17-15.残暑をのんびりしつつ、交流祭りの準備
前回のあらすじ:若竜達への短期集中教育も終わり、全体を俯瞰した意見出しもすることができました。これ以上は今、話を進めることもできないので、諸勢力に報告書を送って、この件は一旦終了です。(アキ視点)
登山先へと、若雄竜の小型召喚竜三柱と、椅子を取り付けて妖精さんの選抜メンバー三名が第二演習場から飛び立って行き、そろそろ各登山先で合流したであろう頃。
僕とリア姉が短期集中教育の一巡を終えて、その結果を眺めて閃いたことを纏めた報告書も、各勢力宛に送付して、色々と急ぎだった仕事も片付けることができた。
依代の君がせっせと毎日描いている絵日記によると、連樹の巫女ヴィオさんの元に足繁く通って、一緒に将棋を学んでいるそうだ。絵日記に描かれている限りでは、ヴィオさんはかなり嫌がっていたものの、連樹の里にいた者の教え方が下手過ぎただけで、ちゃんとした先生に導いて貰えば、それなりに面白さも見いだせているようだ。
……それでもせいぜい休憩を挟んでも数時間が限度、と書いてある。ただ、それだけ集中して学べれば十分って気がするし、強くなるのが目標じゃなく、互いの手を読み合って、より良い手を見極める、その行為自体の楽しさ、奥深さを理解するところまで到達できればいいから、まぁ、この分だとちゃんとゴールには辿り着けそうだ。
で、せっかく来たのだからと、話をするだけじゃなく、連樹の里や、連樹の森、湖なども紹介して貰ったそうだ。絵日記にも、楽しそうに連れ立って森の中を歩くヴィオさん、依代の君、それと傍らに妖精女王のシャーリスさんが寄り添う姿が描かれている。
「なんじゃ、随分と羨ましそうな顔をしとるのぉ」
お爺ちゃんが絵日記を覗き込みながら、話しかけてきた。
「依代の君が夏を満喫してる感じがいいなーって。気心の知れた綺麗なお姉さんと一緒に、夏真っ盛りの土地をあちこち歩けるなんて、すっごく楽しそうじゃない? 傍らには妖精さんまでいるんだよ。こう、特別感があるというか、普段とは違う非日常って感じがするよね。小さい頃の夏の思い出として、きっと依代の君の心にも強く残ると思う」
あー、いいなー、って羨ましいって気持ちを前面に押し出した。
「アキ様も、日本では姉がいたと伺ってますが」
ケイティさんが不思議そうな顔をした。
「姉は一つしか歳が違わず、まぁ振り返ってみれば、良い思い出もあるけど、横暴で召使いのように強制してくる我儘なところがありましたから。お姉さんというのは、もう少し距離感が違い、それにほら、ぐっと大人っぽさが増して、花盛りといった雰囲気があって、素敵さに溢れてるんです。依代の君と近い年代なんて子供で幼いでしょ。それに比べて、ヴィオさんやケイティさんのようなお姉さんからは、幼さはすっかり抜けて、可愛い、というより、綺麗と言うのが相応しい感じになるじゃないですか。いいですよねー」
などと熱く語ると、二人から、あー、始まったわーって顔を向けられた。
「二人には経験はありません? 普段の生活とは違うところで、非日常的な経験をするのって、とってもワクワクするでしょう? それが綺麗なお姉さんも一緒なら、色褪せない素敵な思い出になると思うんですよ」
そんな問いに、お爺ちゃんは微笑ましいものを見るような眼差しを向けてきた。
「アキが話しておるのは、日本での泊まり込みの旅行のような話なんじゃろうが、儂らの場合、基本は日帰りじゃし、街の外で宿泊が許可されておるのは成人を迎えた者達に限られ、そんな彼らも遊びではなく、警戒行動の一環として任務に就くものじゃ。じゃから、幼い子が見知らぬ土地で寝起きするような話は無いんじゃよ」
あー、なるほど。
そんなお爺ちゃんの話に、ケイティさんも頷いた。
「街からさほど離れていない里山であっても、常に魔獣や獣に警戒しつつ、決められた作業を手早く行い、その場を立ち去るというのが基本です。ですから、自然の美しさに目を向けることもありますが、常にある程度の緊張感を保ちつつ、作業をしている間は歓談するような時間も取れません。街まで戻れば、その日の出来事を皆で語り合い、外で飲食をするといった時間を設けますが」
世界の違いって奴かぁ。
「こちらでもバーベキューのような催しはするんですね」
「下処理を済ませた食材、きっちり冷やしておいた飲み物などを用意し、炭火でそれらを焼きながら、皆で飲食を楽しむ、そうですね、あちらでのバーベキュー、それも日本のモノに近いと思います。獣の丸焼きといった調理はこちらではしません」
「あまり遠出をせず、でも普段の食卓ではない、庭先とかで騒いで楽しく、ってところと」
「そうですね。少し時期はズレますが、代表の皆様が集った時にそういった場を設けるのは如何でしょう?」
