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2-37.新生活八日目④ 未来への道

前話のあらすじ:魔術を学ぶため、大使館のある国ロングヒルに向かうことになり、そこに向かう人や方法の紹介をした話でした。


あと、前パートで御者の名前を間違っていたため修正しています。

誤:ウォレット

正:ウォルコット

お茶の時間、今日は鮮やかな緑色の枝豆を潰した餡を白玉に乗せたずんだ餅と、玄米茶だ。枝豆のつぶつぶの食感と、控えめな甘さがとても美味しい。玄米茶で口をさっぱりすると何個でも食べられそうだ。

僕達がもくもくと食べている様子を、アイリーンさんが満足そうに見ている。


「アキ、これは昔聞いたレシピ通り、枝豆、砂糖、塩だけで作ったんだが、どうだった?」


 リア姉は、追加の一皿からひょいひょいと食べている。


「アイリーンさん、こちらは作り立てですよね?」


「はい、時間がたつと風味が落ちるので食べる時間に合わせて作りまシタ」


「おかげで枝豆の香りがとても豊かでしたし、お餅も弾力があってとても美味でした。日本あちらでもきっと人気になるでしょう」


「それは良かった。実は私の大好物なんだ」


 リア姉はそういって、またぱくりと食べた。


「太りますよ」


「大丈夫。ずんだ餅は別腹だから」


 父さんと母さんが呆れた顔をしているが、止めはしない。まぁ、夕食で調整するんだろう。しっかり食べたこともあって、お茶を飲んで少しのんびりしてから、父さんがホワイトボードをひっくり返した。中央に引かれた線の左側が予定、右側が現状ということで、僕の立場などが箇条書きされていた。


「予め書いておいたが、この通り、僅か八日間でアキの立場、状況は大きく変わった。ここで書いた内容はあくまでも方針が決まっただけで、具体的な活動はこれからだが、方向性はこれで間違いないと思ってくれていい」


 父さんに促されて、ボードに書かれた項目を読んでみる。まずは左側、当初の予定とされた内容だ。


・保護の必要な子供であり、成人まで誠意を持って育成する。

・立場は、あくまでもハヤトとアヤの子供。

・魔力共鳴についてはリアが検証、研究する。アキの対応は不要。

・高魔力域対応型の子守妖精(魔導人形)が用意出来次第、アキへの見守りを開始する。

・アキには、街エルフの子供と同様、平穏に暮らすことを望む。

・アキは共和国で生活する。

・ミアの救出は、目処が立ち次第、対応する。リソースの割り振りは現状通り。(少ない)


 僕は完全に蚊帳の外、子供は勉強してなさいといったところだろうか。当初の計画通りだと地道に基礎研究を続けているだけで、気が付けば数百年とか経過していそうで怖い。それにミア姉の救出も、どう見ても後回し。これでは話にならない。


 次に右側、現状とされた内容を読んでみる。


・保護の必要な子供であり、育成は行うが、次元門構築計画参加を優先する。

・立場は、ミアの妹であり異世界専門家とする。

・魔力共鳴の検証、研究はリアが主体で行うが、アキは魔術を行使でき次第、必要に応じて協力する。

・子守妖精は、魔法陣の準備ができ次第、召喚する。

・アキには、置かれた環境下で、可能な限り平穏に暮らすことを望む。

・アキは魔力感知を習得するため、大使館領のあるロングヒルで生活する。

・ミアの救出は、次元門構築により達成される。次元門構築計画には優先的にリソースを割り振る。

・次元門構築計画は、街エルフだけでなく、人、森エルフ、ドワーフ、鬼、竜、小鬼、妖精の専門家も参加する。


 ミア姉救出のために、しっかり次元門構築の計画も考えて貰えたようだし、優先度もだいぶ高めに設定して貰えたようだ。それに僕も異世界専門家という肩書で参加できるというのがいい。それと本物の妖精を召喚できる点も大きいと思う。なにせ簡単に行けない妖精界の住人だ。こちらにいる人とは別の視点はきっと役立つはずだ。


