15-14.空から眺めた連邦領(後編)
前回のあらすじ:時間もないのでちゃっちゃと、レイゼン様との会談を始めました。空から眺めた連邦領について、好印象な部分をちょいと話して、あと洗礼の儀、ブセイさんの手合わせと意見交換しました。次は問題点。話し方は気を付けないとなぁ……。(アキ視点)
「次は悪かった、気になった、そんな話だ。アキの事だ、色々と気付いたんだろう? 遠慮しなくていいぞ」
レイゼン様が侮蔑は許さんが、なんておっかない笑みで、さぁ話せと迫ってきた。勿論、そんな真似はしないと思うからこその軽いジャブで、落とし所もちゃんと示してくれてて優しいね。
「それでは、空から眺めて気付いた点をざっと話しますね。日本を思い起こさせる大規模な施工が多くありましたが、メンテナンスの手が追いついてないと感じました。計画半ばと思える処もちらほらあったので、銃弾の雨の人口減少の痛手が癒えてないのでしょう。田畑も敢えて手を入れず放置しているところがありました。輪作かとも思いましたが、残り具合からすると、消費量に合わせた生産調整だけではなく、生産者の人手不足もありますね。水害の跡地を見ると、流木などもまだ片付けられておらず、これ迄の気象データからすると、切れた堤防の修繕までで手一杯な――」
簡潔に話していたのだけれど、レイゼン様がそこまで、と止めた。
「帝国の報告書を読んで、そこまで解るかと半信半疑だったが、偽りなしか。帰ったら帝国の時と同様、報告を纏めて送ってくれ。うちの連中にもいい刺激になるだろう」
どうもシセンさん、ライキさんも同じ感想のようだ。まぁ、そう言うなら、ここまでとしよう。
「時間も無いから単刀直入に聞くが、連邦は、鬼族は何をすべきと思う? 一言でいい。こちらでも検討して、秋に再会した時に答え合わせとしよう」
ほぉ。
それはまた面白い試みだね。ふむふむ。
「ぱっと思い付くのは、①他種族を深く知り、鬼族について改めて識ること、②婚活、③マコト文書の知を活用して、今あるインフラの傷が浅いうちに修繕して長持ちさせよう、くらいですね」
「①はまぁわかる。他の種族と比較する事で新たな気付きもあるだろう。②は減った人口を増やせ、これもいい。だが、③で、マコト文書の知は具体的には何を指すんだ?」
ん、それは確かに言葉足らずだった。
「例えば、谷を渡している橋なら、どこが傷んでるか調べるのも大変ですよね? 高所での作業だから安全対策も必要です」
「そりゃそうだ」
「そんな時に、妖精さんのようにフワリと飛んで、好きな角度、距離から、或いは打鍵検査なんかも出来たら、劇的に調べる手間も時間も短縮できて安全性も確保できます」
「つまり、アレか。空を飛んで調べる魔導具を作れば、足場を作る手間を省けるって話か」
「トンネルの崩落を防ぐ為の検査も同様ですね。打鍵検査にせよ、魔術で壁の奥を透かすにせよ、低い位置も、手の届かない位置も調べるのは大変です。そこはそれに特化した魔導具を使えば、スピードアップできます。あと、熟練の技を身に付けさせるより、同じ技を実現する道具の使い方を教える方が楽ですから。調べる速さが百倍、千倍となれば、悪化する前に手が打てます。傷は浅いうちに癒せ、です」
そう話すと、レイゼン様は少し考えてから口を開いた。
「それは道路や水道、ガス管でも同じか?」
「調べ方は違いますけどね。より手間を掛けずに、素早く、傷が小さなうちに見つけて修繕する、という方針は同じです。魔導具をどう使いこなすか。多分、必要最低限で安価な魔導具を用いるなら、小鬼族の知見が役立つでしょう。逆に街エルフは品質が過剰かもしれません。①他種族を深く知る、に絡む話ですね。手持ちのカードで何ができるか、足りないなら、足すカードはできるだけ少なくしたい。そんな話です」
先ずは他種族の持つカードの把握からですね、ってゲーム感覚で話すと、鬼族の三人とも、何か達観した眼差しをこちらに向けて来た。
「何か?」
「いや。セイケンが人手が足りないと陳情してくるのも解る、と思っただけだ。翁、確か、妖精の国は、マコト文書の知を得るのを敢えて抑えているのだったな?」
「うむ。儂らにはロングヒルを通じて、こちらの種族の話を聞くだけでも、目新しい事ばかりで手が回っておらん。そんな有様で、手を広げても混乱するだけじゃよ。それにイズレンディア殿も、多くの試行錯誤の末に得た知見を先に知ると、困難を切り開く力が鈍ると話しておった。儂もそう思う。少し遠回りでも、確実に風を掴んで飛ばんと、流されるだけじゃよ」
