第十五章の人物について
今回は、十五章で登場した人物や、活動してても、アキが認識しないせいで登場シーンがなかった人の紹介ページです。十五章に絞った記述にしています。
◆主人公
【アキ(マコト)】
十五章では、連邦訪問をして、鬼の武を観戦したり、登山計画を提案して採用されたりしたものの、アキにとってやはり最大のイベントは、「マコトくん」が依代に降りたこと、依代の君として活動を開始したことにあるだろう。
いきなり消失術式を放たれるなど、二人の関係は水と油といったところだが、ミアの救出という一点で手を取り合うことができている。
絵日記を描くなど、己の感覚質獲得を急ぐ依代の君に対して、アキは、どうにもならない巨大ストレスとして、①ミアがいないこと、②ミアが自身を観てくれないこと、の二つを挙げており、依代の君はその二つがあってとても大変なのだから優しく接しないと、と親身な対応をして行ってる。
心に空いた大きな穴に目を向けずに済む忙しさ、新しい体験があるのはきっと彼の為にもなる、と十六章以降も包容力のあるお姉さんっぽく、理解ある姿を示し続けるだろう。経験者は語るとばかりに。
ただ、本人は明確に自覚していない、というかしたくないから、意識を背けているが、依代の君は云わば、鏡に映るアキ自身でもある。そんなアキの心情を慮った振舞いを家族やサポートメンバーもしていくことになる。
◆アキのサポートメンバー
【ケイティ(家政婦長)】
ケイティの希望も虚しく、アキは帝国訪問からさほど間を置かずに、今度は連邦の地へとふらりとでかけて行った。街エルフの子供は基本、出国禁止だから、共和国内と、例外的に認められる大使館領しか活動範囲として認められない、という話はどこに行ったのか、と思うところしきりである。
尤も、ちゃんと臨時ではあるが、帝国も連邦も大使館領に降り立っているからセーフではあるし、連樹の社は、神から呼ばれて行かない訳にもいかず、これも厳重な護衛体制を敷いた上で特別許可を得ている状態だ。
今後、あるとしたら、鬼族の帆船が共和国かロングヒルの港に立ち寄る際に、それを観に行く可能性がある程度か、とは思っている。来ると聞き、許可が得られそうなら、是非観たいときっとアキは言うだろうから、今のうちから準備しておこうと手回ししてたりする。
ケイティがこうして、心を砕くのも、依代の君と言葉を交わし、激しい感情を抑えている事を知り、そして、そんな彼に対して、アキが、その心情はよくわかる、と理解を示していたからだ。
いきなり消失術式をぶっ放すような相手に、いくら外見が小さな子供だろうと、そこまで親身に面倒をみようとするのは何故か。アキと心話をして心を触れ合わせているケイティにはその思いがわかっていた。
心に空いた大穴を埋めることはできずとも、せめて意識を向けずに済むように。それがケイティにできる心遣いだった。
【ジョージ(護衛頭)】
今回の連邦訪問では、小鬼人形達では力不足は否めず、通常の魔導人形達を手配できないかとアキの家族に相談した。ハヤト、アヤ夫妻は共和国の有力議員ということもあり、抱えている魔導人形達を回すことはできず、魔力が高くなり過ぎて指揮用魔導具を使えなくなっているリアが自らの麾下にある魔導人形達を回してくれた。
彼らは数ある魔導人形達のチームの中でも、他を大きく引き離した非正規戦のプロと自負しているだけに、指揮者としては新米のシャンタールや、警備責任者とはいえ、一介の探索者に過ぎない自分に従うかどうか不安に思うところもあったが、それは杞憂だった。
それは、リアが彼らに対して「大切な妹だが、お前達なら安心して任せられる。緊張感を表に出さず、連邦旅行を楽しくエスコートしてやってくれ」と告げたからだ。そう言われて、彼らが否と言える筈がない。
幸い、準備段階でどんな些細なところも見逃さず、徹底した対策を正道、邪道も全てを漏らさず検討し尽くす方針は、彼らの眼鏡にも叶ったようで、彼らからも上司として認めて貰うことができた。
百戦錬磨の彼らであっても、百人力と称される鬼族達が大勢いる中では極度の緊張を強いられた筈だった。しかし、連邦から帰ってきたアキは、とても楽しい旅行だった、皆さんにも見守って貰えて心強かったと笑顔で話し、白岩様や翁と土産話に盛り上がっている様子を観て、全てが成功したことを理解できた。
これで大きな肩の荷が下りた、と思ったところに、依代の君の降臨だ。
遠方から様子を観察していた隊長の弘や部下達、ジョージ直属の護衛人形達も含めて、初手の消失術式には、流石に開いた口が塞がらなかった。あんなのどうしろと? と。
……だが、彼らに否と答える口はない。頼めば話を聞いてくれる竜族、妖精族、鬼族もいるのだから、何とかしてやる、とジョージは空元気を振り絞って、集ってくれた面々に対して、どう安全に事を収めるか、忌憚なき意見を求めた。
集った多様な種族の代表達や魔導人形達も、そんな彼の姿勢に惜しみない賞賛の意を示したのだった。
【ウォルコット(相談役&御者&整備係)】
本業以外を抱えているケイティや女中三姉妹の手が回らない分をフォローする日々だが、帝国訪問、連邦訪問の後には、アキはベリルに捕まって、道中に気付いたことを全部自白させられていた分、全体としてみれば穏やかな期間も多かった。
だが、それならこの一か月はどうだったかと言えば、他の期間の穏やかさを全て覆い尽くすような激務が短期間に集中しまくることになって、彼らサポートメンバーの活動は常に限界ギリギリのラインであった。
アキの遠出はなくとも、好奇心旺盛で遠慮のない三柱の若い雄竜達がやってきて、多種族を交えた登山計画を話し合ったこと、これがやはり大きかった。妖精族の面々があまり時間を割けない制約がある分、短時間に密度の高い話し合いを行い、次に彼らがやってくるまでには、疑問点などを全て解消していく、そんなことが求められていたからだ。
研究組にサポートとして付けた事務方の魔導人形達まで動員して、手が足りない種族、主に鬼族のフォローに回りつつも、竜族の三柱が思いつくままにぽんぽんと話す内容について、彼らにわかりやすく説明を行い、資料を集め、場合によっては説明用の資料や模型なども作ってと行った具合だ。
そんなことが延々と続けば、各種族の代表達も、秋に若竜と竜神子が会う前に、何回か会って親密さを増して、話ができるくらいに互いを理解しておく必要がある、という結論になるのも当然だった。
そんな状況にあってもウォルコットは、普通なら決して観ることのできない歴史の舞台裏を眺めているようだ、と大いにやる気を見せて、夜の飲み会で集まる面々からも、翁に並んで人生を謳歌していて羨ましいとまで言われるのだった。
だが、そうして間近で眺められる特等席を満喫してきたウォルコットをして、依代の君はヤバいと感じずにはいられなかった。消失術式はもうこの際、横に置くとしても、多くの経験を積み、精神的にも修練を積んでいるであろう神官達に対して、言葉を持って心を激しく揺らす様は、横から見ていても恐ろしさが前に出るレベルであり、そんな者が興味を向けてきたら、と思うと冷や汗が止まらなかった。
依代の君が自身の力を制することができるよう、竜族と妖精族が付きっ切りで面倒を見てくれることになってとりあえずは安心できた。……だが油断をしてはいけない。商売の話ならウォルコット、とばかりに呼ばれる可能性は高いのだから。
【翁(子守妖精)】
アキの行くところ、常に翁の姿あり。ということで連邦訪問もきちんと済ませて、各種族が集っての登山計画にも首を突っ込んで、と平常運転の満喫っぷりである。シャーリス女王達、国政を担う上層部が国政に忙しくてこちらに通う頻度が低くなっている中、常駐している妖精族として参加するなど、その活動も活発だ。……ただの妖精さん、引退しているただの好事家とか言ってるお爺さんが、手が空いているからと「なら、代わりに政をしておこう」などと言って、問題なくそれをこなせる訳もない。教育と称してシャーリス女王をあちらに連れ帰ったこともあるなど、まぁ、翁のあちらでの地位や経歴はかなりのモノがあるのだろう。
皆もその辺りは薄々感じているが、翁に聞いてもはぐらかされるだけなので諦めている。
そんな彼だが、降臨した信仰の神、依代の君には、かなり衝撃を受けていた。竜族相手でもまぁ何とかしようと言ってる妖精族をして、経路を通じて本体の心に直接働きかけてくる手法は、楽観視できるものではなかった。それに召喚体とはいえ、消失術式を食らった場合のリスクもまったく見えていない。下手をすれば「無いのだから回復できない」などという結果にもなりうるのだから。
なので、彼としても不本意ながら、妖精界との繋がりが断たれる危険性を避ける、ということで、依代の君との一対一での対面は控えることとした。本人も話している通り、依代の君が自らの力をきちんと制することができるようになれば、聞きたい話はいくらでもあるので、そうなれば積極的に交流を深めていくことにもなるだろう。
【トラ吉さん(見守り)】
梅雨時も超えて、夏の暑さが目だってきたこの時期、トラ吉さんの散歩する時間帯は朝方や夕方にシフトしてきているのだが、アキが起きている時には別邸の室内や、陽光制御の効いた庭先に同行しているので、その辺りにはアキは気が付いていないようだ。
若い雄竜達がアキ以外の面々と登山計画を練っている鉄火場からはとっとと撤退するなど、力の抜き具合も心得ていたりする。猫の手も借りたい、などと言う者はいないから問題はない。
依代の君の存在は、彼にもかなりの警戒心を抱かせたようだ。粗暴な振舞いをするとか、猫が嫌いな行動をする訳でもなく、悪意を向けてきてる訳でもないのだが、つい、軽く、取り返しのつかない神罰を下してくるかもしれない、そんな危うさが感じられたからだった。
アキが彼と会わないように行動するので、トラ吉自身も特に依代の君と会うことは求められていない。だから、彼も翁と共にそそくさと接触を避けることにしたのだった。
【マサト(財閥の家令、財閥双璧の一人)】
アキの連邦訪問は、突然のことではあったが、帝国訪問をした流れでそっちもあるだろうと備えてはいたので、さほどの遅れとはならなかった。何を売り買いしようか、あちらの主要輸出品は何か、などと今後の貿易について考えを巡らせる余裕もあるくらいだ。
エンタメ分野では、十五章では描写は無かったが、航空撮影用の魔導具も試作しているなど、そちらも着々と作業は進展している。十六章では実際に竜の誰かに協力をして貰って、空中撮影に挑むこともできるだろう。
だが、そんな彼でも、依代の君の出現と、彼が求めた待遇には焦りを覚えることとなった。依代に降りて現身を得る神などと言っても、予め備えていることなど出来るはずもなかったので、ある意味、でたとこ勝負とは思ってはいた。しかし、確執があるにせよ、いきなり、アキに消失術式をぶっ放すような真似をするとは予想してなかった。駄々洩れしてくる神力の話も、高魔力耐性のある魔導人形ならどの程度耐えられるのかわからない。アキのように接触時さえ気を付ければいい、という話でもなさそうだ。
……そんな訳で、使える人材は総浚いを終えた中、何とか一か月以内に、依代の君のサポートスタッフを揃えるという無理難題を求められて、彼はロゼッタと共に、使える伝手は最大限活かして、何とかそれを達成しようと奔走するのであった。
◆魔導人形枠
【アイリーン(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で料理長)】
連邦訪問は半日程度だったものの、アキの護衛として同行する事からセキュリティチームと多くの時間を訓練に費やすことになった。それに料理人として本格的に活動をし始めたのは昨年秋頃からであり、夏メニューについては教わってはいるものの、その時の天候や気温、湿度などを考慮して提供するのは今夏が始めてだ。その為、アキへの食事とは別に、他の料理人達に混ざって、一日五食、それに二回の間食の提供を行うことで腕を磨く日々である。
依代の君への料理提供も担当しており、彼が見た目通りの子供舌であることもわかって、味付けや食感などについても、ロングヒルの人族の料理人と相談しながら、試行錯誤を始めているところだ。
【ベリル(女中三姉妹の一人、ケイティの部下でマコト文書主任)】
アキの連邦訪問も終わり、やっと畑違いだった魔導師としての職務も終わり、平常通りの業務に戻ることができた。アキの打ち合わせがあるところ、ベリルの姿ありといった感じで、話し合いの場では板書を担当し、それ以外の場では資料作りに奔走し、とアキの活躍には無くてはならない立ち位置を築いたと言えるだろう。
若い雄竜達の無尽蔵な好奇心には、如何に手間を掛けずに理解を深めて貰うか、余計な深入りを避けるか、といったところに腐心することにもなった。副官を付けて貰っている事もあって、部下達と仕事を分担して激務を乗り切る術も安定してきたようである。
依代の君に、一か月でどんなことを学んで貰い、感覚質を育むことを手助けするのかについては、アキの家族達やケイティ、それとアイリーン、シャンタール、ベリルと言った、マコト文書を諳んじることができるメンバーが集って検討を開始したところでもある。季節ごとの気候に合った経験を選択するにせよ、その場をどう用意するのかといった話まで含めてなので、これは手強い案件となるだろう。
