17-5.ヤーポン滅ぶべし(中編)
前回のあらすじ:依代の君が、誠にはない分野を学ぶことについて、僕の考えを伝えてみました。あと、連樹の神様を浄化作戦に引き入れる件ですが、快諾してくれました。同行してくれてた皆さんからは、転ばぬ先の杖ということで、色々と配慮すべきだ、という意見も出たので、それらを行って彼を支えれば上手く行きそうです。あと、帰宅したら、文句たらたらなリア姉を宥める羽目に。何でも、度量衡や各種規格の統一化をしちゃおうよ、と提案したら皆さん、塩対応だったそうで。でも姉が困っているのだから、僕も何か手助けしたいと話すと、だいぶ態度を軟化してくれました。ふぅ。(アキ視点)
翌朝、食事と身支度を急かされて、何かと思ったら、ヤスケさんが朝一で話をする為に来てる、とのことだった。
今後の予定も立て込んでるから、リア姉が踏んだ度量衡統一の話は、小さな種火のうちに消そうとは思ってたけど、共和国の方針にも絡む内容だから、ヤスケさんと話せるのは有難い事だった。
父さん、母さんはヤスケさんの公務を代行してるとかで不在、リア姉も登山を終えて帰りがてら、共和国に立ち寄る連邦の帆船を出迎えるイベントに参加で海を渡って久しぶりに帰国したそうだ。
ケイティさんに聞いたら、やっぱりヤスケさんの指示で正解。僕との話し合いに余計な割込みが入らないように、物理的に離したって事だった。
まぁ、それだけこっそり内緒話をしたいってとこだろうね。
食事を終えて居間に行くと、ヤスケさんはテーブルの上にでんっと座ってるトラ吉さんと何やら話をしていた。まぁ話をしているというか、話しかけて反応を伺うって感じだけど、穏やかな雰囲気で、以前よりちょっとだけ距離が近くなった感じだ。
「ヤスケ御爺様、お久しぶりです。夏の暑さを楽しんでますか?」
何故か、自然とそう呼び掛けていた。そして、そう呼ぶととてもしっくりきて不思議だけど、悪くない。以前よりも僕自身が、自分をきちんと意識するようになって、そうして落ち着いたところから、ヤスケさんを見たからかもしれない。
この人は、僕の御爺様って立ち位置にいる人だって。
「共和国とはまた違った夏を満喫しておるとも。アキは落ち着いたか。見違えたぞ」
薄暗い闇のように淀んだ目だけど、そう語り掛ける表情からは、驚きと歓迎の気持ちが感じられた。
「ありがとうございます。登山先の主の方々に勧められて、自己イメージに向き合う事にしました。雲取様にキッチリ視て貰えたので、ミア姉の時くらいのペースで見直しも終えられそうです。見直した今から、以前を振り返ると、歪な在り方をしてたって気付けたのは良かったですね」
弱いところは弱くてもいい、ただ目を背けてはいけない、それを含めて自分なのだ、と。そんな基本を雲取様は思わず背筋が伸びるような真面目さで思い出させてくれた。それに、雲取様はまだ先でも良いと思ってた、なんて言ってたけど、向き合えるだけの落ち着きを、心の余裕を僕が持てるまで待っていてくれたんだよね。きっと、こちらに来た頃、雲取様と出会ったばかりの頃だったなら、向き合いたくない、と泣き出して目を背けてたと思う。
ほんと、素敵な出会いに恵まれたね。
「……そうか。それを為したのが天空竜というのが口惜しいが、雲取様であれば文句はない。鬱陶しいと思われぬ程度に感謝の気持ちを伝え、奇跡的な縁を大切にするがいい」
「はい」
竜族の絶滅こそ悲願という思いはあれど、雲取様と僕の関係は素直に認めて寿ぐのだから、ほんと凄い方だ。
「ニャ」
っと、トラ吉さんが、用事があるんだろ、と催促してくれた。
「驚きのあまり、こちらに出向いた用事を忘れておった。時間も惜しい。本題に入ろう」
ヤスケさんに促されて、僕も席に着いた。名残惜しいけど、お仕事、お仕事。
◇
