17-16.登山を終えて(前編)
前回のあらすじ:交流祭りの準備もだいぶ進んできました。幻影の天空竜も、初心者向けとしてはまぁまぁの出来でしたね。あ、説明役のお姉さんの声は素敵でした。(アキ視点)
登山は、二日ほど予定を超過したものの、参加者達は、予定通り、未曾有の事態に一致団結する思いを抱くに至ったそうだ。
まぁ、このコメントはケイティさん経由で聞いた話だけどね。
時間延長したのは、山頂から、水平線の彼方に浮かぶ呪われた「死の大地」を皆で眺めて、それぞれが感じた思いを自身の中で消化し、皆と共有するのに時間が必要だったから、とのこと。
僕も実際に見た訳じゃないから、想像するしかないけど、あの竜族が、若竜とはいえ眺めただけで恐れを抱くというのは、かなりヤバい存在だとわかる。
漫然と眺めるだけでは気付かない、でもしっかり観察したなら、気付けてしまう、そんな存在。
大地を覆い、雲の高みまで届く闇、自然現象とは異なる存在、生きとし生けるものに害なす呪い。
そんな、生き物と相容れない、大地を覆い尽くす呪いを視て、登山した参加者達は何を思っただろうか。
皆で話し合い、意気投合して、未来に希望を持った事だろう。怖気付いたかもしれない。それは生物なら当たり前の反応だ。難敵を前にして、その脅威を正しく見極められないなら、それはただの蛮勇だ。
そして、各種族から選抜された精鋭は、正しく見極めて、そして、正しく恐れたのだろう。
だからこそ、皆が互いの恐れを理解し、それを受け入れるのに、予定より二日の時間を必要としたのだと思う。
半端に切り上げず、皆が納得するまで期間延長すたのは英断だった。それだけ、飲み込み難い道筋だったということだ。
思ったより手間取った感じだけど、普段、経験しない事からすれば、二日で済ませたのは僥倖だったかもしれない。
何にせよ、荒れたりしないで良かった。
◇
現地解散となり、若雄竜達は椅子を持ち帰る必要もあったので、第二演習場まで妖精さん達と戻り、軽く報告を済ませてから帰っていったそうだ。
妖精さん達は複数日数、召喚し続けた結果を纏めて後で報告書を出してくれるそうだ。各参加者はそれぞれが帰国後、「死の大地」を皆で見た経験を報告に纏めてくれる手筈となってる。若雄竜は族長達への報告をした後に、第二演習場で僕が登山に関する一連の話を聞き、それをベリルさんに報告書にして貰うけど、それはちょっと先の話。
今日は、登山先から戻ったディアーランドのエージェントであるトレバーさん、同じくテイルペーストのエージェントであるナタリーさんから、登山先での経験を語って貰う場を設けることになった。話を聞くメンバーは、研究組と調整組、それとリア姉が加わることになった。研究組は呪いそのものへの興味から、調整組は今後、各勢力が手を取り合って対処していく、息の長い案件なので、全種族が集って行った共同作業について把握すべき、との観点から話を聞くそうだ。
研究組ではあるけれど、白竜さんは今回は参加しない。彼女は若雄竜達の報告を族長などと共に聞くからだ。同じ理由で他の竜族の皆さんも不参加だ。
妖精族の賢者さんも、登山に参加していた妖精さん達の継続召喚結果について分析するそうだ。まぁ、そうでなくても仕事が立て込んでいる中、依代の君の活動に誰かがついている状態で、手が回らないとのこと。なので、妖精族としてはお爺ちゃんが参加する形だ。
鬼族の人も参加する方が多いので、語る場は連邦の大使館となった。
庭先に到着すると、既に皆さんは先に着いて歓談していた。
「お待たせしました。トレバーさん、ナタリーさん、お久しぶりです」
「待っていたぞ」
「現地でもアキは話題の人だったわ」
などと、二人して、待っていた、というよりは、逃がさないぞって表情を浮かべた。リア姉と共に、師匠と同じテーブルに座る。その時に、何があったのか、師匠に聞くと、師匠も意地悪く笑って、発起人なんだ、話題にもなるさ、と軽く流された。
ふむ。
ホワイトボードに書かれている進行表からすると、登山前、登山中、登山後と順を追って話をしていくようだ。
メインはトレバーさんが話し、必要に応じてナタリーさんが補足する、というスタイルだ。
