17-6.魔導師と自己イメージ強化
前回のあらすじ:ヤスケさんと、度量衡や規格の統一について、がっつり意見交換を行い、二人で、叩き台となる素案作りまで頑張りました。公平で厳粛な態度を見せながらも、どこまでならリア姉の好きにしていいとか、動く前に近くにいるんだから相談しろ、と言ったり、デレ具合がいい感じでした。(アキ視点)
起きるのが遅い僕にとって、朝食をしっかり食べると、お昼にはそれ程お腹は空かないものだ。アイリーンさんが出してくれたレモンスカッシュの弾ける炭酸の刺激と甘さ、酸っぱさの良いバランスを味わい、頭への活力も得ることができた。
それで、後は短時間、仮眠を取ることにしたんだけど。ケイティさんが腰掛けて、さぁどうぞ、と膝を指し示してきた。
ポンポンと隣の席を叩いて、こちらへと誘う。
「えっと?」
「目元を冷やすタオルも用意しました」
そう微笑むケイティさんは準備万端だ。本人がどうぞと言ってくれているのだから、遠慮するのも悪いし、勿体無い。
僕は促されるままに、席に着くと、ケイティさんの様子を伺いながら、膝の上に頭をそっと乗せてみた。
おー、絶景かな、絶景かな
ケイティさんのご立派な膨らみが、どーんと視界に迫ってきて、とっても眼福だ。……ちょっと頬が熱くなってきた。
「仮眠ですので、目元を冷やしますね」
優しく目を閉ざされて、ヒンヤリしたタオルで目元を覆ってくれた。
ポンポンと軽くお腹を叩いてくれたり、後頭部に程良い太腿の感触があったり、ケイティさんの匂いがほのかに感じられたりと、文句の付けようがない。
耳元に響くケイティさんの声を子守唄に、僕の意識はあっという間に落ちていった。
◇
時間ですよ、と優しく起こされて、少しぼーっとしてる間にケイティさんが乱れた髪をキレイに整えてくれた。
そうしてる間に頭もスッキリ、視界もクリアになってきた。チラリと時計を見ると、確かにそろそろ予定の時刻だ。
今日は竜族はいないし、世界間を超えられるのは情報だけという妖精族も殆ど掠らないので参加せず、という事で、別邸の庭先での会合となっていた。窓からも、用意されたテーブル席に既に皆さんが揃っているのが見える。
「ありがとうございました。ところで、どんな風の吹き回しです?」
用意もしっかりしていたから、その場での思いつきで無いのは確かだけど。
「この前は雲取様と、先日はリア様との触れ合いを楽しまれていたのを見て、傍にいる私も、もっと積極的に振る舞うべきだった、と反省したのです」
アキ様がスキンシップに飢えていたのに気付けませんでした、などと殊勝な顔をしてるけど、目が笑ってる。
何を言っても、完璧なカウンターが返ってくる予感がしたし、こそばゆい気分をもうちょっと楽しんでいたい気もする、と迷ってたところに、フワリとお爺ちゃんが飛んできてくれた。
「そろそろ皆のところにいくとするかのぉ。あまり焦らしても、場がダレてしまうじゃろ」
感謝するんじゃぞって顔で、自然に止まっていた空気を動かしてくれた。
ふぅ。
「ん、そうだね。それじゃ、行きましょう」
そう、意識を切り替えると、ケイティさん、それに板書を担当してくれるベリルさんも、静かに頷いてくれた。
◇
庭先の会場に入って、いつも通り簡単な挨拶をしたんだけど、皆さん、少し驚いた顔をしている。落ち着いてるのは、前回、連樹の社に同行してたヨーゲルさんくらいなものだ。
「皆さん、なんで驚いてるの? この前、依代の君と会った時も一緒にいたよね? エリーはそもそも、雲取様の指導を一緒に受けたのに」
「雲取様に視て貰って、私はあの時、無様な姿を晒さないので精一杯だったの。周りを観察してる余裕なんて無かったわ。その次、依代の君の神力絡みの経過報告の場では、雲取様がいて、アキのすぐ近くに依代の君もいたから、彼の存在感に埋もれてて気付かなかったってこと」
雲取様と依代の君という強力な存在がいるところに、魔力属性が完全無色透明な僕が混ざっても、そりゃ気付く訳がないか。今は静かな庭先、それに目と鼻の先って距離だもんね。
「セイケンから見ても、変わった感じ?」
「どことは言えぬのだが、安定感が増したように思う。いや、言葉にするとやはりしっくり来ないな。落ち着きが増した、とも違う。存在感が増した、と言うべきか」
色々と言葉を選んでくれてるけど、どれもしっくり来ない、と苦笑してる。
「アキ様の印象は変わらないのに、以前とは見違えました。不思議な気分です」
ガイウスさんも、これは言葉に困る、と話していた。
「私の精霊も、同じと捉えてはならない、と警告してきたよ。私も同意見だ。魔導具に対する影響の再評価はやってみただろうか?」
