17-3.依代の君と共に連樹の社へ(後編)
前回のあらすじ:連樹の社で、二拍一礼していた儀礼にも魔術的な意味があると教えて貰いました。僕でも感知できる依代の君の神力のおかげで、柏手と共に広がる神力の動きも認識することができて、なかなか興味深かったです。(アキ視点)
触れるとそこらの魔導具を壊してしまう僕や、濃密な神力を纏う依代の君が入ると、建物の中が酷いことになりそう、ということで、外に陽光と風を制する魔導具を設置して、ホワイトボードと座席を並べた青空教室での説明となった。
「基本的な話ですけど、呪いはその礎となる基点があり、其処から広がっていく性質があります。呪われた館があったとしたら、館全てが呪いに覆われていたとしても、館のどこかに呪いの基点となる物があり、それが浄化されれば、館を覆っていた呪いも纏まりを失います。軍勢で言えば指揮官を失ったようなものですね」
ホワイトボードに描いた、ロングヒルから、弧状列島の南西端、ディアーランドに至るまでの大まかな地図。そして大洋に面した南以外を海に隔てられている「死の大地」。それらの位置関係について、ロングヒルや共和国の島、連合内の大国の場所を示すことで認識して貰い、同時に距離感、「死の大地」の広さも意識して貰った。
ん、ヴィオさんが手を上げた。
「「死の大地」は呪いに覆われた地と聞いている。今の話は、「死の大地」のどこかに、その呪いの全ての礎となる基点があると?」
ん、いいね。
「それが一箇所なら探す手間も省けるんですけど、恐らく呪いの基点は無数にあります。そう考える根拠もあります。街エルフが彼の地を離れた時も、呪われた地はあちこちにあるものの、大地を覆うほどの規模ではありませんでした。それが長い年月を経てそれぞれが規模を拡大して、呪われた地同士が重なっていきました。そしていつの頃からか彼の地の全てを覆い尽くしました。だから、基点は始めから沢山あったんです」
「アキの話では、「死の大地」は呪いの闇に覆われ、その姿を見ることができないそうだが」
「呪いの基点は、普通は動きません。歩き回る不死者もいるそうですが、それらは一部の例外を除くと、呪われた場を徘徊はするものの、基点とはならないそうです」
「例外?」
「有名なところで言えば、死した竜が不死者と化した不死竜ですね。ただ、その場合も基本的には死した地から遠出はせず、生者が近付くなどした場合にのみ、動いて襲い掛かるようです。話が逸れましたが、呪いに長年晒されると、新たな基点が生まれたり、他の呪いを取り込んで大型化したりするそうなので、現在、「死の大地」のどこに、幾つ基点があるのか誰も知らないんです。しかも呪いの闇が邪魔で、竜が空から眺めても基点を探すのは困難です」
僕もケイティさんから呪いについて少しずつ教わってるけど、なかなか厄介な話が多いんだよね。しかも統計的に分析できるほどの事例もないし、そこまで詳しく調べられたこともない。呪いを見つけて浄化しました、メデタシメデタシって話なら多いんだけど。
「調査を阻む闇を多くの天空竜達が協力して取り除き、それによって顕になった呪いを探査して、基点を明らかにする、か」
「ですね。見るのに邪魔なら取り払えばいい。空から見えるようになったら、上から魔導具で探査して、情報を持ち帰って分析すれば、どれを先に浄化すべきかも見えてきます」
戦で斥候を放って敵軍の様子を確認するようなものと補足した。それと、多分、基点は数千、数万とあるから、考えなしに手前から浄化していくのは避けたいとも。
おや、神官さんが手を上げた。
「呪われた地は広がることはあっても、動き回ることはない。ならば彼の地の海沿いに上陸地点を確保して、安全を確保しながら、浄化する範囲を広げていくのが王道ではないか?」
ほぉ。
「呪いが点在してて、外に向けて攻撃もして来なくて、その場に籠もってるだけなら、その策でもいいんですけどね。雲の高みまで届くほどの呪いの闇を剥ぎ取っても、呪いからすれば、寝てたところに、掛け布団を取られてしまった程度、大した被害は受けてないんですよ。そして呪いは刺激を受ければ、反応します。見える範囲にいる生者に対して、闇を引き剥がされた事と同程度の反撃を放ってきても不思議じゃありませんよね」
弧状列島の西側地域図を指し示して、「死の大地」全体を祓ったのだから、例えば、海沿いにある対岸地域全体を薙ぎ払うとかしてくるかも、と話すと、彼らの表情が驚愕で固まった。
っと、端折りすぎた。
「えっと、地図で見ているせいで、「死の大地」が一つの巨大な呪いのように勘違いされてるようですね。実際にはこれは沢山の呪いの群れで、しかも見える範囲に攻撃する程度です。だから、対岸が見える呪いは全体の極一部、海沿いに位置する呪いだけです」
