2-35.新生活八日目②
前話のあらすじ:魔術の先生について、なんとか候補を見つけることができました。ただ、学ぶためには他国にある唯一の大使館領に行かなくてはならないことも判明しました。
今日の講義は、絵画は使わないようで、その代わり、テーブルの上にはいくつも魔導具と思われるものがいくつも置いてある。
「さて、前回は鬼の文化についてお話したので、今日は小鬼の技術や文化について紹介します」
「よろしくお願いします。ということは置かれている道具は、小鬼に関係するものですか?」
文様が刻まれた短剣や護符、短弓などが置いてある。これまでにジョージさんに色々と見せて貰ったせいか、どうにも作りが雑で材質もチープな感じに見える。
「はい。御覧のように彼らの技術は、何世代も前の古い魔導具の模造品を作るといったもので、作りが雑で、品質も低く、オリジナリティに欠けています」
なるほど、パクリ商品だと。良くないイメージを持つのも当然か。
「ちなみに、小鬼族に出し抜かれたことも多いと思いますが、その際、人類連合にはない装備、魔導具の類が効果的に使われた事例はありませんか?」
「――そうですね、足の裏に掛かる圧力を軽減する術式が付与された靴は、その条件に合うと思います。小鬼達は長雨でぬかるんだ地形を、その靴を使うことで、素早く侵攻し、こちらに大損害を与えたことがあります」
泥濘に苦しむ人類連合、泥濘を逆に利用する小鬼帝国か。
「その靴はこちらでも採用したんですか?」
「いえ、軽減効果を高めることが難しく、小鬼達の体重であればまだしも、人では重過ぎてほとんど意味がなかったため、採用していません」
残念。人類が羽のように軽くなって、樹木の上を飛ぶように走ったりするのは夢物語なのか。
「靴底にかかる圧力差を考慮した戦術というと、小鬼族が侵入、撤退してきたルートを追撃したら、人の重さだと踏み抜くような落とし穴トラップだらけで、酷い目に遭ったというような事例はありますか?」
地球だと、人の重量では通行に問題がなく、戦車のような重量がかかると起爆する地雷なんてのもあるくらいだから、似たような話があるかなぁ、と思いとりあえず聞いてみた。
「……小鬼達が仕掛けてくる定番の戦術の一つです。トラップゾーンに嵌り込んだ部隊が反転攻勢してきた小鬼達に殲滅させられた事例には事欠きません」
あぁ、やっぱり。ケイティさんの表情が硬い。人類が負けた際の話となれば仕方ないか。
「釣り野伏せもやる訳ですか。手強いですね。他にありますか?」
「魔力反応を拡散させる魔導具を使われ、潜伏した彼らに気付かず、後背を突かれて酷い損害を受けたことがあります」
「やはり人族では採用していないと?」
「魔力の保有量が多いと拡散効果が芳しくなく、採用されませんでした」
ふむふむ、やっぱり、模造品という見方は一面に過ぎない。
「いいですね」
小鬼族もなかなかやるものだ。……なぜか、ケイティさんが驚いた表情をしている。なんと声をかけようか悩んでいるようだ。珍しい。
「――アキ様、こちらが大きな被害を受けている話なのですから、そのような表情は控えてください」
ケイティさんの極力、感情を排したような声に、思わず頬に手を当てて確認した。どうもいつのまにか笑っていたらしい。確かにちょっと不謹慎だった。
「すみません」
「いえ、気を付けて頂ければ結構です」
鬼や小鬼と血で血を洗う戦いを続けてきた歴史を考えると、表情にも気を付ける必要がある、と。注意しよう。
「他に小鬼族の作る魔導具に、何か特徴や傾向はありませんか?」
「――彼らの使う魔導具は使う魔力結晶の品質が悪く、付与が短時間しか持たないという特徴がありますが、強いて言えば、それがこちらにはない特徴でしょうか」
品質の問題という気もしますが、とケイティさんも自信なさげだ。
「短時間というと、剣に付与した中和術式が数分しか持たないとか?」
「そんな感じです」
「それは、斬る瞬間だけ術式が効果を発揮して、それ以外の時は待機状態で魔力消費を抑えるような工夫はされてますか?」
「はい。それはされてます。それでも三十分と持ちません」
「その剣ですが、安くできるとか、量産しやすいとか、低い技術でも作れるとか、何か利点はありませんか?」
「そうですね。今言われた利点があるのは確かです。ただ安定性も低く、品質のバラツキも大きく、信頼性が低いと言えます」
長命種だからこそ、信頼性は最優先なのかな。確かに少数精鋭なのだから、いいモノを持たせたい気持ちはわかる。
「そこはトレードオフの関係になるから仕方ないですね。だいたいイメージできました。ありがとうございます」
予想通り。やはり小鬼族は何もわからずコピーしてるだけじゃない。
「アキ様、こちらでは、この道具は信頼できる、というのは命を預けることができるほど良い品質だ、という意味になり、最高の賛辞になります。信頼できない、信頼性が低いというのはその逆です。よろしいですか?」
「そうですね」
ケイティさんは言葉は通じているのに、心が通じてないとでも言いたげな表情をしている。
「ではなぜ、そのように満足そうな顔をされているんですか?」
