16-20.イベント企画・運営への誘い(中編)
前回のあらすじ:あまりに強大な呪いを目の当たりにしたことで、雄竜達がちょいと萎縮してましたが、対象を分けて観察する科学的な視点を意識できるようになったので、これでだいぶマシになったことでしょう。(アキ視点)
鋼竜さんが良い事を言ってたね。竜眼で観ても悪意がない、と。
「皆さんは、他の種族の方々と山に登られる訳ですし、事前準備を入念に行い、実際に他の種族と交流を行って得られた理解をそのまましまい込んでは勿体ないですよね。なので、耳寄り情報に入る前に、おまけの話をしておきましょう。今、鋼竜さんが良いことを言ってくれました。竜眼で観ても悪意がない、と。一年間交流をしてみて思ったんですけど、竜眼は確かに強力で便利な能力だと思います。でも、それを過信してはいけないと思うんですよ。何事にも利点だけ、なんて事はありません。竜眼の問題点は何だと思います?」
確かに僕に悪意はなく、好意で胸一杯ですけどね、とぽんぽんと胸を叩いてみせると、三柱とも少し考えてから、思いついた事を話してくれた。
<竜眼は、対象の変化を見通すが、それが何を意味するのか判断するのは竜自身だ。経験の少ない竜は、誤った結論を導くこともあるだろう>
炎竜さんの意見も確かにその通り。
<己を律する高い能力を持つ者ならば、身体の癖を違和感のない範囲に留めることもできそうだ。それを意識せず行える達人級であれば、如何に竜眼を用いても、問題はないと結論付けることになるやもしれん>
氷竜さんの意見もその通り。
<害意が無くとも害する結果となることはある。悪意が無くとも望まぬ結果となることもある。本人が誤解していたり、情報を一部しか知らなかったりすれば、その者だけを視ていては、問題を見落とすこともあるだろう>
ほぉ。鋼竜さんはいい着眼点だ。
「皆さん、良いご意見でした。特に鋼竜さんの視点は素晴らしいです。地の種族は集団で生きる民なので、個人だけを見ていると、真の問題に気付けない、誤った結論へと認識を誘導される、といった事態が起こりえます。例えば、美味しいお菓子だと運んできた女中は何も知らず、途中で酷く辛い悪戯菓子に入れ替えられていた為に、食べた者が地獄の苦しみを味わい、予想外の事態に女中は混乱するばかり、なんて感じです。応用パターンは色々と考えられると思います。今の例は比較的わかりやすく、竜眼で菓子を観察すれば食べる前に気付けるでしょう。でも、これが情報ならどうでしょう? 相手は真実と信じて話を伝えてくる、でも実はその情報には問題がある訳です」
<意識を広く持つことが大切か>
ん、ちょい漠然としてるね。
「情報には嘘が混じってるかもしれない。意図的に一部の情報が伏せられているかもしれない。一つ、一つは正しくとも集めると矛盾を生じるかもしれないってことですね。なので、話している個人だけでなく、その者が所属する組織、国、地域、場合によっては時期なんてのも気にした方がいいでしょう。情報自体が正しくとも、その情報の鮮度が低い、つまり、情報が古くて、実は現時点の実状と照らし合わせると嘘となる、なんてパターンもあります」
<なんとも面倒だな>
鋼竜さんが少し遠い眼差しで同意してくれた。思念波からすると、色々と思い当たることがあったようだね。
「同じ出来事でも、見る者の立場が違えば、異なる見解、結論を導くなんて事はよくありますからね。面倒な話だと思います。竜族の皆さんなら、騙されたりしたら、それに気付いた時点で、騙した者に罰を与えるのを躊躇することもなく、力が足りないということもないので、それを恐れる大半の者達はそもそも騙そうとはしないでしょう」
<我らを恐れない者がいると?>
炎竜さんの声は落ち着いてるけど、思念波からは、信じられないって感情が伝わってきた。
いやー、純朴な感じが可愛いね。
っと、揶揄う気持ちは抑えないと。真っ直ぐな性根を持つ好青年なのは悪い事じゃない。
「復讐の為なら己が命も道具と看做すような者からすれば、皆さんの振るう強大な力はとても魅力的です。例えば、国に恨みがあり、国を滅ぼしたいと願う者がいる。でも正攻法で個人が国を滅ぼすのは至難で、時間もかかり、被害を与える程度ですら実際には難しいでしょう。で、そこに国を滅ぼせる力を持つ最強の個、天空竜の登場です。天空竜の怒りが何とかして、国に向きさえすれば、国に対して放たれた竜の吐息で、国はさっぱり滅びて、復讐は果たされます。その結果、国と共に己自身も消し飛ぼうとそれは些末な話です」