ほぉ。
「いいですね。調理する場を囲みながら歓談できるだけでも素敵そうです」
「ふむ。調理したての料理はまた格別じゃからのぉ。いいのぉ」
お爺ちゃんも乗り気と。なら良し。
「ではケイティさん、色々と話し合う項目は増えてるけど、それらを片付けて、皆さんが帰国される前に一席設ける感じでお願いします」
「お任せください」
庭先での食事なら、何度となくしているけど、あくまでも飲食の場がキッチンから庭先に移っただけ、って感じだからね。目の前で炭火で焼きつつ、飲食するというのは非日常感があって素敵だろう。今から楽しみだ。
◇
「先ほどの話からすると、もっとピリピリした感じになりそうですけど、依代の君の絵日記からはそんな雰囲気が感じられないのは何故でしょう?」
「それは、ヴィオ殿が案内しているのが連樹の支配する地であり、連樹の民はその加護を得られる点が大きいでしょう。聞いた話では危険があれば、周囲に生えている連樹が教えてくれるそうですから。それと、依代の君の神力が周囲を威圧し、気配を察知しただけで獣達が逃げ出しているからではないかと。逃げずとも、息を殺して注意深く様子を伺うといった姿勢となるので、危機感を持つような事態にはなりません。それに彼は瞬時に神術を発動できるので、例え目の前に魔獣が現れたとしても、余裕をもって対処でき、だからこそ、観光気分でのんびりと、ヴィオ殿との時間を楽しめているのかと思います」
なるほど。
「その話なら、ケイティさんのような魔導師の人は、自動獣避け、虫避けみたいな感じになって快適ですか?」
それなら便利そうと思ったけど、それはないと苦笑された。
「獣は逃げるかもしれませんが、魔獣を呼び寄せてしまうのは悪手です。ですから、私達、探索者が未開の地を踏破する際には、できるだけ魔力を抑え、場を乱さないよう注意しながら行動することになります。それと、虫は魔力差があろうとあまり行動が変わりません。特に蚊やブヨ、ヒルと言った吸血系の生き物は大型の生き物を見ると逆に襲ってきます」
うわぁ……。
「耐弾障壁みたいな感じで、耐虫障壁とかないんですか? 検知したらバチっと撃退みたいな」
「ありますよ。でも、先ほど話したような任務中には、そういった目立つ装備は使いません。発動すると、遠くからでも感知されてしまいますから。発見と虫害のどちらに重きを置くかによっても変わってきますが。南方の地、熱帯地域では耐虫障壁を使うこともあると聞きます」
「つまり、長袖、長ズボン、肌は露出せず、帽子を被って、という探検家スタイルなんですね」
「探索者なら、それが基本です。ただ、里山で皆で作業をする際などは、逆に派手な色合いの服装としています。誰がどこにいるのか、或いは倒れたり、足を滑らせたりしてないか、すぐ把握できる方が優先されるからですね」
「なるほど」
「儂らも、遠出をする際には、キャンプ地には気を遣うんじゃ。何せ、この通り、儂らは小さいからのぉ。人には小さなヒルとて、儂らからすれば十分、巨大な敵じゃ。術式で周囲を探知し、虫避けの術式を発動し、更に自動発動の耐虫結界も展開しておくんじゃよ」
おや。
「随分、念入りだね。見えるを幸い、瞬間発動の術式で駆除するから、余りに気にしてないのかと思ったけど」
「虫も鳥も蛇も音を立てず、静かにやってくるからのぉ。それに虫の類は色も背景に紛れて見つけにくい。魔力も僅かだから感知もしにくいんじゃ。寝ずの番も交代で行うが、集中し続けるのも難しい。それに全方位を常時見続けられる訳でもない。じゃから、術式を用いた守りは必須なんじゃ」
ふむふむ。
「飛んでる時には敵無しの妖精さんも、樹上で休んでいる時は大変なんだね」
「そういうことじゃ」
こちらの世界はアウトドアも大変だ。
◇
第二演習場は、常闇の術式に覆われた若雄竜三柱がいるから、彼らが登山から帰ってくるまでは、他の竜達の訪問も一休みだ。それでも、開催日まで余裕がない交流祭りの為に、日替わりで雲取様や雌竜さん達が第三演習場を訪れて、幻影の記録に勤しんでいた。
本番に向けた記録も終わり、説明ブースの準備もできたそうなので、馬車で移動して、それらのチェックにも立ち会ってみた。
交流祭り会場は、大勢の作業者達が寸暇を惜しんで施設の設置作業に追われており、だいぶ形にはなってきているけど、まだまだ作業中、それも鉄火場の忙しさって感じだ。電気製品や工具のノリで、あちこちに魔導具が置いてあるので、僕は遠間からそれらを眺めた程度だったけどね。
そして演習場の中に設置された、天空竜の紹介コーナーで、本番さながらにコンパニオンのお姉さんの説明を聞きつつ、幻影の竜、雲取様や雌竜の皆さんの姿を眺めることができた。
出来?
