16-21.イベント企画・運営への誘い(後編)
前回のあらすじ:竜眼の問題点の指摘から、相棒の推奨、そこから派生した同性愛疑惑、となかなか竜達の文化の悩ましいところを垣間見た気分でした。……ローマのホモの人達だけで構成された神聖隊は精鋭だったけど、そういったネタを披露するのは、当面避けようと思います。(アキ視点)
さて、それじゃ彼ら、若い縄張りを持たない若竜だからこそ、こうして地の種族との交流を率先して買って出てくれる皆さんだからこそ、輝く逸材なんだよ、という耳寄り情報を話していこう。
「さて、それじゃ、オマケはここまでとして、元々、話す予定だった今だけの耳寄り情報をお話しましょう。聞いてみれば、確かにこうして今、この場にいる三柱にこそ役立つ、お得情報だったと納得できること請け合いです」
期待していいよ、とアピールすると、胡散臭いとか言いながらも、彼らも興味ありげな視線を向けてくれた。こうして、相手が望むであろう反応をさらりと返せる辺り、彼らはほんと、有望な若者達なんだろう。
「皆さんはまだ成長途中の若い竜で、他の縄張り持ちの成竜の地を間借りしながら、雌伏の時を過ごしている状態です。これまでの竜族の社会における規範となる生き方に従うなら、長い下積み生活を経て、いずれはどこかの縄張りを得ることになって、という流れになるかと思います。先は長いですけどね」
そう話すと、彼らはうんざりしている、と露骨に表情を変えた。
<縄張りは全て埋まっていて、空きを待つ竜は多い>
<若竜だけでなく、成竜となっても、空きを待つ有様なのだ>
<巣から飛んでは、お決まりのコースを巡回する日々でな。たまに天候が荒れてくれれば、嵐の中を飛ぶのも面白いものだが、それとて飽きがくるというものだ>
三柱とも、ストレスはコップの縁ぎりぎりどころか、表面張力で溢れる寸前って感じだ。止めないといつまでも不満を言い出しそうで、止めないと不味い。若者らしくエネルギーに満ちてる感じだけど、それだけに動き出すと暴走しがちだ。
「周りにいるのは見知った竜ばかり、積み重なった柵で息苦しい。自然は美しいけれど、それとて毎年繰り返されれば、目新しさもなくなって退屈だ。おまけに間借りして肩身の狭い身だから、精神的にもストレスが多い、と。最強の個として、自由に大空を気持ちよく飛んでるように見える竜族も、蓋を開けてみれば、まるで何百人といったこじんまりとした規模の過疎化した集落みたいな話ですね」
<実際、部族として纏まっているのがその程度の頭数だ。種族としての力ではなく、個同士の関係だけに着目すれば、そうは変わらないのだろう>
炎竜さんが総括してくれた。
「余計なところを取っ払って、時間の長さも取り除いて、関係性の積み重ねだけをみれば、似たような話になりますよね。竜族が思う規範となる生き方は、弧状列島という限られた地域においては、既に改良の余地がないほど成熟していて、構築された社会構造の中で、皆に認められるようルールに従って、競争相手より少しでも前に出て、少ない空いた縄張りを手に入れようと頑張るしかない。縄張りを持たなければ、お嫁さんも招けず、子育てどころじゃない。安定して争いがなく平和なのは良いことですけど、それは社会構造が強固でなかなか上に登れないことと表裏一体なのが悩ましいところです」
ホワイトボードに、ピラミッド構造を書いて、最下層が皆から育てられる幼竜、その上は間借りしている竜達で、ここまでが縄張りなし。ここまでの階層だと番にはなれず、社会的にも一人前とは認められない。若竜が成長し、心技体を認められて成竜となる、という一面もあるけど、成竜=一人前、じゃないからね。その上が縄張り持ちで、ここからやっと番になることが認められる。というか雌竜達に声を掛けて、検討して貰えるのがここより上となる。大変だね。そこより上は部族の纏め役としての長がいて、部族全体を纏める社会構造はなし。ある意味、シンプルだ。
