16-6.弧状列島交流祭りとは(前編)
前回のあらすじ:エリーと今年の総武演をどうするか案出しを行い、趣旨が違い過ぎる他種族の演目を分離して別日程で開催する方向で、関係者を集めて提案してみることになりました。(アキ視点)
連合内、最前線とはいえ、一地方のイベントを趣旨に合わせて分割開催しよう、という話だから、まぁ、身近なメンバーで話し合って、後は念の為に、各勢力の方にも報告を届ける程度だろうと思ってたんだけど、どうも考えが甘かったらしい。
翌日、鬼族の大使館に呼ばれていくと、庭先には思いの外、多くのメンバーが集って、先に話し合いを進めていた。
話の発起人でもあり、総武演の主催者であるエリーは、エドワード、ヘンリー王子と共に中央テーブルに。その隣には、予約札が置かれた街エルフのテーブルでジョウ大使、今回はマコト文書専門家としてケイティさん、護衛頭としてジョージさんも参加している。
鬼族からはセイケン、小鬼族からはガイウスさん、森エルフからはイズレンディアさん、ドワーフからはヨーゲルさん、という顔馴染みのメンバーだ。
僕も街エルフのテーブルに座り、足元にはトラ吉さんが、隣には妖精族の代表も兼ねたお爺ちゃんが陣取る。もう一つ空いていた席には、財閥の商売担当としてウォルコットさんも座った。エスコートしてくれていたシャンタールさんは、給仕役として参加しているアイリーンさん達、女中人形さん達に合流した。
ロングヒル王家席と街エルフの席の間には大きなホワイトボードが置かれ、ベリルさんが発言内容を黙々と書き記していた。
ざっと見ると、大まかな趣旨、日程を分けることは話し終えているようだ。
「お待たせしました。大まかな方針は伝えられているようですね。紛糾してる感もないし、サクサク決めていける感じでしょうか?」
思ったより皆さん、聞き分けが良さそうと思ったけれど、それは早とちりだった。
「そんな訳無いでしょ。まだ、多様な勢力が集って、他勢力に向けてアピールするという催しについて、物産展を併設することの意義を説明し終えた辺りよ」
「あぁ、だからそれらに対する意見や質問はまだ書かれていないと」
「そう。それで、ヨーゲル殿が意見を話そうとしていた所だったのよ」
「なるほど」
「では、意見を話すが、交流を促す趣旨と、気に入ったモノを購入する話は少し意味が違って来るように思う。食事ならばその場での提供となろうが、食材ならば仕入れの相談ともなるだろう。それにロングヒルには多様な種族は集っているが、貨幣を用いた取引は行っていないのだから、市民を交えて商取引の場を設けるのは些か飛躍が過ぎるだろう」
おや。
「そう言えば、皆さんが実際の貨幣を用いてるところは見たことがありませんでした。確かにそれぞれが纏まって住んでて、纏めた仕入れは帳簿上の手続きで終わるから、連合の通貨にも慣れ親しんでないと」
「それに儂らには、皆の使う貨幣は大き過ぎてのぉ。気に入ったモノを買えると言っても、妖精界には持ち帰れんから、妖精族は別枠で考えて貰うしかないじゃろう」
まぁ、妖精族は体の大きさ的にも、こちらへの訪問手段の特殊性から言っても仕方ないところだ。
「その場で買える、食せるモノと、予約販売するモノ、商取引をして仕入れるモノは分けた方が良さそうですね。時間の掛かる契約に手を取られて、店頭が空っぽで手が回ってないなんて事は避けたいですから」
ん、ウォルコットさんが手を挙げた。
「そちらは日程を分けるのと同様、仕入れを行う業者枠を設け、そちらも日程を分ければ、混乱は回避できるでしょう。即売担当の店員と、会社間取引を行う営業担当では求められる知識や技能も異なります」
「なるほど」
「一般市民、業者、関係者、代表、の四つに分ける訳か」
セイケンが多さに少し難色を示した。
