16-25.記録から視たミアとアキ(前編)
前回のあらすじ:第二演習場に集まって、雲取様に竜眼で視て貰って自己イメージの強化についてあれこれ確認したり、意見交換をしたりしました。あと、雲取様との触れ合いタイムも満喫できて楽しめました。(アキ視点)
自己イメージについての話の中で、魔導具に記録された過去の幻影がある点に雲取様が興味を示した。師匠が少し嫌がったけど、それでもさほど時間を掛けずに、記録データを持ち寄ることはできると聞いて、それなら観てみよう、という話になった。
第二演習場なら、竜族でも見やすい大型幻影の魔導具セットが用意されてるからね。それを使えるようにセッティングしている間に、それぞれが自宅に連絡を入れて、記録データを持ってきて貰う訳だ。
「エリーは立場上、色々と記録がありそうだけど、師匠もあるんですか?」
「誰かに出資して貰って研究すれば、皆に説明する機会だって多い。そりゃあるさ」
さらりと流そうとするけど、エリーがそこに噛み付いた。
「王家には結構沢山あるわよ。それに私も何回も観てる。ザッカリー先生の講義付で」
証拠が残る以上、嘘は言わない、言ってない。けれど、洗練されていく手口が続けて観るとよ~くわかる教材だった、と補足すると、師匠が露骨に嫌そうな顔をした。
「昔の幻影を観るのは嫌だねぇ。あぁしておけば良かった、こう伝えれば良かった、と反省点が多いよ」
私の知らないところで見せられるくらいなら、共に観た方がマシだがね、と苦笑してた。
誤解をその場で解けるなら、その方がいい、て感じかな。
ザッカリーさんの解説も、それはロングヒル王家視点であって、客観性があるとは限らないって話だろう。人の数だけ真実はある、そういうところにも繋がる事なんだろうね。
<記録した幻影を観るのに、何やら解釈が割れる物言いだが>
ん、雲取様はそこはまだ初心者だから、想像がつかないか。
「えっと、リア姉、こっちではコンピュータの発達はこれからだから、過去の記録を違和感なく加工するような手法は発達してなくて、せいぜい部分切り取りくらい、という認識で合ってる?」
「マコト文書に記されてるような映像の改ざん、本人が言ってない発言を生成して組み合わるような、無い事を生み出す手法は無理だね。記憶から生み出した幻影はどうしても実際の光景を記録したものに比べると荒くなるし、記憶した者の認識に影響された解釈が混ざり込んでしまうんだ」
「好きな人なら好感の持てる姿に補正が掛かるとか?」
赤竜さんの乙女フィルタを通した雲取様は、僕のイメージするそれとは少し違ってたからね。
「そういうこと。魔導具での記録ならそういった歪みは排除できるし、そうして記録されたものを違和感なく改ざんすることは今のところはできてないよ」
なるほど。ん、師匠が口を挟んできた。
「なんだい、アキ、あちらじゃ、記録を改ざんしたり、無い発言を捏造できたりするのかい?」
「コンピュータを使って、その人の表情データを生成して、対象の過去の発言データを学習させて、感情表現なんかも含めて、好きなように発言させるような真似はできてましたね。馴染みのない人が見たら本人がそう発言したとしか思えないようなレベルの出来で。ただ、完全に違和感ゼロにすることはできなくて、そうして作られた映像をコンピュータで解析すると、本物か捏造か判定はできてた。ただ、騙し合いだからどんどん手口が巧妙化していってました」
例えば、エリーが国民に向けて、皆さんの日頃の行いに感謝して来年の税金は全額免除します、とか発言してる映像とかを作って流す、そんな感じだね、と説明すると、エリーが嫌そうに顔を顰めた。
「新聞ですら、文言一つで誤解を生むのに、ほんと、あちらの世界は地獄ね」
<こちらのコンピュータはまだ作り始めたばかりと聞いているが。それでも解釈は割れるのか?>
あー、ちょい話が逸れたね。
「えっと、それじゃ、映像の切り取りについて説明すると――」
実際には人数が少ない抗議団体のデモ活動があったとして、写真に写す狭い範囲にだけ集まって貰い、そこだけを映して、激しい抗議があったと説明文言を加えることで、大勢いる中の一部を撮影した、と読者に誤解を与える、なんて切り口で話を進めていき、発言にしても前後を切り取って一部だけ流すことで読者が受ける印象を操作する、なんてところを説明してみた。
簡単な例で行けば、笑顔の写真と共に「戦争は回避されました」と文言を添えるのと、苦渋に満ちた写真を共にするのでは、受け手が受ける印象は大きく変わる、と話した。
<……ふむ。つまり魔導具の記録自体は正しくとも、どこを記録するのか、記録した者の意図が混ざる訳か>
「そうなります。今後、竜族も様々な記録に触れる機会が増えていくと思うので、そういった情報を読み解く力についても、説明する機会を設けましょうか」
