15-26.若竜と竜神子達の交流促進提案
前回のあらすじ:依代の君の消失術式と、竜族の竜爪や空間跳躍はどうも根本原理は似た感じのようです。ただ、そこに手を出すのは専門家にお任せしておきます。幸い、これ以上ない専門家が参加してくれてますからね。(アキ視点)
師匠達との話も終わり、いつも通り、寝るまでのルーティンをしたけど、今日は、依代の君からの手紙はなし。まぁ、彼はボクと違って起きて居られる時間に制限がないからね。返事が一日遅れになるのは仕方ないところだ。
それで翌朝。
それなら、昨日の分の手紙を読もうかと思ったんだけど、これにはケイティさんから待ったが入った。
……というのも、今日は今日で急ぎの相談が入っているから、先ずはそちらから片付けて欲しいのだそうで。
それで、朝食を終えて庭先に行ってみると、出迎えてくれた面々は珍しい組み合わせだった。
昨日に引き続きエリーがいるのはいいとして、セイケン、ガイウスさん、ジョウ大使ときた。
「珍しい集まりですね。ちょうどよいメンバーなので後で、若い雄竜達とじっくり登山計画を練った時の感想とか教えて貰えます?」
「丁度いいのは、正にその件について相談に来たからよ。人族からは私、鬼族はセイケン殿、小鬼族はガイウス殿、街エルフはジョウ大使、それと妖精族からは翁が参加している感じね」
エリーがこの人選になった理由を教えてくれた。
「ロングヒルにおける、竜族を除いた全種族の代表ってことだね。ヤスケさんを外しているのは、立場を揃える為?」
「そうだ。頻繁に参加されているので誤解されがちだが、あの方は三大勢力代表に比肩する立ち位置だ。今日はその方々に意見を言うべきか相談しよう、という趣旨の集まりになる。だから街エルフの意見を述べるのは私なのだ」
ジョウさんが答えを教えてくれた。
なるほど。
「それでエリー、相談って何? 登山計画はちゃんと纏まったし、雄竜三柱も後は、許可を求めて現地に向かうだけだったと思うけど」
「そちらはアキの言う通り、もう算段を付けたから心配してないわ。今日の相談は、秋に各地で行われる竜神子達を介した、地の種族と竜族の約束の取り交わしの件よ」
「あぁ、そっち。昨日も言った通りそろそろ本腰を入れて活動をしていく時期とは思ってたけど」
「アキが雄竜達に本番前のリハーサルを勧めたでしょう? そして実際、それを行って色々と気付きもあった。そして私達は思ったのよ。各地の若竜達にも秋の本番に向けて、事前準備をさせるべきじゃないか、と」
そうは言うけど、エリーの口調は、させないと不味い、という危機意識に満ちたモノだった。
◇
「セイケンは、どこが危ういと感じたの?」
「私が危ういと感じたのは、ロングヒルでの交流と違い、立ち会う者、つまり妖精族がいない点だ。若竜も、竜神子も、地の種族の現地の代表達も、誰もが始めての試みであり、何が起こるかわからん。そして何か起きては不味いのだ」
ふむふむ。
「当日行う儀礼の手順を予め関係者に伝え、若竜にボクが心話で交流のイロハを伝えたとしても、まだ足りないって事だね。慎重になる気持ちはわかるけど、追加で行える事って何があるのかな?」
「アキ様、そこは竜神子が両者を繋ぐ儀礼、そこにまだ工夫の余地があると考えたのです。秋に行う儀礼で竜と地の種族の代表が対面する、これは事前にリハーサルを行うようなモノでもないでしょう。しかし、若竜と竜神子はどうでしょうか」
ガイウスさんが面白い視点を示してくれた。
「つまり、本番前に若竜と竜神子が何回か会って互いを知ることで、より本番をスムーズに進行させようって事ですね」
「そういう事じゃ。紅竜殿に三大勢力の代表が不戦の誓いを立てた際にも、事前にアキや我々と紅竜殿は多くを語り合い、互いをよく知ることとなった。もし、アレが誓いの場で、それまでまるで接点のなかった別の竜が来たならどうじゃったか。恐らく、もっと無用な緊張が高まることとなったじゃろうて」
お爺ちゃんが補足してくれた。
確かに、初見の竜がどれだけこちらに配慮してくれて、思念波で意図がそれなりに読めても、次にどう思考するか想像がつかないのはかなりリスキーな話になっていただろう。
「それは言われてみればその通りだったね。竜神子さん達も一人で竜と対面する経験なんてしてないし、確かに色々と準備不足のぶっつけ本番状態だったと思う。えっと、ケイティさん、竜神子さん達って思念波から竜の感情は読めましたっけ?」
