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16-10.雲取様との穏やかな一時(中編)

前回のあらすじ:交流祭りについては、日本あちらでは定番の大規模イベントを参考に全体の準備が進められることになりました。数千、数万当たり前な日本あちらからすれば、今回の交流祭り程度ならせいぜい中規模ってとこですから。登山の件も縄張りの主達に快諾して貰えて良かったです。この件も含めて雲取様とあれこれお話するのが楽しみですね。(アキ視点)

第二演習場には、既に雲取様が到着してくれていた。少し離れた位置にはいつものようにテーブルセットが用意されているけど、今日はお土産があるから、ケイティさんに空間鞄から出して貰い、お爺ちゃんに運んで貰った。


それは、一抱えほどもある大きなガラスの器に山盛りになった葡萄のシャーベット。


葡萄の深い色合いと、荒く砕いた氷が織り成す輝きが美しい。


「アイリーンさんから新作です。今日は暑いですからね。どうぞお召し上がりください」


<うむ。暑い日に氷菓子とは贅沢よな>


雲取様もあまり眺めていては溶けてしまうと、器を手に取って少しだけ眺めた後にぱくりと口に含んだ。嬉しそうに目を細める様を見てると、僕も楽しくなってくる。


僕達も席について、自分の分を食べたけど、濃縮された葡萄の味わいが荒く砕かれた氷によって冷やされ、舌触りが変わることで丁度よい塩梅になって、とても美味しい。贅沢な一品だ。


お爺ちゃん用には微細に砕かれた氷と味付けが為された特別なシャーベットの皿が別に用意されていて、愛用のスプーンで口に含んで、同じように笑顔になっていた。人向けの砕いた氷じゃ、妖精さんには大き過ぎて、氷の塊を口に入れる感じになっちゃうからね。同様に雲取様向けの大皿に盛られていたシャーベットも、人からすれば氷が大き過ぎて、舌触りを楽しむどころじゃないと思う。


「一か月ぶりですけど、弧状列島のあちこちを飛んで回って、楽しく飛べました? 協力を取り付ける際と違って、今回は結果報告だから、道中も景色を眺める余裕とかあったのでしょう?」


竜族が自身の巣から離れて遠出をするというのはとても珍しいことだ。多くの部族に趣旨を説明して、竜族としての総意を示す、その任を背負っての部族回りは、反対されないだろうと予想はできていても、やっぱりストレスはかなりあったと思う。それに比べれば、帝都での式典セレモニーも無事に終わって、その完了報告となれば、少しは物見遊山な気分にもなれたかなー、っと思うんだけど、どうだろう?


<他の竜の縄張りで休ませて貰っての部族巡りはそうそう経験できるモノではない。それでも、福慈様が一報を入れておいてくれたから、睨まれるような事にはならなかったが。後ろめたいことはないが、竜眼で時折視られるのは何とも居心地が悪かったものだったな>


うわー。圧迫面接という訳じゃなくても、竜眼で見透かされるのは確かに勘弁願いたいところだ。それでも誠実に、相手を納得させるよう、目上の老竜や成竜相手に話を進めて行ったのだから、雲取様や雌竜の皆もとっても頑張ったのだろう。


ちょっとケイティさんにお願いして、弧状列島の立体地図を出して貰った。


<これは何とも精緻な模型だ>


「やっぱり地図を見ながらの方が話もしやすいかと思いまして。それで、どんな風に飛んで行ったのか教えて貰えますか? きっと地方によって違いがあったり、注意するところがあったり、普段見られない綺麗な景色があったりしたのでしょう?」


<確かに、普段の飛行ルートにはない経験がいくつもあった。例えば――>


やはり、過去に経験のなかった大遠征、それも大成功したとなれば、雲取様もその気持ちを誰かに話しておきたかったのだろう。それからは、普段以上に饒舌に、各地の部族巡りをした際の出来事についてあれこれ語ってくれた。


例えば、他の竜の巣で休ませて貰う場合、巣はその地域の竜脈のツボと呼べるような魔力豊かな場所に作られるものだけど、実は最上ではないにせよ、その周囲に何か所かそれなりに豊かなポイントは存在するそうで、休む場所としてはそちらを提供して貰ったそうだ。戦闘した場合のように激しく疲弊している訳ではないから、少し落ちる場所であっても回復には充分とのこと。


訪問客用に確保しているのかと言えば、そうではなく、縄張りを持てない若竜達の居候場所としてあてがうのに使うのが定番らしい。


訪問する際に手土産を持参という訳には行かなかったけれど、そもそも、相手も物を求めたりはしておらず、多くの変化を生み出してきたロングヒルの地から、当事者の一柱がくるのだから、詳しく話を聞かせろ、とそれはもう熱心にあれこれ聞かれたそうだ。