議事進行役は師匠が担当してくれるようだ。研究組と調整組のどちらにもそれなりに話ができるとなると、やっぱり人が限られてくるからね。
「それじゃ、全員揃ったところで、話を伺って行こうかね。二人は違う山に登っているから、トレバーが話した内容に、ナタリーが違う点を補足する、それから質疑応答、これを登山の前、中、後それぞれでやっていくよ」
師匠の宣言に、皆も頷いた。ある程度端折らないと時間が足りなくなるし、研究組、調整組だと興味を向けるポイントが違ってくるから、妥当な流れと思う。
「では、登山メンバーが縄張り内で合流したところから話そう。指定された広場で皆を待っていると――」
それから、トレバーさんが話してくれた事によると、広場に連合チーム、人、森エルフ、ドワーフ、街エルフが待っていたところに、鬼、小鬼の順に合流し、最後に小型召喚竜と妖精のペアが空から降りてきて合流という流れになったそうだ。他のメンバーの手を借りて椅子を取り外し、軽く挨拶をしたあたりで、縄張りの主、牟古様が離れたところに降りた。
皆の声は妖精さんが風の術式で届け、牟古様の声は思念波で響く、といった具合で、距離はかなり離れていたものの、意思疎通は問題なかった。牟古様は竜眼で皆をじっくりと眺めた後で、登山を認める旨を伝えると、飛び去って行ったそうだ。
距離は離していたものの、竜の圧を受ける、という共通経験もあって、それを切っ掛けに話題が弾み、それぞれが自国から様々な期待を受けてやってきたこと、始めて見る異種族に新鮮な印象を受けたこと、圧を感じることなく身近に小さな竜がいる不思議な感覚、そして、こちらの世界にはいない妖精を見て思ったことなど、元々、高い意欲を持つ者達が集められてきた、ということもあって、無駄な衝突をするようなこともなく、じっくり時間を掛けて親交を深めることができた、とのこと。
それから、皆でテントを張ったり、山菜を探したり、枯れ枝を集めて火を起こしたりとキャンプをしつつ、軽く体術や魔術を見せたり、使い魔の鳥を飛ばしたりといった事などをして、互いの特徴、得意・不得意といったところを見せて行った。
街エルフが登山ルートを示した地図を出すと、その精緻さに皆が驚愕し、どの種族も熱心に地図の見方を熱心に学び、各自の疑問が解消するまで質疑応答を繰り返して行ったそうだ。
「若雄竜や妖精さんのような空を飛ぶメンバーも、そこはちゃんと参加されてたんですか?」
「それは問題無かった。実際、他の面々も竜や妖精なら真っ直ぐ山頂を目指せば簡単に到着できる筈だ。だが、どちらもじっくり地図を読み、皆がどこに注意を向けるか、そこに意識を向けていた。それで、理由を聞いたんだが、炎竜様は今回の趣旨は、単に多種族が集って山を登るのではなく、仲間意識を持つチームが登る必要があり、だからこそ、それぞれの性格、思考と、各自の反応に注意しているのだ、と教えてくれた。妖精の旅人も、地の種族ならどう考えて山を登るのか、どう考えるのか、その視点の理解に注力している、と話したのだ」
ふむふむ。
「事前に聞いてはいたのだが、改めて、予定された登山ルートを見てみれば、山頂から「死の大地」を眺めるその時まで、敢えて「死の大地」が視界に入らない北側から進む道が選ばれており、より安全なルートもあるところ、敢えてそれなりに難度のあるルートを選んでいるところも透けてきた。事前打ち合わせで、小鬼族にとっては垂直に近い壁面ですら登れるのに対して、鬼族ならその巨躯を支えるだけの足場が無ければ、転落しかねない。そんな話し合い、意見調整も考慮されていた、それが理解できた」
その話で行くと、事前の天候とか、精霊使いの目線なんてのもありそうだけど、それらは地図というよりは現地で輝く技能だろうね。
「魔導具の持ち込みはしたんですか?」
「観測機器の類は結構持ち込んだ。裸眼にはやはり限りがあるからだ。そしてそういった機器を使うとなれば、作業場所の確保、体の安定性確保なども考慮する必要が出てくる。我が身一つなら、指一本でも支えられる小鬼族とて、曲芸のように機器も扱うとはできない訳だ。そういった様々な制約がある、と各自が意識したことで、登山ルートの選定や、道中の役割分担などを決めていくことができたんだ」
