15-7.セキュリティから見た鬼族の暗殺者対策
前回のあらすじ:セシリア様の悩みも、皆で山登りして海の向こうの「死の大地」を眺めれば解決、なんて感じで、思いついた話をあれこれしてみましたが、やっぱり他人に話すと頭の中が整理できていいですね。その内容があまり尾を引かない、スパッと区切りがつく内容ならなお良しです。(アキ視点)
半ば、追い出されるような形で、打ち合わせの場を後にしたけど、シャンタールさんには、良かったデスネと言われた。
「諸勢力にどう伝えルカ、竜族と相談する時期等、面倒な話を引き受けてくれると言うのですカラ」
まぁ、確かにその通り。言いたいことは伝えたし、この後どう動くのかはお任せで構わないし、何なら今年動かなくたって、少し出遅れる程度とも思う。
馬車で第三演習場に向かってるんだけど、御者台に座るジョージさんから話があった。
「演習場では、鬼族を想定した動きや注意点を伝えるから意識を切り替えろ。リア様麾下の魔導人形達にブセイも、空間鞄に入れて連れてきている。鬼の武技の完全再現ではないが、実演もする。見応えは保証するぞ」
それは、確かに気を引き締めないと。って、ブセイさん!?
「実演? ブセイさんが暴漢役で、護衛人形さん達が実際に防ぐんでしょうか? かなり危なくないですか?」
何せ、当たるを幸い、人族の兵士だって何人も薙ぎ払い飛ばすのだから、訓練と言っても、大怪我しそうで怖い。
「暴漢じゃなく、暗殺者役だ。それとやるのは位置取りの確認や、実演を通じて、防御手順の具体的な検証と改善を図ることになる。アキの懸念している通り、まともにやったら護衛人形達が束になっても、どうにもならない。だからこそ、どうにかなるように、色々と段取りをするんだ」
なるほど。
「アキ様に求められる動きも変わりマス。アイリーンの陰に隠れるコト、太刀筋を見切り避けるコトが全てデス。小鬼族を相手にする場合のように、攻撃や防御を行うのは無意味で、太刀筋に身を晒すこと自体が自殺行為デス」
示現流の初太刀は外せ、って話か。受け手の刀ごと頭を叩き割られた、というし、体格が二メートル半、筋肉隆々の鬼族となれば、繰り出されるは全てが岩をも断つ剛剣と思え、という事だね。
「鉄棍の薙ぎ払いでも、十分恐ろしさは認識してるとは思うが、アレは耐久性重視、長期戦、掃討戦に向いた武器であって、遭遇戦や暗殺で使われる得物じゃない」
なるほど。
「小鬼族の例に倣うのであれば、洗礼の儀で許される装備は短剣までですよね?」
「そうだ。暴漢を回りが取り押さえるとしても無手では厳しいから、短剣までは認める方針だ。だが、鬼族の短剣となれば、刀身は鉈よりも分厚く、人族換算なら戦斧相当、更に鬼の巨体から繰り出す威力は、人族が両手で振り回す槍斧すら軽く超えるだろう」
到着したら実物を見せる、とのこと。体格差というのはほんと絶望的だね。よく物語とかだと巨人を倒す英雄とか出てくるけど、双方、同じだけの練度があるとして、小学生とプロレスラーが互いに武器を持って戦うとしたら、実際には、万に一つ勝機があるかどうかってとこだと思う。
「銃やそれに類する射撃系の暗器については?」
「それは儂らが対処するから、今回の訓練の対象外じゃよ」
妖精さん達なら、魔術を瞬間発動できるし、取り出した武器を構えて撃つまでに何回かは攻撃を叩き込めると思う。それなら全部任せていいんじゃないか、という意見もあるけど、多層防御の概念で対応する姿勢が重要だからね。偶然がいくつも重なって、凶刃が擦り抜けてくる可能性には備えないといけない。
「鬼族の振るう刃はそれだけでも脅威デスガ、真に警戒すべきはアキ様もご覧になった事のある魔刃デス」
シセンさんが薄紙に魔力を通して、噛むのに苦労する固い煎餅をあっさり切り裂いてみせてくれた技だね。
「あの技は、薄紙ですらあの切れ味、太刀筋を避けられなければ何であろうと真っ二つだ」
うわ……。
洗礼の儀という意味では、白岩様の前に皆さんに並んで貰う、という意味では変わらないんだけど、セキュリティという面から考えると、まるで別物であることがわかり、かなり気が引き締まった。
◇
第三演習場に到着して、空間鞄から続々と魔導人形さん達が喚びだされたんだけど、小鬼人形さんや、敢えて室内戦闘重視で小柄な護衛人形さん達と違って、かなりガタイのいい精悍な顔付きの皆さんだ。しかも本番を想定してか、重装甲に身を固めていて、儀礼用の装飾は施されているけど、威圧感が半端なかった。
勿論、姿勢が良く、振舞いも落ち着いているのでスマートな印象は受けるけどね。
彼らと並んでいる鬼人形のブセイさんはといえば、礼服ではあるけれど軽装で、腰に短剣を佩いている程度。
「リア様麾下の魔導人形チームだ」
