SS②:小鬼達から見た帝都訪問(後編)
前回のあらすじ:SS②前編では、アキが精神を病んで、遠地にいる三大勢力の代表達がやけにスムーズに集まってくれたのは、竜達が騒いでいたからだった、なんて裏話が明らかに。そして癒えたかと思えば、いきなり小鬼帝国首都への電撃訪問をぶちこんできて、帝国側はその対応に大わらわって感じです。先帝夫妻は帝位を譲ったこともあって、すっかり観戦ムード。まぁ大御所的に上から目線で指図してくるよりは健全でしょう。
今回も本編ではなく、小鬼帝国視点で三人称描写となります。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。
帝都の会議室には、前回同様、諸王達が集められ、帝都訪問に関する一連の資料と、その影響の検討結果が冊子になっており、彼らはそれを黙々と読み終えた。
群砦王が口火を切る。
「陛下が、竜神の巫女を、諸勢力の中で一番厄介と称したが、その言葉で思い描いた事すら甘いと思い知らされたぞ。あまりに展開が早く、全ての勢力を引き込み、しかも、竜や妖精と共に帝都に直接訪問し、式典で言祝ぐ、か」
将棋で言えば、初手で王を取られるようなモノで、既存の枠組みから逸脱した、想像外の一手だった。
人類連合が所属国同士で連携するだけでも、これ迄は大事だった。鬼族連邦と合同軍を形成した事もさほど多くはない。そのような場合も、連携する為には長い調整の時間を費やすのが常だった。
それが、今回はアキが声掛けをしただけで、もう共同声明と訪問までほぼ決まってしまったのだ。
神々は声明には加わってはいないが、そもそも、「死の大地」の浄化は、神々の望みでもあり、呪いの解析は、その一助となるのだから、不興を買う事にはなるまい。
「皆が賛同しやすい案を示せる、権威はあれど権力はなし、されど皆が手を貸せば、それは即ちアキ殿の力。それをこのように早く実感させられるとは思わなかった」
西海王も、東西を繋ぎ、支援する役目を担う事が多い事もあって、少ない手数で多くを得る手を考える事を得意とするが、いくら何でも、ここまでは考えられる筈もなかった。総当たり戦と思い、リングに上がったら、実は自分以外が全員手を組んでいた、というくらい、唖然とする事態だった。
「しかも、本人は善意を全面に出しながらも、政や軍事、民の意識まで考えを巡らせていて、一手でひっくり返してきた。どの種族とも話ができるだけでは、こうはならん。マコト文書の知と揃う事とはこう言う事か。陛下や他の勢力が認める訳だ」
西楔王は恐ろしいという感情も隠さず、絞り出すように、そう思いを吐き出した。
ただの子供なら、手を貸してくれてありがとう、とお礼を言うのはおかしな事では無い。だが、それを国家レベルで、まだ半年程度しか交流のない諸勢力にも賛同させ、そしてあとは連合だけですけど、どうします?と追い詰める狡猾さもある。実際、圧力を加え、賛同に傾ける効果はある。
ただ、アキのそれは、狡猾さとは違うのだ。アキは全勢力揃えばいいとは考えているが、別に連合が抜けても、それが連合の意志なら仕方なしと割り切ってるのだから。
アキが単なる平和主義者や賢者、為政者では無い事が理解できてしまった。理想に燃えるのなら、最大限、効果を発揮するよう、連合に働きかけて、帝国には秋の戦を控えるよう、圧力をかけるくらいの事はするだろう。アキにはそれをするだけの影響力はあるのだ。
しかし、完全を目指して連合、帝国に策を弄する間を与えるよりも、帝都訪問の一手を選んだ。
その一手を、秋の成人の儀の戦について具体的な話を詰め始める、直前のタイミングで繰り出す効果は絶大だった。
影響は大きく、かなりの戦争抑制効果が出るだろう、というその思考は、見方を変えれば、連合がどう判断しようと、帝国が秋に戦をしようとしまいと、どちらでもいい、という意識がある事に他ならない。