あー、雄竜達の意欲がだだ下がりだ。縄張り持ちとの間の絶望的な断層をこうして目にすると、気が滅入るのも仕方ないところだろう。
◇
さて、本題だ。
「というのが、まぁこれまでの竜族社会であり、竜族は竜族だけで完結していて、弧状列島に住む他の種族とは接点がありませんでした。それが昨年までの話です」
ここで、先ほどの竜族社会のピラミッド図の隣に、そのピラミッドを小さくしたものを十個ほど書いて全体を円で囲ってグループ化した。
「昨年までの話だと、各地の竜達は部族単位、この山それぞれが地域ごとに構成されて独立していて、これらを束ねて全体を囲った枠、竜族全体を示す構造は存在しませんでした」
束ねる仕組み、無かったでしょ、と指摘すると、雄竜達のやる気ゲージが回復してきた。いいね。
「竜族の総意として意見表明する、そんな機会が生まれ、実際、各地の部族の判断を束ねて、竜族全体として宣言が行われました。……ところで、この竜族全体を束ねた枠組み、各地の部族の意見を調整して合意を得て、皆の代表として、多くの種族が集う地に赴き、意見を表明した雲取様や雌竜の皆さん。彼らは既存の竜族の社会構造のどこに所属してます? というか既存の構造の中、どこかの部族の社会構造に組み入れられます?」
竜族の部族というピラミッド構造群を束ねた枠、その調整役がどこかの部族のピラミッドの中に入ると、関係性がループ状態になってしまう。
なら、部族間で優劣があるかと言えば、確かに一目置かれる福慈様のような老竜はいるけれど、でも、福慈様が全体の代表かと言えば、そうじゃない。そんな社会構造はこれまで必要なかったんだから。
<組み込めんな。全体の調整役として相応しい部族など存在しない。群れの規模に多少の差はあれど、そこまで勢力差もない>
炎竜さんが口調こそ落ち着いてるけど、がちがちの社会構造に入らない新たな勢力、存在、概念というモノの意味に気付いたようだ。思念波からも早く続きを話してくれ、と催促する気配だらけになってきた。
「それから、雌竜の皆さんは、文字の導入であったり、使い魔の導入であったり、魔術の改良であったりと、これまでの竜族の社会構造、文化にはない領域、他種族と密な交流を行う活動へと踏み出してくれました。皆さんもその活動や成果を漏れ聞いていることでしょう。……さて、彼女達の活動、横の繋がりを持ち、多くの地の種族との交流、異界の存在たる妖精族との交流を担う、そのグループは、竜族の既存の社会構造のどこかに入るでしょうか? それに、竜族全体を束ねる新たな集団、そこと同じグループとして良いものでしょうか?」
まぁ、そう言いながらも、彼女達だけを囲う枠を別の色で描いて、部族の意見を取り纏めるグループとの違いは明確にしたけどね。
<どこにも入れられないな。それに少しずつだが他の部族との交流や活動も始まっている。これもまたこれまでにはない動きだ>
氷竜さんも、既存の枠に収まらない新たな勢力、集団というモノが見えてきたようだ。思念波からは、自分達の事も書いてくれ、と催促混じりだったりする。
「そして、ここにいる皆さん、今回、登山を通じて他種族との交流を行う方々もまた、既存の枠に入りません。既存の社会構造では地の種族との交流はなく、今回の登山も部族単位で捉えると、三か所の登山は三つの部族に分かれた案件です。でも、これは一つの活動ですね」
雄竜達も新たな枠組みの方に書いて、やはり新しいグループとして一つの纏まりとした。別の色で描き、部族全体の取り纏め役とも、新技術・文化導入役とも違うことも明示した。
<そして、「死の大地」の浄化に関わる者達もまた、部族の垣根を超えた新たな枠組みとなる>
鋼竜さんが先を読んでくれた。それに三柱ともすっかりやる気フルチャージになって、話に興味津々になってくれた。キラキラ輝いた目が楽しそうで何よりだ。
「その通りです。恐らくは延べ何千柱か参加するであろう、浄化プロジェクトもまた、既存の構造には入らないし、そもそも多くの部族を束ねるほどの規模ともなります」