「ありがとうございました。調整、大変だったんじゃありませんか?」


 危機意識は多少煽ったにせよ、僕が話したことを関係者に理解して貰い、人や資金といったリソースを手に入れたのだから、きっとそれなりに大変だったことだろう。


「なに、アキが話した内容をざっと説明して、最悪の事態かどうか判断するだけの情報が手元にないと理解させるだけだったから、それほどでもなかったさ。いつかくる天変地異よりも、近い将来確実にくる小鬼達との生存競争のほうが、危機意識を持ちやすい。何より、他の事業に比べれば、情報収集、分析が主でさほど人も資金も必要としないのだから、通らないほうがおかしいだろう?」


「関係者を集めて、説明して、合意を得るだけでも、日本あちらではこんなに早くは決まらないので驚きました」


「政治の分野では、我々も即断即決できる仕組みを用意しているんだ。敵は待ってはくれないからね」


「なるほど」


 古代ローマ帝国の独裁官みたいな制度だろうか。それとも時間制御ができるという話だから、政治家が難問を考える時だけ時間を加速するような工夫でもあったり。……賢い政治家が増えても、寿命で早死にするようだと人族では採用できそうにない策だけど。いずれ聞いてみよう。今はちょっと気になったことがあるからそちらを聞いてみることにする。


「ところで、計画に参加する種族なんですけど、地球あちらでシュメール人に文明を伝えた半魚人オアンネスのような種族がいたりしたら、ぜひ候補に加えて欲しいんですけど、どうでしょうか」


「オアンネス? アキ、聞いた覚えはあるんだが、どんな内容だったか教えてくれないか」


 思い出せそうなんだけどなぁ、とリア姉がボヤいている。


「えっと、六千年ほど前、シュメール人はまるで進化の段階をいくつも飛ばしたようにいきなり完成度の高い文明を開化させた人々なんですよね。で、彼らの伝承によると、文明を伝えてくれたのが『腹を開いた魚を被った人間』のような『半魚人オアンネス』達で、彼らは人の食べ物を口にすることなく、夜には海に帰っていったという謎っぷりなんですよ。面白いのは、普通、神にあたるような存在って格好良かったり、美しかったりするでしょう? なのに、オアンネスはどちらかというとグロテスクとしか思えない変な姿で伝えているため、逆にそんな『何か』がいたのは間違いないとか、考える研究者もいるんです」


「あちらではそんな種族がいたというのか。なんとも奇妙に思えるが、そんな種族がこちらの海にもいるかもしれない、そうアキは考えているんだな?」


 父さんは、海の中は探査していないからいても不思議ではないか、いや、まずは地上でそんな輩と接点を持つ国を探すのが先か、などと考え込んでいる。冗談半分、でもいるかもしれないといった程度で言い出した内容だったんだけど。


「アキ、すこし思い出してきたんだが、その話ってアレだろ、ムー民の書に載ってた奴」


「は? なんです、それ」


「ミア姉が書いてたマコト文書の外典で、ムー民とかいう人々が連綿と伝え続けている古代に栄えたという超文明とか、人の持つ未知の可能性を示す知識とか、超常現象とか、他恒星系からきた宇宙人とかが書かれた禁断の書だよ」