アキにとっては、次元門構築こそが最優先で、他は余録とは、本当にその通りなのだ、と理解できてしまった。
「帝都への飛行ルート選定では、ロングヒルから帝都までの立体地図が提示されたそうだ。帝都沿岸の埋立地までもが正確に再現されていた事から、地形の計測はここ一、ニ年の間にされたと推測される。その世界儀の精度から言って、帝国の版図は、丸裸と言っても過言ではあるまい」
鋭河王が、テーブル中央に置かれた世界儀を指差しながら深く溜息をついた。
「陸からでは海岸沿いの対象の把握はできず、海からなら共和国の探査船を見逃すとは思えず、もし海からだとしても内陸部の対象が把握されている説明にはならない。となると空。だが、竜族は地の種族の問題に首を突っ込むとは思えない。……となれば、使い魔の鳥でも使って観測を積み重ねたか?」
西海王は考えながら話してみたが、やはりしっくりこない。帝国にも使い魔を行使する術者はいるが、鳥の目線で上空から眺めた景色を地図に落とし込むのはかなり難しく、長距離を飛ばすのも難しい。まして帝都近傍全てとなれば範囲が広過ぎる。それほどの範囲を、使い魔に飛ばれて、全て見落としていたとはいくらなんでも考えにくかった。
「方法はわからんが、空からなのは間違いない。ロングヒルからの報告には、妖精が乗るタイプだが、ハンググライダーという風を掴んで空を舞う乗り物が披露された、というのもあった。マコト文書の情報を活用して開発したらしい。ならば、共和国には既に人が乗れるサイズのハンググライダーがあり、或いはその発展形の乗り物があり、それを用いて観測を行った、と言ったところだろう」
鋭河王が読んだ報告では、アキの子守妖精である翁が乗り手となって、自在に空を飛んで見せたとあった。それに雲取様の庇護下にいる森エルフの精霊使い達ならば、風を読んで乗ることもできそうだ。
こちらは相手の地理を知らず、相手はこちらの地理を把握している、それでは地の利を活かすどころでは無い。しかも、今回の訪問ルートはご丁寧に、首都近辺の大都市を総嘗めする有様で、それに上水道や水運を担う河川、都市部から離れた海軍基地等も経路に含まれていた。
「これでは、秋に例年通りに成人の儀を行うどころの話ではないぞ……」
群砦王の言葉が重く響いた。
「前線戦力はこれまで通り、連合のみだとしても、共和国が全域の監視と、軍の移動を逐次伝えるだけでも、我らの優位は大きく揺らいでしまう」
小鬼族の戦い方は、広域に浸透して撹乱し、線でなく面で戦域を支配し、連合を翻弄するというモノだった。しかし、展開している少数の撹乱部隊の位置が露呈し、連合が全体を掌握し、混乱しなければ、逆に分散した部隊を各個撃破される恐れも出てくる。
「詳細な地図を作れる事と、戦域を常に監視し、適宜、情報を提供できる事は同じではないが――できないと楽観視はできん」
各地方で軍事を束ねる立場にいる諸王達がその意味を解らぬ訳もなく、会議室を重苦しい雰囲気が包んだ。
◇
会議室にユリウス帝が入ってくると、挨拶もそこそこに、ある意味、吹っ切れた表情で話し出した。
「その顔からして、卿らも十分に理解して貰えたようだが、神に対しての返事に否は無い。それに我らの行いに対して、竜族だけでなく諸勢力が声を揃えて、感謝と哀悼の意を表そうと言うのだ。謹んで拝聴せねば筋が通らん」
彼の言葉に、諸王も頷くしかなかった。何せ、他の勢力がいないとしても、数百とされる竜の全部族の代表として雲取様がやってくるのだ。それだけで、万難を排して、拝聴する以外、ある訳がなかった。
その言葉を受けて、鋭河王が言葉を続けた。
「そして、帝国のほぼ全ての王を帝都に招集したのは、新たな時代を示す竜族、妖精族、竜神の巫女、それと魔導人形達が並ぶ姿を見せる事で、皆の意識に衝撃を与える為なのですな?」
それに対して、ユリウスは深く頷いた。