「大まかな感情は把握できると伺ってますが、アキ様のように細かいところまでの把握はできないようです」
ふむ。
「竜の表情とか気分、どこに意識が向いているとか、その辺りが手探りだと確かに厳しいかも」
「アキ、そもそもそんな風に的確に竜達の顔色を伺うのなんてリア様だって無理と話されていたわ」
「そうだっけ? 雌竜さん達と心話とかもやってると言ってたから、その辺りはできるものだとばかり思ってた」
むむむ。
「竜神子達は、竜の前に立てるというだけで、アキのように竜の振舞いや思念波から感情を理解するには、自身が担当する一柱に絞って場数を踏んでいくしかないだろう」
だからこそ、事前に何回か会わせるのだ、とジョウさんが締め括った。
聞いた感じだと、特に問題なさげだけど、登山計画の話し合いを経て、その結論というのがちょい気になった。
「ボクは立ち会ってないけど、登山計画の話し合いってそんなに揉めたの?」
そう話を振ると、全員、お爺ちゃんも含めて、あれは大変だった、と徒労感混じりに頷いてきた。
それぞれから話を伺ったところによると、互いに相手について知らないことが多いせいで、話し合いは頻繁に横道に逸れて、話の流れを戻して、ゴールに向けて進めていくのにザッカリーさんがかなり尽力することになったそうだ。
何せ、雄竜達は見ること、聞くこと、始めてのことばかりで、大変強く興味を示してくれる、その事は悪くないのだが、どこで話を切り上げて本流に戻すか、かなりの試行錯誤を経ることになったらしい。
「これまで、ロングヒルにやってきた竜達との交流経験を持つ面々が集まってソレですか」
「相手が三柱纏めてだった、というのはあったと思うわ。ただ、それでも初見で、竜神子が若竜の溢れる好奇心を上手く御することができるかといえば、無茶だと言うのが私達の結論よ」
エリーが無理、私だって独りでなんて絶対無理、と心情を吐露した。
話を整理してみよう。
秋の儀礼に向けて、今考えている支援だけじゃなく、若竜と竜神子の交流も進めておこうって事だね。
とても良いことと思うけれど、なら、皆がこうして集まった理由は何だろう?
「皆さんがこうして集ったのは、竜神子支援機構の代表としてのボクに、各地での交流を差配しろって事かな? スタッフさん達に竜神子さん達には連絡を入れて貰って、若竜達には心話で連絡をしてけば調整はできるけど」
そう話すと、エリーがちょっと待て、と止めに入ってきた。
「待って! それだけならこうして集まる必要なんて無いわ。私達が相談したいのは、竜神子達のいる国への働きかけをアキから行って欲しいからなのよ」
ふむふむ。
「ここに集った皆さんからの連名で各勢力代表に話すより、竜神子支援機構として、事前交流が必要と思うんですよ、と伝えた方が話が通りやすいって事だね」
んー、ちょいと地図に示して貰おう。
「ケイティさん、すみません、ちょっと秋に約束を取り交わす地を全国地図にプロットして貰えますか?」
「ピンを立てれば宜しいですか?」
「勢力毎の色分けもお願いします」
やっぱり、こういうのは対象をしっかり認識して話をしないとね。
◇
それから、少しベリルさん達にも手伝って貰い、弧状列島全図に共和国、連合、連邦、帝国の四色に分けられたピンが合計三十か所ほど示されることになった。
「さて。こうして観てみると、共和国は狭いから問題ないけれど、三大勢力は首都から離れた地が多いから、いきなり若竜が訪問するから、竜神子さんをフォローしてあげてね、と言っても話がスムーズに行くとは限らないかも」
何せ、竜族と直接的な接点を持たない地域が大半だ。
「そこで、アキから、各勢力代表に対して、事前交流の必要性を説き、その実施がスムーズに行くよう動いて欲しい」
セイケンは、ボクから伝えれば安心だ、って感じの表情でそう語った。
むむむ。
「どうしたの? 何か問題に気付いたの?」
エリーが心配そうに聞いてきた。うん、まぁ問題と言えば問題なんだよね。
「えっとね、これはボクの問題なんだけど、ここのところ、立て続けにあれこれ提案してきたから、またボクから言うと、話は纏めて言えって怒られそうだなぁ~って」
何せ、ユリウス様やレイゼン様とも会ってきたばかりなのに、帰ってすぐ、また新しい話を振るのは、いくらなんでも、気後れするってものだ。
そう話したら、何故か、皆が笑い出した。
「えー、ちょっと、結構、重要な話ですよ」