「死の大地」の輪郭に沿って赤ペンで線を引いてみせた。
「今、塗った赤いところ以外、内陸の呪いには海の先は見えません。だから直ぐには手を出してきません」
「直ぐ?」
依代の君が良いところに気付いてくれた。
「ん、その通り。呪いの基点は動かないけど、この前、世界樹と連樹の神様が共同で広域に語り掛けた事に反応して、「死の大地」の呪いは、世界樹や連樹の山がある北東方面の呪いを厚くする変化を見せた。これは呪い同士の間で、力の受け渡しができる事を意味するよね。つまり、全体浄化を食らった呪いは、反撃のために、或いは更なる攻撃への守りを堅めるために、力の再配置をしてくることが予想されるんだ。すぐ動ける戦力は沿岸地域の呪いだけ、だけどある程度したら、呪いの再配置を終えて、より浄化しにくく、手強くなってしまうというってこと」
ここで、タイムライン表を軽く書いた。
「呪いの闇を取り払うのが第一作戦、ここで顕になった「死の大地」の探査記録を持ち帰って、その分析をスタート。浄化作戦から帰ってきた竜達は減った魔力の回復に務める。理想を言えば、各地の基点潰しに再出撃できるくらいに竜達が回復するまでに、どの呪いを、どの順番で浄化するか検討を終えておきたい。検討が終わらないと、竜達もどこに行けばいいかわからないから、持ち帰った探査記録を元にした分析はなるべく早く終えたい。何故なら、闇を取り去った時点で、「死の大地」の呪い、祟り神は次の行動に向けて動き出しているのだから」
浄化作戦を担当する竜達、情報分析チーム、そして、祟り神。三つの勢力が動くタイミングがこれで明らかになった。
ヴィオさんが手を上げた。
「その中で、情報分析に我が神が参加することを求められているのだな?」
「はい。持ち帰ってきた探査記録は、それだけでは空から彼の地の様子を撮影してきた風景記録に過ぎません。そこから、地図上のどこに基点があり、それがどの程度の強さなのか、地脈を利用してそうか、周辺地域の中枢相当か、といったように、呪いを戦力として分析できる形に情報化しなくてはなりません」
おや、なんか焦りだした。
「待て、待ってくれ。今、話がかなり飛躍したぞ?」
ん、ヨーゲルさんが手を上げてくれた。
「地図が頭に入ってる状態で、映し出された風景が地図上のどこに位置するのか把握する。撮影された角度や、日差しなどを考慮して、大地を覆う呪いの濃さの分布をイメージして、あるとしたら基点がどこか推定する。そして闇の濃さや、その量から、呪いの規模を推定する。そこまでできたら地図上にその情報を書き記せばいい。段階を追えば、やるべきはそんなところだ。竜達の飛行した経路、高度、撮影方位、角度、時刻は記録されているから、それらを頼りに分析を行う。理解されたように、これはかなり手間の掛かる作業だ。記録は静止画像ではないから動きもある。呪いの動きも判断材料の一つとなると思う」
ヨーゲルさんの発言をケイティさんが箇条書きにしてくれたけど、うん、これはかなり面倒臭い上に、判断にかなり高度な知見が求められる感じだ。米軍も爆撃後の戦果判定には一週間はかかるし、それでまだ空爆が不十分となれば、再爆撃と戦果判定のセットを、敵を無力化したと判断できるまで続けるくらいだ。
「それらを終えると、盤上の駒の配置が明らかになるという事だろうか」
神官さんが考えを述べた。いいね。
「ですね。ただ将棋と違って、駒の大きさしか見えてないのと、距離の近い駒同士は力を与えることで大駒化する事もあります。それと動き回る不死者は脅威なので、それらの手勢を持つ呪いは脅威度を高く判断したほうが良いでしょう。不死者の動きは地形の制約を受けるので、奥地にいる集団は後回しにできるとは思います」
今度は依代の君だ。
「今、幾つか判断基準を話してたが、顕になった基点について、それらを元に浄化すべきか否かを判断し、更に手強い方から先に叩けるよう、順位付けをして、可能なら、竜達のチームの誰がどこを担当するのかまで決めたい、ということか」
「そうだね。まぁ、脅威度順にピックアップまでできたら、その後、戦力をどう使うか考えるのは参謀本部の仕事だろうから、先ずはピックアップするまでを手伝って欲しい。情報が揃わないと、作戦立案も始められないから」
僕の言葉を受けて、ケイティさんがタイムライン表の情報分析チームを、情報分析チームと作戦立案チームに書き直してくれた。
スケジュール上の重要経路が情報分析にあって、ここが終わらないと作戦立案ができないし、時系列的には竜達の回復は並行で行えるけど、回復が終わっても、それだけじゃ、基点潰し作戦も始められないのが、かなり明確になった。
