2-32.新生活七日目③
前話のあらすじ:小鬼族達の作る外洋船に関するお話でした。
魔力の感知訓練は、いつも通り行うけど、目新しい進展はなし。
どうしたらよいものかと考えていたら、館の上、展望台のところにベリルさんがいるのを見かけた。天体望遠鏡を使って何かやっているようだ。
「ケイティさん、展望台に行ってもいいですか?」
「いいですよ」
あっさり許可してくれた。 嬉しいけど何故だろう?
「アキ様、気になると、訓練に集中できないでしょう?」
そう言われると確かに。
階段を上がって展望台へ。ベリルさんは、屈折式の天体望遠鏡を使って太陽を観測していたようだ。赤道儀式で、太陽を自動追尾してくれる仕掛けもついている。太陽投影板がついていて、クリップで固定した紙に、太陽の黒点や白斑を鉛筆でスケッチしている。
邪魔をしては悪いので、その様子を終わるまで眺めていた。
「アキ様、どうされたのでスカ?」
スケッチを終えたベリルさんは、テキパキと望遠鏡を片付けを終えると聞いてきた。
「ちょっと訓練してたら、ベリルさんが観測していたのが見えたので、ちょっと見に来ました」
「天体観測に興味があるのでスカ?」
同好の士を見つけた、と言わんばかりに、ちょっと前のめりになって、目を輝かせる様が可愛い。
「もちろんです。宇宙と聞いてワクワクしない男の子はいない、というくらい、地球では大人気なんですよ。あ、もちろん、女の子も好きな子は好きですよ」
僕の話を聞いて、ベリルさんはスケッチ帳を取り出す。
「例えば、太陽の観測スケッチですが、こういったものはどうでしょウカ?」
そういってベリルさんは、スケッチ帳をぱらぱらと流して見せてくれた。一日分では黒点の位置しかわからないけど、毎日の観測記録をパラパラ漫画の要領で眺めることで、こちらの太陽も自転していることがわかる。
「いいですね、こっちの太陽も自転しているんですね。やっぱり、黒点の増減も周期性があったりするんでしょうか。それと季節や気温との変動の関連性とか、それとそれと――」
あー、聞きたいことが一杯あるんだけど、何を聞けばいいだろう、やっぱり地球にはない魔力の変化あたりかな。
「アキ様、知的好奇心を満たすのは後にしましょう。いずれ、ちゃんと時間を設けますので」
前のめりになったところを、ケイティさんに引き戻された。いけない、確かにその通り。ベリルさんの仕事を邪魔するのも良くない。
「ベリルさん、いずれ、いろいろ教えてください。太陽と月の変化と魔力あたりの話が特に聞きたいです」
とりあえずリクエスト。
「わかりまシタ。資料を用意しておきマス」
ベリルさんの了解も得られてホクホクな気分だ。
……あんまり浮かれ過ぎて、ケイティさんに呆れられてしまった。
◇
昼食は今日は父さん、母さんは不参加だ。人員探索のほうで動いてくれているらしい。
今日は、野菜たっぷり味噌味の拉麺、それに杏仁豆腐というメニューだった。スープの味が強いから、太めの縮れ麺がスープに絡んで美味しい。野菜を一緒に食べることで、味付けは丁度良くなる感じだ。杏仁豆腐のつるんとした食感もいい。ボリュームもあって、お腹一杯、烏龍茶を飲んでしばらくのんびりする。
聞いてみると、調理したのはアイリーンさんで、父さん、母さんからレシピを教わったらしい。皆の反応を見て喜んでいた。
「遠距離通信が難しいこちらでは人探しと言っても、情報をあつめるだけでも結構な日数がかかると思ったんですが、違うんでしょうか?」
「新たに情報を仕入れるなら、それは時間がかかるさ。何ヶ月、下手をすれば何年も。だが、これまでに蓄積した情報を探すのなら、資料室を漁ればいい。二人はそのための手続き、人員の手配、関係者との調整に奔走している訳だ」
「なんだか大事になっているようで、申し訳ないです」
自分ではできないことだから仕方ないけど、やっぱりお願いしてばかりというのはバランスが悪いと感じてしまう。
「だが、遠慮する気はないんだろ?」
「それとこれは別ですからね。申し訳なく思うし、二人には感謝しますが、僕からは宜しくお願いします、できれば最速で、と頼むだけです」
「ブレないね」
リア姉も苦笑してるけど、ここは譲歩できない部分だ。
