16-11.雲取様との穏やかな一時(後編)
前回のあらすじ:雄竜達の台頭によって、雲取様と雌竜達の関係にも変化が訪れるだろう、ということでちょっと探りを入れてみました。雲取様の悩む様子をみると、大勢から取り合いになるほどモテるというのも考え物な気がします。(アキ視点)
後、何を話そうかなと考えてたら、雲取様から思い掛けない提案が出てきた。
「添い寝、ですか?」
<うむ。親が少し出掛けるだけでも、幼竜達は戻ってきた親の元に寄ってくるのを思い出してな。地の種族の意識は彼らに近いように思ったのだ>
思念波から感じ取れたイメージからすると、尻尾の上に乗せた頭の少し前、大きな竜の目の届くところに寄り添うモノらしい。
猫が飼い主に飛び込んで、頭をグリグリと擦り付けるような扱いっぽい。
「竜は体が大きい分、近寄られると死角が増えますよね。相手が小さいと触れてる感覚も気付きにくいし」
折角のお誘いなので、ちょっと試してみることにした。
近づいてみると、やはり小山のように大きい。それに透明感のある黒い鱗が、生物でありながら、どこか機械的な雰囲気すら感じられて不思議だ。
それに、こうして触れられる距離まで来ると、雲取様の魔力に包まれてる感じがして心地良い。
ハンカチを敷いて、尻尾に背を預けるように座ると、少しヒンヤリした体温も気持ちいい。
日差しが陰ったので上を見ると、雲取様が羽を広げて、日除けにしてくれたのが判った。
「こうして体に触れて、穏やかな魔力に包まれていると、確かに安心できますね。幼竜達も遊び疲れると、こうして寄り添うんですか?」
<小さい頃ほど、その傾向がある。もっとも見守る方は、潰さないように気を使うから、見た目と違って気は抜けないものだ>
そう言いながらも、僕を眺める眼差しは優しげで、思念波の揺らぎもまるで子守唄のようで、自然と、目を閉じて、揺れる感覚に身を委ねていた。
そして、それからも一言、二言、話した気もするけど、いつの間にか眠りの世界に誘われていたのだった。
◇
暫くして目が覚めると、普段の朝より意識がハッキリして、精神的な疲労もすっかり無くなってるのに気付いた。
<おや、起きたか>
「休ませて貰ってありがとうございました。何分くらい寝てました?」
<二十分くらいだ>
完全に横になってた訳ではないから仮眠程度で済んだっぽい。
名残惜しい気もするけど、せっかく頭もスッキリしているし、お話に戻ろう。
「因みに添い寝ですけど、誰かの入れ知恵だったりします?」
まぁ、予想は付いているんだけど。
<依代の君がな、アキは背伸びをする癖があるから、少し子供扱いしてやるといい、と話していたのだ>
やっぱり。
自分が子供扱いされているから意趣返し……なんて話じゃなく、ちゃんと僕の事を考えての提案だろう。見た目、お子様なのに、見るところは見てる感じだ。
「子供が子供らしくいられることは幸せですからね。子供は、子供扱いが嫌で、早く大人になりたいと思うものですけど」
<我らが早く縄張り持ちになりたいと願うようなモノか>
「んー、それよりは、一人で遠出をするのを許されたい、大人が見守ってなくても平気だ、とか、それくらいの年代ですよ」
<ふむ、それくらいか>
思念波からすると、外敵に気を付けないと危ういのは、かなり小さな時期だけで、ある程度育てば、相手の方が逃げるようになるから、そこまで手は掛からなくなるっぽい。
「なので、添い寝は、ちょっと立ち止まった方がいいなって時だけに限定しましょう。人生には適度な緊張感も必要ですから」
<我らは寂しさの感覚は疎い。遠慮はするでないぞ>
「はい。その時はゴロゴロしましょう」
思念波からすると、今回も、依代の君に促されなければ、言い出す感じでは無かったっぽい。一ヶ月程度なら大して長く感じない、か。長命種あるあるだ。
◇
さて、登山の地の成竜達と心話をする前に、気を付けておくべきことが無いか、確認しておこう。
「雲取様、登山を行う三箇所の主達ですけど、彼らから心話のお誘いがありました。そこで確認なんですけど、彼らは竜族の中でも特別な地位か、扱いを受けてたりしませんか? 単に強いだけではなく、聡さ、慎重さも縄張りの主となる際に考慮されてるとか」
そう話を振ると、雲取様がこちらを伺うように目を細めた。
<何故、そう思った?>