 リア姉は話している内に思い出してきたようだ。にしても、何その扱い。というかなんでミア姉、そんな雑談ネタまで書き残してるの。


家政婦長(ハウスキーパー)、その書の閲覧許可をいただけまスカ?」


 なぜか、ベリルさんが興味津々、食いついてきた。不味い。ケイティさんもなんと答えていいか迷っている。


「あの、ベリルさん。その書はちょっと虚実が入り乱れていて、読むのにかなり注意が必要なものだから、無理に読まなくても――」


 ほらほら、早くリア姉も止めて、と目で訴えてみる。


「そうだな、別にアキの代筆をするのに、不可欠な知識という訳でもない」


 うん、そうそう。


「アキ様の限られた時間を、私への説明に費やしてしまうことは避けたいのデス」


 ですから、どーかお願いしマス、と重ねて頭を下げてくる。真面目な視線が痛い。


「リアが少しサポートしてあげれば、読んでも良いのではなくて?」


 母さんが、逆方向にフォローしてきた。


「アヤ様がそう言われるのでしたら、許可をしても良いと思いますが、リア様、どうでしょうか?」


 ケイティさんが逃げた。というか知らない書物だから、判断できないってとこか。


 ……皆の視線がリア姉に集まった。リア姉がベリルさんからの熱い視線をちらちら見て考え込んでる。


「――私も研究で時間はそれほど取れないから、ベリルは読んだら、自分なりの解釈を考えて、私に話すこと。そして、私が告げた視点も考慮して、様々な角度から書かれた内容の再検討をしてみること。それが約束できるなら、いいよ」


 苦渋の選択と言った感じで、子供に言い聞かせるように、ベリルさんへと判断を伝えた。


「約束しマス」


 嬉しそうにベリルさんが頷いた。今度、ケイティさん、いや、人形の専門家となるとやっぱりリア姉か。ちょっと、リア姉に魔導人形の心がどれくらい、世間の荒波に揉まれているのか聞いてみよう。なんか純粋な感じしか受けないから、心配だ。……かなり心配だ。


 幸い、アイリーンさん、シャンタールさんはさほど興味を持たなかったようだ。良かった。三人同時に読んで、相互に影響し合って、電波でも受信し始めたら怖過ぎる。うん、その未来はかなり怖い。 





「ところで、アキ。君宛の手紙がある。……ミアからのものだ」


 そろそろお風呂に行こうかと考えていたところに、父さんが姿勢を正して、話を切り出した。


「ミア姉から?」


 地球あちらとは僕とミア姉が交流できていただけのはずだけど……。


「君を喚ぶ前に予め書いておいたものだよ。条件を満たしたら渡すように、と言われていたものなんだが、こんなに早く渡すことになるとは思わなかった」


 そう言うと、父さんが2通の封書を渡してきた。表には『一』、『十四』と書かれている。


「この番号は?」


「読めばわかるということだ。あと、読むのであれば『一』のほうからにして欲しいそうだ」


 封筒をじっと眺めて、少しミア姉なら何をするか考えてみる。

 想定した状況になったら読ませる文書、異なる番号、『一』が最初、他に用意されているのが『十四』。

 ……まったく、ミア姉は。


  こんな時まで、ネタを仕込まなくてもいいだろうに。


「ありがとうございます。後で読んでみます。その分だと他にも預かっている手紙があるんでしょうか?」


「あるよ。両手に抱えきれないくらい」


 リア姉が両手で一抱えというほどある、とジェスチャーをして見せた。


「どれも、渡す条件付き?」


「その通り。だから、他の手紙はまだ渡せない。それと、私達は条件は読んでいるけど、中身は知らないからそのつもりで。もし、私達に、他の誰かに伝える必要がある内容だと思ったら教えて欲しい」


 いなくなった家族が残した手紙。母さんの表情からすると、読みたい気持ちはだいぶあるようだけど、ミア姉の意志を尊重するため、見ないことに決めたようだ。


「はい」


 今度、大切なものを入れておく丈夫な箱を用意して貰おう。





 僕は、お風呂も早めに切り上げて、寝室に戻って手紙を取り出した。

 ペーパーナイフを取り出して、まず『十四』のほうを開けてみる。


 <十四>

 あなたは、こちらにきてからの年月を思い返していた。多くの出会いがあり、楽しい経験もあり、良き友にも恵まれ、概ね幸せな人生だったように思う。ただ、心残りなのは、あちらに行った『彼女』を取り戻すこと、それだけができなかった。間に合わなかった。何か手段はなかったのか。もっと他に選べる策はなかったのか。あなたは、それぞれの時にできるだけのことをしたのだと言い訳をする。だが、それが自分でも納得しきれないことは誤魔化せなかった。だがもう遅い。もう、時は残っていないのだから。あなたの人生はここまでだ。



 ……予想通りの文面を読んで、ミア姉の揶揄うような声が聞こえた気がした。

 『十三』は不吉な数字、その次の数字は続きのない袋小路、終わりを意味するのだ……と以前、説明した覚えがある。


「まったく、何をしてるんですか、ミア姉は!」


 思わず、大きな声が出てしまい、慌てて口を閉ざした。


 でもでも、当分言葉を交わすこともできないのに、姿を見ることもできないのに、用意した手紙がこれ!?