「時間との勝負ですから。作業はできるだけ誰かにお願いして、僕は常に少し余裕を確保しないといけない、と考えてます」
「その考え方はとてもいい。やはりミア姉から?」
答えはわかっているだろうけど、念のため確認する、といった感じだ。
「はい。僕の、助言者はミア姉ですから」
困った時も、どちらに進むべきか迷った時も、悲しい時も、楽しい時も、いつも最も近い位置にいて、見守っていてくれていたのはミア姉だ。
「我々、街エルフは多くの魔導人形を従えて活動するという点から見れば、個人会社とも言える。だから、常に組織全体を束ね、指揮する者としての視点は欠かせない。だから――」
「『握った手では何も掴めない』ですよね」
ちょっとだけ僕もミア姉を真似て、教わった言葉を口にした。
「――良く覚えているね。そう、『握った手では何も掴めない』だ。アキも何度も言われたのかい?」
リア姉も真似て笑った。
「それはもう何度も。終いには、作業を抱え込み過ぎたな、と思った時、ミア姉の言葉が頭を掠めるくらいに」
「手はいつも空けておくこと。……わかってはいるんだよ、私も」
「『丸投げと任せることは違うんだよ』ですよね。その匙加減がまた難しくて」
僕とリア姉は、ミア姉のことを思い出して笑い出した。
まるで、今まで一緒に過ごしてきたかのような気がして嬉しかった。
いるはずの人がいない、そのことを強く感じて胸が痛かった。
◇
午後の訓練は、武器を一通り扱った後、鬼族が使う塔盾を括り付けた標的の前に移動した。
「相変わらず大きいですね。今日はこの扉相手に何かするんでしょうか?」
盾だと言われた今でも、あまりに大きくて金属製の扉にしか見えない。
「サバイバル術が必要な事態、それは護衛がアキを護り切れず、逃亡をするような切羽詰まった状況を意味する。ここまではいいだろうか」
「はい。そんな事態は起こって欲しくないものですね」
「同感だ。そして護衛の仕事というのは、そんな『もしも』に備えるというものになる。それで、こんな塔盾を構えた鬼族に襲撃された場合を想定すると、先に説明したほうがいい話がある」
「逃げる方向とか、逃げ方とか……じゃなさそうですが、何でしょう?」
「こいつを構えた鬼族を相手に、我々が戦う羽目に陥った時に使う装備があるんだが、かなり癖があるものだから、予め説明しておかないと混乱することが考えられた訳だ」
「やっぱりそういうのがあるんですね。普通の刀剣類や、クロスボウガンで戦うのは厳しそうだと思ってたんです。どんな武器何ですか?」
「半端な攻撃では、鬼の塔盾を貫くことはできない。そこで開発されたのが、この投槍だ。決して触らないように。戸建住宅並みの超高級装備だからな」
そういって、空間鞄から取り出されたのは、槍先、柄、石突に至るまで精緻な紋様で覆い尽くされた槍だった。
ジョージさんの身長より少し長めで、かなり頑丈そうだ。
「投げる時は、投槍器を使って、必ず目標に対して水平に投げる」
「投槍って斜め上に投げて、山なりに飛ばすんじゃないんですか?」
「ただの槍ならそうなるが、こいつには加速術式が刻まれている。投槍器で十分な速度を与えられると、加速術式が発動して、ただひたすら速度を増して直進するようにできている。槍先には障壁の中和術式が刻んであって、貫通力は抜群だ」
「クロスボウガンと違って投げた後、徐々に加速していくということは、最低攻撃距離とかあるんでしょうか?」
「いい質問だ。そう、こいつは離れ過ぎても当たらないが、最大火力を出すためには、ある程度の加速距離が必要だ」
そういって、ジョージさんに連れられて距離をとる。だいたい防竜林の四区画分くらい離れたところだ。
「かなり離れましたね。こんな距離からだと、狙うのは難しそうですが」
「だから、こんな訓練用の投槍が用意されている。まず魔術付与されていない投槍を使い、高い技量を持つと認められると、訓練用の投槍を使うことが許可される。こいつは本物と違い、中和術式はついてないが、加速術式は刻んである。こいつで九割程度命中させられるようになって初めて本物の投槍を使うことが許可されるんだ」
ジョージさんは、黄色いテープを巻かれた形だけそっくりな訓練用投槍も見せてくれた。先端の穂先に描かれている紋様が本物とはだいぶ違う。
