16-2.家族と依代の君(中編)
前回のあらすじ:こちらにきて二回目の夏を迎え、こちらにきてから当たり前になった身の回りの風景について、思いを巡らせてみました。妖精さんがいて、角猫さんがいて、魔導人形さん達がいて、美人の家政婦長や格好いい護衛頭、やり手の御者さんがいて、父母や次姉もいるといった具合で、思えば随分、多くの人に支えられてきたんだなぁ、と感慨深くなりました。(アキ視点)
別邸にいる関係者が全員揃ってくれているので、僕が考える依代の君への支援、対応について考えを伝えていこう。
「えっと、それじゃ、依代の君ですけど、神力を持つ神としての側面と、信仰によって、そうあれと願われた姿となった、マコト文書の知識のある子供としての側面で分けて話しますね」
「求められることに大きな違いがあるから、それは理解できる。続けて」
リア姉が同意してくれた。
「ではまずは、話が単純な、神力を呼吸をするように行使する存在としての方ですけど、こちらは自身の力を制することさえできれば、比類なき神力を行使する実力者となるのは確定なので、必要があれば手助けをお願いしたいです。力の強さ自体は若竜より更に小っちゃいので、天空竜が魔力を抑えるのに若い竜ほど抑えられる効率が高くなることを考えると、単純な比率計算で現状の一、二割程度までは抑えられるんじゃないかと思ってます。それくらいになれば、魔導具での補助も現実的なラインになってくるかなって気もしますね」
成竜で半減、雲取様達、若い世代で元の三割まで減って感じだから、依代の君はそれよりだいぶ小っちゃいし、ある程度抑えることは期待できそうだ。
ここまでは特に異論はなし。
「それから、これは鬼族や白岩様の協力が欠かせませんが、先日の連邦訪問で、鬼族の技として魔力範囲を広げる技法がありました。これは実際には範囲操作であって、狭めることもできるそうです。ですから、圧自体を抑え、更に範囲も狭めて、無駄に漏れている分を抑制できれば、更に普段の生活に近付くことができるでしょう」
「両者の技の併用ができるか、という問題はあるけど試してみる価値はありそうだ」
父さんもこの案は良さげに感じたと。
「それから、これは希望的な話ですけど、信仰によって形付けられる「マコトくん」と、分かれた瞬間には同等であった依代の君は、元が一緒なだけあってきっと、誰よりも深い経路で繋がっている状態でしょう。そして両者は等質だからこそ、膨大な神力が流れ込んできている、そんな風に考えることもできるかもしれません。その場合、依代の君が経験を積んで、確固たる自意識と頑健さを身に付けた時、「マコトくん」という朧げな存在と繋がった経路は、それまでのように両者を同じ状態にしようと、神力を流してこなくなるかもしれません」
「それは、水槽を二つに仕切って、片方にお湯、片方に水を入れてからそっと仕切りを外すと、両者は少しずつ混じり合い、最後には均一になるという熱力学的な例えね。それが塩水と真水でもいいし、色水と透明な水でもいい。そして、質が変わった依代の君は、水が油に変わるようなモノ、そういうことかしら?」
母さんが上手く例えてくれた。
「うん、そんな感じ。元々、不思議には思ってたんだよね。皆が信仰という名の経路を通じて、神に祈りと共に魔力を捧げる。神は人々に願われ、信仰が形となって存在し始める。信者達はいざという時には信仰心による繋がりから神力を引き出して、神術を行使するって。魔力量だけで言ったら、神の側は膨大で、信者の方は僅か。なのに信者に向けて膨大な魔力が流れ込んで、信者が音を上げる、なんて話にはならないでしょう?」
「聞いたことがないね」
「つまり、信仰と言う名の経路は、神に対して捧げる時、何故か一方通行の性質を持っている気がするんだ。信仰心や祈るという具体的な所作によって、一時的に親和性を高めて魔力を捧げる、そして祈りを終えると親和性が元に戻り、神からの神力の逆流は起こらない、とか」
勿論、これはボクの想像に過ぎないけれど、と補足した。
う、ダニエルさんが不機嫌……ではないけれど、すっごく考え込んだ顔をしてる。
「ダニエルさん、あまり深刻に考えないでね?」
「ハイ」
