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2-36.新生活八日目③

前話のあらすじ:小鬼族の文化、技術力について考察するお話でした。アキは大喜びでしたが、そんなアキの様子はケイティさんには、色々思うところがあったようです。

さて、いつもの魔力感知訓練だ。庭を歩いて、大岩の上でのんびりしているトラ吉さんを見つけた。


「トラ吉さん、ぼく、今度、魔術を学ぶために他の国に行くんだ。だから、一緒にいられるのも、あと一ヶ月くらいだと思う」


こうして、のんびり我が道を往く感じのトラ吉さんと触れ合ったりしていると、心が癒される感じがして良かったんだけど、残念だ。


でも、僕の言葉を聞いて、トラ吉さんは、「何言ってるの、こいつ」って顔をすると、ケイティさんのほうを向いて、催促するように鳴いた。


何とも尊大な振る舞いに、ケイティさんが顔を顰める。けれど、いつものように仕事モードの表情に戻って、僕の方に向き直った。


「アキ様、トラ吉ですが、当面は一緒にいることになりますよ」


「どういうことですか? 出発時期が遅れるとか?」


「いえ、そうではなく。アキ様と一緒に行けないリア様が、護衛とペット――友達を兼ねて、一緒に行くよう頼んだのです」


 ネコは家になつくというように、違う土地に行くのは好まないというけど。


「え? トラ吉さん、いいの?」


「にゃん」


トラ吉さんが、任せろとでも言うように鳴いてくれた。浮かんでいる表情は、まるで子猫を見ている親猫とでもいった感じだ。

更に、どうだ、といった感じで覗き込んできた。


「うん、とっても嬉しい。大歓迎だよ。そうなると、トラ吉さんの食べ物とか、寝床はどーするのかとか色々考えないと。リア姉に色々聞いておかなくちゃ――」


「アキ様、そのあたりの話は、昼食の時に説明するので、今は訓練のほうに意識を集中してください」


「どういうことですか?」


「一緒に行くのはトラ吉だけではない、ということです」


それまでは秘密です、と人差し指を口に当てて、ケイティさんが微笑んだ。


「あ、はい」


自分でも分かるくらい顔が熱くなっていくのがわかって、慌てて返事をして、ケイティさんに背を向けた。


 反則です、ケイティさん!!


大人っぽいのに、こういう茶目っ気のある仕草とかされると、見事にどストライクなせいで、平静を保ってなんかいられない。結局、頬に手を当てて、熱が冷めるまで、随分、長い間、ケイティさんのほうを見ることができなかった。





今日の昼食は、淡い赤の色も鮮やかなエビチリソース定食だ。ぷりぷりの海老と、甘辛いソースが絡んでとても美味しい。味付けがだいぶまろやかで、子供向けな感じの味付けだけど、今の僕にはちょうどいい感じだ。

