知しているようで、神妙な顔で頷くのだった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。


今回は、「死の大地」の呪いとその影響についての考察回でした。蝋燭の炎も、天まで届く火災旋風も、炎という意味では同じですが、規模の違いはその質すら変えていきます。その意味では、研究組の懸念も尤もな話でしたが、今のところ、解呪の必要はなさそうで、皆も安堵していることでしょう。


・登山の書(共通語版)

 正気度(SAN値)喪失 0/1D4 祟り神+2%、研究期間:3週間/6時間 ってくらいでしょうか。


前、中、後編のつもりでしたが、登山後が語れてないので、次の縁長編で、登山の話は〆になります。


次回の投稿は、十月九日(日)二十一時五分です。


<活動報告>

以下の内容で本日投稿しました。

・円楽師匠、アントニオ猪木、死去

・スマホ用のBluetooth接続折畳みキーボード購入

・献血中、スマホであわや……


<雑記:新投稿の宣伝>

全37パートで完結したアクション小説「ゲームに侵食された世界で、今日も俺は空を飛ぶ」の設定&執筆裏話の投稿を2022年9月14日から始めてます。取り敢えず24パート分は毎日、10月7日(金)まで投稿していきます。まだ書いてない分がプラス3パート分くらいありそうですが、10月7日(金)までには書き終える見込みです。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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