16-13.祟り神の蝗害戦略、その可能性(中編)
前回のあらすじ:祟り神が採りうる戦略として、蝗害を紹介してみました。それと脅すだけでは問題なので、期待できる要素についてもちらほらと話して前提となる認識を合わせて、そんな懸念事項や全体イメージを意識した上で、監視して危なくなる前に逃げてね、と伝えたいと話したら盛大に駄目出しされてしまいました。うーん。(アキ視点)
ベリルさんがホワイトボードや大きな紙を持って合流してくれたので、それからは僕が伝えたい「祟り神に気取られることなく観測して、いざという時はしっかり安全に情報を持ち帰ること」の意味をしっかり理解するのに必要となる知識、概念を洗い出していく作業を行った。
竜族は個で生活すると言いながらも、緩い部族としての集まりを形成している点を考慮して、雲取様も四段階、①普通の成竜の認識、②地の種族と多少交流がある成竜の認識、③地の種族を庇護している成竜の認識、④今の雲取様に近い密接な交流のある成竜の認識、でそれぞれの情報を判断をしてくれた。
心話でイメージを伝えるにしても、水田で等間隔に稲を植える意味から説明しないといけないとか、そもそも食物連鎖の概念から伝えるべきだとか、食物連鎖も連鎖の頂点となる生き物も死んで腐食されて地に還る腐食連鎖も含めた循環モデルも込みで話そうとか、話はそれぞれから結構派生していくことになった。
群れとしての連携が単なる個の集合でない点は、じっくりと説明を行う必要がある点も念押しされた。個として突出した強さを誇る天空竜、でもそんな突出した個でも抗えない強大な敵「死の大地」の祟り神を理解して貰う必要があり、呪いの厄介さ、呪いに穢された場合の生き物への影響や、成竜とて無敵ではない点なども反発を招かない形で説明するのだ、とかとか。
魔導具の特徴や利点についても教えるべき、なんて話にも派生した。魔導具が成す効果は竜の自前の術式の殆どに劣るけれど、常時、全方位に対して発動させておく、といった生物にはできない使い方ができるので、上手く補完していくことで、竜の強さを更に底上げできる、といったアピールをしよう、なんて提案もしてくれて、ちょっとびっくり。竜族の魔導具による武装化は、僕からは戦闘時の小技、手数を増やす程度の話しかしてなかったけど、いつのまにか、そんな理解もしてくれてたのは嬉しかった。
◇
延々とアイデア出しをしていて疲れが互いに見えてきたので、ちょっと傾向の違う話題を振ることにした。竜族による作戦を始めからローラー作戦と伝えた件だ。
「竜族による浄化ローラー作戦ですが、ローラーと言ったのには訳があります。「死の大地」を水田、浄化の思念波を放つ竜を稲に例えて、全域に等間隔に配する案は、配置し終えれば「死の大地」全域を一度に浄化できるけど、やれるかというと現実的ではないんですよ」
<そのように配するのを、祟り神が座して見ているとは思えんか>
「ですね。竜はこちらでは最強の個であり、その挙動を傍観するなどあり得ません。それも普段のように「死の大地」にあまり寄らずに近場を飛行するだけならまだしも、「死の大地」の内陸部深くまで入り込んでいくんですから」
竜の挙動は、地の種族の大軍勢を動かすのに匹敵する強烈な刺激なのだから、祟り神がそれに反応しないというのは、期待薄だ。
<一度に全てを浄化するなら、かなりの数が参加することにもなるだろうな>
「死の大地」は東西約二百キロ、南北百キロの大きさで、ざっくり換算だと地平線までの距離は四キロ。
「地平線までの距離を基本単位とすると、「死の大地」は東西五十、南北二十五の長方形といったところでしょうか。拡散型の思念波ですけど、地平線までの半分くらいまでなら届きます?」
<無茶を言わないでくれ。それなりに長く放ち続けるのなら、四分の一が精々だろう。二頭で共鳴をして範囲を広げるとしてもそれくらいと見た方がいい>
ふむ。
ということは、一度に浄化できるのは半径一キロ、直径二キロの球状範囲だから、東西百個分、南北五十個分換算と考えられる。
「となると、その半径の球体で「死の大地」を敷き詰めると、五千柱の竜が参加すれば、一度に浄化できる計算ですね」