もやしと胡瓜、それにハムのサラダもさっぱりしていて美味しい。最後に烏龍茶を飲んでさっぱりする。


「アキと妖精の訓練次第だが、大使館領に行くのは一ヶ月後を想定しているから、そのつもりでいるように」


 父さんがそう切り出した。


「僕はわかりますが、妖精が訓練ですか?」


 いまいち妖精が地道に訓練する様子をイメージできない。


「子守妖精としての仕事を学ぶ必要がある」


「なるほど」


 物質界研究家というくらいだから、子守とは縁遠そうだ。確かに就業訓練は必要かも。


「妖精さんと早く会いたいですね。大使館領で暮らすとなれば、二人でどう作業を分担するか決めたりしないと」


「あら、アキはもしかして妖精と二人で大使館領に行くと思っているの?」


 母さんが予想外とでも言うように、驚いてみせた。


「トラ吉さんも一緒に行くとは聞きました。異国の地ということですし、どこかに下宿をするなり、部屋を借りるなりして生活するものかと思ってましたが、違うんですか?」


 流石にトラ吉さんに何か作業を分担してもらうのは無理だろうし、色々やらないといけないと考えてた。


「護衛のジョージは当然として、メイド兼教育係のケイティもあちらで引き続き教育にあたって貰う。それと女中人形の三人はアキの生活支援として付ける」


 さも当然のように、父さんが五人も同行させると言い出した。


「そんなにですか?」


「限られた時間を家事に費やす訳にもいかないだろう? 今も時間が足りないと言っているのに、自分でするのは無理だよ」


 リア姉が言う通り。今は素直に感謝しておこう。


「そうですね。すみません。ありがとうございます」


「それと、後日、紹介するが、御者で馬車の整備も行うウォルコットが同行する。これだけの人数となれば、馬車で纏めて移動するのが合理的だ」


 更に御者さんとは! 感覚がおかしくなりそう。……それにしても馬車か。ここだけ遅れてる?


「自動車はこちらでは普及してないんですか?」


「自走できる車両だったか。こちらでは人は生まれた都市で生活が完結している。他の都市に足を延ばすのは限られた職業だけで、荷物は全て空間鞄に入れているから、大きな荷車は必要とされないんだ。だから、都市間の道路は少人数が歩ける程度にしか整備されていない。そして、都市間を歩くような奴は、身体強化の術式で、飛ぶように走るから、速さも不満は出ていない」


「それは確かに自動車の出番はなさそうですね。 あれ? でも、そうなると馬車が通れる道はあるんですか?」


「幸い、最寄りの港からロングヒルまでは馬車で移動できる道路が整備されている。それと馬車と言ったが、もちろん、街エルフの流儀に従って、馬も魔導人形だ」


「それは徹底してますね」


 整備されている道路が極一部だけじゃ、弧状列島では自動車は発達しそうにない。大陸なら発達しているかもしれないけど、いずれ聞いてみよう。


「それと、ベリルに伝文の書き方を教えることになったわ」


「伝文?」


「あちらでいうところの電報に近いかな。拠点間を光通信でリレーして、遠隔地と情報交換を行う仕組みがある。我が国とロングヒルの間は、通信網が開通しているから、こちらと文のやりとりができるんだ」


 ヨーロッパでは昔、腕木信号とかいって、塔の上に掲げる腕木と、それを視認する望遠鏡を組み合わせて、バケツリレーで通信を行う仕組みがあったけど、こっちはレーザーも実用化されているというし、電波が使えない中ではかなり頑張っているんじゃないだろうか。


「それって文面はいろんな人が見る感じですか? あまり私的な内容を書くとマズイのか気になりました」


「見るのは極一部で、守秘義務もあるが、まぁ、あまり私的な内容なら封をした手紙を書いて、転移門で送るといい」


 なんと、転移門まで設置済みとは! というか、唯一の国外の拠点なんだからそれくらいあるか。


「わかりました。普通の手紙は使わないんですね。時間がかかるからですか?」


「まぁ、そんなところかな。まぁ、一緒に暮らせないんだ。せめて文のやりとりくらい、頻繁にやっていきたいってことだよ」


 リア姉がちょっと照れたように教えてくれた。父さんも母さんも頷いてくれた。ちょっと胸の奥が熱くなる。


「その、ありがとうございます」


「アキも無理に毎日書く必要はないが、一緒に住んでいる家族に伝言を残す程度の気軽さで、伝文を書いて欲しい」


 遠慮するのは良くないだろう。ここまで準備してくれた好意には応えないと。


「はい」


 でも、筆まめな街エルフのペースにだけは巻き込まれないように注意しよう。下手をすると延々と文章を書いてることになり兼ねないから。





 午後の訓練ということで庭に行くと、指揮用の帽子と籠手を着けたジョージさんがいた。


「一緒にロングヒルに行ってくれると聞いています。ありがとうございます。心強いです」


「俺は護衛だからな。一緒に行くのは当然だ」


 落ち着いた通る声が、頼れる兄貴って感じで格好いい。見た目がいいだけじゃなく、こう、落ち着いていて、実力に裏付けされた自信が、安心感を与えてくれるんだと思う。僕があと十年くらい生きたとしても、こんな風に成れる気がしない。