一応、頷いてくれたけど、まるで信仰を試されている神官さん達のように眼光が戸惑いながらも鋭い。……って、ダニエルさんは魔導人形だけど神官でもあるのだから、こうした問いには、更に自問自答する内なる思いは強いんだろう。
「「マコトくん」の方はどこにおわすかもわからないから置いておくとして、神力を纏う依代の君の力と範囲を計測することは、うちの研究所が販売してる計測機器でもできなくはない。壊れたり、精度不良になったりしない、安全な計測方法の確立は必要と思うけれど、毎日、依代の君の平時の状態、圧を抑えた状態、範囲を抑えた状態、或いは広げた状態を計測する手筈を整えれば、彼が自らを制する力をどの程度獲得しつつあるのか客観的な計測はできそうだ」
リア姉が、研究者としての側面から考えを明かしてくれた。ふむふむ、ならそっちは平気そうか。
「この世界に存在はしているけれど、具体的な存在位置は特定できない。そもそも特定できるような位置や確固たる塊として存在しているのかもわからない。ただ、信者が誰もいない遥か彼方の土地で、神の存在を遠く感じるか――ケイティさん、ジョージさん、海外に行った探索者にも信仰呪文の使い手はいましたよね? 彼らは遠い海の彼方の異国の地でも信仰呪文の行使や、神に祈りを捧げた時の神との距離について、何か語ってました?」
僕の問い、ケイティさんが答えてくれた。
「彼ら曰く、信者の多い地域や社ではやはり神の存在を感じやすく、信者が少なくなるほど感じにくくなるそうです。ただ、ならば誰も信者がいないだろう海外で、神術を使えなくなるかといえばそのようなことはなく、神との繋がりは己が心の内で起こるものであって、自身の信仰心が尽きぬ限り、繋がりもまた消えることはないと話してました」
ふむふむ。
「貴重な情報ありがとうございます。となると、この世界で生まれた信仰されし神は、案外、世界の外と、世界の狭間、この世界の理があやふやになる境界線上の地にいらっしゃるのかもしれませんね。そこは世界のどこよりも遠く、そして矛盾するようだけど、どことも近いのだから。あーでも、心話は地球や妖精界にも繋がるのだから、世界の渚でなく、世界の外でもいいから、そこは微妙かも」
「アキ、そこらはちと危うい話題じゃ。今語る必要がないなら、黒姫様が来た時に伝えた方が良いじゃろう」
お爺ちゃんがそこまでーっと杖を振って止めてきた。
……確かに。
「単なる思考実験と言いたい気もありますけど、何が識る切っ掛けになるかわからないので、この話題はこの辺りにしますね。後は、依代の君に、経路を通じて、自身の神力を「マコトくん」に捧げることができるかも試してみて欲しいところです。信者の皆さんはできているのだから、彼とてそれは可能でしょう。今はできずとも、いずれは出来る筈です。神の力を宿す神器を量産されるのも困る、という話だったので、こちらも課題事項です」
ベリルさんが、さらさらとメモ帳に発言を書き込んでくれた。
「後は、依代の君に流れ込む神力のペースがどう変化するのか。増えるのか、現状維持か、減るのか。やはり、客観的な計測は必要か。竜族の竜眼とて、日々の変化を定量的に追えるような数値化は不得手だろう。リア、そちらは頼む」
「任せて」
父さんの頼みをリア姉が快諾してくれた。
◇
「そういえば、ウォルコットさん。彼は第二演習場まで歩いて移動したそうですけど、馬車に乗せて行ってあげるのは、何か問題がありそうですか?」
「あの馬車はアキ様の移動に使うのが第一であって、いざと言う時に無いのは困るというのが一つ。それと、あの馬車の耐性を高める方式は、アキ様が触れた箇所を一時的に強化して拮抗する、耐弾障壁の技法が使われています。常時、全体を強化していたのではいくら大型宝珠と言えども魔力が足りないからです。ですが、依代の君から溢れている神力の範囲は広く、馬車全体を強化し続けなくては馬車に神力が浸透していき神器と化してしまうでしょう。ですから、依代の君が自身の力を制してからでないと、お乗せするのは難しそうです」
ふむふむ。
「となると、僕が来た時みたいに帆船で海を渡るにしても、神力の制御が前提ってことですね。ただ運ぶだけなら、竜族の誰かと仲良くなって、連れてって貰うのも手でしょうけど、力を制することもできないままに共和国に行っては、受け入れる側も困るでしょう。渡航の件は依代の君次第と。力を制することができるようになったら、竜族みたいに、空間跳躍で直接飛んで貰うのも有りな気もするけど」