「卿らとて、報告書に目を通しただけで、本物を見てはいない。余と幕僚達は彼らと幾度も会って、どのような存在か理解したが、皆はそうでは無い。余が先を示しても、すぐに足が動かぬかもしれぬ。それでは駄目なのだ。相手も知らずに、示された道を歩くだけでは、時代の流れに追いつけん。本物と対峙して理解せよ。その上で、皆で未来を掴むのだ」
百聞は一見に如かず、とも言う。ただ、心を強く持たねば命すら危うい天空竜と対峙せよ、と言うのだ。ユリウスの言葉は重かった。
「計画では、帝都を周回する竜が四柱、雲取様とそれに付き従う竜が三柱、妖精族が三十人程度、魔導人形が六十人程度となっていますが」
群砦王が戦力として計算する気も失せる、と呆れた顔を隠さず、話を向けた。帝都上空までは妖精は、アキに同行している翁だけだが、そこで残りを召喚する。魔導人形の方は着陸後に空間鞄から喚ぶ、と書かれていた。一人が膨大な戦力を保持しているという人形遣いらしい振舞いだ。
「雲取様以外の七柱は、他の成竜の乱入を防ぐ為、代表としての訪問の体裁を整える為とあるが、必要とあれば、空間跳躍で、雲取様の側に馳せ参じるだろう。妖精族は全員が空を飛べる超一流魔導師達、魔導人形達は歴史書にある通り、戦いとなれば全てを撫で斬り血の雨を降らせる。帝都を更地にしても余りある過剰戦力だ」
「我らが竜族の顔に唾する愚か者だと?」
西楔王が顔を顰めた。
「そうでは無い。だが、アキを護る者達は、万一の可能性に備えて、万全の対策を怠らないのだ。それだけの人材も資金も事欠かない。王族とて、ここ迄の護りは敷かんだろう。アキが新兵にも劣る力しか持たないのもあるだろう。過保護な話だが気持ちは理解できる」
軽く計算しても、大国の屋台骨が軋むレベルの費用が投じられている事がわかる。報告書では、アキはまだ武器を振り回すのが精々でまともな戦闘力は無い、との事だった。それでは確かに心配にもなるだろう。だからといって、ここまでやるかと言えば、帝国なら国庫がそれを許してはくれない。
そして、共和国はこれ以上はないレベルで速やかに揃えてきた。
「最高の示威行為ですな」
西海王は、並ぶだけで相手を威圧できるのだから、と皮肉混じりの笑みを浮かべた。
「そうと理解できる者には恐ろしく、そうと理解できぬ者は誰一人いない、居並ぶ者達が綺麗に着飾った晴れやかな式典だ。そして、余は命じねばならん。天空竜を前にしても、恐れは外に出さず、余裕を持って振る舞え、と。内心がどうであろうと、祝いの席に相応しい態度を示せ、と。帝国の未来は、この式典に掛かっていると言っても過言では無い。緊張し過ぎてミスをしようと、祝いの席だ。それを咎める事にはならん。彼らは笑顔で流してくれるだろう。だが、恐怖を浮かべてはならん。それを見て見ぬ振りはできん。そうなるくらいなら退席した方がいい」
求められるのは、絶対の死を齎す天空竜を前にしても、揺るがぬ態度。古の王達のように、相手が怒り狂ってるのでは無いのだから、難易度はかなり低い。そういう話だ。
「街エルフから貸与される緩和障壁と、掻き集めた護符、それに会場に設営する控室頼みですか」
鋭河王が祈るように口にした。
「アキが言うには、力が強い人がいても、その人が信頼できるなら、心強くは感じても怖くはならない筈、との事だ。伝わってくる圧に含まれる感情や落ち着き具合に意識を向ければ、それらも理解しやすいらしい」
ユリウスが対策だ、と語ったが、表情に説得力がない。
「それで陛下には、その助言は役立ちましたか?」
「いや。余は成人の儀の時の気持ちを思い出すようにして、慌てぬようにはなった」
「それは?」
「死ぬ時は死ぬ、生きる時は生きる。全ては天のみぞ知る、だ」
天、それは小鬼族の持つ人知を超えた何か、或いは世界そのモノといった概念だ。人族の信仰する神々と違い、教義のようなモノは無く、竜神のように実体を持つ存在でも無い。