思念波からすると、やっぱり当たりか。
「弧状列島の立体地図を見ると解りやすい話ですけど、今回、登山先に選んだ地は、本島と「死の大地」を結ぶ島々を見下ろせる絶好の位置です。地の種族なら、敵の動向を監視する砦を築くであろう地。「死の大地」に面した縄張りもそうでない地よりは、しっかりした竜が選ばれそうですよね」
<それで?>
「街エルフ達が「死の大地」を去ってから、さほど間をおかずに竜族も彼の地を去った。本島や西の島に移り住んだ竜はかなりの数がいた事でしょう。そして元々住んでいた竜達と実力もさほど違わないか、上回っていたと思います。そんな彼らが、去るしか無かった呪われた地。そこに気を配らないほど、当時の竜達がのんびりしていたとは思えません。少しずつ生き方を変えてでも、移住してきた多くの竜達を受け入れたのだから」
ここまではそうズレた推論ではないと思う。
<続きを聞こう>
「天空竜の日頃の飛行範囲からすれば、初期の頃は「死の大地」の上もそれなりに飛べていたでしょう。生き物が減り、呪いに覆われて、闇に沈んでいく大地がどう見えていたかはわかりません。ただ、竜に抗うような目に見えた強さ、脅威では無く、少しずつ大地を覆っていく気持ち悪い呪いは、薄く、広大な地域を覆っていただけに、それをどうにかしようというという行動には繋がりにくかったのではないでしょうか。そして、気持ち悪さもあって、徐々に足が遠のき、沿岸の竜達が「死の大地」に足を伸ばす事も稀となった」
そうなるまでにはそれなりの年月が経過してきたと思う。毎年、毎年、少しずつ変化していったし、現時点でも竜族は気持ち悪いとは思っても、自分達を脅かす敵とは認識していないだろう。
<だとしたら、アキは何をしたいのだ?>
雲取様も僕の話し方は理解してくれてるから、話が早くて助かる。
「心の内で、注意深く獲物として観察しながらも、その意を表には出さず、自然の景色を見るように、穏やかな振る舞いはできる方々と思います。だからこそ、手違いで呪いに侵食されたりして、心の内を読まれたりする前に、空間跳躍で逃げるくらいの慎重さを持って欲しいと思うんですよ」
<そもそも呪いに心身を侵食されるような事態になれば、撤退するのを否とは言うまい>
「される可能性がある、それくらいの段階で逃げを打つ慎重さがあった方がいい気がするんですよね。以前、攻撃されているのを防ぎながら、空間跳躍をするのは無理と話してたでしょう? だから、離脱を選べなくなってから慌てては遅いと」
<一理あるが、かなりの余裕がある段階で逃げを打つ、そう考えるのはなかなか難しいだろう>
目に見える解りやすい脅威とかなら、判断もしやすいんだろうけどね。モヤモヤとした空間を覆い尽くす呪い相手じゃそうは行かないか。
「例えば、それをやられたら我々は必敗する策があります。それを「死の大地」の祟り神が選べば、我々に勝ち目はありません。そんな策を知っているなら、彼らはその情報が伝わるのを避けるために、可能な限り安全寄りに判断してくれると思うんですがどうでしょう?」
<必敗と言うなら、そのような話をアキが伝えない方が良いのではないか?>
リスクとリターンの話だね。
「僕が今伝えずとも誰かが思いつくでしょうし、そうでなくても祟り神自身が思い至るかもしれません。それくらいなら、最前線で呪いを身近に捉える竜の方々に、取りうる未来のパターンや弧状列島全体を意識して貰った方が、より良い選択肢に思い至るでしょう」
<その場にいる者が、最もその場をよく知っている、だったか>
ほぉ。
全体を俯瞰した状況把握と指揮は、後方にいる司令部が行うのが最善だろうけど、最前線で接敵して砲火を交えている部隊が欲していること、今、必要な支援が何か、どこに必要か、どのタイミングが最適か、というのは最前線の部隊自身が最もよく知っている。だからこそ、米軍は戦線全域を繋ぐネットワーク網を構築して、最前線の部隊が通信デバイスを自分達で操作することで、周囲や後方からの支援を得られる仕組みを構築したと言う。
ジャストインタイム、必要な物を必要な数だけ必要なタイミングで、という仕組みを戦場での支援攻撃、行動にまで広げたソレは、世界の軍隊を語る時に米軍かそれ以外かで区別するくらいの格差があるというのも頷ける話だ。
ちょっとケイティさんに世界儀を用意して貰い、話を続ける。