「さて、今日からサバイバル訓練なんだが、ロングヒルに行くことになった関係で、ハヤト殿と作業を分担することになった。俺は護衛人形を使った避難訓練を、ハヤト殿は森林地帯での移動、生存に主眼を置いた訓練を行うから、そのつもりでいるように」


「どうしてでしょうか?」


 ジョージさんは探索者でもある訳で、これまで通り、ジョージさんが専任しても良さそうなものだけど。


「父親は、子供に生きるための術を教えるのが義務であり、権利だからだ。それを俺が横取りしたら申し訳ない」


「そういうものですか」


 日本ではそんなことを学んだ覚えはないけどなぁ……。そもそも日本で生存技術を教える必然性が高いかというという根本的な問題があるから、単純な比較は避けたほうが良さそうとは思う。


「アキも、あちらでの男親を思い出してみるといい。子に対する深い想いがあっても、言葉で伝えるより、一緒に何かをやって、行動で伝えたほうがうまく行ってたんじゃないか?」


 ふむ……。言われてみれば、日本あちらの父さんも口下手で、一緒に山登りをした時も、会話が弾むって感じじゃなかった。でも行動を共にすることで、なんというか、僕のことを考えてくれる想いはしっかり感じ取れたのは確かだ。


「……男って不思議ですよね」


「男はそういうものさ」


 ジョージさんも思うところがあるのか、苦笑してる。そういえば、日本あちらの姉も、男は単純でいい、女はどろどろしててやだ、とか言ってたし、そうなのかもしれない。


 雑談も終わり、ジョージさんが呼び出した護衛人形達に周囲を守られた状態で、庭の決められた地点まで移動する訓練を何度かやってみた。別に走る訳でもなく、先行するジョージさんについて移動するだけなんだけど、周囲の護衛人形達との距離を保つのに思った以上に苦労した。何せ触ると壊してしまうかもしれないから、どうしても必要以上に距離を取ろうとしてしまう。


「これは少し問題があるな。いくら護衛人形が配慮しても、どうしても近づかざるを得ないこともある。護衛人形が多少接触した程度では機能に支障がでないように改良できるまで、ハヤト殿の担当分を先に教えて貰うことにしよう」


 予想以上に護衛が面倒だったようで、ジョージさんは護衛人形達を鞄に戻して、そう告げた。


「よろしくお願いします。ちょっと周囲を警戒するのと、護衛人形との接触を避けることの両立は僕には難しそうです」


 一方に気を取られると、一方が疎かになってしまい、とてもじゃないが、本番でうまく立ち回れるとは思えなかった。


 その後は、護る側から見た意見、護られる側から見た意見の交換を行ったんだけど、護衛人形達はもちろん、襲撃役の小鬼人形達も、それぞれの視点から意見を言ってくれて、とっても驚いた。庭にもってきたホワイトボードを前に、兜を脱いだ護衛人形達や、小鬼人形達が熱く議論する様は、ちょっと感動してしまった。


「どうした、アキ」


 ジョージさんが僕の様子を見て、声をかけた。


「あ、すみません。皆さん、思ってたのと全然違って、とても個性的で、その、驚きました」


 なんだか湧き上がってくる思いで胸が一杯になっちゃって、言葉が出てこないけど、なんとか気持ちを伝えようと、懸命に話した。女中人形のアイリーンさん達がそれぞれ個性があるように、護衛人形の四人も、襲撃役の小鬼人形の六人も、見せる表情も、選ぶ言葉も、考え方も、それぞれに違いがあって、誰もが自分の仕事に誇りを持って、とても高いプロ意識を持って働いていることがわかった。


「そうか」


 ジョージさんが面白いものを聞いた、とでも言うように呟いた。

 それからも議論は続いたけど、彼らを見る僕の意識が変わったのは確かだった。

 似た外見をしていても、同一規格の人形であっても、個性があり、違う存在なのだと。


館での生活も先が見えてきて、他国に学びに行く話も蓋を開けてみれば、結構大がかりなものになってきました。次で二章はラスト、当初と大きく変わったアキの立場を再確認し、意識を切り替えることになります。


次回の投稿は、八月五日(日)二十一時五分です。


2018年08月04日誤字修正 ウォレット→ウォルコット。

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