お爺ちゃんの話に、鬼族の三人も感じるモノがあったようだ。
「アキの示した話と、いずれ送られてくる報告書を元に、こちらでも検討してみよう。二人からは他に何かあるか?」
先ずはレイハさんか。
「洗礼の儀でのアキの語り掛けは、三回目と言う事もあるが、とても慣れていたように思う。演説や芸人の語りとも違い、それでいて時間通りに話を進める手際など、完成度の高さも感じた。何故だろうか?」
ふむ。こっちは電波がまともに使えないから、ラジオ番組とかも無いんだったね。
「日本の話ですが、電波を通じて不特定多数、例えば、連邦全域に声を届けるラジオの仕組みがあって、不特定多数に何となく耳を傾けて貰い、時折流す音楽を楽しんで貰ったりする番組を放送してるんです。身近な人に話すように、少し感情豊かにしてみたり、相手の反応を待って、間を開けてみたりと、確かに対面しての話法とは違いますね。僕が慣れてるように見えるのは、そうした文化に慣れ親しんでいて、手本となる話し方が頭に入っているからでしょう」
朝なら元気よく、おはようと話し掛けて、夜には静かな語りにするとか、時間帯によっても、話し方を変えるとか、美声な男女が多いけど、中には特徴的な声や語りを売りにする人もいたりするとか、流行りの歌を流すとか、補足してみた。
「長年の文化を手本としているからか。ありがとう。後はマコト文書抜粋版を読んでみよう。ラジオの話もあったが、今の話を聞くまでは、いまいち想像できずにいたんだ」
ん、力になれて何よりだ。
次はシセンさんか。
「後一ヶ月程で、アキがロングヒルに現れてから一年になる。この一年で世の在り方も大きく変わった。そこで、アキに問いたい。今はまだ変化に民が気付いた段階だが、世が元に戻ることなく、大きな変革を迎えるまでには、後どれくらいの時が在るだろうか?」
むむ。なかなか難しい相談だ。
「その問いの世の範囲を取り敢えず、弧状列島に限定しますね。他の地域はまだ、理論魔法学の専門家を探そうとしてる程度で新たな動きはありませんから」
「……それでいい」
なんか戸惑いのような表情がチラリと見えたけど、まぁいいか。
「「死の大地」の呪いも除外します。全容もその行動原理も何もかも不明で推測できません」
シセンさんもそれは当然と頷いてくれた。
「今年の登山でも多少は変化が生まれるとは思いますが、劇的な変化が生まれるのは、帝国での防疫・医療体制を見直した新都市で新生児が生まれて、一年後くらいでしょう。新生児の一年後の死亡率が半減するだけでも、小鬼族からすれば驚天動地の出来事となって、彼らの人生観、世界観は不可逆の変化を迎えます。早ければ数年後ですね。あと、そんな彼ら、同じ世代の仲間の多くが共に成人を迎えるのは、その十年後です。神に選ばれずとも、幸運を噛み締めなくとも、生きて大人となる、そんな世代の誕生です。その十年後には、そんな死生観を持つ親の世代に育てられた、多くが生きて成人する世界しか知らない世代が成人を迎えます。三段階目まで行けば、今の小鬼族とはまるで別種じゃないかと思えるような社会、思考になってても不思議じゃないでしょう」
指折り数えて、そんな話をすると、シセイさんだけで無く、レイゼン様、ライキさんも表情が強張った。
おや。
「数年後、とは流石に盛り過ぎではないか?」
シセンさんもそう言いながらも、僕の答えを予想しているようだ。
「空から眺めた感じだと、小鬼族は貧しい分、再利用は徹底している感じでした。それと町中はキレイな感じでした。糞尿を無害化して肥料にする流れができて、上下水道の質を高めて、早めに診察、診療できる病院と、清潔で十分に目が行き届き、栄養にも気を配った保育施設を作れば、それを運用するスタッフが揃えられれば、ある程度は達成できます。そして、帝国全土は無理でも、優秀な人材を一都市分だけ揃える程度なら、十分に手が届きます。不足気味な医薬品や医療器具、栄養補助サプリなどの消耗品は、軌道に乗るまでは街エルフから提供を受ければいいだけですから。どこまで自前でやるか、まず走らせてみて、少しずつ自前に切り替えるか。ユリウス様なら、貰えるモノは貰って、運用しながら改善し、自主運用に切り替えていくと思いますよ? だから早ければ数年です。治水は鬼族の手を借りて行うとして、遊水地や堤防も重要な所から作っていくだけでも、それなりの効果は期待できますよね?」
何度も舌戦を繰り広げた相手だけに、ユリウス様がどう動くか、アリアリと想像できたようだ。
何とも渋い顔をしてる。
<アキ、そう意地悪な事はするでない。掻き集めて手を届かせた頂上と、それを支える裾野は同じではあるまい?>