「世界儀を見てください。弧状列島は世界全体からすれば小さく見えますが、実際には世界は広大です。それでですね、地球の話なんですけど、大陸の大半をカバーするような広大な範囲を版図としたモンゴル帝国という国があったんです。長距離通信も狼煙とか伝令を走らせるしかない時代の話ですよ? あ、勿論、あちらには魔法はないので空間鞄もないです」
こちらの世界儀だから大陸の形状とかも結構違うけど、距離感は合ってるから、モンゴル帝国の最大版図相当の距離を指し示してみた。
<……我らが飛べる距離より遥かに広い地を版図としたとは俄かに信じられん。そもそも地の種族の国があまり大きくならないのは、群れとして統率できる距離には限りがあり、あまり離れては連携ができず、それぞれが独自に政を行うしかないからであろう?>
「よくご存じですね。あまり距離が離れては、互いに連絡を取るのも困難、物資も人もやり取りが難しい、そうなれば、それは交流がある独立した国同士と何ら変わらなくなります。そんな交流の乏しい相手から、我が国に従え、従う証として財を寄越せ、命に従え、などと言われれば普通は反発します。そして、話し合いが不調となれば、軍隊を派遣して力づくでそれを捻じ伏せる訳です」
<だが、空間鞄もなければ、持参できる水や食料にも限りがあろう。道中で手に入れようにも急に大勢が訪れて、その胃を満たすだけの水や食料をかき集められるとも思えないぞ>
うん、まぁ、そうだよねぇ。
「地の恵みには限りがあり、だからこそ人が集う都市は周囲に広大な穀倉地帯を擁して、そこから水や食料を集めることで成立しています。何万もの兵士達というのは人口だけで言えば都市のようなものです。それがいきなり移動してきて、自分達の飢えを満たすために侵攻ルート周囲から物資を集めようとしても、普通はなかなかうまく行きません。広く薄く軍を展開しないと物資を集められず、そんな真似をしている敵軍を見逃すほど呑気な防衛軍は存在しないからです」
<そこまでは理解できる。……だが先ほど告げた帝国は、魔法抜きでそれを何とかしたのだな? そして、その策を「死の大地」の祟り神が採れば、我らは必敗だと>
理解が早くて助かる。
「地の種族への理解があっても、広大な大陸の民の暮らしは想像できないと思うので答えを話しますね。モンゴル帝国は遊牧民という放牧を行う民であり、彼らは多くの羊を飼い、新鮮な草を求めて広大な地域を移動しながら暮らしています。家も組み立て式で、羊からは栄養のある乳や肉、衣類を作る皮や羊毛、乾燥させた糞は燃料となります」
<作物を育てて定住する民ではなく、放牧し移住し続ける民。その民が武装すれば広大な地域を移動し続ける軍隊という訳か>
「その通りです。彼らは幼い頃から馬に乗り、人馬一体と言える巧みな動きを行い、手綱を握らず馬を操り、空いた両手で弓を放って戦います。神出鬼没、常に有利な距離から弓を射かけるモンゴル兵達は無類の強さを誇りました。ただ、ここで話したいのは騎馬兵の強さではなく、自ら生活基盤諸共移動する遊牧民としての在り方です。僕は例の三ルートから呪いが本島側に侵攻してくるかもしれない、だから登山して「死の大地」を覆う呪いを見て危機意識を高めようと提案しました」
<それは、「死の大地」の呪いが、余剰戦力を用いて島伝いに上陸して版図を広げる作戦は農民的であり、アキのいう我らが必敗となる策とは……遊牧民のように「死の大地」の呪いの全てが本島に移動してくるということか!>
思念波からも強い驚きが伝わってきた。多分、この発想は、魔力の豊かな巣に戻れる範囲でしか移動できない竜族からは出てこないだろう。新たな地で魔力豊かな地を縄張りとして確保し、そこに巣を構えられなければ、魔力枯渇で死は免れないのだから。
「正解です。呪いは竜脈から溢れる魔力を穢すことでその規模を拡大し続けてきましたが、別に竜脈がなくてもすぐ滅びる訳ではありません。呪いとして成立する程度の薄さで「死の大地」を覆う、それだけの呪いを残して、後は全戦力を本島に侵攻させる。そして、地の種族の抵抗など無視して、弧状列島全体を呪いで覆い尽くして、植物を滅するんです。呪いによって生き物を支える植物がいなくなれば、動物も生きてはいけません。これは「死の大地」を放棄した地の民、竜族のどちらも否定できない事実ですから」