【シャンタール(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で次席)】
初心者人形遣いでありながら、部下となるのは百戦錬磨の魔導人形達ということもあって、かなりのプレッシャーに晒されることにもなり、連邦訪問を終えて、やっと一息つくことができた。関係者から筋はいい、と褒められてはいるものの、やはり自分の本業ではない、と感じてもいる。
自分が不在の時にも別邸の業務が回るように、後進の育成にも余念がない。……というか、ケイティの家政婦長としての技能は、オマケのようなものであって、実際の職務についたのはアキの館を任された時が初めてでもある。なので、他の女中達を育成するようなところまでは、正直、手が回っていないのが実情であり、それらも含めてシャンタールがフォローしているところだ。
依代の君とは初日に話をして、彼の衣服についてはシャンタールが用意することとなった。信者達に確保させると、女児向けの可愛い系ばかりになって、本人としてはそれは避けたいとのこと。面と向かって嫌と言わないあたり、市民的な感覚も持っているようだ、とシャンタールの中では、依代の君は、一部を除けば、問題ない子だと認識されたようである。
〇〇を除けば問題なし、という思考パターン自体、アキの傍にいることですっかり染まってきた感はあるところだが、それくらい図太い神経がないとやってられないのも事実だろう。
【ダニエル(ウォルコットの助手)】
仲間の神官達と共に、「マコトくん」を依代に降ろす高難度の集団術式を成功させ、他の神官達からも一目置かれるに至った。別邸に常にいるマコト文書の神官は彼女だけであり、なんだかんだとアキが嵐の中心に常にいることから、彼女経由で得られる情報には皆が価値を見出しているのだ。
降臨した「マコトくん」、依代の君は、彼女達、神官から見ても、とてもアクティブで、神託や、言葉は無くとも感じられる神力から想像していたのとは、かなり印象が変わって感じられた。
だが、アキとの交流が人一倍多いダニエルは、依代の君の基本的な姿勢や思考がアキによく似ていることに気付いた。「マコトくん」ならどう考えるか、それに思いを巡らせるのは神官達ならお手の物だ。ダニエルはサポートメンバーとして、非公開部分も女中三姉妹ほどではないが読んでいるので、その分、依代の君の思考も想像しやすいようだ。
マコト文書の神官達が別邸に常駐することは許可されていない為、依代の君へのフォローはダニエルに一任されることになる。尤も、依代の君は赤子ではないので、大概のことは自分でできる。ダニエルに求められる事は、信者達への説話を通じて培った一般知識を伝えることだろう。
【護衛人形達(アキの護衛、ジョージの部下)】
連邦訪問も終わり、やっと護衛人形達の大任も終わって日常勤務に戻ることができた。対人戦闘、それも閉所での小回りの良さを重視された彼らは、通常の魔導人形達よりも小柄な分、鬼族対応は過酷だった。それでも、そんな内心を臆面にも出さないのだから見事なプロ意識である。
若い雄竜達は小型召喚体でやってくるので、まだ気が楽だった。騒々しいが荒さは無かったのも世良かった。
……ただ、彼らにとって、依代の君はあまりに異質だった。瞬間発動の術式を使える竜族や妖精族と同じように力を放ちながらも、それを制する経験があまりに不足しているように感じられたからだ。確かに発言を聞けば理性的とも思えるし、意識も市民寄りだろう。しかし、自らをこうあるべき、とする堅い意思は、柔軟性に欠けるようにも思える。そして実力は一流魔導師よりずっと上だ。自らを制するまでは竜族、妖精族が付きっ切りでフォローすることにはなっているが、一か月後、通常の交流が始まる前までに、護衛としてどう対処するか検討の日々は続くだろう。
【農民人形達(別邸所属、ウォルコットの部下)】
こちらに来て、そろそろ一年。新たな地での活動はまだまだ勝手がわからないことも多い。大使館領が戦闘に使われる可能性は昨年に比べれば大きく減ったことから、軍の運用を前提とした広場も不要として役割が見直されて、彼らのホームグラウンドである農地へと変わることになった。アキが食べている野菜類も全てではないがここで生産されたモノだ。
依代の君が農作業の体験にも興味を示しているので、別邸の庭も含めて、どこを開放するか、あれこれ検討し始めた。何せアキと違い、触れずとも周りを神力で染め上げてしまう。祝福された土地なら、実り豊かになっていいじゃないか、などと考えるのは甘い。何事も過ぎてしまえば毒になる。普通の作物が育たなくなるかもしれず、魔力濃度の高い連邦産の野菜を育てるなど変更せざるをえなくなる恐れも出てくるだけに問題は結構深刻なのだ。
【ロゼッタ(ミアの秘書、財閥双璧の一人)】
アキも半日の連邦訪問を終えて、やっとロングヒルの地で落ち着く日々が戻ってきた。鬼人形ブセイが五分の戦いをした件は、彼の力量を知るだけに驚きもしたが、鬼の体躯となってからは、訓練を施す相手はいても、自身を高めるための訓練に付き合ってくれる相手はいなかったのだから無理もないか、と考えたりもした。後で、鬼の達人が想定よりも上のレベルであったが故の互角と知り、自身の武も見直すべきか等とも考えているところだ。何せ、ミアからは、どの魔導人形よりも高みに届くだけの身体を与えられ、好きなように見直すことも認められている。装備さえ整えれば、鬼人形ブセイ相手でも遅れは取らない気でいるのだから、リアの負けん気のかなりの部分はロゼッタの影響だろう。
そんな彼女だが、アキから、いずれ依代の君がそちらに行くから面倒を見てあげて欲しいと言われて、気を引き締めることとなった。アキが求めるのは単なる生活支援者ではない。感覚質を育てて、心の内に大きく空いた穴があろうとも前に進むだけの力強さ、強靭さを育てる、共に歩むサポーターなのだから。
身近でミアやリアを支え、彼女達が悩み、足掻いていた頃から傍らにあって支えてきたロゼッタさんなら安心です、と言われれば、お任せください、と応えるのが秘書たるモノ。
……ただ、こうも思ったのだ。やれると思った相手に「あなたならできる、大丈夫、これで安心だわ」というのはミアが良く言う台詞だったとも。せっかく真っ白な状態の依代の君を育てられるのだから、今度はもう少し上手く育てよう、と。
ちなみに、ロゼッタの言う「ちゃんと育つ」は、後腐れなく問題を処理して、己の望みを勝ち取れることが前提、正道、邪道どちらも使うのは当たり前、制度がおかしいなら枠組みから変える、国が邪魔するなら派閥の力関係を崩してでも認めさせる、とか、こう、色々と、感性が普通から大きく逸脱してたりするので、結果は推して知るべしだろう。
【タロー(小鬼人形の隊長の一人)】
連邦訪問では、相手が鬼族だからということで、リア麾下の魔導人形達に護衛の任を譲ることになったが、彼はその方針に安堵していた。鬼人形ブセイの力量や、そんな彼と手合わせをして訓練している鬼族の駐留組を知っているだけに、自分達、小鬼族を模した魔導人形では力不足は否めないと理解していたからだ。任務引継ぎの際のやり取りをした際には、リーダーの弘と話をする機会があったが、同じ魔導人形であっても、アレはかなり異質な存在だ、と感じずにはいられなかった。自分達とて、仮想敵部隊として、立ち位置は正規の魔導人形達とはかなり違う訳だが、そんな彼であっても、常在戦場、一人百殺といった気配と、主に捧げる狂気の域に達した心酔する想いには、ヤバさしか感じられなかったからだ。
晴れやかな式典要員として本当に大丈夫か?
それだけが心配ではあったが、元々、高い地位にあって公式の場にも出ることが多いリアであり、そんな彼女に付き従う彼らが、礼儀作法を疎かにしている筈もなく、それは杞憂であった。
【仮想敵部隊の小鬼人形達】
ロングヒルに戻ってきた彼らは、本業、つまり仮想敵部隊として、時折、ロングヒルの軍人達や、この地にやってきている文官、武官達を鍛え上げる為の訓練にも参加することになった。
そもそも実戦の場以外では、小鬼族と戦う機会などある訳がない。となれば、過去の戦訓を元に、人同士で訓練をしていく訳だが、やはりそれには限度がある。実際やってみれば、机上の理論と実戦がどれだけ食い違うかも見えてくるというモノだ。
秋には、まだ成人の儀と称して鬼族達が攻めてくる可能性は捨てきれない。それだけに彼らの指導もまた熱が入るのだった。
……そして、ロングヒル王家やニコラス大統領から、街エルフではないのだから、ぽっきり心を折るような真似は止めてくれ、とやんわりと抗議されたりもして、彼らもまた人族相手の教導の方法について試行錯誤していくのだった。
【仮想敵部隊の鬼人形、改めブセイ】
此度の連邦訪問と、その際の兄弟子達との手合わせは、彼の武に大きな影響を与えることとなった。百の訓練より一の実戦、得るモノはとても大きかった。今回の対戦で見せた手札は、素の鬼人形としての範囲であり、街エルフの十八番である惜しげもない魔導具装備を加味したものではない。だからこそ、対戦も予め許可されていた訳だ。
彼が腕を折る大怪我をして戻ってきた際には、大使館領で工房を営んでいる人形遣い達が驚天動地の出来事と驚いていたが、それに対して彼は、見聞きして推測してきた事には限りがあり、手合わせしてこそ見えてくるものもある、と諭すことにもなった。確かに体格差のある相手と五分に殴り合い、技の早さでも負けることなく、かなり余裕を持たせていた基礎能力は、十分にその真価を発揮したと言えるが、何事も完璧とはいかないモノだ。
大怪我をした腕は、本国から取り寄せた予備部品と交換したので、すぐ動かせるようにはなったが、慣らして元のように技のキレを発揮するまでになるのには、暫く時間もかかるだろう。
弟子入りを認められた事で、これまで表に出ていなかった鬼の内なる技、外からの観察ではわかりにくいそれらも学ぶことになり、それらを魔導人形と呪紋でどう再現していくのか、人形遣い達と共に検討を重ねていくことになる。
【大使館や別館の女中人形達】
三大勢力の使節団が集っていた騒々しさも終わり、アキが連邦訪問に飛んで行ったり、若い雄竜達が押し掛けてくるなど、多少の騒ぎはあったものの、大使館や別館の業務はやっと日常運転レベルにまで落ち着いてきた。
そうは言っても、本国から必要な設備をごっそり持ち帰ってきた工房主達が、増設された大使館の一角を占領して、戦争の兵站を支える後方の中継拠点を超える支援をしている訳だから、平穏からは程遠い日常ではある。
秋になれば、また三大勢力の代表達が集う。前回は後追いでの付け刃なところがあったが、今回は準備期間がある。となれば、必要な業務の洗い出しや効率改善、物資の蓄積や料理提供など、予め行っておくべき作業は多い。
街エルフの本国でも珍しい、日常業務統括の人形遣いまで配しての高効率化であり、全ての魔導人形達がまるで一つの生き物のように動くと称される、彼らの面目躍如といったところだろう。
【館(本国)のマコト文書の司書達】
未来を見据えて、要員追加も行われて、一時的には新任達への指導の手間は増えているものの、暫くすれば、余力も生まれてくるだろう。
ただ、彼女達を統括しているロゼッタから、秋には館に、降臨した神、依代の君がやってくること、彼は公開されているマコト文書を諳んじる聡い子供であり、非公開部分の文書閲覧が増えることが予想される、とも告げられた。
魔力が強過ぎるアキと同様、保管されている文書に触れさせる訳にはいかないので、閲覧部分は全て写本を用意して提供しなければならない。それを行う職人達は別途手配するとしても、その作業を円滑に行う為の調整もしていかなくてはならない。準備期間は僅かに一か月。
日常の業務をこなしつつ、新任達の指導と、写本制作職人達との調整も行う、というのはなかなかに難しい。ただ、彼女達の上司であるロゼッタは、主張が真っ当ならば、新しい魔導具の導入や、人員追加などはどんどん認めてくれるだけに遣り甲斐はある。上司の求めは「結果を出すこと」とシンプルだ。
街エルフらしく、何年でも続けられる範囲での全力を出しつつ、一日単位で自身の力量が高まっていくのを実感できる環境など、そうそうあるものではない。彼女達の熱心さは高まることはあっても、低くなることはないだろう。
【研究組専属の魔導人形達】
研究組が全力を出せるよう、事務作業を一手に引き受ける魔導人形達。そんな専門家の彼らをして、若い雄竜達の貪欲な好奇心と知識欲、それと一を聞いて十を知るような高い知性と、妖精族が頻繁に来れないことから生じる資料作成への時間制限、それらが合わせて襲ってきたことで、過去に例をみない激闘の時間を過ごすことになった。通常の業務と同じ期間で資料を作れ、と言われたなら彼らはきちんと要求水準を十分に満たすものを用意することなど容易かっただろう。
……だがそれを、通常の何分の一、下手をすれば一割程度の時間で出せ、言われたなら?