イズレンディアさんが珍しく、精霊使いとしての視点で語ってくれた。ただ、気になる指摘をしてきた。
「再評価、ですか?」
「アキ様、触れた際にどのクラスの魔導具まで壊れるか確認した時の話でしょう。私が触れた感触では、魔力の強さ自体に変化はありません。ですが、浸透する力が強まっているようでした。それと移動に用いている馬車の耐魔力機構への負荷が増しているとの報告はあります。自己イメージ強化が一通り終わる頃には、魔導具への影響は倍増するかもしれません」
触れるとバチッと壊れる簡素な魔導具ですよ、と補足してくれた。あぁ、アレか。って言うか、馬車、そんな事になってたんだ。普通に乗れてるから全然気付かなかった。
「それは馬車を担当してる技師達が解決策を模索しておるが、直接触れない工夫をしておるから、まだ許容範囲だ。しかし、エリザベス殿も自己イメージ強化をしておるんだったか。そちらは使っておる護符等の調整をしたほうが良いだろう」
おや、ヨーゲルさん達はもう動いてくれていたのか。有り難い。しかし、エリーの方は影響ありと。
「その話だと、同じように訓練に参加してるケイティさん、ジョージさん、それに師匠も同じような話が出てくるんでしょうか?」
「その三人はそもそも十分な高みにあり、更に伸ばすとしても、それほど大きくは伸びないから、使ってる魔導具が合わなくなる程にはならんと思う。だが、エリザベス殿はまだまだ伸びる。魔導師見習い用の調整では、合わなくなってもくるだろうよ」
ほぉ。
「その時は調整をお願いします」
これから大きく伸びると言われたエリーは、嬉しさ半分、困惑半分って感じだ。
「魔導師として専念していくつもりはないって話してたけど、微妙な顔をしてるのはそのせい? 王女と魔導師、どっちも極めるなんて大変だわ、みたいな」
ハズレ、と呆れられた。
「私自身の戸惑いもあるけれど、それは小さな話ね。それより、先のことを考えて、山積みな問題に気付いて、少し憂鬱な気持ちになったのよ。考えてみなさい。それなりに修行してきたのは確かだけど、私も大きく実力が伸びる時期は終わり、並な魔導師級にはなるだろう、ってとこだった。そこに全力で鍛え合える妹弟子が現れた事で、一流に手が届くかも、なんて噂されだしたわ。そして、竜族の圧と竜眼を併用した指導を受けることで、一流になるのは間違いない、なんて驚きの目を向けられるように。――実力の近い者同士を競わせて伸ばすのは前からあった話だけれど、天空竜の導きは全くの予想外だったのよ」
「去年までは、竜族が身近な存在じゃ無かったもんね」
「軽く言ってるけど、これってかなり衝撃的なことなんだからね!? 箝口令を敷いたりしてないのもあるけれど、目敏い人達から、手を変え、品を変え、既にアプローチが来始めてるわ」
「アプローチというと?」
「貴族達からは竜の導きについてぜひ話が聞きたいとか、魔導師の先達達からは、魔導師育成に革新を齎す素晴らしい取り組みだとか」
ほんと熱心よね、なんて言ってるけど、両手を上げて賛成って感じじゃない。貴族は自らの優位性を維持する為に、市民には真似のできない教育、訓練を子に施すことに熱心だ。そして銃撃を無効化する耐弾障壁が一般化しているこちらでは、戦闘技術を学んだ者と、そこらの市民の実力差は決定的だ。裂帛の気迫と共に放たれた上段斬りで、受けた剣ごと真っ二つにされることだろう。……で、そんな貴族が更に実力を伸ばせる話を嗅ぎつけない訳がない、と。
「頑張る人達が好きな白岩様とかなら、熱意溢れる態度は良し、とか言って協力してくれそうだけど、何か問題なの?」
僕は希望者に対して竜族の手が足りないことを懸念しているのかと思ったけど、それはズレた認識だった。
「アキ様、前回参加したメンバーは、一年間の交流によって築いた信頼関係が、竜の圧にも耐える力を与えてくれました。それによって参加者全員が手応えを感じており、外から見ても解る程の効果があったのです。ですが、それを根拠として、ならば他の者達も、と安易に考えてはいけません。普段はリラックスしているアキ様ですら、指導中は身を引き締め、終わると大きな疲れを感じていた程なのですから。竜神子であれば多少はマシとは思いますが、竜神の巫女ですら負荷は大きい、つまりハイリスクハイリターンと考えるべきなのです」
「ケイティの意見に補足すると、竜の圧に耐えきれなければリターンゼロどころかマイナスにもなりかねないわ。魔導師やその見習いがゾロゾロと病院送りになるようでは困るの。私もまだ本調子じゃない」