<それはありがたい。我らは文字もマーキングに利用する程度だ。記憶を元にした幻影も魔術で描くことはあるが、言葉で伝えにくい時に補助的に使うに過ぎない。情報が自身の手を離れて遠くへ運ばれることを前提とした文化の積み重ねがないのだ>
おっと、思念波で、初心者向きに刺激は少な目が良い、とオーダーが伝わってきた。雲取様もなかなか器用な真似をするね。
◇
そんな話をしている間に、スタッフさん達の手で大型幻影の魔導具の設置が終わり、関係各所からも記録された魔導具を携えた人達が到着して、準備が整った。
「にしても、欲しいと連絡してからすぐ持ってきて貰えるって、何か事前に備えてました?」
「自己イメージの強化となれば、水面や鏡を使うのが定番だけど、それだと視点がどうしても限定されるからね。今回の話が出た時点で、過去記録の洗い出しは各所にお願いしておいたんだよ。魔導具を用いた記録なら何度でも見返せるし、視点も自由に設定できるから、自己イメージを補うのに向いてる。そっちに話が派生することは予想していたさ」
「なるほど」
そんな話をしていると、ぽんっとトラ吉さんが膝の上に乗ってきた。夏場だけど、日差しと温度を制御する魔導具のおかげで、暑苦しいということはない。誰かの体温、心臓の鼓動が感じられると、心が落ち着いて助かる。トラ吉さんも、撫でて良いぞ、と合図してくれたので、その好意に甘えることにした。
◇
一番手はエリーだ。映された幻影では五歳くらいの幼いエリーがお洒落なドレスを着て、一生懸命覚えた挨拶を話して、上手く話せて満足そうに満面の笑みを浮かべるといった様子が記されていた。
「可愛いね~。国民の皆さんが愛でるのもよくわかるよ。これ、初めての公務とか?」
「そうよ。この短い記録を撮る為に台詞も暗記させられたし、立ち姿勢だけじゃなく、歩き方まで含めて指導が入って大変だったんだから」
公務での振舞い、発言は自然そうに見えても全てが計算尽くだ、とネタ晴らしをしてくれた。
「こうした古い記録もまた、今のエリーを形作るモノの断片であって、本人の記憶が薄れていくのを補完する効能も期待できるからね。エリーは立場上、記録は山ほどあるから、ある意味、恵まれてると言えるよ」
師匠の合図で、次の記録が映し出された。
今度は、去年かな? 総武演の場で壇上に並んでいる王族の皆さんの記録だ。僕がいた席よりずっと近くから記録されていただけあって、王族の皆さんの風格ある姿や表情がかなりしっかりと見て取れる。
「正に公務の姿って感じだね。でも今よりちょっと幼いというか可愛さ寄りな感じかな。今のほうがもっとこう、華やかな感じが増した気がする」
「私ももう十八歳よ。いつまでも可愛さばかり振りまいてなんていられないわ」
ん、こっちの感覚だとそんな感じなのか。
「あと二、三年もすれば母親似の華やかで落ち着いた大人にもなるだろうさ。雲取様、こうして過去の記録を見て、その効能と限界は想像できましたか?」
師匠に話を振られて、雲取様はちょっと考えてから口を開いた。
<こうした記録は、誰かに見せるための姿、今回なら公務のようなものだが、それは王女としての姿、皆が求める象徴としての意味合いも含む、といったところか。この記録からでは、多くの種族が集う場で自説を論じる凛々しい姿は想像できまい>
雲取様が珍しく揶揄う表現を交えて笑みを浮かべた。
エリーも居心地悪そうにしながらも、言葉を繋いだ。
「魔導具の記録は便利だけれど、自己イメージの強化にこればかり活用していたら、私なら、公務を担う王女としての面ばかりが強調されてしまって、そこばかり精緻化できても、全体としては歪になるだけ。自由に視点を設定できて、何度も見返せる利点はあるけれど、魔導具の記録はそういった限界もある。師匠から口酸っぱく言われたことよ」
そもそも、一般の人なら、エリーほど魔導具の記録も残さないだろうし、公務が多い人ならではの悩みだね。
◇
次は、師匠が王家に対して研究への出資を依頼した記録だった。古い記録だと師匠も今よりもずっと若くて、リア姉が小さくて可愛いから、相手になめられないように気を張ってた、というのが感じられる表情、振舞いが強かったように思う。それにそっちで虚勢を張ってる分、プレゼン全体としては自然さが減ってる感じだ。それに比べると、今のように老いが感じられる記録のほうが、振舞いの自然さに磨きが掛かって、冗談めかした発言なども増えて、まるで一緒に遊びに行こう、と誘うかのような親密さまで感じられた。
いやー、これは怖いわ。
「ザッカリー先生の説明無しで観た時との落差は衝撃的だった?」
「それはもうショックだったわ。暫くは人間不信に陥ったくらいよ」