そして、求められたのは、求められた時間内での最高の出来であり、六割、七割の出来でもいい、見栄えや配置、構図などの技巧は最低限でも口頭でフォローするから良し、ただし方向性だけは誤らないこと、というのだから、彼らは戸惑うことにもなった。
一字一句、相手に誤解を与えず、正しく意味を伝えるように、誤りなく整然と。それが彼らの仕事に通常求められることだったからだ。しかし、彼らとてその道のプロである。求められる基準が変わったのならば、それに応えて見せようという矜持もあった。
結果として、彼らは短い時間内で作り上げたにしては十二分な資料を用意し、そしてその資料をベースに口頭でその場でフォローして、話を進める研究組や調整組の面々の技量の高さを知ることとなるのだった。
【リア麾下の魔導人形達(隊長は弘) New!】
同期連中をあらかた這いつくばらせてきた時代も懐かしく思うようになり、落ち着きを見せてきた昨今、魔力共鳴に似た現象の影響で彼らの主リアは、人形遣いとしての技を行使できなくなった。彼らはそのことに寂しさを覚えながらも、忠誠心は揺るぐことなく、自らの技が鈍らぬよう、いざという時に備え続けてきた。
そして、いきなりの連邦行きと、新米人形遣いの元での護衛任務を任された。
主リアの伝手があれば、人数は多くないとはいえ、人形遣いの技を使える熟練の魔導人形を招くことは十分可能だった。それでも新米のシャンタールに任せたのは、彼女が女中としてアキの身近に使える三姉妹の一人、信を置かれる存在であるからに他ならない。
それに、リアはこうも言ったのだ。「必要なのは結果だ」と。
上に立つのに護衛頭のジョージや、新米人形遣いシャンタールの力量や判断に問題があるなら、いつも通り、何とかして、結果を出せ、と言う訳だ。大変わかりやすい。それに「妹が困っているなら、姉なら助けないとね」と、今度は自分の番だと告げた表情は、彼らの意識を引き締めるだけの覚悟が感じられた。
……結果としては、ジョージもシャンタールも上司とするのに何ら問題はなく、こんな者達もいたのか、と彼らを感心させ、指揮下に入ることを宣言させるに至るのだった。
◆家族枠
【ハヤト(アキの父、共和国議員)】
連邦から帰ってきたアキだったが、今度は即効性のある話として、他種族が集って「死の大地」を眺める登山をすると言いだし、あっという間に三大勢力に話を通して、若い雄竜達を招くなど、その行動力は他の追随を許さない。
しかも、ロングヒルに集う各種族の代表達が数日に渡って頭を突き合わせて、共に登山をする事の意義や注意点などの検討に悪戦苦闘するなど、相変わらず、関係者達に任せる仕事の量と質が半端ないのだ。
結果としてはうまく纏まったが、皆からの恨みがましい視線には、大概の事はスルーする街エルフ的感性を持つハヤトでも、居心地が悪くなる思いだった。
依代の君の生い立ちを考えると、アキが親としての振る舞いを求めてくるかと身構えてもいたのだが、今のところ、その動きはない。何故かと問き、その答えを聞くことに対する怖れもあるが、聞かない訳にもいかない。十六章ではそんな彼の踏み込む様も見えてくるだろう。
【アヤ(アキの母、共和国議員)】
アキも連邦から楽しく帰国してきて、不満を言いながらも、ちゃんと連邦旅行の報告も行うなど、その振る舞いも落ち着いてきたと安堵していた。確かに登山の提案は、対外的にはインパクトはあったが、アキ自身は各勢力宛に手紙を書いて、竜族と調整をしただけだから、大した負担でも無かった。若い雄竜達にはかなり苦戦し、振り回されているところはあったものの、同じ年代の若者達との交流を楽しんでもいて、母親目線でも安心できるものがあった。
いずれは同じ街エルフの若者達との交流を眺めながら、そんな事を思うのだろうとは考えたりもしていたが、まさか相手が竜族とは予想外ではあった。
依代の君とアキの確執、一方的とも思える憎しみには、大いに不安を覚え、回避する術は無いかと悩みもした。ただ、当事者である依代の君自身が問題点と、関係者それぞれへの感謝の思いも持ち、降りた当日に自らの思いを告げて、アキとの対面と対峙、不満を明確に伝えることが不可避で、先送りは害悪にしかならない事を説かれる事ともなった。
万一の事態に備えて、黒姫様も控えて貰い、後には残さない、とも言われれば、漠然とした不安だけで反対し続けることもできなかった。
消失術式が放たれた際には、血の凍る思いだったが、ハヤト、リアに諭され、後でソフィアからも、術式を向けられた際のアキ自身の認識と対応を告げられ、単に棒立ちしてただけでは無かった事に安堵もした。
ハヤトからは、依代の君の親役を求められない事への悩みを打ち明けられたが、あの高位存在を、子供と看做す夫の神経の図太さに驚きと称賛と苦笑の思いを抱きもした。
十六章では夫妻とリアにアキが何を求めるのか、何は不要と思うのか、そんな家族会議をする様が見られることだろう。
【リア(アキの姉、研究組所属、リア研究所代表)】
連邦訪問は、リア自身は動きようがないだけに、自らが信頼する麾下の魔導人形達に同行させたのは、良いアイデアだと思った。指揮用の魔導具も使えず、浮いていたから丁度いい、腕も鈍らず良いだろうと考えた訳だ。
弘達からは毎日、報告を受けてもいて、自身が率いるなら、どう指揮するか、なんて話に盛り上がったりもしたものだった。
アキが魔導人形であっても傷付くのを嫌がるのは、指揮系の人形遣いとしては問題ともなるが、工房系の人形遣いなら、溢れる愛は欠かせないので、問題視するほどではないとも考えている。
リアが水面下で動いている話も十六章で明らかになって来るだろう。ヤーポン滅ぶべし、そんな話だ。
依代の君については、降りた初日に会い、求めて止まないミアの妹と言うこともあってか、彼のほうが緊張しているようであり、親しくなりたいと下手に出るくらいで驚いた。激しい思い、憎しみや悲しみ、感情的に納得できず、神として在り方を変えられぬ、という柔軟性の無さ等も感じられた。力はともかく、在り方は本人も話していたように、そう悪い子ではないとも理解できたので、見守るようにとアキにアドバイスするに留めることとしたのだった。
今のリアから観て、彼の実力なら危険視するほどではないと感じてもいたからだ。この感覚のズレについては、ソフィアとも話し合った事を十六章で明かされることになるだろう。
【ミア(アキ、リアの姉、財閥当主、マコト文書研究第一人者)】
アキの精力的な活動もあって、未来はミアが思い描いた姿から大きく乖離してきた。アキもこちらにきてから一年が過ぎて、二回目の夏を過ごすことになって、忙しい日々の合間に、日本にいるミアがどうしているか、思いを巡らすことも増えてきた。
十六章では、そんなミアからの手紙を久しぶりに読むことになるだろう。状況が大きく変化しようと、アキの心境に配慮した手紙なら、それらに影響されることも無いからだ。
ただ、あれこれ思いを巡らせたミアであっても、同年代の男の子達と言われて、若い雄竜達を思い描くことは無かっただろう。竜族はラスボス級であって、生半可な覚悟で接触してはいけないと戒めていたくらいなのだから。
◆妖精枠
【シャーリス(妖精女王)】
連邦訪問では、妖精族達も立会役は努めたものの、後は帰り際に市民達を三十人残して、草の根交流に留めるなど、帝国の際とは違い、国としての姿を示すことはなかった。これは国として、他と足並みを揃えて姿勢を示す必要もなく、妖精達が演出した催し物をした訳でもないので、妥当な判断だと言えるだろう。残した市民達も、ある程度、自分達の立場を理解して、問題となるような行動は控える、良識ある者達を選抜しており、実際、草の根交流は大成功を収めた。
登山も遂に宿泊込みの遠出をすると、参加予定者達のハッスルぶりは、周りがブレーキを掛けないと、そのまますっ飛んでいきそうな程だ。
しかし、そんな妖精族でも依代の君は、かなり注意して対応すべき存在と認識していた。本編でも語られているが、経路を通じて、本体の心に直接働きかけてくる技はかなり危険がある。それに召喚体を消されたりするのも問題無しと楽観視はできないのだ。シャーリスも賢者に命じて、対心術系の対策を練ることにした。常駐型の対抗術式を稼働させておくだけでも、だいぶ安心できるだろう、と。
【賢者】
賢者にとっては、アキの連邦訪問や、登山の話はあまり絡む話ではなく、若い雄竜達への対策に駆り出された時も、騒々しくは感じたが、若者らしくエネルギーを持て余している感はあっても粗暴ではないとも思い、年長者として見守る気分だった。
それに比べると、依代の君は、その在り方も振る舞いも、危機意識を持たざるを得ず、常に何があっても対応できるよう、意識しておく必要があり疲れるものがあったようだ。
それでも、これまでに会ったどの種族とも違う新たな存在は、彼の好奇心を強く刺激し、術式発動せずとも相手の心に働きかける様には興奮を覚える程であった。依代の君の協力を得て、神術を何度も観察したことで、妖精族が持つ術式の幾つかに手を加えれば、対抗術式として活用できそうとの閃きも得ることができた。尤も、常駐型の精神防御術式となれば、耐弾障壁のように、平時には省エネモード、いざとなれば高性能防御発動としないと、とてもじゃないが、まともな運用はできないだろう。
十六章ではそんな術式研究者としての彼の顔を久しぶりに見ることができそうだ。
【宰相】
アキの連邦訪問はあったものの、全体としては妖精族のこちらへの来訪は控えられており、不在がちだった要職の面々が戻ってきたことで、やっと政務も回るようになってきた。遅れを取り戻そうと彼も陣頭指揮を行っており、このペースで行けば、秋の頃には平常運転に戻れそう、などと思っていた矢先の依代の君の降臨だった。
彼の持つ能力と、いつ暴発するともわからない危うい理性と信念に触れて、何かあった時の対処は竜族、妖精族でないと荷が重いと判断し、国政に影響が出ようと、彼に対応するためのチーム結成に手を貸すことを了承した。彼の使った消失術式も、言葉による対象の心への直接の干渉も、どちらも物質界と妖精界を繋ぐ現行の仕組みを脅かしかねなかったからだ。
一応、依代の君自身に聞いた限りでは、アキへの鬱憤はひとまず晴らしたとのことだが、客観的に計測しようがなく、脆いと称される精神性からしても、少しストレスが加われば、本人は軽い気持ちで相手にチクリと嫌味を言ったりはし兼ねない。だが、それが神罰と言うべき、力ある言葉となれば、放置はできなかった。
【彫刻家】
今回の連邦訪問では出番もなく、登山計画にしても、持ち込む妖精用グッズの数々のモデリングは弟子達に任せていたこともあり、やっと本業や飛行船開発など、抱えている仕事に戻ることができた。
しかし、依代の君の降臨により、事態は急変した。交代の見守り要員役としてだけでなく、彼が駄々洩れにしている神力を何とかする為の魔導具開発を最優先で対応するように、と女王陛下から指示が下ったからだ。そもそも信仰により存在する神などという輩は、妖精界では遭遇したこともないので、依代の君が降りた当日から、頻繁にこちらに現れて、依代の君の観察をすることになった。依代の君も好きなだけ観察してくれ、と協力的なので、活動がしやすいのは幸いか。
彼が視たところ、神力と誰かが纏う魔力には違いがないようだ。つまり、駄々洩れと言いながらも、彼の神力は彼に属している力であり、漏れ出しているからと、天然の魔力のように簡単には扱えない、ということである。おまけにアキやリアの完全無色透明な属性と異なり、がっつり属性が付いてて、それに合った、例えばマコト文書の神官などでないと扱えない難物でもある。何とかするには、研究組の総力を挙げて対応しなくては、解決策の糸口すら掴めないだろう。
【近衛】
連邦訪問時の洗礼の儀でも、立ち会った者達の統制を部下に任せるなど、ここ一か月の彼は、こちらに殆どくることなく、妖精の国で溜まっていた業務をこなすことに専念していた。物質界の地の種族の感覚や視点も少しずつ学び、これまでの妖精達の防衛意識が結構ザルであることにも気付いたからだ。あちこちで妖精達を引き付けておき、位置の確定した都に部隊を直行させる、などという考えは、これまで真面目に想定してこなかった、というのもある。
実際のところは、本気で妖精達が迎撃戦を行えば、撃退することは容易だろう。しかし、それでは妖精族としての矜持が廃る。相手の手を読み、必要最小限の対応を持って、結果を得ずに力技で何とかするなど、彼らの美意識に反するというものだった。