「……我が神は、この中で情報分析を担う、か」
ヴィオさん、それはちょい違う。
「ヴィオさん、今までの話はイージスシステム相当の話だけで、数十の竜達のチームが、それぞれどの順番でどこの基点を潰したら手が早いか決める巡回サラリーマン問題と、決めた手順が実は何手か先まで見たら実は悪手だった、なんてことがないか調べる模擬的検証があって、それらは作戦立案になるんですよ」
「巡回サラリーマン問題、模擬的検証?」
「空を自在に飛ぶ竜達は、飛行経路を自由に設定できるので――」
一筆書きの要領で最短経路を導き出すのが巡回サラリーマン問題だけど、経路上で通行の邪魔になる基点があると移動コストが高くなる。だから、複数チームで、露払いしたルートを後続が進む事で侵攻速度を稼ぐとか、敢えてチーム間で侵攻タイミングを変えることで、呪いが動くことを利用して、薄くて通過しやすいルートを創り出す、なんて案も話してみた。
模擬的検証の方は、こちらと呪いの駒を配置して、時間経過に従って、各駒を動かして、全体が想定通りに推移していくか、それとも予想外の状況が生じたりしないか、確認していく作業で、棋士が何手か先まで読んで、それが正しいか、実際に駒を動かして確認するようなモノと説明した。
それぞれ、皆さんからの疑問、質問に答えながらの説明になったので、手間は掛かったけど、まぁ、見込み通り、小一時間で話し終えることができた。
「――と言うわけで、樹木の精霊の集合体と看做せる連樹の神様なら、数百の駒がそれぞれ、決められた条件で判断して動かして、「死の大地」全域を対象とした図上演習とかもかなりの精度、速度で行えるかと思うんです」
あれ? なんかヴィオさんが肩を震わせてる。
「アキ、無茶を言わないでくれ。我が神は将棋を嗜まれてはおらぬ」
「連樹の神様ならルールを覚えれば、すぐ慣れますよ。ヴィオさんが教えれば――」
「私も! ……私もよく知らないんだ」
「え? 遊びの一環で子供同士で遊んだりとかは?」
僕の問いに、神官さんが答えを教えてくれた。
「連樹の民の間では流行っていないのだ。打てる者もいるが教えるのが下手でな。負けてばかりで詰まらない、と子供が皆、直ぐに飽きてしまったのだ」
あー。
その後、色々と聞いてみたけど、窓口として巫女のヴィオさんを尊重するという連樹の神様の方針と、情報分析や模擬的検証のような話はかなり相性が悪い事が明らかになった。
いつもは鋭さすら感じさせる巫女さんなのに、性に合わない、説明できる自信がないなどと、逃げの一手に終止する姿は、何か年相応のお姉さんって感じで可愛らしい。降ろした我が神にアキが説明すればいい、なんて言いだしたりもした。僕もミア姉との心話を優先してきたから、時間がかかるゲームの類って、友達と一緒に遊んでる時だけですぐ終わるアクション系とかしか触れてこなかったから、イメージを伝えるならともなく、その面白さを伝えるのは無理、と断った。そしたら、仲間を得たって顔をして、何事も手分けをするのが大事、なーんて主張する始末だった。
……結局、扱う情報量と分野の広さから言って、ヴィオさんが全てを介するのは無理なのは確かなので、ヴィオさんには求められる話を説明できるまでは頑張って貰い、連樹の神と参謀や技術者達の直接交流を行う仕組みを設ける方向で話を進めていくこととなった。
ケイティさんに聞いてみたところ、リア姉の研究所に、子供に教えるのを得意としてる人がいるそうなので、その方をヴィオさんの教師として派遣して貰えそうだ。
ヴィオさんはと言えば、いくら巫女だと言っても、こうもあれこれ学ばなければならないのかと、文句タラタラだった。
でも、自分も共に学びたいと、依代の君が言い出すと、年上の自分がいつまでも愚痴っては居られないと腹を括ってくれた。
……依代の君、ナイスフォローだ、とか思ったけど、綺麗なお姉さんと共に学ぶのも良し、なんて顔をしてて、どうも纏まったのは意図した結果ではなく単なる偶然のようだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
タイムライン表を引いて、期間短縮が不可能なルート=重要経路がどこかを明らかにして、ということで、連樹の民も、連樹の神様が携わるだろう活動の位置付けをだいぶイメージできたようです。
合わないから嫌だ、と駄々をこねるヴィオを愛でるアキと、そんなヴィオと一緒に遊びながら楽しく学んでみようと名乗りを上げた依代の君、第三者からみるとどっちもどっちじゃないかと思えるんですが、突っ込み不在とは恐ろしいモノです。
次回の投稿は、八月十七日(水)二十一時五分です。