力が足りないなら借りてくればいい、地の種族がよく使う手口ですよ、と話すと、三柱は少し黙り込んだ。
こちらの言いたいことが何を意味しているのか、じっくり考えてくれている。
それぞれが納得するまで、ゆっくり待つ。
ちらりと横に浮かんでいるお爺ちゃんを見ると、お爺ちゃんもまた、深い眼差しで考え込んでいた。
◇
それぞれが、ある程度、己の中で考えが纏まったようなので話を進めよう。
「竜眼で観た事を判断するのは竜自身、そして竜の力は強大であるが故に、ある種の者達からすれば、とても魅力的でもあります。敵対勢力に力が向けられれば、敵の力を削ぐことになるし、先ほどの例のように、自殺のように見えるパターンもあります。群れとしての地の種族は、個人とは違う振舞いをする、個で完結している竜族とは違う点は覚えておいてください」
<注意するとしよう>
炎竜さんが皆を代表して答えてくれた。
さて。
「では、竜眼なんですけど、もっと直接的な問題点を指摘しますね。多分、皆さんも気付いている点だとは思いますけど、念の為です。竜眼を使う時って視野がかなり狭くなりますよね? 対象をじっくり見ようとすればするほど、そこに集中して、周りが見えなくなる。どうです?」
ん、当たりか。
<――確かにそうだが、それが何か問題か?>
氷竜さんの思念波からすると、それくらい対策を考えてる、といったところか。
「例えば、竜眼を使うことばかりに注力せず、必要な時に必要な間だけ竜眼を使え。一人で運用するなら、注意するとしてもそれくらいでしょう。後は、じっくり観察する時は安全性を確保しておく、とかでしょうか」
<当たりだ>
氷竜さんも、同意しつつも、なら何が問題なのか、と訝しむ意識が伝わってきた。
「我々の用いる武器に、狙撃銃というのがあります。敵兵が針の先に隠れるくらい遠い小さく見える距離に向けて銃撃を行う、その為の銃で、対象の姿を拡大表示してくれる照準器で相手の姿を捉えて引き金を引くと、銃弾が遥か彼方の対象を撃ち抜く、といった具合です。ですが、遠い相手を拡大して視る道具、照準器ですけど、拡大する分だけ視野が狭くなってしまいます。今話したような長距離狙撃だと、狙撃対象とその周りの少ししか見えません。つまり、狙撃しようと照準器を覗き込んでいる時、射手は周りの殆どが見えてないってことになります」
<我らの竜眼とよく似た話だ>
「しかし、互いに相手を攻撃しようと睨み合っている戦場において、狙撃をしようとしている射手は、微動だにせず、完全に意識が遥か彼方の狙撃対象だけに向いているのだから、他からすれば、無防備な獲物です」
<だからこそ、竜眼で対象をずっと見続けるような真似は我らもしない>
うん、うん。
「そこで、新たな工夫を紹介しましょう。我々、地の種族は群れで活動します。つまり、狙撃手が狙撃中に無防備になるなら、周りを警戒する仲間を付き添わせればいい、という話です。周辺情報を伝え、支援してくれる相棒、観測手がそれです。狙撃対象だけでなくそれを含めた広い範囲を観測したり、周辺警戒をしたり、放った銃弾の挙動から、風の強さや方向を推測したりと、狙撃手独りではできないことを補います。竜眼を用いる天空竜でも、相棒となる観測手役を導入されてはいかがでしょうか? 竜眼を交互に用いて、使わない側が周辺警戒するだけでも十分です。個ではなく、ペアで。「死の大地」のように、周りへの警戒を怠れない地域でも、祟り神を詳しく知るために竜眼は欠かせませんが、いくら竜族とて、竜眼を使いながら、周辺警戒もこなすことはできません」
そう話すと、お爺ちゃんはうむうむと頷いてくれたけど、三柱は消化不良な感じだ。
<番のようなモノか。巣で卵を温めている間、番の竜は周囲に気を配る>
ん、そういえば、確かに個で生きる竜と言っても、番ならペア行動してたね。
「ですね。狙撃手と観測手は深い絆で繋がれた仲間であり、二人揃って行動する、云わば、運命共同体ってところです。仲間の為に働き、仲間を信頼して任せる。互いに相手の力量を認め、命を預ける。だからこそ、相棒が揃うと単なる個が二人いるよりも遥かに力を発揮できるようになります」
そう話すと、三柱とも一応納得はしてくれたが、それぞれが顔を見合わせて、何とも気まずい空気が流れた。