その為、実効支配している地域の警戒パトロールの見直しや、その外、人族達の住まう地域についても、実情を把握しようと探索チームを向かわせるなど、手間のかかる話を始めたところである。勿論、そうして飛んでいる最中に、妖精の道を見つける可能性はあるので、それらにも注意は向けている。残念ながら今のところ発見はしていないが。
依代の君については、彼は誰よりも危機意識を強く持った。護衛として女王陛下の物質界への訪問を控える旨の上申もしたくらいだ。結果として、シャーリス自身は何かあった場合の待機要員扱いとして、何らかの対策が施されるまでは、直接の交流は控えることとなった。護衛する人はいつも大変だった。
【賢者の弟子達】
連邦訪問では、洗礼の儀でこそ立ち会ったものの、彼らの出番は殆どなく、本業に勤しむことができて、仕事のフォローをして貰っていた同僚達への埋め合わせもそれなりには済ませることができたようだ。
登山の件は、魔術に優れた者ではなく、他種族との交流に長けた、そんな人材が求められることから、彼らが引き抜かれる可能性は低そうである。
依代の君の降臨については、弟子達の幾人かも立ち会って、その想定外の存在っぷりを目の当たりにした。彼らの師である賢者は、危険性を認識しながらも、未知の存在への興味に目を輝かせているが、なら弟子もそうかといえば、それはかなり個人差があるようだ。消失術式を食らって召喚体が消えたとして、その際に繋がっている本体の心も消失させられる恐れがあると気付けば、そうそう能天気なことは言ってられないだろう。
それでも賢者やその同僚、女王にばかり対応させる訳にもいかないので、上位の弟子達は依代の君への対応に駆り出されることともなった。
【一割召喚された一般妖精達】
帝都訪問時の際と違い、連邦訪問では管理役すら市民が自主的に行う流れとなり、一応、前もって話し合いも行われて、羽目を外さないとか、魔術の使い方には気を付けるとか、あれこれ決まりも作られた。彼らは鬼族の巨大な身体に驚き、ロングヒルとはまた違う気候、薄いとはいえ感じられる地に満ちた魔力など、あれこれ堪能し、積極的な鬼族市民との交流も行うことができた、として、自己評価は満点だった。
彼らが、こちらの基準から見ると、かなりの情報を漏らしていたことが判明するのは、鬼族の纏めた資料を閲覧する機会となるが、やはりそれは、統一国家樹立後の話だった。
◆鬼族枠
【セイケン(調整組所属、鬼族大使館代表)】
実際に、天空竜、妖精族、街エルフの魔導人形達、それと竜神の巫女アキが揃って首都に降り立ったことで、鬼族の中でも、時代の変化を、新しい勢力の台頭を強く意識するに至った。本人が望んで、という訳でもないのだが、竜族や妖精族相手に実際に技を受けるなどして、その実力の差を誰よりも理解しているセイケンに対して、その経験と見識を求める者が後を絶たなかった。武闘派、穏健派のどちらからも求められる立ち位置にあって、今後もセイケンが鬼族の窓口として活躍していくことだろう。
【レイハ(セイケンの付き人)】
白岩様の趣味ではあったが、鬼の武に興味を持った流れで、鬼人形と手合わせを行うようになり、彼の武と精神を認めて鬼の武を教えるようになりブセイと名付けた。そんなブセイが連邦で、兄弟子達と手合わせを行い、五分の戦いを繰り広げたと聞いた時には嬉しい、と感じるのと同時に、教えた者として、彼よりも一歩先を行くことも望むようになった。本国からはセイケンに対して、鬼の武を基礎から一通り指導するよう指示もきた。教えるということは、教わるということでもある。レイハもまたブセイに教えることで更なる高みへと歩むことだろう。
【トウセイ(研究組所属、変化の術開発者)】
大鬼となった際の能力調査も一通り終わり、ソフィア達とも時折相談しながら、変化の術について、術式全体の見直し作業を行っていた。自身では完成度はそれなりのものと自負しているが、他の術者、種族ならば、何か別の気付きがあるかもしれないからだ。
そんな、淡々と進んでいた研究日和も、依代の君が降りたことで激変することになった。駄々洩れする神力、瞬間発動する神罰と、余りの出来事に乾いた笑いが湧いてくるほどだった。あまりに強大で危うい力に対して、ソフィアはこれだけの面子が揃ってれば何とかなると言い放った。手に乗せることすらできそうな年配の女性なのに、その目に宿る熱量と師としての意思には、常に圧倒されてしまう。だが、彼女は気後れするトウセイに対して、共に研究をする仲間だ、と常に横に並べて、お前さんは燃え方は違うが、熱い心を持つ男だよ、と言うのだ。
ならば、今は迷う時ではない。立ち会ってくれている竜族、妖精族もいるのだから、今、我々が行うべきは、依代の君とは何か、徹底的に観察して識ることだ、と語るのだった。
【レイゼン(鬼王)】
できるだけ早くと注文はしたが、アキは彼が予想していたよりも更に早く、連邦の地を訪れてくれた。竜族、妖精族、街エルフの魔導人形達、それと竜神の巫女アキが揃い立ったインパクトはやはり強烈なものがあり、人々の目を覚ますだけの力があった。もう寝ぼけた意見を言って、腰を上げない連中の声も小さくなっていくことだろう。
登山に伴い鬼族を帆船で派遣する件、小鬼族の都市の治水事業への助力、玉突き状態で移動した魔獣の生息域を戻す件など、いずれも大軍は必要としないが、少数精鋭で対処している案件である。連邦領内での樹木の精霊探索の進捗は芳しくないが、連合領で大規模に進む探索と交流の影響もあって、隣接する樹木の精霊達の伝言リレーは、連邦領の中でも進んでいるようだ。こちらに話し掛ける実力ある樹木の精霊ならば、鬼族でも接触できるだろう。
秋には三大勢力の代表達はロングヒルに集うことになっている。そこで情報交換を行い、絡める話があれば、積極的に関わっていくつもりである。幸い、今なら呼びかければ、参加希望者集めに苦労することもないだろう。
【ライキ(武闘派の代表)】
洗礼の儀で、パワー系の白岩様と対峙したことで、武闘派で鼻息の荒かった連中も、自分達の立ち位置をやっと理解するに至った。自分達の強さに自信を持つのはいいが、地の種族の中では鬼族は格の違う強さではあるものの、竜族から見れば、どれも小粒で弱いというのが現実だ。妖精族は掌に収まるほど小さいが、その実力は鬼の武をもってしても勝ち目がない。そして、過剰とも言える全身魔導具装備で立っていた儀仗兵の魔導人形達も、単体では鬼に劣っても、連携したならば、その武は何段階も跳ね上がる手強さがある。
……そして、そんな圧や武の高さを感じさせないのがアキだ。やってきた者達の中心に常にいて、周りもそれを当然と受け入れていて、白岩様も幼子を見るように気を配っているのがわかった。大勢の鬼達を前にしても、リラックスした雰囲気で親し気に語り掛ける様は、ある意味、他のどの種族よりも、理解できない、謎の存在と感じれた。
ただ、ライキが観たところ、病んだ心は癒され、こうして連邦領まで飛んできたりもしているが、時折見せる寂しげな眼差しなどもあり、気を付ける必要があると感じられた。
彼女は、妖精と鬼族の市民層の交流の顛末を手紙に書きつつ、連邦領での夏の風物詩についてあれこれ紹介していくのだった。
【シセン(穏健派の代表)】
アキ達が降り立った様を見た穏健派の面々は、自分達に近いセイケンからあれこれ報告を受けていたにも関わらず、それをしっかりと理解していなかったことを恥じていた。全てはしっかりと語られていたのだ。なのに危機意識を持つことができていなかった。持っているつもりではあったが、それはあまりにも悠長な、鈍い認識だった。
今すぐどうにかなってしまう危機ではなく、じりじりと削られていき、気が付けば取り返しがつかなくなっていく、そんな危機。
懸命に考えた結果は、鬼王レイゼンと同じで、外との交流機会を徹底的に活かす、ということ。頭数では小鬼族には到底勝てない。ならば力量のある者達による少数精鋭メンバーを先に出して、自分達の存在感を強く打ち出し、情報を連邦に伝えることで更なる変化を促すのだ。
昨年秋、セイケン達を総武演に派遣したのは英断だったと思う今日この頃である。
【鬼族の女衆(王妃達)】
多種族が集って「死の大地」を眺める登山計画は、初回こそ別邸に関係者が集ったが、二回目からは連邦大使館に場所を移すことになった。別邸では鬼族、小鬼族用の設備が少なく、そういった点で充実している連邦大使館が好まれたからである。人々が集えば、給仕をしつつ、女中姿の王妃達も時折、会話にも参加することにもなった。他の者達も、深く会議内容を理解し、鋭い質問をしたり、面白い提案をしたりと、機知にとんだ会話をする彼女達を単なる女中などと考えたりはしていない。だからこそ、鬼族だけは男女両方の目線からの意見も交えることになり、会議の中でも存在感を示すことになるのだった。
【セイケンの妻、娘】
連邦の人々が天空竜、妖精、魔導人形、竜神の巫女を目の当たりにしたことで、ロングヒルの大使館にいるセイケンへの注目が俄かに高まった。実は妻も非常勤扱いだが、大使館勤務に準じる情報アクセス権を渡されており、だからこそ、セイケンも娘が寝静まった後に、ロングヒルで起きたことについてあれこれ話して、妻の忌憚なき意見を得てもいるのだった。セイケンの妻からは、王妃へと情報が報告されることになるので、下手をすれば、直接話を聞いている鬼王レイゼンより王妃達の方が、詳しいなんてこともあったりするようである。
娘もまた、友達からあれこれ聞かれたりして、父が遠い地に赴任した元凶と、アキのことを快く思ってはいなかったものの、せっかくロングヒルに出掛けたのだから、もう少し周りにいた他の種族達にも目を向けておけば良かったと思ってたりもする。
秋には、三大勢力の代表達が集い、総武演も行われるなど、賑やかにもなるので、家族達もロングヒルの地に呼ばれることになるだろう。
【鬼族のロングヒル大使館メンバー】
ここ一か月は、アキ達が連邦訪問をすることもあって、あれこれ本国と調整もしていたが、その程度。これまで通り、研究会に参加し、交流会の場を提供して、と忙しい日々が続いていた。本国へと戻った職人達と入れ替わりに、最後の増援となる文官、女官達がやってきて、雰囲気も少し変わってきた。新しくやってきた者達も、様々な会議に参加し、資料を読み、研究会の様子を観ることで、本国とは熱量やいろんな意味での早さが違うことに気付き衝撃を受けていた。完全を目指すのではなく、何割かでもいいから早くアウトプットを出せ、足りないところは口頭でフォローすれば良し、といった具合だ。きっちりミスなく仕事をしても、仕事の山が積みあがっては本末転倒である。
交流をしている他の種族の者達も、一を聞いて十を知るような精鋭揃いであり、小鬼族は若い年齢を頭数と組織化された分業で乗り切ってきている。こうして、鬼族もまた、過酷なレースにまだ付き合っていける、と示すことになった。まぁ妖精族が国政が傾く、と根を上げたので、他の勢力も少しずつだが無理のない範囲にペースダウンしていくことだろう。
【鬼族の竜神子達 New!】
ロングヒルで洗礼の儀を終えた彼らは、竜神子として認められたものの、その能力を疑問視する発言は少なくなかった。彼らより力を持つ者達ならいくらでもいて、鬼の武を競い合うのと違って、竜神子としてのそれは、簡単に競えるものでは無かったからだ。
だからこそ、アキ達がやってきて、洗礼の儀を行う際に彼らは最前列で自分達も参加することを申し出て、居合わせた者達と、その差を体感して貰うこととしたのだ。
本編でも、皆が会場を立ち去る中、アキに呼び止められて暫く白岩様の目の前で、話を続ける姿は目撃されており、天空竜が放つ圧倒的な圧を前に、鬼の力の差など誤差に等しく、そんな中、まだまだ平気で竜族の傍に立てる、そんな竜神子の姿は、一目瞭然、誰もが違いを認めることとなった。
今後、新たな竜神子を選抜する際には、竜の圧を経験していない者を優先して選ぶことによって、竜神子という存在が特別であることを連邦の鬼族全員に理解させていく流れが確定した瞬間だった。
……因みに、竜の前に立つことに難があるとされた連中は離れた場に集められて、集団術式や護符の守り抜きで、天空竜の圧に晒されることとなり、心をバキバキに折られた。鬼族にとっては離れた距離でも、天空竜から見れば間近な距離であり、白岩様も勿論、彼らの存在には気付いていたが害はなし、とスルーしたのだった。
【ブセイの兄弟子達 New!】
鬼族以外で初めて弟子入りを認められた鬼人形ブセイ。その実力を見極めるのに選抜されたのが、力に優れたフザン、技に優れたシフウ、そして一門の中で誰もが認める手練れであるシホウである。これはそもそもロングヒルに常駐しているレイハが剣の達人であり、その彼が武と精神のどちらも弟子入りに相応しいと判断した為であり、ならば、見極めるには、それに相応しい実力ある者達でなくてはならない、と判断されたからだった。