「常設会場と、時間帯や人数限定の人目をひくための行為会場をどう振り分けていくのか、腕の見せ所ですね。一般市民以外は、少人数が対象だから、説明を纏めて行うとか、工夫の余地はあるでしょう」
「ただ、そこね。人目をひくための行為。アキは昨日話したわよね。天空竜を通常召喚することで、圧を無くして、身近にその姿を見て貰おうって」
「そうだね。竜族に道具や料理は無いから、身一つで参加して貰って、見応えのある演目にしないといけないけど、そこは僕が説明を受け持てば、地の種族目線の解説にもなると思うよ」
手間も掛からないし、見応えもあるよね、と話すと、皆がそうではない、と首を振った。
その中で、ガイウスさんが、なぜ皆がプレッシャーを受けたような顔をしているのか教えてくれた。
「皆が共同で何かを作り上げる時、始めに置かれたパーツの質がその後の全体の質を決める指針となります。その点で、交流祭りで行われる人目をひくための行為の質を、それをアキ様と天空竜、恐らくは通常召喚の雲取様が間近で観れると言うソレに合わせる事になるのか、と気が重くなりました」
ふむ。
確かに料理もバランスだし、一点が立派なら他もそれに合わせないとチグハグな印象になるよね。
「雲取様は大きいですからね。すぐ上を浮遊しながら、ゆっくり飛ぶだけでも見応えは十分でしょう。本人ではなく、妖精族の皆さんに手を貸して貰って幻術で姿を出して、それを観るのでも良いかも。その辺りは調整の余地はあるでしょう。準備はさほど要らないので、祭りの指針にはなると思います。ただ、魅せるだけですから、静かに鑑賞する感じで、祭りの熱気を盛り上げる賑やかさや一体感は得られないし、時間も短めと思います。あと、能動的に交流できないでしょうから、竜の皆さんは一回だけなならまだしも一日に何回か、それを数日続けるとなると面倒臭がって、幻影で十分と言う気もしますね」
そんな訳で祭りの主軸にはならない、と話すと、皆さんも、ちょっと思案顔になってくれた。
◇
そうだ、ちょっと聞いてみよう。
「ところで、僕はロングヒルの街中に行った事がないので、街中の雰囲気を教えて下さい。昨年までの雰囲気と、今年のそれを比較する感じで。連合内にも森エルフ、ドワーフはいた訳ですけど、街エルフや魔導人形を観た人も稀だったんでしょう?」
そう話を振ると、エリーがロングヒルの代表として教えてくれた。
「アキがこちらに来てから、続々と多様な種族がやってきて、アキはそれしか知らないから、想像しにくいところでしょうね。以前のロングヒルでは、人族以外を見掛けることは稀だったわ。街エルフや魔導人形は本国との人員交代の時以外は大使館領から出てくることはなく、森エルフやドワーフ達も雲取様の縄張りにある国から出てくることは無かったし、連樹の民も同様よ。天空竜も遥か高空を飛ぶ姿を観ることがあるだけで、関わり合う存在では無かった」
なるほど。
「それに鬼族も国境を接していると言っても、互いに攻めることはなく緊張感を持って対峙しているだけで、鬼の武についての記憶が薄れるくらいに疎遠だった。帝国とは成人の儀での定例の戦闘によって、高い緊張感が維持されていて、戦いという形でしか接点が無かった、と」
「そういうこと」
ふむふむ。
「となると、初回はセキュリティ重視、各種族が交流と文化の紹介をテーマに、体験共有タイプの催しをメインとしていく方が良いかもしれません。派手な魔術や、目を惹くような激しい力の行使といった、強い印象を受けることをしなくたって、多種族が集って仲良くしよう、という雰囲気があるだけで、別世界な印象を出せそうですから。各種族が集って集合写真を撮って、お帰りの際には写真を持ち帰れます、なんてサービスをするだけでも多くの人達にとっては刺激的な体験でしょう」
写真の場合、竜族は幻影で参加ですけどね、と補足したけど、皆さんは先ほどより更に思案顔になった。
はて?