そう話したら、父さんも母さんも顔を顰めた。
「それは真っ当な入国方法じゃないぞ。だいたい、魂が安定していないと、世界の外について識ることを禁じられているアキより、依代の君の方が心が脆いと話してたじゃないか。なら、やはり彼とて、空間跳躍に手を出すのは危ういだろう」
「それに、感覚質を身に付ける趣旨からしても、人のように旅をして、海を渡って行ったほうが心を育むことになると思うわ」
二人の意見も尤もだ。
「では、移動の件はその辺りとして、彼が神術の比類なき使い手と成った暁には、今のところの予定だと、共和国の島へと移り住んで、あちらの館で生活することになると思います。その場合、世界樹、黒姫様といった、世界の外について識っていて、それについて研究を進めようとする方々との連絡や相談を行う方法の確立がどうしても必要と思います。今は拙くとも、彼は人の文化を深く理解しながらも、世界の理の及ばぬ領域、次元門構築の障害となる、世界の外について、手が届く能力を秘めた存在です。きっとバラバラで活動するより、時には手を取り合って活動した方が効率も良くなります」
「それは、共和国に黒姫様が訪問するかもしれない、ということか?」
「彼の心が心話に耐えられるようになれば、黒姫様と心話で交流しても良いとは思います」
父さんは勘弁してくれって顔をしてるし、僕の説明にもリア姉が駄目出ししてきた。
「アキ、私達は完全無色透明の属性があるから、今のところ誰とでも心話ができてるけど、普通はそうじゃない。試してみる価値はあるけど、成功を前提にはしない方がいいよ」
なるほど。
「遠距離通信でお話という手もあるけど、そもそも扱う話題が、言葉を介したやり取りだけで上手く伝わるかというと結構微妙な気もするし――えっと、今すぐ結論を出す必要はないので、課題と思ってください」
そう切り上げると、三人とも肩に錘を乗せられたような顔をしながらも、一応頷いてくれた。さて、これで一応、僕の考えた、神力の使い手としての彼について話しておきたかった事は終わりだ。次は、誠としての自意識を持ち、「マコトくん」が現身を得た見た目美幼女な少年、依代の君についてだ。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
アキの新たな仲間、隣人として現れた依代の君ですが、やはり、持ってる力と、まともな安全装置がついてなさげなこともあって、あれこれ考慮した方が良さげ、ということになりました。
ちなみに、別邸にいる面々はこのイカれた状況に慣れているので会話も問題なく行われてますが、交わされている会話内容は、神様、神力、神と信者間の経路、竜、妖精、空間跳躍、世界の外、などというように、日常会話からは大きく逸脱した神話の域に入ってる話です。
こちらの生活は科学の代わりに魔術が発達して、現代に似た文化レベルに達しており、地球と違って、神と崇められている天空竜がいたり、祈れば実利がある神様がいたりはするものの、それらの存在に触れることは極めて稀で、昨年までは日常生活を送る上では無縁でした。
魔獣だって、群れとなった地の種族はおっかないので、そうそう人里には降りてきませんからね。
アキのように、伝手に竜、妖精、樹木の精霊系の神がいる、なんてのは例外中の例外です。
まぁそれを言うと、魔導人形がそこらで普通に働いているなんて、共和国とロングヒル以外には存在しない光景であって、その段階でもう、遠地からやってきた人達は口あんぐりなレベルですが。
この辺りの感覚のズレについても、十六章ではちらちら触れていこうと思います。そろそろ今年の総合武力演習=総武演の準備絡みでエリーと話をする機会もありますから。
SSで少し補った方がいいかもしれませんね。本編はアキ視点で描いている関係で、一般人目線ではどれくらいロングヒルが異界と化しているかなんて、イメージしにくいでしょう。
次パートでは、依代の君が持つ、日本の子供としての面から見た要望について語ります。
次回の投稿は、四月二十四日(日)二十一時五分です。