<共鳴で二頭ずつと忘れてるぞ。その計算なら倍の一万頭、余りに多過ぎる>
思念波からは、竜族三分の一が参加、というレベルの話に届いたことへの驚愕が感じられた。竜族は個で生きる種族だから、力を束ねるという必要性が無かったもんね。まぁ、それだけに相手がどれだけ巨大なのかは深く理解して貰えているようだ。
「そんな数の竜が「死の大地」に集うなどという事態になるなら、並び終えるまで竜からは何もしなかったとしても、等間隔に並び終えるまで祟り神が放置しているなんて、期待できませんね。普段とあまりに数が違い過ぎます」
<それに一万頭参加というのも無茶だ。周辺地域の巣を全て活用しても、皆の魔力を賄いきれないぞ>
「縄張りにある魔力補給地点、その総数が参加できる竜の数の上限を決める訳ですね。んー、雲取様には、攻勢作戦編成の概念ってお話したことありましたっけ?」
<いや。それはどんな概念なのだ?>
「地球で、異なる役割の航空機を多数組み合わせた編成を用いて、敵地を攻撃する際に用いる概念です。呪いの浄化ですけど、竜は飛べるのだから、浄化領域の球を敷き詰めるのではなく、一列並べてそれを転がしてもいいわけです。水田に稲を植える場合も、一列に農民が並んで、植えたら移動を繰り返すでしょう? それと同じです」
<移動しながら浄化する訳か。だが、これだけの距離を浄化しながら飛ぶのは厳しいぞ。祟り神の反撃もあろう>
「その通りです。ですから、えーと、共鳴で浄化を行う竜のペアを三組用意しましょう。交代しながら浄化の思念波を放てば行程の三分の二は飛びながら休めます。それから、祟り神の反撃に備えて、同じ数の竜を護衛につけましょう。術式の基点を潰したり、対抗術式で迎撃する感じです」
<それだけで十二頭か>
「それと、祟り神との攻防を見極める観察役も欠かせません。相手が何をやってくるか、どんな戦術を取るのか、どれだけの範囲で連動するのか、それらを見極める役です。取り敢えず四方を監視するということで四柱としましょう。そしてこれだけの数となれば、全体を統率するリーダーも必要です。サブリーダーもいたほうが安心ですね」
<合計十八頭だな>
「浄化役、護衛役、観察役、指揮役と異なる役割でチームを組んで作戦を行う、これが攻勢作戦編成と考えてください。多分、浄化されずに残った敵戦力を観測する役もいた方が、続く作戦も立案しやすいので、二柱追加で、一チーム二十柱といったところでしょう」
そう話すと、雲取様は難しい顔をした。
<それぞれが自分の役割を理解し、それ以外を仲間に任せる、それだけでも我ら竜族にとっては初めての試みとなる。それに二十頭ともなれば、規律を持って飛ぶだけでもそれなりに訓練しないと無理だろう。皆が足並みを揃えて飛ばねばならず、浄化が不十分なまま先を急いでも意味がない>
おー、さすが雲取様、しっかりイメージができてる。
「南北方向に隙間なく攻勢作戦編成を用意するなら、五十チーム、合計千柱が参加すれば足りる計算です。これを半分にして帯状に浄化するだけでも分断効果は望めます。その場合なら半分、五百柱。だいぶ現実的な数になってきたんじゃありません?」
<祟り神が何かした時に、対応できるチームもあると良いか>
おやおや、その考えまで自力で辿り着くとは凄いなぁ。
「不測の事態に備えて予備兵力を確保しておく、良いアイデアと思います。相手の手の内が予想できない以上、相手が繰り出してきた行動に専念できる戦力がいた方が安心ですし、相手が攻勢に出れば、手薄になる地域も出てくるでしょう。手薄な地域をかき乱して混乱させる、そんな役処があっても良さそうです。この辺りは、三大勢力や共和国、地の種族の十八番ですから、マコト文書に記されてる戦史を参考にしてもいいですね。戦は準備段階で八割、九割は決まるとも言われてます」
<竜の戦いとは随分違うものだ。皆で考えるとしよう>
「これに竜族向けの魔導具の装備品なんかも絡んでくるので、考える事は多いですよ。呪いの研究が進めば、戦略、戦術も洗練させていくことができるでしょう。だから、一番危険なのは今、現時点なんです」
今。
そう強調した事で、雲取様の表情も引き締まった。
<……大地を覆い尽くす呪いに対して、効果的に対処する術がなく、チームで動ける竜もいないからだな>