「事の経緯は同席していたジョウから聞いた。三大勢力の間で度量衡が異なることが明らかになり、代表達が集う次の機会に、度量衡を含めた規格統一の議題も話し合ってはどうか、とリアが提案し、交流祭りの検討をしていた者達からの反応は芳しくなかったそうだ」
ジョウ大使も同席してたのなら、各勢力関係者の反応を読み違えることもないだろうね。
「僕がリア姉から聞いた内容と同じですね。違いがあると事故にも繋がるのは地球にも多くの事例があるくらい明白なのに、何で食いつきが悪いんだーって、文句たらたらでしたよ」
ベリルさんにお願いして、昨日、箇条書きにして貰った項目を書いた紙を出して貰った。ヤスケさんもざっと目を通して、目頭を揉みながら、深い溜息をついた。
「リアは、アキが来てから一年、積極的ではあったが、アキの活動を支える範囲に終始していて、少しは落ち着いたかと思えば、コレだ。最終的には必要ではある。だから誤りとは言わん。良かれと思う気持ちから提案もしたのだろう。……だが、秋の戦がどうなるかも不透明なこのタイミングで始める話でもあるまい」
うわー、すっごく渋い顔をしてる。というかそんな表情を見せてくれた。山の頂を目指すのに、もっと穏やかな道筋もあるのに、わざわざ最短だからと、落石多発の険しい岩肌を真っ直ぐ登る、そう言いたそうだ。
「一応、聞いた範囲では、対立に発展するほど荒れた訳ではないっぽいですけど。……善意で煽った、波風が生じた、だけど代表達に正式に議題として示した訳じゃないから、まだどう進めるか、穏やかに進めるか、今なら選ぶ余地がある。そう考えたんですけど、どうでしょうか?」
ヤスケさん、というか街エルフならハードランディングでも良しとするかも、と思ったけど、いくら長期目線の街エルフでも、今、このタイミングで度量衡の問題に触れて、主導権を握っていこうとは考えてなかったようだ。僕の示した方針に合格って感じに笑みを浮かべた。
「弧状列島統一という話をぶち上げてるアキだから、この話も推進すべきだ、と言い出さないかと懸念していたが杞憂だったようで何よりだ。その方向性ならば、共和国の利となり、諸勢力にとってもいらぬ軋轢を避けられよう。では、アキよ。度量衡や規格についての現状認識と、どう進めるべきか、考えを述べよ」
げっ。
ヤスケさんが人払いをしてまでやってきた、というから薄々予想してたけど、先生モードだ。
「僕もまだ色々と情報を齧って学んでる途中の身なので、認識不足や誤りがあれば、その都度ご指摘ください。では、財閥が物流、通信網を支える共和国と連合における度量衡、各種規格ですが――」
それからは、論点を明示しやすいよう、ホワイトボードも出して貰い、手元資料無し、即興の説明会をみっちり行うことになった。度量衡や規格と言っても全てを語るのは範囲が広過ぎるから、長さの単位や、製造技術力に見合った部品の公差に関する考え方、製品に求める強度に対するスタンスの違いなんてところを、福慈様が激昂した際の爆発的な思念波によって魔導具があちこちで壊れた事例を元に話してみた。連合の人族、連邦の鬼族、帝国の小鬼族、それぞれの体格の違いが及ぼす今後の共同作業への影響とか、度量衡や規格を共通化することの利点が見込める分野がどこか、なんてところまで。
途中で色々と補足して貰ったり、より深く理解できるよう追加説明を受けたりして、僕のざっくりした認識を叩き台に、共和国が望む最小範囲がどこか明確にしていく、そんな素案作りを二人で行ったような面白い体験になった。
ベリルさんが適切にメモってフォローしてくれるおかげで、思考を妨げられることなく、かなり深いところまで話し合えたと思う。実際、ヤスケさんがここまでとしておこう、と区切ってくれた時点で、かなり頭を使い切った感があって心地良かった。
