16-22.霞んでいた自己イメージ(前編)
前回のあらすじ:登山に行く雄竜達に、良いタイミングでもあるので、選べる三つの進路について話しておきました。やっぱり同年代の子達、もう少しで大人という年代っていいですよね。目上の方々だと抱えているモノが多くなって、彼らほど自由に夢を語れなくなってくるから。(アキ視点)
登山に向かう雄竜達にお得情報を焚き付けたら、あの後、話を引き継いだリア姉が、質問攻めに遭ったと朝から愚痴ってきた。
「なまじ頭が良くて、意欲が前のめりになる若い雄竜が三柱! アキも最初に彼らを迎えた時に苦労してたから判ると思うけど、一柱でも大変なのに、それが三倍だよ!? 労災認定が欲しいね」
そんなにか、とお爺ちゃんを見ると、ウムウムと頷いてる。
「理詰めで話が済めばよいが、どちらとも言い難い時も、痛みを伴う時もある。そこを地の種族はどうしているのか、との疑問から始まって、政の仕組みを王政、共和制、直接民主制などなど、延々と聞いてきてのぉ」
うわー。
「妖精さん達も王政だから興味深かった?」
「うむ。リア殿があちらの様々な政治形態について紹介してくれたので、儂だけが聞いては勿体ないと、女王陛下と宰相を喚んでのぉ」
お爺ちゃんは、上手く仕事の投げ先を見つけたと笑ってるけど、リア姉は、そんなお爺ちゃんに据わった目を向けた。
「そう、それ。雄竜達だけならまだ政の素人だから、触りだけを紹介すれば終わる流れだったんだ。そこに本業の二人が参戦してきて、それぞれの政治形態を比較しだした辺りから沼に嵌ったんだ」
雄竜達の疑問にも本業の二人がわかり易く説明するせいで、理解がどんどん深まって、賢人会議だの、代議士制だのと、それぞれの特徴を踏まえつつ、竜族にそれを導入するとどうなるか、などといった域にまで話が踏み込んで行ったそうだ。
「よく話が纏まったね」
「いや。纏まってはおらんぞ? 登山の準備もあるから、今は気持ちを切り替えて、続きは登山を終えてからで良かろうと、切りの良いところで話を打ち切ったんじゃよ」
あー、なるほど。
「でも、その感じならかなり頭を使った感じだったっぽいよね。良いなー」
「……アキはそうして頭を限界まで使い切るような対話が好きなようだけど、私は静かに考えるか、いっそ、フルマラソンでもやって頭を空っぽにしてる方が好きだよ」
「そこは人それぞれ好みがあるからのぉ。続きは、既存の政を理解した上で、竜族の文化にどのように導入するか、すると何を齎すかという思考実験になる。そこからはアキが引継げば良かろうて。アキも好きじゃろう?」
「うん、そういうのは大好き」
「お仕着せじゃ意味がない。多少、ミスっても竜族自身が血肉にしていかないと。アキは表情が出やすいから注意するんだよ?」
「雄竜さん達って、何故か僕の表情を読むのが上手いからね。ミスっても口喧嘩で済む程度で止めるよ。好きに暴れられると、周りが酷くなるし」
ん、ケイティさんが安堵の表情を浮かべた。
「そう言って戴けて安心しました。それで衝突しそうな竜の方々をどう静めるつもりなのですか?」
「竜同士の関係図もだいぶ出来上がってきて、各部族の長の方との心話も、所縁の品はあらかた揃ってきたから、僕で止まらなければ、良さげなポジションの方に頼むとか、長預かりにして貰うとか、いっそ、長にお願いして、他の竜の目がある中で競わせてケリをつけるとか、まぁ、そんなところで考えてます。若竜達は自由に動ける立場ではあるけど、知恵と力と頭数で睨みを効かせる上の世代がいますからね。仲裁役には事欠かないでしょう」
困った時は上に頼めば良いんですよ、と話すと、リア姉が呆れた顔を見せた。
「あれだけ焚き付けておいて、実権を握り、力も知恵も数にも勝る、既存の社会構造を担う老竜、成竜達の合意を得る、それが一番大変ってとこには触れないんだから、いい性格してるよ」
「そんな方々が喜んで首を縦に振るよう、段取りを付ける、それくらいの政治力、交渉力はないと、大勢を束ねるなんて無理だからね。ルールがどれだけ立派で合理的だとしても、それを皆が遵守しなくちゃ意味がない。まぁ、それは先々の話だし、彼らも長命種。そこは上手く折り合いを付けると思うよ」
「折り合いが付かんかったらどうするんじゃ?」
お爺ちゃんも答えが解ってて聞くかぁ。