「リーダーの弘デス。リア様の命により、アキ様の連邦行きを全力でサポートしマス」
フルフェイスのヘルメットを脱いで、先頭の人が優雅な仕草で挨拶をしてくれた。声のイントネーションで、名前がはっきりと聞き取れた。日本語の名前、それに発音だ。
「こちらでは珍しい名ですが、リア姉がマコト文書から命名した感じですか?」
「ハイ。日本にいた生ける英霊、不死身の軍人の名を戴きまシタ」
「そのような名を持つ方のチームに護衛して貰えて光栄です。宜しくお願いします」
チームの皆さんにも礼をすると、全員が胸を叩いて、それに応えてくれた。タローさん達も仮想敵部隊として、かなり熟練さを感じさせる面々だったけど、こちらは、母さんの指揮していたチームとも違って、一人十殺って感じの捉えきれない凄みのようなモノが感じられた。
「彼らの最も得意とするのはゲリラ戦だが、護衛戦でも引き出しの多さに定評があるから、いずれ、リア様から彼らの武勇伝でも聞かせて貰うといいだろう。リア様の逸話の半分は彼らと共に打ち立てたものだ」
あー、つまり、リア姉と一緒に同期をけちょんけちょんに張り倒した話ね。
「それは頼もしいです」
「良い返事だ。今回、連邦での護衛だが、帝国の際と違い、シャンタールの役目は、目標の把握と情報共有となる。これは、鬼族の想定戦力が高く、指示をされてから護衛が動くのでは間に合わないからだ。シャンタールが周辺状況を把握して、それらを皆が共有することで、状況に応じて護衛チームのメンバーが即応する。今回のチームの練度が極めて高いからこそ選べる方針と思ってくれ」
ほぉ。
「では、実際に、暗殺者役のブセイから、想定される武技やその脅威について説明と実演をして貰おう」
ジョージさんの言葉を受けて、ブセイさんが前に出てきた。同時に、その後方では地面に杭を打ち立てて、重鎧に盾まで付けた的人形の設置が始まった。
「それでは、アキ様、先ずは、鬼族が所持している短剣を確認してみてくだサイ」
ブセイさんが腰に帯びていた短剣を鞘ごと外して渡してくれた。
う、めっちゃ重い、それにでかい!
「ブセイさんが持つと短剣っぽく見えましたけど、どちらかというとブロードソードに近い長さがあるし、刀身の幅も斧みたいに分厚いですね。蛤刃で頑丈さも十分過ぎる。これ、人族が使う剣で受けたら、剣が折れますね」
長く触ってると、僕の魔力に侵食されて他の魔力が通らなくなるから、手早く確認して返した。
明らかに人が使える限界を超えた超重量武器だ。
「いつもの鉄混は大気を圧し割りマスガ、剣はその薄さで切り裂くノデ、重さの割に剣速に優れる特徴がありマス」
などと話しながら、軽く振ってくれたけど、短い刀身なのに空を切り裂く鋭い音が振り始めた瞬間から響き、しかも刃の振るわれる速度の速さ足るや、僕が振り回す速度よりも遥かに速く、鋭く、しかも間合いも鬼族の巨躯を活かして変幻自在だ。
振り切った切っ先が、鬼族の強靭な体によって完全に制御されピタリと止まり、向きを変えてまた空を切り裂く様は、銀色の閃光が走るようで、とても美しかった。そして、片手剣に比べると間合いは短いものの、鬼族の巨躯であれば、片手で扱う短剣は、人族が両手で扱う剣より下手をすれば間合いが広いほどであり、短剣という先入観が誤りであることが良く分かった。
「このように短剣は手回しの良さから、相手の剣の間合いの内に入り、急所を狙うといった戦い方もできマス」
一例として、正面を突き、手の内で刃の向きを変えることで腕を引き戻しながら斬る、といった動きも見せてくれた。普通の剣術なら、最小限の体捌きで刃を避けるのは上策だけど、刃渡り六十センチ近くある鬼用の短剣を横握りにして腕を引き戻せば、それは薙ぎ払いとはまた異なる軌道で迫る斬撃となる。
……というか、短剣だけでなく、体術も組み合わせれば、当たるを幸い、人なんか簡単に空に舞うことになるだろう。
「では、斬撃、次に突きを見せマス」
ブセイさんがリラックスした歩みで、的の重装甲を被せた人形に近づいて、短剣を一閃、金属がぶつかり合う鋭い音と共に、鎧が大きく切り裂かれた。そして、今度は握りを変えて、盾の正面から突きを放つ。
やはり、首が縮まるような衝突音と共に、盾に短剣の刃が中ほどまでめり込むのが見えた。
「このように、威力はそれなりデスガ、鬼の武をもってしても、この辺りが限界デス」
いやー、斬られた人、間違いなく死んでるんですが。
「アキ様、この程度であれば、障壁を併用すれば耐える可能性が残りマス」
「えっと、はい」
「次は魔刃デス。私は呪紋を併用して似た効果を出しマス」
そう言って、腕を軽く斜め上に振り抜いたけど、その刃はいつのまにか目に見える魔力で包まれていて、そして、的の重鎧の人形は、斜めに走った切断面を滑るように、上半身が地面に落ちてしまった。
え?