「殆ど休みなしでしたけど、かなり話がすっきりしましたね。後は各勢力の皆さんからざっと話を聞けば、落としどころも見えてくるでしょう」
「午後から皆と会うのだったな。疲れはないのか?」
そう言うヤスケさんは、んー、結構お疲れのご様子だ。
「軽食でもつまんで仮眠をちょっと取れば大丈夫ですよ」
確かに頭は沢山使ったけど、心地良い疲労感と言ったところだし、思考を空っぽにして短眠で頭を休めれば、短時間でも結構スッキリするものだから。
「――若いな。儂は参加せん。いない方が自由に話せよう」
「お気遣いありがとうございます。それで、えっと、即効性のある範囲でリア姉の好きなように話を進めて貰う、で良かったですよね?」
「それで良かろう。先々を考えれば、度量衡や規格の統一は避けられん話だ」
そう重々しく頷いてるけど、選べる選択肢の中で、できるだけリア姉の望みにも配慮しようって辺り、心の内が透けて見えてくる。
「ではそのように。リア姉には、ヤスケ御爺様がデレてたって話しておきます」
好意的に判断して貰えて、リア姉も幸せ者って、ヤスケさんの行動を正しく評価したつもりだったけど、言い回しがお気に召さなかったようで、軽く睨まれてしまった。
「そのような物言いは止めよ。だがまぁ……同じ街におるのだ。このような話は先に相談するよう伝えなさい」
不満を表にしつつも先を考えた助言を言うなんて、あー、もう、ヤスケさんってば、かわいいところがあるなー。っと、揶揄いたいとこだけど、ここはグっと我慢だ。
「はい♪」
何とも苦々しい表情を浮かべて、でもやっぱりどこか嬉しそうでもあって、やり辛いって意識が伝わってきたけど、リア姉への気持ちも偽りではないし、話せば話すほどボロがでそうってことで、ヤスケさんは、話はここまでと口を閉ざした。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
リアが新たに一石投じた事に対して、ヤスケがかなり慎重かつ大胆な行動に出ました。家族に対して、アキとは二人だけで話したい、と言えば、皆も邪魔などしない筈ですが、それでも念を入れて、別邸の外に追い出した辺り、色々と思うところもあるのでしょう。まぁ、ハヤトやアヤならともかく、話の当事者たるリアが入ってくると話がややこしくなりそうではありましたが。
二人が話したように、実は二人とも、相手に対して、リアの提案をそのまま押し通す無茶をするんじゃ? なんて考えて探りを入れ合ったりしてました。似た者同士というか、相手への理解がちょい足りないというか、まぁ、話した結果、お互い納得できる着地点を見いだせたので杞憂でした。
アキと違って、リアの場合、研究所を抱えてることもあって、その発言にはかなりの重みがあるので、取扱注意なんですよね。アキなら「あー、すみません、理解が足りてませんでした」と謝れば、まぁ仕方ないね、となっても、リア相手なら、なかなかそう軽い対応とはならないですから。アキも、ヤスケから「お前の発言には重みがあるから注意せよ」と釘を刺されてはいますが、やはり、街エルフの大人で、魔力の単位に名が採用されるような実績があり、魔力計測機器のシェアを独占してる研究所の代表であるリアが発言した、となると、まぁやはりアキとは別の意味での重みがある訳です。
次回は、今回のヤスケとの内緒話を持参して、リアの提案への関係者達へのヒアリング会となります。ヤスケと考えた方針、素案はアキの発言のベースとなるだけで、提示する予定はありません。先に示すと、それが叩き台になってしまって、リアが動ける予知が無くなってしまい、助けるつもりが、話を横取りしてたって事になってしまいますから。
次回の投稿は、八月二十四日(水)二十一時五分です。