近隣から二柱、三柱とやってきて、拡散型の思念波を用いて話をすることも多く、竜族の間ではあまり使われていない思念波の使い方にも興味を持たれ、そこからまた話題が広がったりと、賑やかな時を共有できた、と教えてくれた。


詳細は心話で教えて貰うからと、思念波を用いた会話では旅程全体の把握や、賛同を得るための一回目の巡回と、報告を行う二回目の巡回の違いについて重点的に話して貰った。


賛同を得る方は日程的な縛りもあって、部族を束ねる老竜との交流がメインだったのに対して、報告の方は日程の縛りがなかったので、それ以外の成竜や若竜達との交流に重点を置いたそうだ。一連の流れを受けて、それまでは様子見をしていた竜も、心話に使う所縁ゆかりの品の受け渡し方法について聞いてくるなど、地の種族への意識も変わっていく様子が感じられたそうだ。





こちらの話も伝えておこう。


「雲取様達がいない間に、全種族で集って山に登って、「死の大地」を眺める話が始まりました。昨日、登る予定の山を縄張りに持つ主達と、雄竜の皆さんが交渉してきて、無事、登る許可を貰えたそうです」


<ほぉ。もう少し詳しく話を聞かせてくれ>


「はい。鱗の色で炎竜、氷竜、鋼竜の名で呼ぶことにした三柱の若い雄竜の皆さんですけど――」


出会いや、登山についてロングヒルに居る各種族の皆さんとの合同検討会、苦手とする成竜に対する事前練習などを話していったんだけど、雲取様は特に、雄竜達の感情的な部分や意欲といった精神面に興味を強く持ったようだった。


「年代的には雲取様も彼らと近いと思いますけど、あまり胸の内を語り合うようなことはしてないんですか?」


そう問うと、少し顔を顰めると、言葉を選んで教えてくれた。


<彼らとも昔は気にせず話をしていたのだ。だが、我が縄張りを得て、雌竜の皆から言い寄られるようになると、会う機会も減り、会ったとしても軽い挨拶をする程度となった>


あー、まぁ、元々、竜は個で暮らす種族だから、一緒に何かして遊ぶような事も少ないだろうし、縄張りを持てば一人前、周りの縄張り持ちとの交流にシフトしていくし、成竜の縄張りを間借りしている若竜達と話が合わなくなってくるのもわかる。


思念波からすると、雲取様が何か言っても、他の雄竜達にネガティブに受け取られることが多くて、互いに気まずい感じになって、自然と足が遠のいた、ということのようだ。互いに立場が変わってしまえば、いつまでも昔のような関係ではいられない、そこに少し寂しさも感じている、と。


「今回の登山を終えれば、三柱の雄竜の皆さんは、共に山を登った各種族の仲間との窓口として活動していくことになるので、暇を持て余している若竜の皆さんに比べると、僕達と竜の各部族を繋ぐ雲取様に近い立ち位置となるでしょう。そうなれば、今の関係にも変化が生まれますよ、きっと」


<アキが望む役割とも思えるが、彼らは乗り気なのか?>


「登山許可を勝ち取ったことを、意気揚々と話に来てくれたくらいですから、皆から頼られて嫌な顔はしないでしょう。こちらでも配慮はしますけど、ロングヒルに良く来る竜の皆さんの間で、役割分担を明確にしておくと、多分、雲取様の負担も軽くできるでしょう」


<それはいい。今回もあちこち回ってみて思ったのだが、竜族にも文を送り合う習慣を根付かせるべきと思っていたところだ。その為には文字を学ぶところから始めねばならないが――>


今回は大きな話ではあったけど、遠隔地までいちいち対面で話をする為に飛んでいくのは時間もかかるし、そこまで手間を掛ける必要のないことも多い、と雲取様は多弁に語ってくれた。せっかく財閥の流通網があり、手紙のやり取りができるのだから、連邦、帝国とも提携を結んで、それを竜族も利用したい、と言う趣旨だ。


皆で協力して何かを行う、集団で作業を行う、分担するといった事は、竜族のこれまでの文化にはない話であり、大きな飛躍ともなる、と地の種族と補完し合うことで、竜族全体としての纏まりや協調性が生まれるかも、なんて感じに話が膨らんでいった。すぐできる訳じゃないし、急ぎでもないけれど、いずれ手が届くかもしれない未来、夢の話はやっぱりしてて楽しい。


雲取様も、他の竜の皆さんとここまで深く話し合うことは少ないようで、同じ視点に立って語り合える仲間に飢えてる感じだった。





さてさて、心話の前にちょっと聞いておこう。揶揄うつもりはないから慎重に。


「雄竜の三柱は経験を積んで精神的にも、立場的にも大きく変化の時を迎えるでしょう。そうなると、彼らと雲取様の間だけではない変化にも注意が必要かなーって思うんですけど」