すると、ガイウスさんが手を挙げてくれた。
「アキ様、こうして毎日のように我々は会っているので、感覚が麻痺していたと理解したのです。考えてみれば、鬼族の皆さんがその場にただ立っているだけでも、衝撃的で緊張感を覚える光景ですし、綱を一本用意して、綱引きをするだけでも、その力を示すのには十分でしょう。小鬼族にしても、命綱を付けて崖を登る様を体験して貰うだけでも、我々の身軽さを示せます。森エルフの方々ならば、弓手の用いる弓の強さを体験させるだけでも驚かせることができます。他の種族も同様で、市民が驚き、興味を持つ程度の催しにすべし、と思い至ったのです」
やはり、物事を整理し、必要なところを見極める能力ではガイウスさんは強いね。
おや、今度は大使のジョウさんだ。
「その視点で行けば、我々、街エルフであれば、魔導人形達が単に給仕し、応対する飲食店を用意だけでも良いか」
「洗練されたプロの所作と、人とは異なる魔力分布や揺らぎの無さ、それに整った姿はそれだけでも眼福ですからね」
そもそも、日本なら、メイド風の制服を着た店員さん達のいる大正時代風の落ち着いた雰囲気の喫茶店が、珈琲一杯がそこらの定食並みの価格でも繁盛しているくらいで、非日常感と一定水準以上のクオリティを確保すれば、人々の注目を浴びることは間違いないと思う。お祭りなら尚更だ。
「あ、周りがお祭りの賑やかさに満ちているので、魔導具で騒音を遮断して、落ち着いた雰囲気を提供するというのはアリだと思います。少し背伸びして利用できる、お洒落なお店にすれば、混雑も防げるでしょう」
そんなお店なら僕も行ってみたい、と言うとエリーに苦笑された。
「シックな年上女性好きなアキにぴったりの催しよね、それ。ただ、それは抜きとしても、魔導人形の魔力を観察するには落ち着いた場でないと、気が散ってそこまで注目できないでしょうから、方向性は良いと思います」
「竜族と竜神の巫女、街エルフと魔導人形の催しは静かで落ち着いた感じになりそうじゃな。儂らはパイプ楽器で自動演奏を流しつつ、大勢の市民層の妖精達を召喚して、飲食しながら語り合う場を提供しようと思っておる。連邦でも、妖精の小ささ、飛ぶ様子や彼らの肩や手に降りるだけでも盛り上がっておったからのぉ。テーブル毎に妖精が一人ずつ対応するイメージじゃ」
お爺ちゃんも、今回のコンセプトを明らかにしてくれた。確かに手乗りサイズの妖精さんに出会える、というだけでそのブースは繁盛すること間違いなしだろう。
ならばと、その後も他の代表達からも催しの案が提示され、他とのバランスや会場の広さも考慮した意見が交わされて、だんだんと交流祭りの全体像が見えてきた。第三演習場とその周囲くらいで収まる規模にする、という制限もあるので、どの種族も参加人数は抑え気味になるし、飲食を提供したり、楽しい語らいの場を設けるとか、間近で竜の姿を見てみよう、なんて話も考えると、騒々しさや激しい振動を伴うような催しは避けた方が良さそう。
なんて感じに意見交換も行われて、第一回の祭りに関する叩き台となる案も固めることができた。これにロングヒル王家と、竜神の巫女の趣旨説明を付けて、各勢力に意見書を送れば、さほど手間を掛けずに済むから、揉めることなく追認して貰える筈。初手は手堅く纏めた感じで、という方向性は、限られた時間の中で行うなら良い方針だ。
そんな風に思ってたんだけど、各勢力から戻ってきた親書はどれ一つとして、軽く追認で終わるような薄いモノではなくて、関係者一同を集めて、どうするか頭を悩ませることになるのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
総武演と分離して行おうと提案した、弧状列島交流祭りですが、竜族がいないものの、それ以外については揃っていることもあって、一旦、方向性が定まれば、叩き台となる案の策定まで進めることができました。
一応、頻繁に交流して麻痺していた感覚も補正して、それなりに検討価値のある案とはなった筈ですが……為政者視点で捉えると、指摘事項やアイデアも出てくるようです。
次回の投稿は、五月八日(日)二十一時五分です。