「これは衝撃吸収の効果がある術式が刻んであるんだ。訓練で的に当たるたびに壊れたら困るからな」
なるほど。確かに本物と違い、それこそ何十回、何百回と投げられるのだからそんな工夫も必要か。
「これで訓練をしてからですか。使い捨てで、自宅を投げつける武器と思えば、それくらいハードルが高くなるのも納得です。それでジョージさんが投げて見せてくるということは、高い技量を認められた人ということですね。凄いです」
確かお金持ちな米軍ですら、対戦車用ミサイルは成績優秀な人でないと、試射は許可されないとか言ってたし、似たような話だろう。
「まぁ、本物の投槍を初めて投げた時は嬉しかったのは確かだ。だが、本当のところ、こいつを使う奴は貧乏籤を引いたようなものだ」
ちょっと疲れたような眼差しで遠くを見つめる様すら絵になる。大人!って感じだよね。
「必殺の一撃を放つ、よい役どころと思えますけど」
「演劇ならそうだろう。だが、実戦となれば、投槍使いは一番の人気者だ。鬼族を一撃で殺害しうる武器を持っているとなれば真っ先に狙われることになる。それにアキは、この距離で遠いと感じた訳だが」
ジョージさんが、訓練用の投槍で足元を叩く。
「鬼族なら、この距離を重装備のまま十秒かからずに駆け寄ってくる。つまり、全力で投げて、近接戦闘用に武器を持ち換えた頃には、もう目の前に殺意に満ちた鬼が迫ってきているということだ」
以前見た鬼人形が、駆け寄ってくる状況をイメージして、首を竦めた。暴走トラックが迫ってくる感じかな。立ち向かおうという考えすら湧いてくる気がしない。
「それは、その、確かに貧乏籤ですね。それで、ジョージさんは戦闘で使ったことがあるんですか?」
「幸い、これを鬼族というか、生物相手に投げたことはなかった。俺が投げたのは、ある国の城門だった」
「海外で探索していた頃の話ですね」
「そうだ。まぁ、色々あって、軽いジャブを打って、本気でやるか意志を確認しようという話になった。で、城門めがけて、仲間たちと投槍を何発か打ち込んで風通しを良くしてやったんだが、おかげで、話がスムーズに纏まったよ」
「なんとも文明的な話し合いですけど、力を誇示しないといけないようなことって多いんですか?」
「国によるとしか言いようがない。まともな国もあれば、海の向こうから来たことが理解できない国もあった。内戦状態で交渉できるような相手がいない地域もあったし、戦争に手を貸せと言い出すような王もいた」
「竜の脅威に晒されていない国はどうでしたか?」
「小国が乱立して戦国時代といった感じだった。地域を統一した巨大な国家でもあるかと期待していただけに、あれは残念だったな」
「竜が襲ってこないだけでも他の地域に比べれば圧倒的に有利でしょうに」
「おかげで、人同士がじゃれあう暇があるのさ」
竜の脅威に晒されているからこそ、期待も高かったに違いない。ジョージさんも軽口を言ってるけど、とても残念そうだ。
「巨大国家は存在しないんでしょうか」
「さて、我々もまだ手を伸ばしていない地域は多い。うまいことやって巨大国家成立ということもないとは言えない」
「ジョージさんはどちらだと?」
「内陸部なら、大きな国家があっても不思議じゃないとは思っている。沿岸地域もあと二十年もすれば探索し終えるだろう。さて、これから、投げるが見逃さないように」
「はい。お願いします」
ジョージさんが示した位置まで下がり、一挙手一投足を見逃さないように注意したのを見て、ジョージさんが、投槍器に投槍をセットして構えた。
緊張感で空気が張り詰める。
それは奇妙な光景だった。ジョージさんが振りかぶって投げた投槍は、投槍器の補助を受けて、空を切り裂いて投げ出された。光り輝く投槍はそのまま、下に落ちることも、左右に逸れることもなく、ぐんぐんと速度を上げて飛翔していき、遠くに置かれた扉のような塔盾に当たると、交通事故のような轟音を立てた。
歪んだ塔盾が括り付けていた柱ごとバランスを崩してゆっくりと倒れる。
「お見事です、ジョージさん。ただ、思ったより地味ですね」