ブセイと三人の兄弟子達の手合わせは、ブセイの力が想像を大きく超える事実を暴き出すこととなった。体格に勝るフザン相手に五分に打ち合い、技のキレもまたシフウに並び、力と技の両方で極めたシホウとすら相打ちに持ち込んだのだから、その実力に偽りなしと誰もが認めるしかなかった。
幾方向からも魔導具によって記録され、手合わせをした三人だけでなく、レイゼン、ライキ、シセンの意見も含めて、一門によりブセイの分析が行われた。結論はSS④で語られた通り、あれだけの強さを持ちながらも、自身より大きな背丈の者と戦い慣れていない、というモノだった。ロングヒルに連邦が大使館領を設置し、交流が活発化してから、レイハとも手合わせをするようになり、その実力の伸びは目を見張るものがあった、とも報告があり、元々は我流であって、鬼族としての武は上の下程度であった。
一門としては、自分達の手を明かすことにはなるが、鬼人形を創る技の限界、得手、不得手を見極める為にも、鬼の武を基礎から改めて学ばせることを決めた。
……というのも、確かに実力は達人級なのだが、街エルフの魔導人形としての武に鬼の技を足した感は否めず、バランスの悪さを覚えたからだった。あまりに勿体ない、そんな意見すら出た。
銃弾の雨では多くの達人達が命を落とし、今残る者達の実力も全盛期のソレと比べると勝るとは言い難かった。シホウも自らと五分に戦ったブセイがいれば、より高みへと至れると確信しており、そんな彼の熱い思いもまた、一門の決定を後押ししたのは言うまでもない。傷が癒えた暁には、また激しい手合わせが行われることになるだろう。
◆ドワーフ族枠
【ヨーゲル(調整組所属、ロングヒルのドワーフ技術団代表】
ドワーフに求められる話に変わりはないので、ヨーゲルの仕事は忙しいものの、ある意味、安定してはいた。変わり種としては、緊急杭打機能の付いたブーツ制作と、妖精サイズの遠征セット一式をシャンタール達と共同で制作していることくらいだろう。
これまでにも様々なことに首を突っ込んできた彼ではあるが、依代の君の存在と、彼から求められた神力の漏洩防止、制御補助の魔導具製造には頭を抱えることとなった。幸い、依代の君は協力的であり、普通なら稀にしか目にすることがない神力の行使も、何度でも計測できる状況だ。研究組の面々もやる気を見せており、彼らが見出した策を、実際の道具に落としていくのにはドワーフの技は欠かせない。彼は今こそドワーフの技術者魂を見せる時、と仲間を鼓舞するのだった。
【常駐するドワーフ技術者達(アキの使う馬車の開発者達)】
毎日のようにアキを乗せて馬車は走るので、毎日のメンテナンスに参加しつつ、機能改良にも余念がない。ただ、そんな彼らだったが、一か月後には依代の君が、神力を制御できるようになるので、彼を乗せて遠出ができるようにしてくれ、と言われた時は、何を言ってるんだ、と唖然としたものだった。アキが乗っても大丈夫と言っても、アキの魔力は接触しなければ影響がないのに対して、依代の君の神力は、通常の魔導師と同様、周囲に広く漂うタイプだ。となれば、機能保全のための策も同じという訳にはいかない。……それを一か月で何とかしろと言う。それも現身を得た神の望みだ。彼らは研究組の検討会に参加枠を確保して、何とか間に合わせようと奮闘することになった。
【各分野の専門家達 New!】
ロングヒルにやってきて、彼らが驚いた事は、彼らが望むなら、彼らと互角に話ができる他種族の専門家達との交流を簡単に行える、という事実だった。最大の人数を誇るのは街エルフと魔導人形達だが、他種族との交流を支えるために連合各国から人員を集めた人族とてそう劣るものではない。妖精達も一度に現れる人数こそ少ないものの、必要とあれば召喚される人物が入れ替わることで、多彩なニーズに応えるだけの人材の厚さがあった。小鬼族も狭い範囲の専門家が多いが全体を統括するガイウスもいるので、やはり問題はない。強いて言うなら鬼族が人手不足の感があるが、長命種なだけあって、誰でもそれなりに話ができる懐の深さがあった。その為、何かするにしても、ドワーフ達は「自分達ならこうするが、他種族ならどうするだろう?」と思うようになり、それを聞かれた他種族もそんな意見交換を楽しむ、という流れが生まれるのだった。
【ドワーフの職人さん達】
組み立て業務専門となって、加工を行う職人達の大半は本国に戻っていった。代わりにやってきたのは、メンテナンスや要望の取り纏めを行う運用支援の職人達だった。それなりの大人数を抱えていれば、誰かが面倒を見なければ施設はどんどん傷んでしまう。そうでなくとも、敷地を最大限に活かす、ドワーフの技を紹介するための施設群で、少品種少生産の試作工房として全力稼働をすれば、やはりあちこち、不満も出てくるというモノだ。昼間は使用されている施設、そこの手直しをするとなれば、できるだけ影響がでないように短時間に改良、修正作業をしなくてはならない。
モノによっては、交換機器一式を空間鞄に入れて運んで、丸ごと交換、本国に持ち帰ってメンテする、なんて荒技もしている程だった。
◆森エルフ族枠
【イズレンディア(調整組所属、ロングヒルの森エルフ護衛団代表)】
精霊使いの技を求める声は増えるが、外に出せる精霊使いはもう全員出て行ってしまった、そんな有様で、彼が今、腐心しているのは、対人交渉が不得意、或いは好きではない精霊使い達の話を聞き、不満を解消するという、精神医紛いの仕事だった。各国の樹木の精霊探索に回された精霊使いは同行するメンバー達との対人関係に悩み、ロングヒルに常駐している精霊使い達は、自然が足りない、歪だと文句を言うのだ。
対外交流の場にイズレンディアばかりが駆り出されているのは、代わりの人材の宛てがないからであり、長命種の森エルフだからこそ、次の人材が育つのなんて、いったい何百年後か、といった具合なのだ。
【森エルフの文官、職人さん達】
彼らは小国ということもあり、手に負えない部分は、可能な範囲のペースでやり切ると割り切っていた。出払っている精霊使いについては各人が対応するしかないし、ロングヒルの居住施設の改良も今いる職人が少しずつ進めていけばいい。焦る話ではないのだ、とそう思うことにしたのだ。実際のところは、過去に経験がないペースで全てが溢れてパンクしており、できる範囲でやるしかなくなっているのだ。まぁ仕方ない。長命種で頭数も少ないのだから急激な変化にすぐ対応できる筈もないのだ。
【ロングヒルに常駐している森エルフ狙撃部隊の皆さん】
突貫工事で作り上げた第二演習場の滞在施設は、長命種らしい森エルフの拘りによって、非番の時間にせっせと手を加えられて、ある程度納得できる域にまでは住み心地も改善したらしい。だが使われている木材の質、木目などにまで拘る彼らだから、あくまでも、ある程度、なのだ。ロングヒルは今後、弧状列島の多種族の交流拠点として、その地位を盤石のモノとしていくことが見込まれる為、彼らは好みの木材を得ようと、自身の国で苗木を育て始めたのだった。……気の長い話である。
◆天空竜枠
【雲取様(森エルフ、ドワーフを庇護する縄張り持ちの若竜)】
ここ一か月は、協力してくれた各部族を回っての報告作業に明け暮れて、ロングヒルからもすっかり足が遠のくこととなった。何頭かずつで部族を担当して回っていったのだが、身体が大きい分、全員が集って、などという訳にもいかず、少数での話し合いを複数回行うという形式となり、その分、時間がかかった。自分の巣に戻るのも久しぶり、などという経験は竜の文化からすればかなり稀なことであり、他の竜の縄張りを訪れて、族長の許しを得て巣で休ませて貰うなど貴重な経験も沢山積むこととなった。夜ともなれば、各部族の若竜達からも話がしたいと求められ、魔力を抑え、静かに着地する様を実演したりと、それはそれで盛り上がることともなった。なお、一か月程度だと竜族ならちょっと間が空いたか、といった程度の感覚である。
【雲取様に想いを寄せる雌竜達】
強力をしてくれた部族への報告巡りを手分けして行うこととなり、多くの成竜、老竜とも言葉を交わし、若竜達とも話をしたりと、それはもう忙しい一か月だった。雲取様の場合と違う点といえば、やはり、恋バナだろう。雲取様に対して七頭もの雌竜が好意を寄せる、というのはどの部族でも珍しい話のタネであり、激しい争いともならず、それどころか仲の良ささえ感じられるとあって、興味津々、あれこれ聞かれることとなった。彼女達もだんだん真面目に対応するのが面倒になり、色恋以外にも目を向けることは多い、と話題を他種族との交流やアキの事に切り替えて、上手く切り抜けることになった。それでも癇癪を起して、場を台無しにするような事はしないのだから、やはり育ちの良さというのはあるのだろう。
【福慈様(他より頭一つ抜けた実力を持つ老竜)】
彼女の目論見通り、雲取様と雌竜達は、かなり苦労させられたものの、大役を果たして、その存在感を強く示すこととなった。竜族の中に生まれる新たな価値観、閉塞感すらあった社会への新たな風を吹き込む策は成功したと言って良いだろう。アキが言い出した登山の話でも、自分達がやりたい、と熱意溢れる若い雄竜達が志願してきた。面倒で手間のかかる話にも果敢に取り組む姿勢は見どころがある。寿命が長いのだからと、なかなかやる気を見せず、待遇の悪さに愚痴を言う若竜もいる中、彼らの姿もまた、新たな変化を生むだろう、と今から楽しみだった。
【白岩様(雲取様の近所に縄張りを持つ成竜)】
アキと共に連邦を訪問し、彼のお気に入りである鬼人形ブセイも、高い力量を持つ兄弟子達と手合わせをして、武人として更なる経験を積んだことにホクホクしていた。それに縄張りからいつものコースをいつものように飛ぶのと、見知らぬ空を僅かな情報を頼りに飛んでいくのはやはり違いがある。縄張りを持つ竜達に話を通しておく必要はあるものの、連邦の空を飛んだこともまた楽しかった。
ブセイと兄弟子達の手合わせで見せた技の応酬は、直接の導入はできないものの、新たな飛び方へのヒントともなり、そちらも自身に応用して、新たな飛び方を見せてくれることだろう。
【黒姫様(雲取様の姉)】
世界の外について、世界樹と言葉を交わす日々であったが、現身を得た神、依代の君から、アキと対面する時に立ち会って欲しい、何かあった時にはフォローして欲しい、と打診が来た際には驚きを隠せなかった。本人は大真面目で、立ち会うのに相応しい技量と中立性、人格を備えていると認められたことはまぁこそばゆいが嬉しいところはある。だが、話を聞けば聞くほど、子供同士の喧嘩であって、わざわざ出向くのもどうかと思わないでもなかった。
ただ、依代の君の実力を考えると、懸念することもわからないではない。妖精族でも止められるだろうが、荒っぽい止め方ともなるだろう、と結局は引き受けることにした。
まさか、初手で消失術式をぶっ放すとは思ってなかったが、アキに影響を与えるほどではないと見切って、介入はしなかった。ただ、そうして余裕を持って見極める力量を、雲取様や雌竜達に求めるのは酷だろうとも考えるのだった。
それに実際に目にしてみれば、依代の君の在り方はあまりに歪であり、放置できるものではない事もわかった。世界樹との話も別に急いでいる訳ではないし、一か月くらい大した話でもない。信仰により形作られる神、それがいかなる存在か、まぁ興味もあるといえばある。
なので、対策が編み出されるまでの間、依代の君の面倒を見ることにしたのだった。ただし、対策を編み出す方はあまり興味が湧かなかったので、口を挟む気はなかったりする。
【アキと心話をしている竜達】
アキの心が癒され、心話も解禁されたことから、彼らは積極的に接触を行い、その様子を自ら確認して行った。そうして注意しながら心話をしてみれば、アキは一面では竜族に匹敵する力量を持つものの、心はまだまだ成長途中であり、幼竜を相手にする時のように、触れてよい範囲を注意すべきであることも理解できた。アキの方でも、簡素な社会構造を持つ竜族に、マコト文書の知をそのまま触れさせても碌なことにはならないと理解していて、開示範囲を制限しており、それは秘密とせず、理由も含めてちゃんと説明してたりする。
無邪気に心を触れ合わせていた時期は過ぎ去り、互いに相手の事を思いやって、必要なところだけ開示していく、そんな関係になった事に、竜達もある程度納得していた。幼竜だって親に隠し事くらいはするし、何でも話せばいいというモノでもないのだから。