ここで、浄化プロジェクトの枠組みを、竜社会ピラミッドよりもずっと大きく描いて見せた。
とんとん、と外に描かれた多くの新たな枠を叩きながら、彼らに問い掛ける。
「この新たな活動群ですけど、既存の枠組みに所属したまま、片手間でやれるほど簡単な話だと思います? そんな訳ないですよね。縄張りを管理し、番と共に子育てをして、更に片手間でこれまでにない新たな活動に手を出す? そんなの出来る訳がありません」
両立なんて無理、と示して、ここで満面の笑みで第一のカードを切った。
「つまり! まだ既存の社会構造に組み込まれていない自由な立場の若竜達、そして新たな活動をこなしていけるだけの実力と熱意、それと他の竜達からも邪険にされないだけの信頼を積み重ねた、見どころのある若竜、つまり皆さんこそが、新たな活動域の主戦力なんです」
既存の枠に入らない、入れられないだけ難度が高く、規模が大きいのだから、雑用などではない、そこも重要ですよ、と示すと、彼らが息を飲んだのがわかった。
◇
「そして、これら、新たに生じた活動群ですが、それぞれが好き勝手に動けば破綻してしまうでしょう。そうでなくても調整するシーンは徐々に増えていく筈です。となれば、全体の枠組みとルールを決めて、全体として円滑に運用していくようになるでしょう。これは新たな社会構造であり、参加する竜の数も、単純な活動範囲も、積み重ねていく情報、知識の量も桁違いなモノと化すのは確実です」
ここで、既存の社会構造を示すピラミッドに倣って、点線でずっと大きなピラミッド図形を描いてみせた。
三柱とも、点線で描いた意味も理解してくれたようで、目が爛々と輝いてきてる。
「この新たな社会構造、竜族全体にまで及ぶ巨大な活動群は、今はまだ小さな苗であって、それぞれで動いているだけで、そろそろ利害調整が必要なシーンも出てきたかなって程度です。でもそう遠くない時期に、竜族同士の利害調整を行うルール、これまでにない社会規範が必要となってくる訳です」
おや。三竜とも必要性は理解しても、食いつく感じじゃないか。
甘いなぁ。
「もしかして、部族間で争わぬように調整をするのは部族の長の役目、老竜が担う仕事とか思ってます? 地の種族と交流もさして行わず、部族の枠を超えて活動をする若竜達同士の交流網からも外れた彼らに主導権を取れる訳がありません。部族の長として承認はするでしょうし、その発言、姿勢にも重みがありますが、彼らの前に提示される叩き台、原案を創り出すのは誰か。誰が一番詳しいか。……そう、実際に活動を担い、多くの経験を経た皆さんです」
皆が目を見開いてくれた。いいね。
「前置きが長くなりましたが、お待ちかねの耳寄り情報です。皆さん、ルールに従うのではなく、ルールを創る側になりませんか? 決められたルールの枠内で競い合って頭角を現すのも悪くはありません。でも、どうせなら、新たに構築される枠組み、そのルールを創る側になろうじゃありませんか。新たな道を切り開くのは、先例もない分、苦労も多いでしょう。でも、遣り甲斐のある仕事、役目です。これから決める話ですからねぇ。望む立場、役処にも、ルールを創る側なら座りやすいと思いますよ」
ね、素敵な話でしょ、と伝えると、彼らは互いの方を見て、同じように打ち震えている姿に喜びと安心を感じたようだった。
「それとですね」
<――まだあるのか?>
鋼竜さんが気圧されるように、声を絞り出した。
「これだけ複雑な社会構造となると、地の種族には一日の長があります。ゼロから創るよりは、我々の社会構造を参考にした方が手っ取り早いし、似た構造となれば、我々も支援しやすくなります。運用していけば、色々と問題も出てくるものですからね。そして、こうして新たな活動の先頭を飛ぶ皆さんには、他の方々にはない利点があります。それは、その参考となる情報に誰よりも先に手を伸ばせる位置にあること。そして、その情報に詳しく、竜族の社会にも理解がある人達、つまり、僕を始めとしたロングヒルにいる面々と相談できる関係であること。全体を踏まえると、皆さんは今、とっても美味しいポジションにいる、これがオマケのお役立ち情報です」