エリーが、幼い頃の様子が透けて見えるかのように、もう大人なんて信じられないっ、なんてポーズまで付けて振る舞ってくれて、場が笑いに包まれた。
「初心な王族なんざ、貴族連中のいいカモさ。奴らは徹頭徹尾、演技が染みついた妖怪達だからね。私のように誠実とは限らない。悪意たっぷり、表面だけ綺麗に装った底の浅い手管なんざ序の口さ」
<貴族は平時には弁舌を持って戦うのが仕事、だったか?>
ほぉ。
エリーが雲取様の言に答える。
「その通りです。同じ成果でも賞賛は多く、非難は少なく、そして、少しでも国内での立ち位置が安定し、より上位に行くように。彼らにとって振舞いや弁舌は武器であり、身に付ける装身具一つにも気を配ります。悪意があるとは限りませんが、計算なしで動くことなどあり得ません。感情の変化すら彼らは振舞いに利用してきます。徹底した自己演出は、術式でも真偽を見通せないとも言われています」
勿論、そんな傑物ばかりではありませんが、とも補足してくれた。いやー、末端までそんな連中ばかりならどんだけ魔界だよ、と思ってただけに、ちょっとだけ安心できた。一部に居る程度ならまだ想像の範疇内だ。
「だがね、そうした自己演出は歪みを生むことも多い。やり過ぎると、求められたあるべき姿と自分の区別がなくなって、どこまで本心か、どこから計算か、演技か、自分自身ですらわからなくなってしまうのさ。そして、魔導師としての自己イメージ形成という意味では、外れなくなった仮面なんてのは紛い物であって、どれだけ自己と一体化していようと、それは自身の一部に過ぎない。そこをきっちり認識できないと小さく纏まって頭打ちになっちまうんだ」
ふむふむ。
<そこは我らにも思い当たるところがある。どれだけ好いた相手がいても、自らを偽って虚飾に満ちた自身を演じても、それは意味がない。確かに装うことが上手い者もいるが、それは自己認識の歪みに繋がる。幼竜の頃は力も弱く、成竜との差を嘆き、こうありたいという姿を自己と偽って、自身を騙す者もいる。だが、それでは駄目なのだ。弱さも含めての自分、強みと弱みは表裏一体、弱みと思う部分、目を背けたい部分こそが強み、ということもよくある話だ。漏れなく自身の全てをあるがままに理解すること。それができて成竜と認められるのだ>
凄いなぁ。
「ロングヒルに来ている竜の皆さんや、心話を行っている方々も己をそこまでしっかり知っているからこそ、他種族への理解も示せるし、落ち着いた振舞いもできるんですね」
立派な話と褒めると、雲取様はそうだと良いのだが、と苦笑した。
<アキ、欠点から目を背けず認めることと、その欠点を見直すかどうかは別だ。竜族にも短慮な者はいるし、理詰めでなく力で押し通すことを好む者もいる。ありのままの自分を正確に識ってはいても、その姿が他の者から見て好ましいとは限らない、ということだ>
「街エルフにできぬ事なし、とは言うけれど、誰もが人格者で思慮深く立ち振る舞うか、というとそうでもないってのと似た話だと思うよ」
雲取様の説明に、リア姉も身近な例を加えて話してくれた。
あー、なるほど。
「そういえば、ヤスケさんもそんな事を言ってましたね」
残念、と嘆くと、全員から何とも温かい眼差しを向けられてしまった。
むぅ。
知識としては理解してても、理想と思える姿があるなら求めたいと思うんだよね。若い子らしい青い考えだとか言う人もいるけど、常に現実に即した落としどころを探ってばかりというのは、自ら殻に籠る悪手だと思うんだ。今は無理だけど、理想があるなら、すぐには届かずとも手を伸ばそうとしないと、ね。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
時間の進みがゆっくりしてますが、まだ日は変わらず、皆で記録された幻影を眺める話となりました。エリーの公務での姿とか、去年からの成長とかも描いておきたかったんですよね。
地球だと、ディープフェイクとかで、嘘動画の捏造も日進月歩の恐ろしい進化をしちゃってますが、こちらではまだそんな狂気の世界に突入はしてないので、シンプルなものです。
事実は一つであっても、それをどう見るか、どう解釈するか、どう伝えるかで、伝えられた人が受ける印象は随分と変わったものになっていきます。ナチス第三帝国の宣伝相ゲッペルスは天才でしたが、彼の編み出した手法も、誰でも情報発信できる現代では、そのままでは役に立たないでしょう。
次パートでは、記録されているミアや、昨年のアキ、それと直近のアキについて観て、その次のパートでは、久しぶりにミアからの手紙を読むことになるでしょう。(二パートではなく一パートに纏めるかも)
次回の投稿は、七月十三日(水)二十一時五分予定です。
<雑記>
2022年07月09日(土)の活動報告に「安倍元首相暗殺される……」を書いてます。