それと、この秋に、各地で竜神子と交流を行う予定の若竜達については、所縁の品をロングヒルに運び込む作業も終了した。十六章では若竜達に短期集中教育を行う様も見れることだろう。
【他種族登山に名乗りを上げた雄竜達 New!】
炎竜、氷竜、鋼竜の名で呼ばれることとなった若い雄竜達は、始めは許可を得ればいいと軽く考えていたものの、あの福慈様がそんな甘い話にする訳がない、とアキに諭されて、その困難さを認識することとなった。やることが見えてしまえば、元々、熱量は尽きる事なく、聡いので、多種族を集めた登山検討会でも、かなり積極的に意見交換を行うことができた。注意したのは、竜達がリーダーとなって皆を率いる遠足ではない、ということ。便宜上の取り纏め役は選んでも、あくまでも皆が話し合って決める、というスタンスを崩してはいけない、と決まった。竜がトップダウンで決めると他の種族は反対しづらいからだ。リハーサルでは成竜達に凹まされたものの、本番ではきっと成果をもぎ取ってくることだろう。
◆人類連合枠
【ニコラス(人類連合の大統領)】
登山計画も、竜族より前に連絡が届いたことで、あれこれ検討することができた。三か所に登るといっても、それほど大人数で登っていく訳にもいかない。となると、人選はどうするのか、という話になったが、連合の二大国、テイルペーストとラージヒルは、それぞれが自身の息のかかった人物を推してきた。しかし、昨年までならそれで決まっているところだったろうが、今年は中小国もロングヒルに人材を派遣しており、多くを知ることとなった。単なる国同士の力学などという内向きの理論だけで人選をしてはいけない、と多くの国が共同で意見を提出してきたのだ。
結局、話は纏まらず、大統領預かりの案件となった。必要な人材とは、他種族を深く理解し、偏見や過去の軋轢にも拘らず大局を見据えることができなくてはならない。これはなかなか敷居の高い話であり、派閥力学の波にうまく乗れる程度の才覚では、まるで足りないのである。彼が求めた条件は、最低でも洗礼の儀に参加、或いはそれに近い経験をして、天空竜という存在をしっかり理解していることだった。何せ小型召喚体の竜からは圧を感じることはないが、その背後にはおっかない本体がいるのだ。これを忘れて軽挙妄動をしたりすれば、取り返しのつかないことになりかねない。他の種族にしてもそれぞれに矜持があり、許せること、許せないことがある。道無き道を登る能力の方はあって当たり前なのでそこで差は付かない。……結局、ニコラスは候補者達を集め、街エルフの協力を得て、選抜試験を行うことにした。仮想敵部隊の小鬼人形達まで動員したソレは、後に対外交渉役を選抜する際の基準ともなっていくのであった。
【トレバー(南西端の国ディアーランドのエージェント)】
連邦訪問の話や、魔獣生息地玉突き移動の件は、ディアーランドの地からはみれば遥か彼方の話なので、エージェントとしての彼に影響はなかった。ところが、「死の大地」を眺めに行こう、という登山計画、これは違った。参加者を送り出した国は規模に関係なく、存在感を増すことは間違いない。そしてトレバーは、エージェントとして必要な訓練も積み、実績もしっかり出している期待の人材でもある。ニコラス大統領が定めた、洗礼の儀に参加しているか否か、という部分もクリアしている。となれば、エントリーさせられるのは必定だった。ついでに選抜試験の内容把握と、参加者達との交流もしてこい、と本国は彼に期待を寄せるのだった。
【二大国の一つラージヒルのエージェント)】
裏工作に長けた彼らは、対連合の活動には熱心であったが、大国であるという自負もあって、規模の小さな森エルフやドワーフ、数十人しか現れない妖精達に対して、接触はしていたものの、あまり良い心象を与えることができていなかった。弧状列島の中の一勢力である人類連合、その中での大国という視点で観れば、彼らの大国意識が如何に陳腐なものかわかるというものだが、なかなかそういった根本的な視点の切替は難しいものなのだろう。登山計画に対して本国はエージェントを送りこむ指示を出したが、選ばれるかどうかというとまた別の話である。
【ナタリー(二大国の一つテイルペーストのエージェント)】
紫竜による魔獣生息域玉突き事件など、ロングヒルに近いこともあって、ラージヒルと比べると、テイルペーストの上層部はまだマシな思考をしていた。玉突き事件の対応は連合、帝国、連邦がそれぞれ人員を出し合って連携して対応をしているのだ。連合の中の一つの国に過ぎないテイルペーストでは、釣り合いが取れないと彼らは理解していた。だからこそ、連合内の力学で登山計画に人材を放り込もうとしながらも、求められる人物像も理解を示して、他種族との交流で実績を上げているナタリーに、参加してこい、と命じたのだった。
【エリー(ロングヒルの王女)】
アキの心が癒されたことで、やっと安定したかと思ったら、帝国を訪問し、連邦を訪問し、と休む暇なく飛び回っていて、姉弟子としてもなかなか頭が痛いところだ。理詰めでいけば、後々まで考えても良い策であり、安全性も担保できるのだから問題ない、と言いたいところだが、そう思えるほど、エリーもお花畑な頭はしていなかった。
アキが提案した登山計画についても、連合各国のエージェントがその真意を聞こうと、エリーの元に足繁く通うこととなった。真意も何も、ニコラス大統領を通じて、趣旨や参加者募集の条件なども示されており、それを読めばわかる、と思うのだが、彼らからすればそうではないらしい。
参加する者に連合が求める資質と、所属国が求める資質は異なり、きっと発案者のアキが求める資質も違うだろうと、まぁ、邪推した訳だ。人は相手に自分の姿を映して理解しようとすると言う。彼らからすれば、ちょっと手心を加えるだけで連合内の派閥力学も左右できる話なだけに「そんな細かいことはどうでもいい」というアキの思考が理解できなかった。
……という話を、そのまま素で伝えると波風立ちまくりなので、エリーは、それぞれの立場を考慮しながら、理解しやすい形で説明してあげることになった。まぁエリーの論法もまたシンプルではある。弧状列島の地図を三枚用意して、それらを説明して見せただけだが効果は絶大だった。一枚目は色分けされていない白地図、二枚目は竜の縄張りとそれ以外を色分けしただけの二色地図、そして三枚目は連合、連邦、共和国で色分けされた三色地図だ。白地図は統一後の弧状列島を意味しており、妖精族はこの単位でしか観ていない。二色地図は竜族の世界観でありやはりこの感覚でしか観ていない。そして三色地図も含めて三枚の地図を念頭に提案をするのが竜神の巫女、と言う訳だ。その上で、登山計画は竜族、妖精族も含めて全勢力から集った者達が行う共同作業と考えれば、三枚の地図に載っていない小さな話は、そもそも考えの範囲にない、と伝えたのだった。
彼らは、三枚綴りの地図を土産に持ち帰っていき、後に、彼らの国元からは丁寧な令状と謝礼品を届けられたが、更なる説明が求められることは無かった。
そんなエリーも、若竜と竜神子の出会いを前倒しにする件で、アキが自分から言い出すと、心象が悪くなるんじゃないかと難色を示したことには、心底笑いこけることになった。アキにとっては、弧状列島を三分する勢力への意見ではなく、あくまでもニコラス、レイゼン、ユリウスという三人への意見なのだ。後ろに繋がってる組織とか勢力なんてのは気にしてないけど、世話になってる人達に悪く思われたくはない、とは何とも子供っぽい。
でも、アキが、笑われた事に不貞腐れた態度を見せると、何か自分が抱えていた不満が、何だかちっぽけなモノのように思えてしまい、それらも含めて笑い飛ばしたのだった。
【ヘンリー(ロングヒルの王様)】
アキの連邦訪問や、登山計画の提案は、ロングヒルから見れば、粒度の大きな話であり、直接的な関係は無かった。絡もうと思えば、連邦は直接、国境を接する勢力ではあるし、他種族への理解という意味では、ロングヒルに一日の長があるのも確かだ。ただ、そこまで手を伸ばすつもりはなかった。ただでさえ、今でもロングヒルは多くを抱えすぎなのだ。もっと役割を減らしてもいいとさえ、ヘンリー王は考えていた。近々の悩みは、竜神子を抱える各国からの相談と、相手から貰う対価の件である。伝えることに違いはないので、伝える手間は三十カ国と言ってもさほど増えはしない。しかし、担当者から、貴重な情報を戴いたのでそれに相応しい対価を何かお渡ししたい、と問われると、即断できない悩みがあった。そもそも相手の国の情報もさほどなく、帝国や連邦に至っては、相手の国の地名だって知らないレベルだ。なので、彼はこの件を二人の王子に任せることにした。いずれ国を統治する身となれば、良い経験となるだろうと、まぁそう考えた訳だ。
【セシリア(ロングヒルの御妃様)】
アキに相談をした、王族同士の交流の話はいつのまにやら話が大きくなってしまい、しかも、サクサクと話が進んでしまい、困惑することになった。エリーからは「アキが竜族に相談するようなモノ」と慰められて、ある意味、納得してしまった。竜族がやる気になればそれは決定事項であり拒否権はない。そしてアキに相談するということは、即効性、実現性の高い案が示されて、きっとそれは拒むには魅力的過ぎて、結局それは採用されてしまうのだ、と。
今は、登山を終えた後、登山メンバー達の認識が各国へと広がっていった先を見据えて、交流組織の立ち位置や、交流の方法について私案を練ることにしたのだった。
【エドワード、アンディ(ロングヒルの王子様達)】
父から王命が下った。竜神子を抱える三十の国に、お礼の品として何が妥当か伝えるよう二人で考えよ、というのだ。酷い丸投げだと、二人して愚痴を言ったものの、いずれ王位を継げば、自分達で考えなくてはならないことに気付き、謹んで拝命したのだった。困った時には伝手を頼れ、ということで、連合内については大統領府に各国の基礎情報の提供を依頼し、家令のマサトには財閥の抱える情報の提供を頼み、帝国はガイウス、連邦はセイケンに情報をやはり教えて貰うのと、文化的に失礼がないのは何か、なんてことも含めて、教えを乞うこととしたのだった。
自分達にとっては当たり前でも、相手にとっては失礼なこともあるかもしれない。その発想に、ガイウス、セイケンの二人も好感を持ち、私見ではあると断りながらも、しっかりとした助言を伝えたのだった。
【ザッカリー(研究組所属、元ロングヒル国宰相)】
数多くの苦難を乗り越えてきたザッカリーではあったが、好奇心旺盛な若い雄竜三柱と、ロングヒルに集う全種族の代表達による登山計画検討会は、大変苦労するものがあった。言葉は通じるのに、話のすれ違いが多く、共同認識とするために、簡単なイメージイラストを用意してみたり、関係する道具を実際に出してみたり、使い方を実演したりと、やはり文化の違いを埋めるのは、並大抵の努力では済まなかった。しかも妖精族は忙しいので時間制限付きだ。
それでも、三日で何とか合意に至った訳だが、もう、暫くは面倒事はご免だ、とそう彼も思ったらしい。
そんなところに、依代の君の降臨と、研究組への支援依頼だった。要求内容は極めて高度で難度が高く、研究組に無駄なことをさせる時間的な余裕もない。幸い、ソフィアとトウセイの二人が全員を牽引する勢いでやる気を見せてくれた。ならば、全体の仕事を円滑に進める調整を行い、皆が全力を発揮できるよう支援するのは、マネージャーたるザッカリーの役目だ。
どちらに進むべきか分からない状態でアキを混ぜても意味がない。研究組が手札を示して、それらが集まった段階で、アキが全体を俯瞰して、マコト文書の知をもって、別の視点を示すから意味があるのだ。
アキは鬼札。しかし、単独では役は付かないのだ。
彼は研究組を集めて、神力の抑制・制御に向けた緊急プロジェクトの発足を宣言したのだった。皆が手札を出さなければマネジメントもやりようがない。先ずは忌憚なき意見を出すところからである。
◆小鬼帝国枠
【ユリウス(小鬼帝国皇帝)】
何かあるだろうとは思っていた。連邦訪問までは想定内だった。しかし、多種族が集って、「死の大地」を眺めに山登りをしようという発案は、いくらユリウス帝でも想像すらしていなかった。書簡を何度も読み返し、傍らに控えるルキウスにも読ませて、二人して深い溜息をついたものだった。
政で言えば、帝国が支払うコストはさほど高くない。相応しい人選を行い、登山装備を持って、決められた日時に参加者が竜族の縄張り内にある合流地点へと向かえばいい。その程度のコストで、弧状列島に住まう全種族の団結心が高まり、危機意識を共有することで、「死の大地」の浄化に向けた計画推進の助力ともなる。良い事尽くめだ。登山した事実、写真などの関係記録を元に、国内の政にそれを活用する策も色々と思いつける。アキ達の帝都訪問、その衝撃が残る今なら、増幅効果もかなり見込めるだろう。