「若竜達しか協力してくれなくても、何千柱かにはなるから。「死の大地」の浄化までなら、それで充分だよ。新天地を若竜達が総取りする事になるから、各部族の長もそこまで背を向けるとは思えないし、部族毎に方針もバラける筈。多分、半分くらいまでは確保できるし、そこまで行けば統一国家の一翼を担うくらいは問題ない、と」
だからそこまで深刻に考えなくても平気、と言い切ると、何故か皆が溜息をついた。
◇
それで、登山前に、縄張りの主の方々とも挨拶を兼ねて心話をしてみたんだけど、これが予想外の話に飛び火する事になった。
対話自体は相手の方々が、落ち着いて話をしてくれる理知的な対応をしてくれたから、穏便に終わることが出来たんだ。雄竜達から地の種族についての話を聞いて貰い、それから、祟り神と今後のスケジュールを踏まえたお願いをする件も、楽しみにしているとまで言って貰えたくらい。
そっちは問題無かったんだ。
なら、何があったかというと、直接の面識がないという事で、互いに自分のイメージを伝え合いたい、とトップバッターの牟古様から提案があって、特に異論もないし、それをやってみたんだ。
牟古様は、今回の登山先の一番東寄りの縄張りを持つ方だけど、伝えられたイメージは、まるで目の前で見ているかのようなリアリティに満ちていて、青銅色の落ち着いた鱗の色合いや、成竜らしい立派な体躯も、それはもう見事なもので、まさに全盛期といった姿だった。生物でありながら、どこか無機質さもあるところや、仕草や視線一つにしても、とても生々しい。
それに比べて、僕が伝えたアキのイメージは、朝靄に霞む山陰のようと称される出来で、もっと頑張りましょう、という判定だった。
むぅ。
……あと、薄々気付いてたけど、牟古様って、静かな森のような雰囲気だけど、その奥から、こちらに気取られぬよう気配を消したまま、じっと観察するような気質がちらちらと感じられるんだよね。森に住む賢者ってとこかな。これまでに交流のあった竜達とは違う感じだ。
<魂の入替えで、心と体がズレているとは聞いたが、自己イメージが甘いのは、その影響もありそうだ。十年間、研鑽を積んだというミア殿、それにあちらでの己、マコトのイメージを見せてくれ>
<どうぞ>
心話の部屋で交流を重ねてきたから、どちらのイメージも簡単に心の中から引っ張り出して触れて貰うことができた。ただ、ミア姉のイメージと違って、誠の方はイメージはしっかり示せたんだけど、何処かしっくりこない違和感を覚えた。
あれ?
<己とは、心と体が揃って成り立つモノだ。今のアキにとって、感覚で繋がる体は、あちらのマコトではない。だから、違和感を覚えたのだろう。竜族にとって、幼竜から成長する証として、揺るがぬ己のイメージを持つ事がある。自身を取り巻く世界がどうであろうと、己のイメージが完全であれば、我らの存在もまた揺るがないのだ>
今も、僕の心の変化に驚きを表すことなく、じっと観察をして、深い洞察力を見せてくれた。これは気が抜けない。日本で裏方に住んでいたお爺ちゃん達みたいだ。
<我思う故に我あり、みたいですね>
牟古様がほぉ、と感心した声を上げた。
<あちらにもそのような考えに至った者がいたとは興味深い。色々と理屈は思い付くだろうが、結局はそこなのだ。例え、世の理が無くとも、空間も時も無い、混沌、虚無の領域であろうと、揺るがぬ己さえあれば、そこに足を踏み入れても困る事など何もないのだ>
それって……
<世界の外、ですか>
<幼竜は己が明確に確立できておらず、己をイメージするのに、身の回り、己を取り巻く世界の手を借りているのだ。だが、それでは独り立ちできぬ。他が無くとも己を明確にイメージできること、心と体が一体となって揺るがぬこと。それが要なのだ>
うわぁ。
己の意識が存在することだけは疑いようがないって方じゃなく、神の自己創造論に近い話だ。
<無から己を創るのではなく、今ある己を、他の何もなくとも揺るがずイメージすることで、他と独立して存在し続ける、と言った方が正確だろう。成長途中の幼竜が固定された己をイメージするのは問題があるが、既に成人であったミア殿の体であれば問題とはなるまい。アキが明確に己の心と体をイメージできるようになれば、魂と体のズレも収束に向かうだろう>
明確に言葉にしなかったのに、ニュアンスまで含めて理解した上で話してくれた。