遠いこともあって、轟音といっても、それほどでもなかったと思う。ただ、想像より大きな衝突音に、首を竦めてたのを見られて、苦笑して誤魔化した。
「珍しい感想だな。そうか、地味か」
「火柱が上がることもなく、爆発するでもなく、盾に衝突しただけに見えたので」
「なんで爆発するんだ? ああ、そうか。あちらだと歩兵用大型武器は火薬の爆発力を使うタイプになるからか」
「そうです。当たると轟音と共に土煙が上がり、目標は爆発炎上するんですよ」
「それは、目標に可燃物が積んであるからだと思うが、こう考えてみてくれ。投槍の目的は、分厚い盾を貫通して、背後に隠れている鬼を倒すことだ。だから、盾を貫通する時にロスは少ない方がいい」
「そうですね。そもそも盾がなければ、鬼に突き刺さる訳ですから、ロスがなければ最高だと思います」
僕はジョージさんに連れられて、倒れている塔盾に近付いた。
凹んで変形している扉盾だけど、ただ歪んだだけじゃなかった。見ると手が通るほどの大穴が空いている。
「この通り、盾を貫通した投槍は、盾に阻まれることなく石突に至るまで通り抜けて、盾を縛り付けてあった柱を破壊しているだろう?」
僕の体より太い木の柱に大穴が空いてへし折れていた。
「これは、凄まじい威力ですね。城門に穴を開けて風通しを良くしたというのも納得しました。これは、盾を貫通してもなお威力十分な投槍が、柱を破壊したんですね」
「その通り。貫通しても槍としての形状、性能を維持しているからこそ、柱を破壊できた訳だ。必要なところに必要な威力を叩き込む。合理的だろう?」
「考えてみれば纏もどきで宇宙に到達するくらいだから、運動エネルギー弾系が発展するのは当然かも」
「運動エネルギー弾?」
「火薬の爆発力で破壊するような武器ではなく、投石器や銃のように、勢いをつけた物体の持つ運動エネルギーで貫いたり破壊するような弾を区別する言葉です。地球では火薬を用いて高温の金属噴出を一点に集束させることで、この柱くらいの厚さの金属板を貫通するような弾もあるので」
「こんな厚さの装甲を溶かして貫通するのか? 時間がかかりそうだが」
「いえ、火薬の爆発で勢いを増した金属の流れを一点に集中することで、超高圧状態を作り出すんですよ。金属は超高圧下では液体になるので、超高圧がかかったところだけ穴が空きます。それで超高圧で液体化した金属が装甲を貫通すると、背面を襲うことになるので、相手は手酷い被害を受けるんですよ」
「金属が熱して溶けるのならわかるが、圧力をかけただけで液体化するものなのか?」
「圧力といっても1ギガパスカルとかの物凄い圧力なので、日常生活ではお目にかからないレベルですよ」
「ギガパスカル?」
「えっと、中身が空の金属容器を水中に沈めるとある程度のところで水圧にかかって潰れるでしょう?」
「ああ、真空の力って奴と同じだな。空気中も空気の重さがかかっていて、その力は思いの外強いものだとかいう」
「はい。で、防竜林の五倍くらいの深さまで潜ると十気圧アップで、それが一メガパスカル。ギガはメガの千倍なので、その千倍潜った時の圧力相当ですね」
「とにかく物凄い圧力が必要だということはわかった。火薬を使えばそんな真似もできるのか」
「とても煩いですけどね。あと冷間鍛造法はこちらでも使われてるんじゃないんですか? 地球では百年くらい前から使われてる技術ですし、あれだけ立派なライフル銃を量産しているのですから」
「冷間鍛造法? 鍛造法というと金属を叩いて加工する奴だろう?」
「はい。それを常温の金属に対して行うんです。物凄い圧力をかけて変形させていくので、できた銃身は持てないほど熱くなっているそうですよ」
「済まない、生産工程は詳しくないんだ。ドワーフの連中に話を聞いておくんだったなぁ」
「金属加工と言えばドワーフですものね」
「そういうことだ」
一通りの訓練が終わった後の空き時間に、昨晩考えた子供向けサバイバルの話について話してみた。
僕が予想していた以上に食いつきが良く、二人して、想定される読者層は、自分自身である程度、対策を考えられるくらい、小学校高学年以上としたほうがいいとか、季節は冬は避けたほうがいいとか、思いつくままに話をして結構、盛り上がった。
次回の投稿は、七月二十二日(日)二十一時五分です。