……しかし、同時に、天空竜も含めて、皆で仲良くしようと示される中、代々の決まり事だからと、成人の儀として、連合に攻め込む帝国の姿勢に文句はでないか、と言えば、竜族も妖精族も表立って非難はしないが、不快には思うことだろう。そして、提案者たるアキは間違いなく、そこまで解った上で提案してきているのだ。
だが、提案内容からして、竜族も賛同することだろう。やる事自体は、山に登るのを認めること、小型召喚体となった三柱の竜がそれぞれ同行すること、この二点だけなのだから。ならば率先して賛同することで、この件を活かしていく以外に選択肢は無かった。
【ルキウス(護衛隊長)】
帝都訪問を終えたアキが、今度は連邦訪問を行ったと聞いても、それが共和国訪問の焼き直しと知って、まぁ、アキならそれくらいやるだろうと達観した境地に達していた。訪問された連邦はきっと帝国のように、意識の変革が起きたことだろう。そうなれば、連邦はこれまでより能動的に動くかもしれない。彼が考えたのはその辺りまでだった。
ユリウス帝と諸王達の秘密の会合によって、諸王達は討伐すべき勢力ではなく、共に帝国を盛り立てていく仲間となった。各地に暴発しかねない過激派がいるのと、帝国全体の在り方が変わっていくことへの抵抗がどの程度あるか、という問題があり、それをどう対処するか、策を考えていた。
そこに舞い込んできたのが、多種族が集って、竜の縄張り内にある山に登って、「死の大地」を皆で眺めようという登山計画だった。確かに各種族がせいぜい数名の人材を派遣するだけであり、夏山であれば、そこまで危険性もない。
……だが、アキ以外の誰が提案したとしても、こんな話が通るとは到底思えない夢物語に過ぎなかっただろう。人と小鬼は混ぜるな危険、劇物なのだ。普通なら双方から、参加なんてまっぴらごめんだ、と拒絶されるだけである。縄張り内を皆で山登りしたいです、などと成竜に相談を持ち掛ける? 頭おかしいんじゃないか、と。鬼族に「死の大地」が見える地まで連合領を横断して参加してくれ、というのも色々と無茶振りだろう。
しかし、アキが提案すれば、竜、妖精、街エルフ、鬼、森エルフ、ドワーフは賛成に回るのはほぼ確定だ。そうなれば、人と小鬼が参加しないと言えるだろうか。相手に来るなと表立って言える筈もなく、示せるのは自身が参加するか否かだけ。ここで不参加と言い、相手が参加すれば、一人負けだ。何とも理不尽な手口であり、秋に再会した際には、振り回される者の大変さを少しでも伝えようと固く心に誓ったのだった。
【速記係の人達=ユリウス帝の幕僚達】
アキが提案してきた登山計画は、否と答えようがない為、賛成の回答が返されることとなった。幕僚達には、計画の事前調整と登山を終えた後に取りうる策、それと登山が与えるであろう影響についての検討が求められた。
アキの打った手は関係者を集めて話をしたのと手紙を書いた程度、そして関係する各勢力が支払う資源も僅かなものではある。だが、その効果は絶大としか言いようが無かった。弧状列島に住まう全種族が共に映った写真一枚を新聞の一面に出すだけでも、臣民に与える精神的なインパクトは計り知れないものがあるだろう。アキ達の帝都訪問の余韻冷めやらぬ中での更なる一撃だ。
彼らは速記係としてユリウス帝の後ろで、アキと対面していたからこそ理解していた。きっとアキはすぐできて効果がありそうだから登りましょうか?って軽い気分で提案したんだろうなぁ、と。
彼らは、持ち前の優秀さを十全に発揮して、皇帝が選択しうる手札を揃えてみせた。
……だが彼らは薄々感付いていた。今用意した手札も、登山が終わる頃にはきっとそのままでは使えなくなってるに違いないと。そしてその直感は当たりだった。
【ガイウス(研究組所属、小鬼チーム代表)】
彼は遠慮しない若竜の熱意と高い知性に衝撃を覚えていた。村程度の簡素な調整の仕組みしか持っていないのに、説明を受ければ、帝国の統治機構もすぐに理解してしまう聡さと、無尽蔵とも思える知識欲は、燃え尽きるように生きる小鬼族と称される彼らをして、誰か手綱を握ってくれ、と切望するレベルだった。それでも、アキが三柱の暴走を止めて、心話で基礎的な交流部分の知識を伝えてくれたからこそ、その後の打ち合わせもスムーズに行えたのだ。それらが無ければ、今頃、関係者は全員、心身共に燃え尽きていたに違いなかった。
ただ、そんな彼も、本国への報告書を書く時に、自然と筆が重くなっていた。本国に届いているのは連邦訪問と登山計画の提案まで。そして、今回書いているのは、登山計画を詰めた結果、依代の君の降りた件、そして若竜と竜神子の交流前倒し提案なのだ。……なんでこんなに増えたんだ、と嘆く怨嗟の声が聞こえる気がするのだった。
【ユスタ(小鬼研究チームの紅一点)】
登山計画の検討にも小鬼族はチームで参加し、当然だがユスタもその中にいた。竜神子としての立場も持つユスタは不安を感じていた。皆が雄竜達を交えてあちこちに話が飛びまくりながら、ザッカリーの手腕によって話の筋を脱線しきる前に戻して、検討を進める様子を観て、総力戦とも言える状況に対して、各地の竜神子は僅か数人のサポート要員だけを手勢に立ち向かえと言う訳だ。
……可能だろうか? 何も問題は起きないだろうか?
その問いは意味がない。絶対無理としか思えなかったのだから。聞いた話では、雄竜達は、若竜の中でもかなりマシな方だと言う。マシな方でコレだ。彼女はガイウスに対して強く意見した。秋に若竜、竜神子、国の代表の全員が当日に初顔合わせをするのは、失敗しろと言うようなモノだと。
そして、ガイウスもまた、その意見には頷くところしか無いのだった。
【小鬼の研究者達(小鬼研究チーム所属)】
研究者としては大変ではあるが充実した日々を過ごしていた彼らだったが、いきなり消失術式をぶっ放してきた依代の君の姿と、神官達の心をガリガリと言葉で削る様、そんな存在に対して、神力の漏洩防止・力の制御を行う術式や魔導具を創れ、と言われたのは、一瞬、意味がわからなかった。
一か月以内に宜しく、という言葉にも、そもそも神力なんて全然知らないぞ、と戸惑いの方が大きかった。
そんな彼らだったが、ソフィアがこれだけの逸材が揃ってれば何とかなると言い放ち、トウセイが竜や妖精が安全を担保してくれるのだから、先ずは基本の観察からしていきましょう、と提案したことで、意識を切り替えることができた。
どれだけ無茶で、道筋が見え無かろうが、次元門構築だって話は同じだ。ならば、仕事の手順は変わらない。じっくり観察して、何か糸口を見つけて、検討し、検証し、再現性のある術式や魔導具を創って、望んだ結果を掴み取る。言ってみれば、それだけなのだ。ならばやってみよう、そう虚勢を張れるくらいには、彼らもロングヒルの空気に染まっているのだった。
◆街エルフ枠
【ジョウ(ロングヒル常駐大使)】
帝国が終わったら今度は連邦か。相手から乞われた事とは言っても、そのフットワークの軽さにはもう乾いた笑いしか出てこなかった。一般的な外交官としての立ち位置からすれば、まるで近所に遊びに行くような気分で、まともな国交とて無かった国に降り立つ、というのは想像の範疇外だった。
同様に、外交官というのは基本的に本国と相手の国の二カ国を仲介する役処だ。そんな彼からすれば、全体の過半数の合意が得られる提案をして残りにどうするか迫る、そんなアキの手口はやはり、理解の範疇を超えるものがあった。いや、夢想だけならできなくはない。ただ、それを可能とするだけの政治力というモノがあり得ないと理解できるだけに、すぐそんな実現性のない話は心のゴミ箱に捨てるだけだった。
そして、素の竜族や多くの種族と共同の計画を立案するということが、これほどの難事になるとも想像できなかった。というか、普通はそこまで共通基盤が無かったら、短期間の合意形成など狙わないモノである。しかし、合意に至ることができた。関係者の膨大な尽力があった、それもある。しかし、もっと大きな前提があったからこそ、合意できたことを忘れてはならない。
それはシンプルなこと。
各種族が集い、宿泊をするなどして意気投合した上で登山して、皆で山頂から「死の大地」を眺めて、記念写真を撮る。……それだけを前提とし、過去の軋轢とか、精神的な葛藤とか、政への影響とか、そういった諸々は、交流できる人材を確保して、後の影響は各勢力がそれぞれ考えればヨシと割り切る、そんな大前提をアキが示したからこそ、合意に辿り着いたのだ。
登山を平和裏に終えさせるために支払われる膨大な資源は、直接的に登山に関わる人々の数百倍、数千倍に達するに違いない。不俱戴天の仇と共にする平和などあり得ないと考える過激派達は決して少なくないのだから。
ただ、まぁ、ただの大使がそこまで壮大なことを考えても仕方がないのも事実だ。それよりは若竜と竜神子の事前交流推進の方が急ぎの案件だろう。こちらは確実にこのままだと何か起きてしまう、起きないと考える方が無茶、という有様なのだから。
【ヤスケ(ロングヒル駐在の長老)】
連邦訪問はともかく、登山計画とそれに絡む、鬼族達の共和国への寄港は悩ましい問題だった。登山自体は、場所的に共和国への直接的な影響はないが、鬼族の帆船が寄港するとなれば、嵐の際の避難港の確保も求められるとなれば、国防上の話となってくるからだ。
尤も、相手がいつの時点の情報を掴んでいるか理解していれば、それを逆手に取って嵌めることも可能なので、そこまで情報封鎖に拘る必然性は低い。間近で鬼族の帆船を眺める機会を得られるとなれば、港湾設備関連の情報と比べても十分お釣りがくるだろう。
ただ、全種族が揃った山頂での記念写真、これがどんな政治的なインパクトを生むのか読み切れなかった。街エルフの場合なら、若手は歓迎、年配層は竜が共に映っていることへの嫌悪感を示す、といったところだろうか。竜以外の種族が並び立つ様子は歓迎できるだけに、全体としてはプラスの効果は出るだろうが……。
【街エルフの長老達(本土にいる面々)】
アキがふらりと連邦領を訪問したことで、共和国と連邦が同列に扱われていると感じてショックを受けた人々が出て、その対応に追われることになった。直接、アキと会っている長老が二人いることもあって、アキが本質的にどういう思考をしているのか、それを長老達は理解している。
だが、街エルフは基本的に引き籠り気質で、仲間内だけで団結してきた歴史がある。それだけに、仲間である街エルフや魔導人形達に向ける思いと、他種族に向ける思いは並び立たない、という認識が根底には流れていた。
そこにきて、アキはどの種族も特別視せず同列に認識している、というのだから異質なことこの上なしだ。
長老達は、アキが多くの魔導人形達と共に、街エルフらしく訪問したことで、街エルフとしての姿勢を強く打ち出した点を示して事態を収拾した。別に嘘は言ってない。ただ、長老達も別の意味で驚いてはいた。
あのミアの妹なのだ、ならばこれくらい普通だろう? と長老達は誰もが自然とそう考えていたからだった。むしろ、事前に相談をしてくるし、悪い影響も特に見当たらない、姉二人に比べれば、かなりマシな方だと。
ちなみに、この時点で、長老達はリアがアキの行動に感化されて、自分はちと常識的過ぎた、もっと自由に動こうなどと言いだしているとは知らなかったりする。知らないことは幸せなことでもある。
【ファウスト(船団の提督、探索者支援機構の代表)】
帝国、連邦の所有する帆船の情報を得てから、艦隊行動の検討をしていこうと考えていたら、何故かこの夏に連邦の帆船が共和国の港に立ち寄ることになった。要約すればそういう話だが、ファウスト船長もこの話の展開には、かなり驚いた事だろう。沿岸海域地形図を提供するのか、水先案内人を派遣するのか、という話はあるが、それにしても長老達も随分思い切った決断をしたものだと。
それでもせっかく船乗り同士、交流する機会を得られるのだから、この機会に話を詰められるだけ詰めていこうとは考えているところではある。ある程度、方針が見えてくれば、細部は自ずと決まってくるものだからだ。
【船団の皆さん】
海外に探査に向かい、交易に向かっている船団の面々は、故郷で一体何が起こっているのかと混乱と焦燥感に苛まれていた。いつのまにやら弧状列島では、三大勢力が帆船を持ち寄って艦隊を組んで「死の大地」の調査を行おうとか、鬼族の帆船が共和国に立ち寄るとか、そんな話が出ているからだ。ファウスト船長は、まだ確定した話じゃないとか、今は任務に集中しろとか連絡してきているが、外に出ている彼らからすれば煽っているようにしか感じられなかった。
