16-12.祟り神の蝗害戦略、その可能性(前編)
前回のあらすじ:雲取様に添い寝して貰い、心身リフレッシュって感じになりました。でも快適過ぎるので、たまにやるくらいにしようと思います。シミュレーションゲームで定番の「全軍移動の総力戦」によるイナゴ戦略と、食物連鎖の基盤破壊を組み合わせた殲滅戦のアイデアを示してみたら、思いの外、雲取様が激しい反応を示して、びっくりしました。怖かったので、次はインパクト優先からもう少しマイルドにしようと思います。(アキ視点)
「ところで、雲取様は昆虫のバッタ類が起こす災い、蝗害については知ってますか?」
<いや。田畑を食い荒らす害虫に、農民達が苦慮しているのは知っているが、虫害とは違うのか?>
「虫害は、虫による害の全般を指す概念なので、蝗害もその中に含まれますが、蝗害は王朝が滅びる災いとして、水害、旱魃、疫病と共に天災とされています。それを引き起こすのはサバクトビバッタという種類になります。僕の掌に乗る程度の大きさです」
<そんなに小さいのに水害などにも並ぶ天災扱いされるとは、数が多いのか?>
「当たりです。食べ物が多く隠れられる場所があって疎らに暮らしている時は孤独相と言って大人しい性格なんですが、食べ物が減り密度が増えてくると、群生相という獰猛で厄介な形態へと変わるんです――」
体の色が緑から黒に変わり、胴体が短く飛行に適した形状へと変化し、群れるようになり、食べる草木の幅も制限なしレベルに変化、食べられる物を全て食べて、食べるものが無くなったら、新たな食料を求めて一日に百キロ近く飛んで活動範囲を貪欲に広げていく。そんな活動を十世代以上繰り返し、ひたすら数を増やして空を覆い尽くし、あらゆるものを食べ尽くしていくのだ、と説明した。
しかも、飛ぶために栄養をワックス状にして溜め込むのと、飛行に適するように体も硬化するので、食べるところがそもそも少なく、食べても硬くて美味しくなく消化に悪いのだから、始末が悪いと話すと、雲取様は顔を顰めた。
<まるで生き物全てを滅ぼす為だけに特化したかのような存在だな。弧状列島にいないのは幸いだが、何故いないのだ? それほど飛べるのなら、大陸からも渡って来そうなものだが>
「彼らは砂地の浅いところに卵を生むので、放置しておいても草木が繁茂する弧状列島には合わないんでしょう。あと寒さも苦手なようです。それでですね、話を戻すと、祟り神の全軍移動は、生活基盤ごと移動する遊牧民というよりは、全てを食べ尽くして、増えて、更に広がる蝗害のほうが適切な例えかなって」
<確かに。それで、蝗害に似ているという点が、希望に繋がるのか?>
生物兵器かと思うほど、生態系の破壊に特化したサバクトビバッタの大群に似てると言われて、それが希望に繋がるとは想像しにくいらしい。
「呪いは何かを基点として、少しずつ力を溜めながら周囲を穢していきます。でも生きてはいないので、周りからの刺激に反応して挙動を示すだけで基本的には動かず、受け身です。これをサバクトビバッタの孤独相とすると、呪いが群生相のように変化しうるのか? という根本的な疑問があります。新たな犠牲者が出ない、刺激がないという状況を刺激として、新たな地に向けて移動する、ここに大きな飛躍があります」
<刺激がないなら動かない、変化しないのが呪いの常とすれば、確かにその変化は起こりにくいように思える。それは良い話だ>
そもそも呪われた地がそう簡単に広がらないのは、普通の土地には穢に抗う性質があるか、陽光の浄化で抑えつけられているのだろう。
「それから、塩は穢れを祓うとも言うので、潮流に洗い流される海は、そもそも越えるにはリスクがあります。呪いは空気中も漂うようですけど、基本的には何か、ある程度の大きさがあるモノが必要で、だからこそ地面伝いに広がるわけです。海を超える、これもまた飛躍が必要です」
<意図せず超える事は有り得そうだ。海沿いに高く密度を増した呪いが、雪崩のように崩れて広がり、それが近場の島にまで届けば、島は呪われていくだろう。そうなれば、呪われた島を経由することで、更に広がることも、何もない海を渡って行くよりは起こりうる>