おっと、白岩様に窘められてしまった。
「危機意識を持って貰おうと思ったんですが、ちょっと煽り過ぎでしたね。ごめんなさい」
謝ると、レイゼン様が取りなしてくれた。
「変化に対しては、鬼族はまず見極めようとするが、小鬼族はある程度わかったら試してみる、その意識の差は、この一年で十分学んだからな。で、裾野を広げるのには、あちらではどれだけ掛かったんだ?」
流石、レイゼン様。的確な問いだ。
「日本でも百年前には貧しくて身売りをするのが珍しくなく、水も井戸水や雨水に頼るところも多くありました。途中で大半の大都市が焼き落ちたり、人口の何割もが死傷する大戦もあって、そのまま順調とは行きませんでした。なので、ざっと百年と考えると良いと思います。その倍はかからないし、その半分も無理でしょう」
「だが、無計画に広げれば、維持する手間で首が閉まる。あちらはどうなった? 確か弧状列島と大差のない国土に一億を超える民がいるんだろう?」
「手が行き届かず荒れ果てた国道は、酷道なんて言われる有様で、地震もないのに、老朽化した水道橋が崩壊したり、水道もあちこち漏水してたりと、生活を支える基盤のあちこちに手が行き届かなくなってました。そしてどんどん作り直すだけの国力もないので、今ある基盤をできるだけ長持ちさせようと、手間を掛けずに基盤を調べて、傷が小さいうちに治す、そんな取り組みが始まってました」
僕の説明に、レイゼン様は笑った。
「ほぉ、あちらでもまだ始めたばかりで結果は出てないのか」
「身の丈に合わない設備を抱えた国は、いずれそれを維持できなくなり、右往左往しているうちに潰れていきました。身の丈に合うように小さく纏める事で、長らく栄えた国もありましたけどね。日本だと、内戦も久しく行われない太平の時代には、老朽化した城壁を、不要として取り壊して木々を植えて代わりとした、なんて例もあります。そして、目に見えて壊れる前に調べられる技術に手が届いたのはつい最近です。なので、これまでの歴史よりは、維持費用を少しは節約できるでしょう」
「他人事とは思えぬ話だ。手入れをしなくなったら、家も道も傷むのは早い。為になった」
シセンさんも取り敢えずは納得してくれたようだ。
◇
それから、帰り支度を纏めて、賢者さんが市民層の妖精さん達を喚ぶ為だけに現れたりと忙しかったけど、ロングヒルへと戻る時間になった。
「来月には、また皆がロングヒルに集う予定だ。山登りをした連中の話も聞ける事だろう。元気でいろよ」
レイゼン様がそう言って送り出してくれた。
「はい。皆さんもお元気で!」
「市民達の交流記録も忘れんようにのぉ」
<良き時を過ごせた。では帰るとしよう>
大勢の市民層の妖精さん達や、レイゼン様達に見送られて、僕達は連邦の地を後にした。
とても良い旅だった。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付きにくいので助かります。
連邦領を空から眺めて、気付いた問題点等について色々と話し合われました。
人口が多い間にそれに合わせたインフラを整備して、銃弾の雨の時代に大きく人口が減ってしまえば、まぁメンテが行き届かなくもなりますよね。
と言う訳で、せっかくある田畑も耕作する者がなく放置されていたり、道路も傷んでたり、土砂崩れで通行止めだったり、水道管が老朽化して水漏れがあったりと、現代日本で起きてるインフラ問題は連邦でも、直近の問題でした。
まぁ、これは日本に似た国土開発の方向性だからこそ気付けたところも多かった感じで、もしアキが妖精の国を空から眺めても、観光客程度のコメントしかできないでしょう。
次回の投稿は、二月十六日(水)二十一時五分です。
<雑記>
シナリオのネタがぽんと頭に浮かんであれこれ考えていて、気付いたら風呂で2時間。創作系あるあるネタではあるんですが、出ようと立ち上がった際に頭がくらくらしたのはヤバいと感じました。危険なのでこの悪癖は何とかしないと……。
<おまけ>
新機能「いいねボタン」が2022年2月1日に実装されました。認知度が低い気がするので、二月中の投稿はこの紹介を書いておくことにします。良かったら気軽にクリックしてくださいませ。貰えると執筆意欲がチャージされます。広告下に出るので気付きにくい位置なのと、ログインしないと押せないのがネックでしょうか。デフォルト状態がOFFなので、作者が意図的にONにしないと有効にならず、定期更新してる作品でもOFFのままのものも多い感じです。