2-30.新生活七日目①
前話のあらすじ:身体強化の魔法の紹介や、別の魔術の専門家が必要だとアキが考えたお話でした。
今朝、用意されていた服は、七分丈の水色のワンピースで、前に腰の部分まで二列に飾りボタンがついていて、レース地の丸襟というシンプルなデザインだ。飾りボタンの片側に直線状に入れたレース飾りと、折った袖の布地に沿ってつけたレース飾りがアクセントになっていて、シンプルだけどお洒落な感じだ。白く細いベルトのおかげで上半身が身体のラインにフィットして、全体的にスマートな印象になってる。
「だいぶ抑え気味になってきてくれていいですね」
まだ普段着にはほど遠いけど、最初の頃に比べればだいぶマシだと思う。
まぁ、躊躇なく着てる僕も、だいぶ慣れてきたものだ。
ふと、鏡に映るケイティさんを見ると、いつもと違い、元気がない。というか何か言いたげな感じだ。
なんだろう……?
思い当たることは……あ、昨日書いたノートの内容か。
「魔術専門家の人探しの件ですか?」
「いえ……はい」
どうして、ケイティさんがそれで落ち込むのか。ケイティさんの立場になってちょっと考えてみる。感性全振りな訓練をせざるを得ない中で、教え子が他の先生がいいと言い出す。……うん、それは不味い。
誤解を解かないと。
「地球では、困難な病を治療する際には、様々な分野の専門医師が集まってチームを組むんです」
「専門の医師、ですか?」
「麻酔の専門医とか、外科医とか、薬剤師とか、歯科衛生士とか、放射線技師とか、管理栄養士の方も参加されたりしますね」
「あちらでは、医療もかなり役割が細分化されているのですね」
何の話を始めたのか、訝しげな眼差しを向けながらも、とりあえず話についてきてくれた。
「医療が高度化したこともあり、一人の医師が全てを診るのは困難になってきたんです。なんでもできる人はいませんし、いたとしても、独りでは見落としや考え違いも起こり得ます」
「……そうですね」
僕が言いたいことに気付いたのか、ケイティさんも考え込みながらも表情は少しマシになってきた。
「あ、もちろん、地球でも何でもチーム医療という訳ではないですよ? 普通は掛かりつけの先生に診察して貰い、その先生も専門家のアドバイスが必要と思えば、問い合わせをしたりして治療をする程度です」
「普通の医師も、必要に応じて専門医師の支援を受けられるというのは、こちらでも採用したいお話ですね」
「通信網がネックになりますが、やり方はあるんじゃないでしょうか。膨大な過去の記録を検索して、類似例を提示してくれる仕組みがあるだけでも、だいぶ違うと思いますよ」
「コンピュータですね。魔導具でも同じようなものはありますが、あくまでも一つの道具に留まる上に高価なので、普及はしばらくかかりそうです」
「手の平サイズの電子辞書という何百冊もの辞書が入ってて検索機能がついた製品がありましたけど、年々、性能向上と価格低下も進んでましたし、こちらでも、そうなりますよ」
「話に聞く向こうの変化には到底、追いつけるとは思えません」
む、いきなり多くの改良を経て機能強化された後の話をしたから、ちょっと例示が悪かったかも。
「地球でも競争がない、昔の東ドイツという国で生産されていたトラバントという自動車は、五十年近く設計が変わることなく生産されていたくらいです。変化は必ず起きる訳ではありませんよ」
「五十年程度であれば、同じモデルを製造するのはよくあることですが」
さすが長命種はスパンが違う。じゃなくて。
「向こうでは、近年は特にそうですが、自動車も含めて製品は毎年のようにモデルチェンジするんです。競合他社に少しでも勝つように。改定される安全基準や環境基準をクリアするために」
「その、東ドイツではそういった競争はなかったのですか?」
「えっと、確か競合企業がいない、自動車が高級品とされて生産を抑えようとしていた、辺りが理由だったかと」
「高級品は生産数が少ないのはわかりますが、敢えて抑えるのは何故なのでしょうか?」
「経済的な平等を目指していたから、高級品より日用品の生産に力を入れていたはずです」