何かのトリックかと思えるほどあっけなくて、思わずジョージさんを見たら、調べていいぞ、と言われたので、地面に落ちた上半身や、残ってる残りの胴体部分を触ってみて、その切断面の余りの滑らかさに驚いた。
やってる事は、真剣を用いた巻き藁斬りだと思うけど、対象が金属鎧を着てる時点で別物だ。
落ちてた盾の切れ端を持って鎧を叩くと、鈍い金属音がするし、この鎧も間違いなく本物だった。
ブセイさんの持っていた短剣はもう魔力の輝きはなくなっていたけど、鎧を斬ってもどこも傷んだ様子がない。なんかもう、漫画の世界かよって言いたくなるような不思議さだった。
◇
かなり疑問と、それと不安と、心配が湧き出てきたので聞いてみた。
「太刀筋を見切って避けろと言われたのは納得ですけど、鬼族の間合いの広さを考えると、避け切るのは厳しいですよね。そうなると防ぐしかない訳ですが、こんな威力をどうにかできるんでしょうか? ブセイさんが使ってる扉盾の裏に隠れても、それごと切断されちゃいそうですけど」
人が持ち歩くことのできない、鬼族の体躯すら隠せる巨大な扉盾。以前、投槍で貫通されたのは見たけど、アレとは別の意味で、いくら鍛えた分厚い金属板でも、同じようにすっぱり斬られそうで、全然安心感が湧かなかった。
そして、そんな僕の反応は、皆さん、想定済みだったようで、ジョージさんも僕の頭を撫でながら、説明してくれた。
「刃が届いたら防げない、それならどうするか。これまでの洗礼の儀のように、前に兵を並べて防壁として、アキと距離を空ければ、刃は届かない、だから斬られないということになる。これが基本だ」
僕を連れて、ブセイさんから距離を五メートルほど離した。間には魔導人形さん達や、護衛人形さん達が立ち、ブセイさんの侵入を阻む。
「次は、盾の工夫だ。魔力を通すことで切れ味を増すのが魔刃なら、同じように障壁を重ねることで防御力を増すのがセキュリティ側の対策となる。これが普通の対策だ」
「なるほど。あれ? でも、これだけ体格差があって防げるものなんです?」
盾を持ってれば、馬の突進に耐えられるかといえば、吹っ飛ばされるのがオチと思う。魔刃と障壁がもし拮抗できたとしても、そうなれば、最初に見せて貰った短剣と盾の勝負となって、ばっさり斬られちゃいそうだ。
おや、弘さんが手を挙げた。
「そこで、我ら、魔導人形の特徴を活かした技の出番デス。魔刃は薄く、その握り手は厚い。ならば、魔刃の太刀筋と並行にすれ違うように攻撃を放てば、こちらの攻撃は、魔刃に邪魔されることなく握り手を切り裂くことができマス。握れぬ手はもはや脅威ではありまセン」
う、突き出された拳にこそ隙がある、とかそんな話っぽい。
「で、でも、盾で防ぎながら、握り手を攻撃って示し合わせても難しくないですか?」
「人ならばそう戦うでショウ。しかし、我々は人ではナイ。中枢たる宝珠さえ無事ならば、それ以外の護りを敢えて行わず、死兵のように反撃に賭けられるのデス」
敢えて相手に突き刺されながら、相手の腕を掴んで動きを封じる捨て石となり、仲間が武器を封じられた敵を倒す。そんな死兵のような戦い方ができる、それこそが人形達の戦い方だと。
確かに強いんだと思う。ただ、なんか泣きたい気持ちになってしまった。
「アキ、今のはそんな手段もある、という一例だ。実際のところ、こちらが剣を一回振るう間に、二回、三回と振り回せる訳ではなく、こちらは相手より人数が多い。しかも、連携タイミングは互いに死角となる位置になっていたとしても、一切のズレなく行うことができる。間合いだって相手が縦に踏み込んでくれば、側面ががら空きだ。つまり、魔刃は防ぐのが至難だが、それを持つ暗殺者の体は消える訳ではなく、そちらは狙い放題。しかもこちらは死角なしで全方位から襲える。それにこちらは相手の歩みを止めさえすればいい。止められなくとも動きを鈍らせるだけでもいい。時間は我々の味方だ。瞬き一つの時間でさえ稼げれば、妖精達の援護も期待できるんだ」