「呪いが意図的に渡海をするのではなく、結果として近い島にまで手をのばす、という事ですね。呼び水みたいな話にならないよう注意は必要でしょう。それから、別の視点ですが、呪いに新天地を求める、動機や意欲ってあると思います?」
<それは無いのではないか? 呪いは生きていないのだから>
「ですよね。それに行動に対する反射が主なのだから、先を見据えた計画を立てるかも微妙です。知識の蓄積も無いでしょう。さてさて。それでは祟り神の立場で考えてみると、世界はどう見えているでしょう? 今、雲取様は弧状列島の立体地図を見ているから、「死の大地」やその周囲の位置関係を把握できてますけど、この地図がなければ? そして「死の大地」から遠出することも無いとしたら?」
そう問うと、暫く考えてから答えてくれた。
<自分が遠出して見聞きできぬのだから、呪いが覆い尽くした「死の大地」とその山々から見える範囲の地理しか把握できないだろう。世界樹や連樹が共鳴して放った強い力によって、それなりの量の呪いを失い、北東方面の呪いを厚くしたのだから、世界樹、連樹の位置や強さも知ってはいると思うが>
「ですよね。だから、祟り神は本島や西の大地の大きさは知らず、世界の広さも知り得ないでしょう。これが地の種族や竜族なら、ちょっと誰かを向かわせて調べてこよう、となりますが、その発想は未知に興味を抱く生き物だから起こるモノです。誰かを向かわせて、そこで得た知識を戻って仲間に伝える、これはなかなか複雑な行動ですよね」
<単なる刺激への反射でそこまでの行動ができるかといえば、確かに難しそうだ>
雲取様もだいぶ表情が穏やかになってきてくれた。さっきは怖かったからね。あまり煽りすぎないよう注意しよう。
◇
次は別の角度から希望を伝えるかな。
「連樹の神様と世界樹の語り掛けで起きた呪いの浄化ですけど、影響は大きかったものの、そもそも呪いの浄化を狙ったモノではありませんでした。幼い子に話し掛けるときに、聞き取りやすいように少し高い声で話し掛けますよね? それと同じで呪いに効きやすい思念波の波長もあるんじゃないかと思います。何せ浄化術式があるくらいですから。良く効く範囲だけに絞った思念波なら、より少ない力で放てるでしょう。それと拡散型の思念波を使われてるので、理解されてると思いますが、放つ力を倍に増やしても、範囲は倍に増えないですよね?」
<遠くに届けたいなら絞らなくては無理だ>
「つまり、福慈様の怒りのように大きな力でも、弧状列島の隅々にまでは届かなかったように、広く力を届けるのなら、水田に稲を植えるように、等間隔に力の発生源を設置するのが最上です」
<「死の大地」は水田、思念波を放つ竜は稲か。そうして適切に配すれば、突出した個でなくとも、数で浄化の力を行き渡らせられる訳だ>
「だと良いなぁって話ですけどね。そう外れた話でも無いでしょう。そして、大勢の竜族による大規模浄化ローラー作戦にはもう一つ利点があります」
<――弱い呪いで広く穢して、生態系の基盤を破壊するという蝗害戦略を取りにくくなるという事だな>
「御明察です。広い範囲で、薄い呪いがどんどん浄化されていく中、弧状列島の全体像も把握してない状況で、蝗害戦略を取れるでしょうか? 多分、反射的に行うとしたら、竜達の思念波に浄化されない程度に密度を高めるとか、浄化してくる竜達を撃墜しようと攻撃してくる辺りでしょう。そうして拡散型思念波ではびくともしないくらい強固に密度を高めた呪いが点在する状況にもっていって、それら全てをタイミングを揃えて竜の吐息で消し飛ばせれば最上です」
<そうでなくとも、相手が守りを固めて「死の大地」に閉じ籠もるなら、我らに有利か>
「はい。ただ、「死の大地」の呪いが一つのままで高密度化すると、竜の吐息で消し飛ばせなくなるかもしれません」
<だからこそ、浄化杭で分断し、あまり大きく纏まれなくすることが肝心なのだな。大きな群れは、分けて各個撃破。なかなか深い概念だ>
簡単に大軍を蹴散らせてしまう竜族、自分達より格上の相手がいない中で、「死の大地」の呪いについて、しっかり理解して、先をイメージできるって本当に凄い事だと思う。