ん、いい感じ。
ここで、ナタリーさんが補足してくれた。
「更に空間鞄の利用禁止、も条件とされていた為、誰が荷物をどれだけ持つか、そういったところも深く話し合われることになりました。実際には万一の事態に備えて、竜族の皆様が空間鞄を抱えており、手持ちの品だけで打つ手なしとなった場合、それを利用できるとしていました。この方針も上手く働いたと思います。もし、空間鞄を使えてしまえば、皆が身一つ、何ら負担のない軽装で簡単に登り切ってしまえるでしょうから。山頂付近でも一晩宿泊する、というのも良い縛りでした」
ほぉ。
「皆で夜空を眺める、とか?」
「彼の地が夜の時間帯にどう見えるのか、何か違いが出るのか観測するというのが一つ。それから、安定性に乏しい地で安全を確保しつつ宿泊をすることで、皆で緊張感を共有することができました。竜族、私のところでは鋼竜様でしたが、普段は竜の圧で獣は寄ってこないけれど、小型召喚竜、属性が完全無色透明な状態ではそれは期待できないので、かなり神経質に周囲を気にされていました。寝ずの番をする者を信頼して、自身は眠りに入るということがこれほど難しいこととは、と話されていて。結局、ずっと誰かと話をされました」
意外な一面を見て、個で生きる竜の生き方と、自分達のソレへの理解が進むことにもなり、互いの距離感が縮まる切っ掛けにもなった、と嬉しそうに教えてくれた。
おー。
「それなら、登山中のルート確認あたりで、妖精さんも活躍してました?」
これは、トレバーさんが答えてくれた。
「始めはトラブル続出だったが、慣れてからはそれなりだった」
え?
「それなりって、空から観察するなら、妖精さんは得意分野では?」
ナタリーさんがちょっとお爺ちゃんの方を伺うと、お爺ちゃんが補足してくれた。
「儂らはちゃんと上から眺めるんじゃが、地の種族の視点に欠けていてのぉ。蜂の巣を見つけたり、鳥の縄張りを探すのは簡単なんじゃが、歩きやすいルートのような視点は持っておらんのじゃ。獣道なら見つけるのは簡単なんじゃ」
あー、なるほど。
「人があまり入らないような土地における、地の種族の歩き方は良く知らない、と。あ、でも侵入者を見つけるとか、そういうのはしてるんでしょ?」
「藪を移動すれば跡が残るからのぉ。それに動物は余所者の気配に鋭い。それらの動きに気を付ければ、見つけるのは案外楽なんじゃよ」
んー。
「見つければ、後は姿を消して追跡も簡単かぁ。飛べて簡単に対応できるから……」
ちょっと指摘しにくいところだったけど、その後をトレバーさんがフォローしてくれた。
「我々は空からの視察に疎く、妖精族は地の種族の視点に疎い。今回の登山ではその溝を埋めることもできたんだ」
色々あったようで、トレバーさんもほっこり笑顔だ。
ここで、師匠が割り込みをかけた。
「少し、話が登山中にまで入っているから、この辺りで一旦止めるよ。準備段階について皆からの質問を受け付けるから――」
師匠の仕切りで、登山前の準備中について、皆から色々と質問が始まった。研究組は呪い関連が主な関心項目なので、調整組の皆さんが、種族間の違い、調整に絡む疑問が多く出たようだ。若雄竜達と共に事前検討してたメンバーだというのもあって、実際の運用に興味が湧いたっぽかった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。
登山から戻ってきたエージェント二人から、登山の一連の出来事を聞くことになりました。色々想定しても、実際にやってみると、想定外が出てきて苦労したようです。まぁ、上手く現場対応できたようで何よりでした。
次回の投稿は、十月二日(日)二十一時五分です。
<活動報告>
以下の内容で活動報告を記載しました。
・【雑記】ノイジーマイノリティとサイレントマジョリティ
<雑記:新投稿の宣伝>
全37パートで完結したアクション小説「ゲームに侵食された世界で、今日も俺は空を飛ぶ」の設定&執筆裏話の投稿を2022年9月14日から始めてます。取り敢えず24パート分は毎日、10月7日(金)まで投稿していきます。まだ書いてない分がプラス3パート分くらいありそうですが、10月7日(金)までには書き終える見込みです。