うちのお嬢さんは涙脆い、なんて少し困った顔をしつつ、捨て身などしなくても平気だ、と言葉を重ねて教えてくれた。それに実際にブセイさんに薙ぎ払いの動きをして貰い、お爺ちゃんにも手伝って貰いながら、短剣の描いた軌跡を幻影として描いてみせた。
「この通り、大きく踏み込んで横に薙ぎ払う、そんな例だが、翁の描いた軌跡は、そこにいてはならない危険域だ。しかし、よく見ればわかるが、踏み込んだ前足は短剣の描いた危険域のほんの少し奥にある。また、踏み込んだ際の全身を見れば、前後に大きく体を開いていて、側面から見れば、巨大な的だ」
なるほど。
それに、ブセイさんが補足してくれた。
「アキ様も体術を学ばれているのでご存じの通り、一つの姿勢から次に移れるパターンには限りがありマス。踏み込んだ前足には重心が乗っており、薙ぎ払ったのと逆の手は、全身の力を上乗せできず、もし攻撃に使うとしても手打ちしかできまセン。そして、指揮官たるシャンタールが部下達の視覚を補なわせることで、暗殺者を全方位から見た場合、どこが危険で、どこが姿勢的に反撃が無理か弱いところか把握できるのデス。そして彼らにはそれを皆で把握しながら瞬時に連携して突き崩すだけの力量がありマス」
そうして、皆がどう動くか、相手の動きに対して、何ができるかを教えてくれた。
場合によっては、手足に誰かが抱き着いたっていい。それを何とかしようとすれば、それだけで暗殺者の凶刃はターゲットから遠のくことになる。相手の顔に向かって唐辛子などを主成分とするスプレーを吹きかけてもいい、魔導人形達には何の影響もない、とかとか、それはもう、隠し芸かと思うほど、様々な対策を見せてくれた。
そして、弘さんは曇りのない笑顔で自分達のチームのモットーを教えてくれた。
「アキ様、死体は文句を言わない、コレが我らの座右の銘デス。お上品に武芸を磨くのもイイ。ただ、人形遣い同士の戦いとなれば、互いに技量は高く、そうそう差は付かない。そんな中、我々とリア様は、同期の皆様を全員這いつくばらせまシタ。色々と文句を言ってた輩もいまシタガ、死体が何か言っても聞こえない、と嗤って、泥の味を教えてさしあげたものでシタ」
なんて、素敵な人達なんだろう! 正道を磨き、更に搦め手にも余念がないなんて。
その後も、ジョージさんは、これまでの洗礼の儀でもそうだったけど、力量のある参加者ほど後列に配したり、白岩様には暗器や体内に仕込んだ武器や爆薬なども含めて竜眼で確認して貰ってたりと、対策は徹底しているから、参加者が想定外の得物を持つ可能性は極めて低い、なんて種明かしもしてくれた。
『漠然とした不安は無くなりました。連邦では自信溢れる余裕の態度で、人形遣いここにありと示しましょう!』
泣き笑いのような変な顔になっちゃったけど、全員をしっかりと思いを伝えた。というか、意識せずに言葉に意識が乗ってしまった。だけど、それを咎める声は無く、気が乗ってる間に確認していこうと、様々な想定パターンについて、ブセイさんも交えて動きをチェックし、ジョージさんの監修を受ける作業を続けることになった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付きにくいので助かります。
今回は、帝国訪問と同様、万一に備えたセキュリティ対策の訓練回でした。と言っても、導入部分でこの後、出発直前までは訓練を続けていくことになりますけどね。
本作の鬼族の手練れは、無双系自キャラ並みに強いので、リア麾下の護衛人形達も全員が達人級ではあるんですが、双方、達人ならまぁ、こんなもんです。
リア麾下チームのリーダー「弘」ですが、本文でも紹介されてましたが、知る人ぞ知る、大日本帝国で二次大戦時に活躍された、不死身の分隊長「船坂弘」から授けた名になります。2006年まで存命されていた、正に生ける英雄です。逸話を調べてみると、ぶっ飛んだ内容だらけです。誠も男の子ですからね。戦いの物語なんぞに嵌っていた頃もありました。リアが彼の名を授けた理由は、日本の英雄だからではなく、その逸話や戦後の生き方からだったりします。
次回の投稿は、一月二十三日(日)二十一時五分です。