ユリウスの言葉に、諸王達は破顔した。やるだけやって駄目なら、それはそこまで。死が間近にある小鬼族にとって、それは理解できる境地だった。
「第二部では、妖精達だけが残る事になる。竜の圧に耐える必要もない。場合によっては時間を延長し、参加者を入れ替えられるかもしれん。次がいつになるかわからん貴重な機会だ。念の為、人員は選抜しておくよう通達しておこう。卿らも、参加者リストをルキウスに提出しておいてくれ」
「では我らが仲間をリストに連ねておきましょう」
西海王がそう言い放ち、皆も笑顔でそれに同意した。
そう。
式典に参加する者達は、「新たな時代の流れを知る仲間」なのだ。
ユリウス帝が仲間と引き込んだ諸王達の心は、今、一つとなったのだった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
SS②帝都訪問の前日譚でした。アキの目論見通り、諸王達にも、例年通りの行動は無理と判断させることができました。まぁ、ここまであからさまにやられれば、嫌でも理解するって話ではあります。
帝都訪問チームの戦力はざっくりレベルで、竜=千人換算、妖精族=百人換算、魔導人形=十人換算くらいなので、竜7柱=七千人規模、妖精三十人=三千人規模、魔導人形=六百人規模と、合計約一万人規模の軍勢相当となります。竜の暴威は城塞など軽くぶち壊しますし、妖精達が途切れなく呪文の雨を降らせれば全面焼野原でしょう。そして魔導人形達の陣に飲み込まれれば細切れです。諸王達やユリウス帝が真面目に戦力計算なんてやりたくなくなるのも当然です。
彼らが勘違いしているのは、これだけの戦力を整えるのに膨大な資金が費やされたと判断したことです。竜達は自分達の見栄えの為と、今後を見据えて竜の威も示しておこうと考えての自腹参加ですし、妖精達もこの世界初の妖精達によるプロデュースの演出をするぞ、と頭数を揃えたのが八割くらいの理由なので、そこそこ得た資金も、演出の為に作った演奏用パイプ群楽器の製造でパッと気前よく使い切ってます。同行する魔導人形達はそもそもロングヒルに常駐しているメンバーなので、帝都同行に伴う特別手当が気前よくどーんと出た程度。彼らが身に付けている数々の魔導具や魔術付与された衣服などは通常装備の範疇だったりします。とはいえ、ドワーフ達に一品モノの異界の巨大楽器を最優先、短期間で創らせた訳で、それなりの費用にはなりました。その費用も技術協力の一環として半額値引きくらいにはなってるので、まぁ小国の屋台骨が軋むレベルの支出だった、というのが実態です。
竜族&妖精族&街エルフ達との交流セットですけど、共和国はショートウッドへの雲取様&アキ&翁の訪問でそこそこの人数が交流し、連合はロングヒルに多くの種族が常駐することでやはりそこそこの人数が交流、そこにきて、帝国が自ら望んだ話ではないんですが、どーんと飛行経路の都市群の民や、帝都の民、式典参加者達が交流することになります。そうなるとやっぱり鬼族連邦の出遅れ感が半端ないですね。ロングヒルの連邦大使館が、多種族交流の場として定着するなど、少人数の割には効率よく頑張ってはいるんですけどね。
<今後の掲載予定>
12月12日(日) SS③:小鬼達から見た帝都訪問の後日談(前編)
12月15日(水) SS③:小鬼達から見た帝都訪問の後日談(後編)
12月19日(日) 第十四章の登場人物
12月22日(水) 第十四章の施設、道具、魔術
12月26日(日) 第十四章の各勢力について
12月29日(水) 15章開始
<おまけ>
活動報告に雑記×4を書きました。
・映画「アイの歌声を聴かせて」の感想
・献血の年末年始400mlキャンペーン
・低室温は高血圧を招く(実体験)
・NHK番組「ガッテン!(旧:ためしてガッテン)」が今期で終了らしい