「はいはい、悪かったわ。雄竜達がやってきたのは連邦から戻ってきた後なのだから、アキが先に問題点に気付ける訳はないわ。私達が竜神子支援機構に対して連名で意見書を提出して、それにアキが署名を行い、私信を付ける形で各勢力の代表に提案するというのはどうかしら?」
エリーは、アキでもそんなこと気にするのねー、なんてお腹を抱えて笑ってる。
「色々とお世話になってるし、あんまり心証を悪くしたくはないよ。ボクの方からは心話で予め若竜に伝えておこうと考えている内容の箇条書きを提示するのと、今回の件は各勢力が足並みを揃える必要もないから、竜神子の要望も踏まえて、それぞれの地域でどう対応していくか返事を貰うって事でどうかな? 共和国と連邦はまだしも、連合と帝国は各地域の独立性が強い分、竜が先に訪問して見せる意味もあると思うんだよね」
「意味?」
「戦争抑制の足しになるかなって。秋の収穫を終えてから戦争しますよ、と帝国は宣言している状況だけど、連合も帝国も殆どの地域では、竜が実際に地の種族との交流を行う方針とした事への実感が薄い気がするんだよね。各地で洗礼の儀をしなくても、実際に竜が降り立てば、遥か上空を飛んでるだけの過去とは違うって意識も芽生えると思うんだけど」
エリーとガイウスさんにどうかと問うと、二人ともそれはそうだと頷いてくれた。
「それでは、意見書の原案と、アキの私信もこの場で決めていこう。それが纏まった段階で、ロングヒル王家、ヤスケ様、シャーリス様に最終確認をしていただいた上で、竜神子支援機構から提案文書を送る流れとするんだ」
ジョウさんの提案に異論はない。
「そこで修正指摘がなければ大丈夫でしょう。それでは――」
それからボクは、他の方々からより安全側に倒した策としたいとの意見が届いたので、というスタンスで話を纏めようと結構頑張った。……頑張った。ただ、話しているうちに、若竜達に直接、心話で他の誰に邪魔されることなく話を持っていける時点で、影響とか考えるのは今更じゃないか、とエリーに突っ込まれて凹むことになった。
竜族ですら、今回の秋の儀礼に携わる全ての若竜と接点を持つ者はおらず、しかも心話で深いレベルで意思疎通まで行える時点で、多少増減しようとボクの影響力は他の全てより大きいのよ、と言われればその通り。
せめて、各地の竜神子達を差し置いて、ボクが前面に出過ぎないよう注意していこう……そう思った。
◇
ちなみに、依代の君からの手紙は、丁寧な絵日記になっていて、賢者さんの特徴を捉えた顔とか、神力を向けて障壁で弾かれた様子などが描かれていた。研究者気質な賢者さんの果てなき探求心には彼も圧倒されたようで、賢者さんの口振りや自身に向けられた感情、それに自身が何を感じたのか、なんてことが色々と書かれていた。
なので、焦らず、その日にやることを決めて上手く切り上げて逃げる事とか、ボクが観ている賢者さんの印象とかをあれこれ書き記した。ボクが見る面と、依代の君が見る面はきっと違っていて、でも、そんな多面的な在り方こそが面白いだろうとも。
改めて書いてみると、転ばぬ先の杖とあれこれ言いたくなるけど、ソレをしたら彼の為にならないから、返事の手紙に何をどこまで書くのかは、寝る直前まであれこれ悩むことになった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
十五章は今回でラストです。
今回は、三大勢力+共和国に対して、若竜と竜神子の事前交流を促す提案をしよう、という相談が調整組の面々から持ち込まれてきました。彼らも若い雄竜三柱に対してとても苦労しましたからね。こりゃ不味いという認識にもなるというモノでしょう。依代の君との手紙、というか絵日記を用いたやり取りも始まりました。彼にとっては鉛筆を使った素描であっても「得意である」とされてはいても、実際に描くのは初めてなので色々と思うところもあったと思います。
次回からの投稿予定は以下の通りです。
SS④:鬼族から見たアキ達の連邦訪問(前編)三月三十日(水)二十一時五分
SS④:鬼族から見たアキ達の連邦訪問(後編)四月三日(日) 二十一時五分
第十五章の人物について 四月六日(水) 二十一時五分
第十五章の施設、道具、魔術 四月十日(日) 二十一時五分
第十五章の各勢力について 四月十三日(水)二十一時五分
第十六章スタート 四月十七日(日)二十一時五分
<雑記>
本作の初回投稿日が2018年03月27日だったので、本パートでちょうど4年経過となりました。長い時間ですが過ぎてしまえばあっという間な気もします。作品内だとまだ1年経過なんですけどね。