簡単に回復しないとなると、確かに軽く考えてはいけないね。
おや、ベリルさんが手を上げた。
「アキ様、竜の導きについて、思い付かれた事をお話くだサイ。良いことを聞いた、と考えられたノデショウ?」
う、なんでバレるのか。
「竜族の提供サービスネタが増えて良かったな、と思っただけですよ」
「サービス!?」
エリーが妙な言い回しを聞いたって顔をした。
「竜族はモノを作らないから、人と違って、相手に贈り物をするとか、お礼をするとか、そういった行動が取りにくいよね。竜が仕留めた獲物をプレゼントしてくれても、喜ぶより扱いに困る人のほうが多いだろうし。その点、竜の導きは、この秋にやろうとしてる災害情報提供に関する緩い関係構築と同じで、相手の欲しがるモノ、この場合は指導、サービスを提供できる訳だよね。竜の圧と竜眼、それに幼竜を導ける熟練の手腕もそうそう真似はできない。まぁ、求める人が少なくて、国単位で時折、求めに応じるくらいだろうけど、黒姫様が「竜族は貰ってばかり」と嘆いていたのも、少しは軽減できるって思った程度だよ」
そう説明したんだけど、エリーから釘を刺されることになった。
「アキ、大した手間じゃないから、秋に、災害情報提供の話とセットにしても良いかな、なんて考えて無いでしょうね?」
え?
「いやいや、準備が詰まってきてるのに、更に突っ込むつもりはないよ。余裕がありそうなペアが出てきたら、提案してみてもいいかもって、ちょっとは思ったけど。ちょっとだよ」
指を少し開いて、ほんの少し、と強調したんだけど、エリーの目が据わっただけだった。
「アキの周りにはゴロゴロいるから気付きにくいんでしょうけど、魔導師は部隊に匹敵する戦力と見做されるわ。一流となれば一軍にも匹敵しかねないと警戒され、国境を超えて移動する時には、為政者達への調整まで必要になってくるの」
「不自由だね」
「それは同感。話を戻すと、そんな魔導師の実力が大きく変動するとなれば、話は魔導師達だけに留まらない。下手をすると国家間のバランスも崩れかねないわ」
またまた大げさな、と思ったけど、ここに居る皆さんで、今の話に疑問を持ってるのは僕とお爺ちゃんくらいなモノだった。
「つまり?」
「この話は安易に広めてはいけないし、竜神子と接点を持つ若竜達にも自重をお願いしたい。そして、秋に各勢力の代表達が集った際、意見交換する議題にねじ込まないとダメって事よ」
むむ。
「それなら、相談ネタが増えましたって、手紙を出した方が良いかな?」
「当然ね。やってきてから、こんな話を聞かせたら、間違いなく全員から教育フルコースよ」
きっと、ユリウス様だって、目を釣り上げて怒るわ、なんてエリーは語ったけど、目が本気だった。集まって貰った本筋に入る前の雑談程度なのに、また面倒事が増えて、やる気ゲージがちょっぴり下がったのも仕方ないと思う。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
度量衡や規格統一について、交流祭りに絡むいつもの面々に話を聞かせて貰おう、という集まりでしたが、アイスブレイクがてら行われた雑談が思った以上に盛り上がって、三大勢力代表に、アキから手紙を出す、なんて話にまでなってしまいました。
アキからすれば、雲取様に指導をお願いしたのは、あくまでも身内として内々にって程度で、竜族の横展開なんてさらさら考えておらず、対面するだけで厳しい、というのが一般認識とも理解してるので、エリーから聞いた反応は想定外でした。
ですが、これは頻繁に戦が行われ、太平の世には程遠い世界において、大切なのは家、国家であり、それがあるから個も尊重される、と皆が理解している状況下では、甘い認識と言わざるを得ません。
無能な当主は廃嫡されるし、有能な者がいれば、養子に迎えたり、婚姻したりして血筋に取り込んで、国としての強さを伸ばしていくのが、この世界の為政者層の思考です。それができない無能は敵に攻め滅ぼされ、そうでなくても近隣諸国に併呑されて消えゆくのみ。
しかも、ケイティも説明してた通り、前提条件は色々あるにしても、参加者全員、魔導師見習いから当代一流と言える者達まで手応えを感じた、などと聞けば、手を伸ばさない訳がありません。
まぁ、この辺りは、各勢力の思惑が絡むところではあるのと、アキの傍らに常にいる翁から、妖精国にも話が伝わっていくので、秋に三大勢力代表が集う時にはきっと、妖精女王も何某かの動きを見せることでしょう。
次パートはちゃんと本題に入りますのでご安心ください。
次回の投稿は、八月二十八日(日)二十一時五分です。