まぁまぁ、って感じかな。幻影だからやっぱり再現度がいまいち、特に鱗の光沢が少し鈍いんだよね。それに竜族特有の魔力も感じられないから、生々しさのような部分がごっそり抜け落ちてる感じなんだ。
まぁ、勿論、だからこそ、市民層が落ち着いて眺められるというのはあるんだけど。
空から降りてくる姿、降り立って、洗礼の儀の時のように体を起こしている姿、それと尻尾の上に首を乗せて丸くなってる姿の三種類が見られて、これはこれでなかなか良さげだ。
コンパニオンのお姉さんの語りも、事前に監修したこともあって、生物学的な視点からの説明もちゃんとされていていい感じだ。竜は羽は広げるけど、鳥のように羽ばたいたりはしないし、後ろ足も航空機の降着装置みたいで、着地には充分でも、走り回れる頑丈さはないとか、ね。
空を飛ぶことに体の作りが特化している、飛んでこそ真価を発揮するのが天空竜だ、と伝わるよい解説だった。勿論、プロの語りは声からして艶があって素敵だった。
コンパニオンさんに見とれてたら、竜の幻影チェックをしてください、とケイティさんに怒られたりもしたけど、まぁ、こればかりは仕方ない。
後付けで追加して貰った、竜神の巫女や、竜神子支援機構の紹介ブースについても、ざっと眺めてみた。各地に竜神子と対となる若竜がいて、それらを支援しているのが竜神子支援機構であり、竜神子達の話、経験談を集めて、それを編纂し、情報の横展開をするのが主な仕事だ。
竜神子は、洗礼の儀を経て、竜の傍らに立てることが確かめられた存在であり、竜に仕える者ではなく、傍らに立ち、地の種族との間を繋ぐ役目を担う者だともちゃんと書かれている。
代表となっている竜神の巫女、つまり僕とリア姉は、所縁の品を用いて、各地にいる竜達と心話で交流を行い、適宜、竜神子や若竜の活動を支援する、といった程度に紹介されていた。
そこで、心話とは何かについても説明が行われていて、魔導師の技であり、対象と心を触れ合わせることによって、言語を用いず意思疎通できる、とある。対面して行うのが基本だが、所縁の品を用いた心話魔法陣を使うことで、遠隔地にいる相手との心話を行うこともできる、と。
相手との魔力属性が合わないと心話は成立しないが、竜神の巫女は魔力属性が完全無色透明ということもあって、相手を問わず、心話を行うことができる、と言った説明も書かれてるね。
「心話も結構、しっかり説明されてますけど、それなら自分達もって考える人達は増えるでしょうか?」
期待混じりに聞いてみたけど、ケイティさんは首を横に振った。
「私とアキ様の場合のように、互いの魔力差が大きいと、心を触れ合わせるだけでも大きなリスクを伴います。アキ様は心話に長けているので、私に影響が及ばないよう繊細な接触を心がけてくださってますが、竜族の方々にそれを求めるのは酷というモノです」
残念。
「それじゃ、注釈として、竜族や魔獣、神々との心話を行う際には、心話術師の指導を受けてください、って書いておいた方が良いかも」
「竜神の巫女は特別な訓練を受けています、と紹介するのも良いかもしれませんね」
ケイティさんも、文言は工夫するとしても、心話術師なしは危険、と分かるようにしてくれると約束してくれた。それなら安心だ。無鉄砲な人なら試そうとするかもしれないからね。
そんな感じで、僕の絡む部分の準備は順調な仕上がりで、この分なら交流祭りも無事に迎えられそうだった。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。
依代の君の夏もそろそろ終わろうとしてますが、シャーリスが付き添ってはいるものの、ヴィオと一緒に散策できる程度には、神力も抑えられるようになってきました。順調な仕上がりと言えるでしょう。
代表達の集いは、最後の〆として、皆で集ってバーベキューを行う方針となりました。良い思い出になるといいですね。
交流祭りの準備も着々と進んできました。会場整備もギリギリではあるものの、ちゃんと期日までには完了して、予定通り開催できるでしょう。
次回の投稿は、九月二十八日(水)二十一時五分です。
<活動報告>
以下の内容で活動報告を記載しました。
・【雑記】ロシア、総動員令(部分動員とか言ってるけど)
<雑記:新投稿の宣伝>
全37パートで完結したアクション小説「ゲームに侵食された世界で、今日も俺は空を飛ぶ」の設定&執筆裏話の投稿を2022年9月14日から始めてます。取り敢えず24パート分は毎日、10月7日(金)まで投稿していきます。まだ書いてない分がプラス3パート分くらいありそうですが、10月7日(金)までには書き終える見込みです。