ファウスト船長の性格からして、そんな気は一割くらいしか入ってないとは思うのだが。
三大勢力の帆船群をどう運用していくのか、その辺りも多分、十六章で語られることだろう。
◆その他
【ソフィア(アキの師匠、研究組所属)】
アキの教育方針もどうするか暗中模索状態にあったが、現身を得た神、依代の君と名乗った存在を観て、そのヤバさに頭を抱えている状況である。駄々洩れな神力を何とか抑え、依代の君が感情の変化で、周囲に神罰をばら撒かないように何とかしろ、研究組ならできる、などと無茶振りされたからだ。勿論、この惑星全域を探したって、ロングヒルに集っている研究組の面々以外にそれを為せるとは思っていない。竜族と妖精族も危険性に気付いて、交代で一か月程度は面倒を見てくれると言ってくれているから、それが期限となる。
十六章では、そんな研究組の悪戦苦闘ぶりも明らかになってくるだろう。
それと、アキが、依代の君が抱えている大きなストレスとして、ミアがいないこと、ミアが自分を観てくれないこと、を挙げたが、それはアキ自身にも言えることであり要注意と考えている。それでもソフィアは師として、何があっても見捨てない、大丈夫、何とかしてやる、というスタンスを変えることはない。そんな彼女だからこそ、暴走しがちなところはあっても慕う者も多いのだろう。
【街エルフの人形遣い達(大使館領勤務)】
ここ一か月で本国での調整を終えて、多くの荷物を抱えて彼ら、人形遣いの工房主達はロングヒルの大使館領へと帰ってきた。本国並みの作業を行えるようになった工房は、これまでよりもストレスなく、訪れる魔導人形達の問題を解消していくことになるだろう。
そんな彼らだったが、彼らの技術を結集して創り上げた鬼人形ブセイが利き腕を骨折して帰ってきたのには心底驚いた。ブセイから兄弟子達と手合わせをした顛末を聞き、長老達に掛け合って、正式ルートで対戦記録の入手を連邦に求めることともした。
まさか、鬼人形が大怪我をするなどとは思っていなかったために、本国から急遽、予備部品を取り寄せることにもなった。何でも過剰に備える街エルフだけあり、ほぼ全身一式の予備パーツは保管してあったので、修理自体は部品が届けばすぐに終わることになった。
破損した部品は徹底的に調べ上げられて、更なる改良や、新たな鬼人形創りに活かされることとなるだろう。
【連樹の神様】
ヴィオがアキとやり取りしている手紙の中で、「マコトくん」が依代に降りたこと、その後の対応などを聞き、二人に顔を見せにくるよう神託を伝えた。これは身近なところに降りた神と挨拶を交わそう、といった趣旨のようだが、それだけでもないらしい。十六章でその辺りは明らかになるだろう。何せ、神が来い、と望んだのだ。答えは「はい」しかあり得ないのである。
【ヴィオ(連樹の巫女)】
アキが心を病んだ事もあって、ヴィオとの手紙のやり取りは互いに、相手の負担にならないようにと気を使いつつも、それなりの頻度で続いている。やり取りした内容は、連樹の神も興味を持つので、「マコトくん」が依代に降りて、自らを依代の君とした件や、初顔合わせの際の出来事を伝えたのだが、そこで神から神託が降りた。「二人で顔を見せよ」と。連樹の神も依代の件では関係していただけに、事の顛末を知りたいのだろうとヴィオは考え、アキにも都合の良い日に連樹の社に、依代の君と共に訪れるよう伝えたのだった。
【連樹の神官達】
ここ一か月は、雌竜達も各地の部族巡りをしていたこともあって、連樹の社を訪れることがなく、平穏の日々が訪れていた。ただ、それは一時の凪に過ぎず、また変化の大波が訪れるだろうと悟っていた。そしてヴィオに対して下された神託によって、今度は現身を得た神、依代の君がアキと共に連樹の社を訪れることが決まった。騒々しい日々がまたやってくるのか、と言いつつも、誰からともなく笑みを浮かべていたことに気付き、彼らも自分達の変化を嬉しく思うのだった。
【連樹の民の若者達】
意識して見てみれば、他の種族もそうだが、ロングヒルの民との交流もまた得るものが多く、彼らはすっかり世界の見方が変わったこと、広い視点を持てるようになったことを楽しんでいた。いつまでも変わらぬ連樹の里での暮らし、それは尊いと今でも考えているが、何もせずに激動の世にあって、それが何もせずとも保たれ続けると考えるほど、気楽に考えることはできなかった。そして、変わらず続けるべき暮らしと、変えていくべき意識をどう両立すべきか、彼らなりに考えることにもなってきたのだった。
【世界樹の精霊】
黒姫が訪れると互いに思念波を使った言語化されない交流を重ねる日々が続いている。この前渡した枝で依代を創り、信仰を拠り所とする神が降りて、その影響もあって、黒姫がやってくる頻度が少し減った。ここ一か月ほどは雲取も来ない。とは言ってもそこは植物、時間感覚は長命種のそれと比べても更に長いので、そう言えば最近来ないなぁ、と行った程度。そんな世界樹の様子も十六章で少しは描写される……と思う。
【樹木の精霊達】
魔獣の生息域変更問題は、身動きの取れない樹木の精霊達にとっては深刻だった為、魔獣対応チームの実力が知れ渡り、居場所の確定した樹木の精霊達との交流チームも次々と投入されていくと、それまでの交流の無さが嘘のように、地の種族と樹木の精霊達の交流や、樹木の精霊同士の交流も広がって行っている。本島内については今年の秋までには、あらかたの地域について調査が終わることだろう。樹木の精霊達には、統括するような組織は存在しないので、全ては個別相談ということになる点がややこしい。また、時間感覚も人とはかなり違うので注意が必要だろう。
【マコトくん(マコト文書信仰により生まれた神)/依代の君】
世界樹から渡された枝を元に依代が三体創られ、そのうちの一つに遂に降りることに成功した。神降しの集団術式は、マコト文書信仰を担う神官達にとっても、初めて行う高難度が儀式であり、それが成功したのは、神官達の信仰、結束の強さによるところが大きいが、彼らに対して、許容範囲ギリギリまでの加護を予め与えていたと言う事も大きかった。
依代という現身を手に入れた「マコトくん」は自らを、依代の君と呼ぶよう皆に告げた。これは、信仰の対象としての名で呼ぶのは混乱を招くこと、それと本人も語っていたが、信仰によってそうあれと願われた「マコトくん」と、現身を得た依代の君は、源流は同じでも既に異なる流れとなった為であり、それを明確にするための命名であった。
こうあれと願われて確立している存在なだけあって、よく言えば筋が通っている、悪く言えば頑固で認識を曲げないところがあり、これも本人から伝えられている。
膨大な神力を行使する存在であるために、ふとしたことで、相手に致命的な結果を与えかねない点は自他共に極めて危険と認識している。取り敢えず一か月間は竜族か妖精族が常に共にあって、自らの力を制する加減を学んで貰うことになった。
依代の君としては、庶民派で温和な性格と自認しているのだが、普通、いくら相手が嫌いでも、消滅術式を叩き込んだりはしないモノだ。相手がアキだから、まぁいいか、とぶちかましただけで、軽いじゃれ合いではあるのだが……怪獣同士がそこらで仲良く格闘ごっこなんぞをすれば都市が壊滅してしまうのと同じで、巻き込まれる側としては堪ったものではない。
なお、本人もまだ降りてから二日目なので、実際のところ、現身を持つことがどんな意味を持つのか、問題となるのかは認識していない。その辺りは十六章ですぐ影響が出てくるので明らかになるだろう。
【樹木の精霊ドライアド探索チームの探索者達】
特段問題もなく、順調に予定をこなしていく日々であり、予定通り冬の前には、本島内の樹木の精霊達の探索、連合領内については完了して、冬にはその報告書書きに終われることになるだろう。
【多種族による「死の大地」観察登山の参加者達 New!】
各勢力への通達も行われ、それぞれの間で参加者の人選が行われている。特に人類連合と小鬼帝国は、対峙しても穏便に対応できる、自らを制することのできる者であり、更に竜や妖精、鬼などとも交流できる、柔軟な心の持ち主でなくてはならないとあって、人選にはだいぶ苦慮しているようだ。衝突が起きても妖精族が同行しているので、何か仕出かす前に簡単に鎮圧はできるだろうが、それでは意味がないのだ。
竜族も同行するが、小型召喚という形であって圧がないので、暴発を防ごうと睨みを効かせても、いつものようにはいかないだろう。もっとも、小型召喚体の背後には恐ろしい本体がいる、と忘れるほどの阿呆なら、そもそもこの試みには向いてない人材ではあるのだが。
【邪神、祟り神(「死の大地」の呪いに対する呼称)】
ここ一か月の間は、「死の大地」の北東方面の呪いの濃度を高めたシフトに変化はない。呪いにとっては外からの刺激に対する反応があるだけなので、ここ一か月は新たな刺激は無かった、ということなのだろう。とはいえ、呪いについて、人々はあまりにも無知であり、その詳細は何もわからないと言っても過言ではない。十六章では呪いの研究チーム発足などもあるので、呪いの関する研究も少しずつではあるが進んで行くことだろう。
【マコト文書の神官達 New!】
神の命により高難度な集団術式を用いて、「マコトくん」を世界樹の枝より創り出した依代に降ろすことに成功した。その経験は彼らにとって正に信仰上の最高の時であったと言えよう。だが、その翌日には、依代の君と自らを命名した元「マコトくん」は、流れが分かれた川はもう同じ川ではないと告げて、彼らを大いに苦悩させることになった。極秘の任務でもあり、達成した偉業を多くの信者達から讃えられるようなこともない。
そして、彼らは能動的に振る舞う己が神の姿にも困惑していた。彼らが漠然とイメージする「マコトくん」とは見守る存在であり、本当に悩んだ時にそっと背を押してくれる、そんな振舞いをしてきた。それがいざ、現身を持てば、寸暇を惜しむように、相手の心の迷いにわざと手を貸して揺らし、悩む姿に、お前達ならできる頑張れ、と後押ししてきて、では私はやることがある、其方らもやることがある、また会うこともあろう、さらばだ、と区切りを付ける。
……なんか違う。
そう彼らの心に思いが沸き起こったとしても、それを責めることはできないだろう。ただ、彼らも契約術式の縛りを受け入れることで識った、アキの正体。その性格や振舞いに目を向けてみれば、きっと気付くに違いない。
あー、こいつら、根は一緒だわ、と。
今はまだ、依代の君が示した試練、己が心に向き合え、とされた命で心が一杯だが、いずれ少し冷静になり、ダニエルからアキのこれまでの振舞いや言動を知っていけば、何か悟ることになるだろう。マコト文書に描かれている「マコトくん」のそれとあちこち符合しまくってるのだから。聡い者はミアがわざと秘した部分がどこなのかも気付くかもしれない。そこで非公開のマコト文書に手を伸ばすことを求めるか、否か。それもまた彼らにとって信仰を試される試練となるだろう。依代の君ももし相談されれば、知ることは罪ではない、目を背けることが罪なのだ、とかなんとか言って、決断は本人に委ねるだろう。良い性格である。
【心話研究者達 New!】
ケイティとアキの心話も複数回実施され、安定してきたが、対雲取様という意味での熱意は薄れた。小型召喚体であれば、負担なく言葉を交わすことができるからだ。しかし、それならプロジェクトは規模縮小していくことになったかといえば、それどころか規模拡大、参加種族増となった。
アキが誰とでも心話を行えるのは、魔力が完全無色透明の属性を持つからなのか、それとも別の理由があるのか、言葉を介さない心話の特性、危険性、可能性についてもっと深く知るべきではないか、との機運がどの種族からも上がってきたからだ。
研究組ともメンバー構成はかなり被るものの、他種族との心話、というのは、どの種族でも殆ど試されてはこなかった。幸い、ロングヒルには多くの種族が集っているので、心話の相手には事欠かない。その為、アキの知らないところで、膨大な数の心話が行われて、新たな知見を得るのだった。この辺りの詳細な話は十六章で明らかになっていく事だろう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
思った以上に十六章で起こるイベントが多いですね。まぁいつも通り、アキが認識した範囲だけ描写することになるので、さらりと数行程度で触れられるだけで終わったり、或いは触れられることすらない話も出てくるでしょう。
次の投稿は、四月十七日(日) 二十一時五分で、第十六章スタートです。