「そもそも国の生産能力が低かったんですね」
「競争がないから、生産効率が上がらず、日用品も不足しがちで、スーパーでは買い物をするのに何時間も行列を作っていたそうです」
昔の映像を見たけど、あれはなかなか衝撃的だった。
「……マコトくんのいるニホンとは随分違っていたのですね」
竜という天敵、小鬼族という外圧が常にあるこちらでは、競争がないから非効率になる社会というのはイメージしにくいようだ。なにせ常に、生存競争をすることを強いられているのだから。
「豊かな国と、そうでない国の間にはかなりの格差があるんですよ、地球でも」
物が溢れかえる国々もあれば、食べるものにすら困る国もある。僕の話にケイティさんは思うところがあるのか、考え込んでいた。
◇
今朝の朝食は中華がゆに揚げパン、春雨のサラダ、ヨーグルトだ。中華がゆには鶏もも肉、葱、ザーサイ、香菜と彩も豊富で、花が咲くように米粒が一粒一粒割れていて、さらりと食べられるのがとてもいい。そのまま食べてよし、薬味と一緒に食べてよし、中華がゆに着けた揚げパンもまた美味しい。春雨のサラダは口の中をさっぱりさせてくれて、いい感じ。用意された麦茶が、昨日より暖かい気温の中では心地良く感じられる。
朝食を終えると、父さんがさっそく話を切り出してきた。というか、僕のノート、見てる人多いなぁ。
「アキ、魔術に関する教師の件だが――」
「地球でのチーム医療相当の対応についてですね」
「チーム医療?」
僕はケイティさんにしたのと同じ説明を繰り返した。
「優れた誰かではなく、優れた者達で、か」
「はい。ミア姉の救出計画と同様、前例のない話なので、多様な人材を集結させることが必要と考えました」
「ケイティでは力不足か?」
父さんがあえてケイティさんのほうを見ながら、切り込んできた。でも、目を見ると、さぁ、考えを言いなさい、と促してくれている感じだ。
「いえ、ケイティさんは医療で例えると掛かりつけの町医者の先生だと思うんです。まずケイティさんが教育して、専門家のアドバイスが必要か判断して、必要に応じて支援体制をその都度、構築する感じです。僕の教育の多くの部分はケイティさんに担当して貰うのが妥当です」
僕は身振り手振りを加えて、ケイティさんの教育自体に不満がある訳ではない旨を強調した。
「それに、こちらの基準からすると、虫食い状態の知識しか持たない僕に合わせて、必要な教育の準備を行い、更に会話を通じて、柔軟に説明内容を切り替える手腕は、素晴らしいものです。僕に合わせて言葉をうまく選んでくれてますし――」
「アキ様、ストップ、ストップです。お気持ちは良くわかりましたので、その辺りまでにしてください」
ケイティさんの照れた表情が可愛い。やっぱり年上のお姉さんのこういう感じ、いいなぁ。
「まだ語り足りないくらいですが、ここまでとします。父さん、どうでしょうか?」
「よくわかった。それとアキ、さっきはわざと意地の悪い言い方をしてすまなかった」
「いえ、誤解を生みかねない話でしたので、指摘して貰えて良かったです。やはり思っていても言葉にしなければ、想いは伝わりませんからね」
「ふむ。話を戻すが、それで、アキは魔術の教育について、例えば街エルフの魔術師の頭数を増やしてチームを組むのでは効果は薄いと考える訳だな」
「はい。やはり同じような教育、文化的背景を持つ人が増えても、未知に挑む際に必要な新たな着想は生まれにくいと思います」
「……そうか。わかった。探してみよう」
また難題だな、と目元を揉んでる様子を見ると、ちょっとお疲れの様子だ。
「よろしくお願いします」
僕は精一杯、誠意を込めて頭を下げた。
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やはり、他の方との繋がりがあると嬉しいものですね。
次回の投稿は、七月十五日(日)二十一時五分です。
長かった二章も最後の変化が始まりました。「既存の枠組みに捉われない魔術の専門家」をアキが求めたことで、状況が大きく変化していきます。