さて、これで認識合わせはできたね。
「それで、今までの流れを踏まえて、登山先の主達に『祟り神に悟られることなく観察して、情報を持ち帰ること、相手に情報を与えないようご注意ください』って伝えたいんですよ」
頼みたいことはシンプルでしょ、と話すと、すっごく渋い顔で、疲れた気分たっぷりに溜息を疲れてしまった。
<ケイティ、ベリルを呼んでくれ。大きな紙も欲しい。左端にアキの伝えたい内容を記し、そこから木々が枝を伸ばすように、前提となる知識や概念を書いていくのだ。それぞれについて、一般的な成竜なら理解しているか、或いは説明が必要か明らかにしていこう。そして、登山に向かう者達に、全体を記した紙を届けさせるのだ。話の全体像と、どの部分を話しているのか判る資料がなくては、正確な理解などできん>
「すぐに呼び寄せます」
ケイティさんもすぐに杖で空中に指示を描いた。別邸にいるベリルさんも準備ができ次第、こちらに向かってくれそうだ。
うーん。
「竜族の皆さんなら、聡いから心話で伝えれば平気かな〜って思ったんですけど、難しいです?」
<群れとしての思想、こことまるで違う広大な大陸で培われた生き方や、特異な生き物、呪いに関する知識、食物連鎖の概念、それに弧状列島全域の地理的な理解。どれもこれも馴染みのない話だ。我はこうして一年近くアキやロングヒルに集う多様な種族と交流してきたから、話に付いていけているが、それでもアキが示した筋道以外の多くを知らない事は解る。我でさえそうなのだ。それらの前提のない成竜達では、個別の話は理解できても、それらを組み合わせた全体の把握など無理だ。ベリルが到着するまで暫し時間もあるから話しておくが――>
なんかスイッチが入ったようで、僕は竜族がとても聡いと言うけれど、ロングヒルに来ている竜達は、地の種族にある程度、理解がある者達であって、一般的な竜までそうと考えてはいけない、とかとか、みっちり聞かされることになった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
蝗害、怖いですよね。昨年も中東で猛威を振るいました。AIで未来位置を予測&レーザー照射をして叩き落す、害虫駆除システムも発表されてましたが、いずれは案山子にレーザー照射能力が付与されたりするかもしれませんね。パルス状照射で撃ち落とす程度に抑えればエネルギー消費も少ないでしょう。害虫駆除を無農薬で行えるので期待したいところです。画像認識を駆使すれば特定の虫だけ駆除することも可能でしょう。
アキが、登山先の主達にお願いしたいことはシンプルだけど、その意味するところを真に理解するのに必要な知識の裾野は広く、馴染みのない概念も咀嚼できる柔軟性、想像力も欠かせないんですよね。平易な言葉で判りやすくは話しているんですが。
雲取様も指摘しているように、アキが示したルートに従って話を聞けば、なんとなく理解した気にはなれるけど、一歩外れれば、そこは底なし沼、沈まぬ為に必要な足場(知識)が無いことに気付いて愕然とするって感じです。
<おまけ>
ネットで簡単に調べられる知識をわざわざ覚える必要はないのでは?(=覚えるのは無駄な作業では?)、と思う意見がありますけど、さくっと調べられる程度の知識しか持たない人はいらない、それすら持たない人なんてもっといらない、さくっと簡単に調べられるのだから、なんですよね。
さくっと調べて、それっぽい情報が出てきても、それが正しいか判断できる程度の知性は無いと話にならないので、そういう意味でも基礎学力の要求水準はどんどん上がってる気はします。
ローマ時代の政治家は、人間メモ帳とでもいうべき、記憶力の優れた人を何人も後ろに控えさせて、必要に応じてフォローして貰ってたそうですが、今のご時世だと、記憶力だけだと戦っていくのは難しいと思います。過去の判例を調べる程度の弁護士なんてAIに代替され始めてますからね。膨大な蓄積情報からデータをピックアップするのなんてAIの十八番ですから。士族は安泰とか言われていたのも遠い過去。凄い時代になったものです。
次回の投稿は、五月二十九日(日)二十一時五分です。