<他の変化、か>


思念波からすると、僕が話そうとしているのがどの関係か、当たりは付いてるっぽい。ただ、自分から言い出す気はない感じだ。


「まだ具体的には聞いてないですけど、彼らはどうも雌竜の誰かに気があるようです。ライバル出現! どう思います?」


そう話を振ると、少し呆れられた視線を向けられてしまった。


<人の恋話ほど楽しいモノはないと言いたげな顔をしているぞ>


 あら。


「あー、すみません。揶揄うつもりはないんですけど、雲取様が雌竜の皆さんの鍔迫り合いにお疲れなのも知ってるので。彼らと話をしていても、それとなく雌竜の皆さんについて聞かれたりはしてるから、僕もどう関わっていくか悩ましいところなんですよ」


<アキは誰に肩入れをするつもりもないのだろう?>


「そうですね。雌竜の皆さんの誰かを推すつもりはないです。それで雲取様としては、誰も渡したくない、レイゼン様みたいに全員嫁にしたい、とか思ったりしてます?」


<それはない。他の種族の話にあれこれ言うつもりはないが、子を育てるということは片手間でできることではない。そもそも竜族の文化は――>


丁度いい機会だと云わんばかりに、雲取様は子を為すのに相応しい番を得ることの大切さや、番となった後に他の雌竜に手を出したりした場合の恐ろしさなど、誤解の余地がないほどにしっかり、みっちりと教えてくれたのだった。心の内に溜まっていたいろんな感情を抱え続けてるのも大変だったのだろう。


寿命がとても長いのだから、一柱ずつ時期をズラして番にすればどうか、と話したら、先例がない訳ではないが、それはとても不実なこととされていて、と堰を切ったように、竜族としてあるべき姿、規範となる生き方について聞かされることになった。


きっと、周りの成竜や老竜達から、多くの雌竜から言い寄られているが、いつかは決断せねばならんとかなんとか、あれこれ言われているんだろうね。


で、竜族じゃない僕はある意味、好き勝手言えるし、聞いても吹聴しないという信頼は得ているので、ならば、と踏み込んで聞いてみた。


「どの子を選んでも当たりなら、雲取様が誰かを選んで、残った雌竜に、雄竜の三柱が言い寄るというのもベストではないけど、ベターな結果にはなりそう。……でもそんな雑な選択は誠実ではない、とか思いますよね?」


<……まるで心を見透かすように言う>


「男心なら、良く知ってますから。今の関係が居心地が良くて判断を先延ばしする、みたいな優柔不断さなら、お尻を蹴り飛ばすところですけど、雲取様の場合はそうじゃないでしょう?」


<その時が来たなら考え抜いて選ぶだろう。……ところでこの話題はいつまで続ける気なのだ?>


思念波からは、まだ真正面からは向き合いたくないという気持ちが伝わってきた。


「竜族の婚姻や文化についても聞けたので、今はここまでで十分です。僕も皆さんには幸せになって欲しいですからね。誰にも肩入れしない、というよりは、前に進む気があるなら応援しよう、ってとこです」


<番の話は拗れると厄介であることを忘れないでくれ」


部族巡りで、雌竜達とも協力できていい関係になったと思ったら、雄竜達の参戦で波乱が起きるのは確実と知って、少し気が滅入ったようだった。そして思念波からは、僕が口では何と言おうと、明らかに楽しんでる表情をしているぞ、と呆れる思いも伝わってきた。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

雲取様と一か月ぶりにのんびり話せる時間を確保することができました。竜の社会も構造はシンプルでも、そこでの悩みは案外、人の世と変わらない感じですね。


雲取様は手紙の便利さを知ってるので、導入に乗り気ですが、竜の手で文を書くのは大変、手紙をしまっておく家具を置く場所もなしと、実際には導入へのハードルは沢山あるのが実情です。まぁアキも雲取様はそこは理解した上で、でも導入したいよね、という茶飲み話ってとこです。


雄竜達も許可を貰ってきたので、それにかこつけて、雲取様と雌竜達の関係にも一石投じることになる件について探りを入れました。これは竜族にとっては単なる恋の駆け引きでも、竜同士が軽くじゃれ合っただけでも周辺被害甚大となる「生ける天災」なので、あまり荒れないように、という配慮も含まれてました。

……まぁ雲取様も見透かしてたように、アキ自身の楽しみも結構な割合を含んでいるのは確かです。善意と好意と心配もあるだけに雲取様も強くは言えないところですが。


これでアイスブレイクは済ませた感じなので、後編では竜族絡みの相談事などにも話を向けていきます。


次回の投稿は、五月二十二日(日)二十一時五分です。

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