「え、表情に出てました?」
注意してたはずなんだけど、そんなにわかりやすかったんだろうか。
「はっきりと」
疑問の余地はない、とケイティさんが断言した。
「気を付けます。それで、理由ですが、小鬼族が僕の求める資質、知性、判断力を兼ね備えていると確信できたからです」
「小鬼族の、ですか?」
およそ、小鬼族相手に使う評価ではなかったようで、ケイティさんが真意を探るような目を向けてきた。
「彼らは技術の本質を理解し、身の丈に合った方法で生産し、自分達の長所、短所を認識した上で、独自の発想で魔導具を生産し、戦術にも応用しています。理論魔法学の天才がいる下地は十分に揃っていますよね。だからつい嬉しくなりました。逆に制限が厳しいからこそ、理論の探究は進んでいる可能性すらあります」
改めて整理して言ってみると、なかなか小鬼族も頑張っていると思う。
「……アキ様は、どの種族も同じ視点から見ているのですね」
ケイティさんはゆっくり告げた言葉は、何か色々と伏せた思いがありそうで、場の雰囲気が重くなった。どう答えるべきかちょっと躊躇してしまい、不自然に間が空いて、なんとも気まずい感じになってしまった。
「そうですね。先入観はなくしておかないと。それに何が役立つか判断できるほど、どの種族もよく知らないので」
どう取り繕うべきかもわからないので、敢えて何もなかった、というように普通に話してみた。
「そうですね。……そうでした」
一瞬だけケイティさんに過ぎった表情は、困惑、というより恐怖だろうか。すぐいつものお仕事モードに戻った感じだけど。
「何か?」
「いえ、何でもありません。では、次に小鬼族の文化についてお話しますね」
「よろしくお願いします」
穏やかなものだといいんだけど。
「彼らが収穫を終えた際に行う精霊祭という催事があります。夜に櫓のように組んだ焚火の周りを、呪文を唱えながら輪になって踊り続けるというもので、最後には世界の精霊と一体化し、自分が世界の一部に過ぎないことを体験するという話です」
手元のフリップで、コミカルに描かれた絵を見せてくれたけど、キャンプファイヤーみたいな感じだ。
「なんだか強制的にトランス状態を引き起こす儀式って感じですね」
「恐らくそうでしょう。そして、この体験を繰り返すことで、個よりも集団を重視する思想が身に着くと言われています」
個を重視し過ぎては集団が維持できないし、なかなか悩ましい話だ。
「なるほど。他にはありますか? できれば成人の儀に至るまでの育て方とか知りたいです」
「彼らは産んだ子供を母親達が集まって集団で育てるそうです。生まれた時点で健康な赤子を選別し、皆の子供として育てるそうで、家族としてより、一族としての繋がりが強いと言われています。徹底した集団生活と教育が行われ、生き延びた子供が五歳を迎えると正名が与えられるそうです」
「正名?」
「それまでは幼名ということで仮の名前らしいです。正名は村の一員であることを示すもので、この名を与えられてから五年後に、成人の儀を迎えることになります」
「集団生活は男女問わずですか?」
「そうですね。正名を与えられると、男女は別れて生活するようになり、成人の儀を生き延びた男女は婚姻するそうです」
「なんともスパルタな感じですね」
「スパルタ、ですか?」
僕は地球での悪名高いスパルタ育成制度をざっと話した。そして、質実剛健な制度で比類なき軍事力を達成したものの、勝利によって莫大な富が流入して、貧富の格差を生んで市民に亀裂が生じ、贅沢を覚え、辛い兵役を嫌って、娯楽や食に興味を移し、いつのまにか精強なスパルタ軍はいなくなり滅びたことも。
「小鬼族が貧しいのは確かですが、彼らがそのように贅沢に溺れる様は想像しにくいです」
酒のために命懸けでドワーフに学びに行くくらいだから、欲は人並みにある気はするけど。
「もし、そうなるとしたら、彼らの戦略的、戦術的優位が盤石のものになってからでしょう。ただ、竜の脅威がなくならない以上、確かにそうそうスパルタと同じ道を歩むことはなさそうですね」
それは気を抜かないスパルタって感じだけど、こちらの小鬼族は技術面でも手を抜いてないし、スパルタほど、脳筋集団という訳ではなさそうだから、あまり先入観を持たないように注意しよう。街エルフの常識に囚われて、彼らと同じ思考、視点で考えるようになったら、僕がミア姉の救出計画に加わる意味がなくなってしまうのだから……。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
小鬼の文化や技術も紹介できて、これでだいたい前提知識(常識)の最低限な話はクリアです。……今後は様々な種族の『尖った人材』が集まってくる(予定)ので、それぞれの種族の思考パターンを考慮した上で、アキは口先三寸で誘導していかなくてはなりません。種族の思考、国の思考、個人としての思考。様々な思惑が絡み合う面倒臭さがありますが、まぁ、アキの視点で描いていくので、その大半は隠れて出てきません。アキもアキなりに注意はして考えてますが、結構、ザルなところが多いですからね。
次回の投稿は、八月一日(水)二十一時五分です。