地の種族の戦力では、街エルフの大型帆船であっても竜一柱に届かず、竜族が行使する術式や竜の吐息は威力過剰で効果範囲が狭過ぎる。それに思念波も今のままでは浄化効率が悪い。
「そうです。共鳴浄化を行える竜のペアがいるだけでもだいぶ違ってくるでしょう。呪いへの対抗という意味では、百柱の竜よりも戦力になります」
雲取様は、目を閉じて考え込んでいたけれど、暫くして疲れた眼差しを向けてきた。
<予想される呪いの性質上、すぐ動きがある可能性は低いが、下手に動かれれば対処する術がない分、今が一番危うい。それを理解した上で『祟り神に気取られず、動向を観察し、その情報を持ち帰れ。可能な限り、祟り神に情報を渡さぬように』か>
「はい。説明が長くなりましたけど、言いたいことはそれだけです」
だけ、と強調してみたけど、雲取様は、なんか、達観した眼差しを向けてきた。そして、多くの言葉を飲み込んだようで、話を切り替えてきた。
<ケイティ、アイリーンに頼んで、登山先の主達向けの菓子を用意してはくれぬか。普通に獲物を持参する程度では到底、彼らの心痛を労われるとは思えんのだ。竜族では作れぬ菓子、地の種族がいるからこそ食せる美味は、彼らのやる気も奮い立たせる事だろう>
「承りました。アキ様に心話で好物を確認して貰い、保管庫に入れて持参させましょう」
ケイティさんも神妙な顔で頷いた。
<意見もある程度は出たが、我の視点だけでは抜けもあろう。紅竜に話は通しておくから、明日、漏れがないか確認するのだ。時間はないが、念の為、登山に向かう雄竜達に概略だけでも伝えておいたほうがいい。単なる荷物運びでは、彼らの面目が立たん>
ふむ。
他の竜の立場まで考慮するとは、長としての視点を備えてきた感じだね。ちょっと誇らしい気分だ。
「雌竜達の中だと、紅竜さんが一歩抜きんでてる感じです?」
<全分野満遍なくとなると、紅竜は手堅くて安心だ>
だからこそ、七柱の取り纏め役のような立ち位置にいる、とも教えてくれた。……まぁ、そういった信頼できることと、雌竜としての魅力があることはイコールではない、なんて意識もちらりと感じ取れたけど、そこはスルーしておこう。雌竜の方だって、肩を並べて働くならお前がいい、と言われたって、嬉しいかと言えば微妙だろうから。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
今回は竜族を攻撃機に見立てて、攻勢作戦編成の概念をベースにしたチームイメージを語ってみました。この概念、というか作戦パターンはベトナム戦争の頃から本格的に米軍で採用されているモノで、現実では八十機近い編成で、互いの行動が他に悪影響を与えないように時間差を設けて、距離も空けてといったように、とても広い範囲で、多方向から戦闘行動を行う凝ったものでした。アキが話した今回の内容は、それに比べればとてもコンパクトで、どちらかと言えば第二次世界大戦時の戦略爆撃における爆撃機と護衛戦闘機の関係に近い内容です。
本来やりたい事に従事する頭数は、浄化思念波を放つ二頭×3ペア=六頭だけど、彼らが十全に能力を発揮できるようにそれを支える支援役が十四頭いることからわかるように、攻勢作戦編成の運用はとても大掛かりな割には、主攻撃担当の占める比率は少な目です。
今回の例だと、一地域に対して攻撃をしてるのは共鳴で思念波を放ってる二頭だけ、残り十八頭は支援してるか休んでる状態なので、投入戦力の一割しか攻撃できておらず、実はあまり効率のいい攻撃方法ではありません。(次パートで紅竜がその辺り指摘します)
雲取様はアキとの付き合いが長いので一応話についていけてますが、個vs個までだった竜族や、諸兵科連合と言っても陸軍しかいない地の種族にいきなり、戦略爆撃や攻勢作戦編成による非制空権下における侵攻作戦の話を振って理解しろ、というのは無茶でしょう。
そんな訳で、次は紅竜のクロスチェックです。各要素は解りやすく比喩なども使って説明されるので、理解はできるでしょうが、そういった概念を数十、数百と組み合わせて紡がれるシナリオを理解できるかというと……。
次回の投稿は、六月一日(水)二十一時五分です。