ちらりと横を見ると、お爺ちゃんが良く言うわって感じの顔をしてるのがわかったけど、敢えて口は挟まないでいてくれるようだ。うん、うん、別に嘘は言ってないからね。
「総括すると、今、皆さんは人生の帰路に立っていると言えます。目の前には三つの道がある。一つは竜族の既存社会構造に従って登る道、後の二つは新しく生まれる竜族全体に跨るであろう大きな社会構造へと繋がる道であり、そのうちの一方は全体の枠組み、ルールを創る側、企画・運営サイドってところです。もう一方は、そうして創られる新たなルールに従う道ということになります。大雑把ではありますが、今後の皆さんの人生は大筋としては三つに分かれ、そして幸いな事に、皆さんはそのいずれも選べる状況です。という訳で、今だけ限定、貴方達だけのお得情報でした。今すぐ答えを出す必要はないけど、そう余裕はないと思った方がいいですよ? この流れに気付いた他の竜達もどんどん参加してきて競争相手は増えていきますから」
ホワイトボードにちょいちょいと三つのルートを書き足して、そこで話を終えた。結構、熱く語ってたこともあって、そこそこ時間も費やして、僕もそろそろお茶の時間帯に入って、寝る準備をする時分だ。
リア姉が戻ってくるまでは休憩とし、それぞれ思うところもあるでしょうから、歓談の時間としてください、と伝えると、三柱とも興奮冷めやらぬ中、確かに有用な情報だった、とお礼を言ってくれた。
ふぅ。
これで、取り敢えず種は蒔いたし、どう育つかは、今後の楽しみとしよう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
こちらには書籍「13歳からのハローワーク」みたいな便利なのが無いので、夢溢れる有望な若い雄竜達に、今後の身の振り方、目の前に広がる選択肢の「見える化」をしてみたよ、という話でした。
アキからすれば、枠がないのは不便だし、窓口役やルールを創る運営サイドの竜も、知らない竜よりは、こうして接点があって、見所のある好青年達の方がいいよね、といった程度のちょっとした思い付きから話した内容でしたが、彼らへの好意も嘘じゃないし、頑張ってる若者には親近感もあるので、応援したい気持ちもある感じです。
まぁ、翁も気付いているように、大筋の流れ自体が、アキの希望に沿うモノであって、アキに近しい竜達が窓口になることは、アキにとっても都合がいい、という打算もあります。
……押したら面白そう、なら押しちゃえ、って稚気が無かったか、と言えば、閃きの原動力はそこでしょうけど。どうぜやるなら全力で、総勝ち狙いでガンバロー、っていうのがアキですから。
あと、竜達の社会に新しい巨大構造を創り出すことは、雄竜達は社会に大変革を齎す偉業となると思ってるでしょうし、アキもそう思えるよう誘導してますが、そんな社会構造ですら、アキが示している統一された弧状列島という大構想の一部に過ぎないんですよね。
秋に三大勢力の代表達が集う頃にはその辺りも話題になることでしょう。
……なんか、秋の再会に向けて詰みあがっていく議題が増えてますね。
次回の投稿は、六月二十九日(水)二十一時五分です。
<活動報告>
久しぶりに活動報告として以下の雑記×5を書きました。
・雑記1:猛暑とVRWC
・雑記2:猛暑とエアコン
・雑記3:映画「クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち」を観てきました
・雑記4:映画「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」を観てきました
・雑記5:「ゲームに侵食された世界で、今日も俺は空を飛ぶ」執筆裏話、準備中