 呆れた声が出たのは仕方ないことだと思う。


 ちなみに、数字で分割されたパラグラフを読みながら話が分岐していくマルチストーリーな小説として、昔、『ゲームブック』というものが流行ったという話だ。学校の図書室を管理している先生の趣味で、古い本だけど、その多くが蔵書として棚を占有していたこともあって、小学校の頃、クラスでブームになったことがあった。『一』はもちろん、物語の導入部であり、なぜか『十四』というのはバッドエンドのパラグラフとすることが定番となっていた。

 ……わざわざ、こんな時にそのネタを繰り出してくるとは、ミア姉らしい。


 僕はもう1つ、『一』の手紙を開けた。

 

 <一>

 あなたは、ただ庇護される子供のままでは、目的を達することはできないと考え、助力してくれる大人に頼り、力ではなく口舌を持って、己が立場を変えることに成功した。まだやれることは少ないが、それでも自らの手で未来への道を切り開いたのだ。ここから先は、羅針盤も効かない夜の海に向かって、船を進めるしかない。目的地までの距離も、方向も、途中にどんな困難が待ち構えているのかもわからない。

 だが、あなたは不敵に笑った。自分は一人ではないと。

 自分には共に立ち向かう仲間がいる。ならば今するべきは、考えることではない。前に進むことだ。

 あなたは、仲間達と共に未知の海原へと乗り出した。


 追伸:話に聞いた日本を満喫してるから、そんなに焦らなくていいからね。

 追伸二:困ったことがあったら、私と話したことを思い出して。必要なことは全てその中にあるから。

 追伸三:無理はしないこと。最後は笑顔でハッピーエンド。忘れないように。

 追伸四:仲間との出会いを、共に歩む時を大切にしてね。



「……まったくミア姉らしい」


 僕は震える声でやっと、それだけを呟いた。

 追伸に書かれていた言葉が、あまりにもミア姉らしくて、その姿すら容易に想像できてしまったから。

 封をする前に何度も、思いついては加筆したあたり、どれだけ考え込んでいたかわかるというもの。


 いつも僕の心配ばかりして、本心をちょっとしか見せない不器用なミア姉。

 手紙から伝わってくるのは心配だ、心配だという溢れるような想い。



 そして、ちょっとだけ見えたミア姉の気持ち。


  召喚された時の最後の言葉。



   またね。



 ……うん、大丈夫。

 ミア姉も僕に会うことを望んでいる、その可能性を信じているとわかっただけで、大丈夫。



 もう一度、文章を読み返して、しっかり言葉を心に刻んだ。

 

「ミア姉、僕の仲間は、手を貸してくれる人達は皆、いい人だよ。だからきっとなんとかなる。それまでは少しだけ待っててね」


 涙を拭って、鏡台に映る銀髪少女の姿を見た。

 少しだけ、表情に力強さが加わった気がした。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


長かった二章も今回で終了、次からは第三章、妖精を召喚し、ロングヒルに向かう準備を終えるところまでの話になります。あと、登場人物も増えてきたので、人物紹介ページを追加してみました。これ誰だっけと思った時にでもご利用ください。


ここまで四カ月。週2回というゆったりペースでしたが、続けるのは結構大変でした。執筆速度の速い作家の皆さんがほんと羨ましいです。ストックもだいぶ心許なくなってきたので、お盆休みに少し書き溜めようと思っています。今後ものんびりお付き合いください。


次回の投稿は、八月八日(水)二十一時五分です。

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