弧状列島の立体地図もあるから、イメージしやすいのだろう。「死の大地」を覆う呪いの濃度は昔は今よりもずっと薄かった。それでも放棄せざるを得なかったのだ。ならば、今、蓄積されている膨大な呪いを薄く広く弧状列島全域に撒けばどうなるか。言ってしまえばその程度の軽い思い付きだ。
ただ、雲取様から伝わってくる魔力が酷く苦し気に変わったのが感じられた。
<……必敗か。生きていない呪いに寿命はなく、水も食料も必要としない。そして呪いに穢されれば、その地もまた呪われた地へと変わってしまう。我ら竜族の全てが力を束ねたとしても止められるとは思えない。アキは何か策はあるのか?>
「竜族の皆さんはとても強いけれど、竜の吐息は点、線の攻撃であって、威力過剰で範囲が狭いですからね。何事にも向き不向きがあるのは致し方ありません。ところで、雲取様はこの話を聞いて、今の話を知る自身が呪いに囚われる危険性を強く意識して、安全寄りに行動する気になりました?」
僕の問いに、雲取様は少し苛っとした感情すら出してきた。珍しい。
<なった。なったとも! 今回の部族巡りでも「死の大地」が見える経路を飛行したが、今ではそれすら危機意識が足りなかったのではないか、と思えるほどだ!>
あぅ。
ちょっと怖くて竦んでしまった。
<……済まない。気が立ってしまった。アキが我に話したのは、我もまた安全寄りに行動するように、危うくならぬようにと心遣いをしたのだろう。その思いは嬉しい。だが。だが、抗えぬ危機を前にして平静を保つのは無理だ>
うん、まぁそうだよね。
竜族は育ちさえすれば無敵だから、そもそも危機意識が薄いし、強い相手と言っても別の竜が相手だから、大きく差の開いた敵というのは想像することすら難しいのだと思う。実際のところ、今回披露した策にしたって、弧状列島全土を呪いが覆い、動植物が死滅したとしても大人の竜達は巣の魔力がある限り生きてはいけるだろう。次世代が育たないから、種族滅亡は免れないけれど。
そして、大地が死滅すればいくら自身が強大でも種として滅びる、だからこそ共存を選んだ、弧状列島の竜族だからこそ、この策の恐ろしさをしっかり理解してくれたと言える。理解できる竜族がいる、というのは奇跡的な事だと思う。
さて、危機意識を共有し、危なくなる前に逃げること、祟り神に情報を渡さないことの重要さも共有して貰えたし、少しフォローを入れておこう。
「雲取様、抗えない天災、正面から立ち向かっては勝負にならない相手を前にして、絶望感に打ちひしがれる、そこがスタートラインです。街エルフはそこからあらゆる策を弄して、状況を必敗から引き分けに持ち込みました。街エルフができたのです。竜にそれができない道理はありません」
そう話して笑顔を向けると、雲取様は暫く空を眺めていたけれど、観念したように尻尾に頭を乗せ直した。
<アキはまるで生粋の街エルフのようだ。……そうか。街エルフ達はこのような思いから立ち上がったか。我らとは違う強さだ>
「私達の手は小さく、自然はあまりに大きく、生きていくには共存していくしかありませんからね。さて、必敗です、だけじゃ気が滅入るので、今の話にはいくつか論理の飛躍があって、それに対抗策も十分にありそう、という予想をお話しましょう」
<そうしてくれ。どうせ頭を悩ませるのなら、皆が滅びる難事より、色恋沙汰の方がよほどマシだ>
あれだけ勘弁してくれって顔をしてたのに、それでも色恋問題に悩める方がいい、か。まぁそうだよね。そういうことに悩めるってことは、それだけ平和で豊かで未来が考えられるって事なのだから。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アイスブレイクも終わったので、登山先の主達と話をする為のネタとして、危機意識を持って貰う話を軽く振ってみました。軽く滅亡ネタを振られた雲取様からすれば、勘弁してくれ、って感じでしょう。
アキも言うように、ここで話を切るのは酷いので、次回は明るい話題をいくつか話していきます。竜族絡みの相談事はその後ですね。思ったよりボリュームが大きくなりました。相談したい内容はシンプルなんだけど、前提とする情報、意識が色々あるんですよね。
まぁ、いつものことです。
次回の投稿は、五月二十五日(水)二十一時五分です。