示してくれた方向は、なるほどと頷けるもので、それなら自己イメージの見直しをしてみようか、とも思う。ただ、疑問はある。
<でも、なぜ、それを薦めてくれるんですか?>
好感を示してくれているのはわかるけど、もっと踏み込んだ意思を感じる。
<揺るがない己は、安心できる巣のようなモノだ。活動の要であり、そこがちゃんとしてなければ、何処かで無理が出てしまう。アキも多くの種族同士を繋ぎ、立派な縄張りを創り上げた。だが、肝心要のアキが揺らいでは、安心できないのだ。帰れる巣があるからこそ、遠出をする気にもなれる。そうだろう?>
む、ちょいはぐらかされた。というか、全てを語らずともわかるだろう? って茶目っ気を出された感じか。
<竜神の巫女として、要の立ち位置として、揺らがぬほうが良いと>
<先ほど示してくれた元々の自己、マコトのイメージは、ミア殿の導きが良く、心と体の一致が十分な域に達していたと言うのもある。魔力の量、質、安定性も十分であり、アキは幼竜の次、若竜の段階に進む準備はできていると感じたのもあるか。――いずれにせよ、独学では進めず、必ず師や他の成竜の導きを受けるのだ>
<自己イメージの明確化ならミア姉から教わってますけど、それだと問題があるのですか?>
<ミア殿も手順は教えても、毎日、心を触れ合わせて、進み具合を確認していたのだろう? 外から見たほうが漏れは見つけやすいのだ>
外、というけど、竜眼で視て、というニュアンスだね。つまり幼竜と若竜は見た目だけでなく、自己イメージ確立という観点からも、竜眼では別に視えると。
ふむふむ。
ちょっとだけ気になったことがあるから聞いておこう。
<成竜の皆さんは、自己イメージ化の手解きを何方でもできそうですけれど、牟古様が自ら為さろうとしないのは何故ですか?>
そう問うと、明確に言葉にはせず、イメージだけを渡してくれた。
僕の周りには、深い関係があって、導き手としての力量も供えた方々が沢山いる。庇護下に置くと宣言してくれた雲取様もいる。なのに、そこに外からふらりと現れた者が割り込むのは、要らぬ軋轢を生むだけって感じかな。
むぅ。
<すみません、無粋な問いでした>
<良い。ところで、降臨した信仰の神、依代の君だったか。その者についても聞かせてくれ>
あぅ、なんか頭を撫でてくれたような、暖かい心を示してくれた。それに、まだ時間に余裕がありそうと察してくれて、別の話題も振ってくれた。ちらちらと、光学照準器で目的地を眺めているような意識も感じられるけど、景色を愛でるように穏やかで、風の凪いだ湖面のようだ。
<あ、えっと、彼ですけど――>
千キロ以上離れたところにいる方なのに、まるでロングヒルに近い山頂から眺めているような視点。牟古様が視ているのは、ロングヒルに集う多くの種族が描く関係、距離感という景色。そして、僕という小窓からそこを窺い知ること自体を楽しんでる感じだ。
僕は、本気モードの時のミア姉と対話している時のように意識を切り替えて、時間が許すギリギリまで、牟古様との穏やかで鋭い対話を続けたのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
登山先の主達、その最初の一柱、牟古様に指摘されて、アキも解決すべき新たな問題に気付くことになりました。この件は、この後、アキも助言された通り、庇護してくれている雲取様や、師であるソフィアに相談をしていくことになります。
似た反応なので、登山先の主の残り二柱の紹介はまた別の機会に。
アキも本文で話していたように、彼らはこれまでにアキが交流してきた竜達とは、またちょっと違う感じで、アキの持つ竜族観もまた少し変わることになりました。
その辺りも次パートで触れていきます。
次回の投稿は、七月三日(日)二十一時五分です。
<雑記>
連日、夏本番といった感のある猛暑が続いていて、短い梅雨も終わってしまい、このままだと水不足になりそう、という話も出てきました。これだけ暑いと、室内にいても熱中症になる危険性があるので、エアコンは無理なく使っていきましょう。
夜間も気温が全然下がらなくて、エアコンを止めるタイミングが無いんですよね。エアコンの故障が生死に直結するというのは怖い時代になったものです。