何なのかと思ったら、炎竜さんが、何とも言い辛い様子を見せながらも、その胸の内を教えてくれた。
<観測手、それに相棒だったか。確かにその役割、重要性は理解した。……理解したのだが、それほど深い対等な間柄でありながら、番ではない。親子に似てはいるが、親子は対等ではない、狙撃手と観測手のような相棒、それを指し示す概念が我らの文化にはないのだ。番に例えるのは危険だ。誤解される恐れがあって、それは、その、不味いのだ>
あー、なるほど。
下手をすれば、同性愛と看做されてしまう、と。
「共に行動をする、協力して何かを為すのが僕達にとっては当たり前なので気付きませんでしたが、確かにそれは盲点でした。ペアとなる竜達が雄と雌であっても、番ではないが、命を相手に預けるほど深く信頼している、というのは確かに揉めそうですね。んー、そっちに派生するとは思ってなかったです。お爺ちゃん、何か良いアイデアない?」
困った時のお爺ちゃん頼み。
「いやいや、アキよ。いくら年の功と言っても、そうそう良い話は思いつかんぞ。それに、男女の間に友情は存在するか、というのは賢人達ですら答えの出せない難問じゃ。互いにその気が無くとも、気が付けば男女の仲になっとることもある。同性ならそうはならん、とも限らんからのぉ」
むぅ。お爺ちゃんもいいアイデア無しか。
<チームで動くことは聞いていたし、その理由も理解していたつもりだった。だが、役割を分担する、ということは、相手にそれを任せることであり、自らがそれを放棄して、戦場では命を預けることにも繋がる。そこまでの意識を持つのは、簡単ではないだろう>
炎竜さんが話を纏めてくれた。今のところは目指すところさえ明らかになれば、それで十分だろう。
「チーム行動は、地の種族も長い年月を掛けて研鑽し、改良を続けてきました。性格的な向き、不向きや相性も絡んでくるので、そこは気長に行きましょう。地の種族だって、誰もが群れの行動に向いてる訳でもありませんからね。帆船で、船員達が船長の下で、力を合わせて一致団結して困難に打ち勝っていく物語とかを紹介するのもありかもしれません」
こればかりは手探りで進めていくしかなさそう。何せ、竜族側に対応する活動、概念が無いのだからハードルが高い。
雄竜達も相棒の件は繊細な問題は孕んでいるものの、祟り神相手となると、竜族であっても、群れの力を発揮しなくては勝負にならないと理解してくれているので、特に反論はなく頷いてくれた。
オマケのつもりが、なんかデカい地雷源に気付いた感じだけど、もしかしたら、案外、竜達もすんなりチームプレイを習得するかもしれない。……ということで、今は心の棚に載せて、元々、話す予定だった、お得な情報提供に切り替えていこう。
彼らはまだ若く、未来は可能性に満ちている。既存の規範となる生き方も悪くはないけど、それで激動の時代に対応するのは大変だ。彼らには、自分達が如何に絶好のポジションに位置しているか、そこから意識して貰うとしよう。
んー、なんか歴史の転換点に立ち会ってる気がして、ワクワクしてくるね。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回は話の流れ的に、ちょうどいいタイミングでもあったので、脇道に少し逸れて、竜眼について問題点を指摘し、その運用改善案を提示する、という話をしました。
ただ、アキも本文内で話してた通り、まさか、そっちに話が逸れていくとは予想外だったようで、いつになく慌ててました。
互いに命を預けられるほど深い絆で結ばれた相棒になれるか、というと、各国ともそれはもう苦労しています。特に狙撃手と観測手は狭き門であり、意欲溢れ、自信もある兵が望んで試験を受ける訳ですが、実際に合格できるのは一割なんてレベルだったりします。
竜族は、ペア行動初心者であり、彼らの社会文化的にも、共同で何かやる、という話が殆どないことから、アキも薄々感じてるように本件は、結構な地雷原です。誰かの指示に従って、という時点でハードルが高いですからね。先ずはペア行動の理想的な姿の紹介程度に留めてます。
あと、帝都訪問時に共同飛行をして見せたりと、能力的にそれができない訳ではありません。分隊(五柱)程度までなら多分、何とかなるでしょう。ただ、それを超えてくると……。
次回の投稿は、六月二十六日(日)二十一時五分です。




