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SS①:ユリウス帝と王達の密談(前編)

前回のあらすじ:妖精さんが魅せてくれた「妖精界の夜空」は竜族の心も鷲掴みにしたようです。毎回、何十人も妖精さんを招いて演出するのは現実的ではないので、魔導具を用いた再現を数年かけて実現しようという話になりました。竜族は長命なのでそれくらいならちょっと待つくらいの感覚でしょう。あと、帝都訪問の第二部、妖精さん達がだいぶ、はっちゃけてたことが判明しました。首都の幹線を皆で飛んで騒ぎまくるとは、さぞかし盛り上がったでしょうけど「森の中にいてなかなか姿を見せない、小さくて可愛い妖精さん」というイメージは崩れ去ったと思います。(アキ視点)


あと、今回は本編ではなく、小鬼帝国視点で三人称描写となります。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。

この春、ユリウス帝が各地の王達を集めて、防疫・医療体制の抜本的な見直しを行ったモデル都市の建設と十年間の試験運用と、毎年行っている成人の儀の規模縮小と、目標とする都市を予め宣言する方針を行った件に、諸王達は表面的には恭順の意を示したものの、その内心は複雑だった。


現在の帝国は、先帝と皇后、そしてユリウス帝の三頭体制で統治されており、中央集権化を果たしたユリウス帝は国内で一強となり、その地位は盤石のモノと言えた。


しかし、それならば帝国は、鬼族連邦のように中央に鬼王がいて、諸王がそれに従うというシンプルな統治形態かといえば、実はそうではない。


人類連合が都市国家群の集合であるのと同様、帝国は各地域を王が束ね、皇帝は全体を統括する、という形態を取っていた。そうなったのは地政学的な理由が大きい。


弧状列島は、帝国首都周辺を東端として北と西に長く伸びる本島を中心に、本島の更に北には、果ての台地と呼ばれる巨大な島があり、本島の西には、「死の大地」と、西端の地と呼ばれる、「死の大地」の二倍ほどの大きさの島で構成されている。帝都以北は、鬼族連邦の支配地域であり、小鬼族は鬼族が捨ててるような難地を埋めるように生活しているに過ぎない。果ての台地は寒過ぎて鬼族、小鬼族のどちらもほんの一部を居住地とするのみ。


そして、帝都地域と連邦に接するように本島の北側に突き出るように存在するのがロングヒルであり、連邦、帝国のどちらからも非常に目障りで、これまでにも衝突を繰り返す激戦区であった。


帝都がなぜこんな東端にあるかといえば、ここは暴れ川が多い難地ではあるが、小鬼族が支配する地域の中では最大の広さを誇る為だった。帝都周辺の平野部を全て掌握した時点で、他の地域の合計を上回る豊かさとなるのだから、そこがまつりごとと経済の中心となるのも当然だった。


しかし、広大な地域を治める場合、細長い地域の端が中心地というのは、やはりどうしても、各地方にある程度の独立性と自由裁量を認めなくてならないことにも繋がる。どれだけ力の差があろうと、やってこれない戦力なんぞ、いないのも同然なのだから。


かくして、帝国は支配地域を西端の地で一つ、本島は東端の帝都とその周辺部を一つ、それ以外を三つに分けて、それぞれがまつりごとを行うという形態となったのである。帝都以北は貧弱過ぎるので皇帝の直轄地扱いだ。


そして、王と皇帝の治める地は本島の南側に横並びに繋がる状態であり、どこかが分断されれば、孤立を招き、各個撃破され兼ねないという地政学的な問題を抱えていた。


その為、各地方は独立の精神はあれど、常にある程度の連携を保ち、皇帝が人員や軍、物資を送って支えるといった形で、帝国全体として団結する意識は常に持っていた。だからこそ、皇帝の示した方針にも一応従ったのだった。





帝国には、各地方の中にも中小国は存在しているが、それらの中でも突出した力を持つ王が、その地方の代表としてまつりごとを担う仕組みとなっており、代表たる四人の王が、皇帝の居城の中でも、密談に使われるという個室に招かれていた。


長机の端には、まだ来ていないが皇帝が座る席があり、その反対側に左右二人ずつ、距離を空けて四人の王が席についていた。大きなテーブルの中央部分と紐付けられた少し厚みのある報告書が四冊あり、王達は気難しい顔をしながら、その報告書に素早く目を通していた。


この部屋の天井は、小鬼族の基準からしても低く、テーブルは床と固定されていて潜ることはできず、テーブルの上に登ったとしても剣を振り回す高さもない、というように、争えないよう徹底した配慮が為されていた。テーブルと部屋の壁の間も二人並んでは歩けない狭さであり、皇帝が左右に護衛を配すれば、護衛を超えて皇帝に手を伸ばすのは無理という塩梅である。


空気浄化の魔導具が動いているからよいが、窓もなく、まさに密談向けといった小部屋だった。幸い、部屋の中の照明は明るいので、四人の王が報告書を読むのは問題なかったのだが、問題はその中身だ。


始めのうちは年一回あればいい程度の接点しかない他王達と腹の探り合いをしていたものの、時間を何よりも尊ぶ小鬼族である彼らが、そんな無駄な時間にかまけ続けることは無かった。


何より、部屋の隅で置物のように立っている事務官が、皇帝がくるまでに報告書を読み、意見交換を済ませておくよう指示があったと告げたのだ。皇帝が到着して、まだ読んでませんなどと言える訳もない。


そして、西端の地の代表たる西楔王が口を開いた。


「ユリウス帝らしく簡潔に書かれた報告書だ。嘘、偽りなどないとは思うが、内容があまりに突飛過ぎるように思える。ロングヒル王国と国境を接する、鋭河王ならば内実にも詳しかろう。これは誠なのか?」


話を振られた鋭河王の治める地方は帝都のすぐ西、他の三王と皇帝を繋ぐ位置であり、目の上のたん瘤であるロングヒルとも接することから、皇帝の意を解する者として一目置かれていた。


彼は理解ある笑みを浮かべた静かに頷いた。


「然り。報告書の表紙に捺されている持ち出し禁止の印もあるように、この報告書は今この場でのみ見ることを許された重要機密であって、その内容は三頭の方々が知る内容なのだろう。――安心して欲しい。私も読んで、これまでに届いた多くの報告を裏付ける内容ではあるが、信じがたいと感じたものだ」


そこに、本島の東西を繋ぐ中枢、連合の二大国であるラージヒルを北に、テイルペーストを北東に睨む広大な山岳のある半島、そこを治める群砦王が口を開いた。彼はこの中では唯一、三十代後半という、小鬼族からすれば老齢と言っていい年齢だが、その目の鋭さは決して衰えてはいない。


「少なくともこの前の冬と今春に、連合の大統領ニコラスはわざわざロングヒルの会合に出向いている。我らが皇帝と、連邦の鬼王まで集い、ロングヒルには連日のように天空竜達も足を運んでいると言う。ならば少なくとも、それを諸勢力にさせる存在、竜神の巫女がいるのは間違いあるまい」


そう言いながらも、彼もまた、報告書の中にある竜神の巫女に関するページを胡散臭さそうな目で見ていた。


そんな皆の様子を眺めていた最後の一人、西端の地と、群砦王のいる半島の間を海運で繋ぐ地方の代表、西海王が宥めた。彼はその王名の通り、帝国でも最大の海軍を運用しており、海にいることが多いせいか、日焼けした肌が海の男といった雰囲気を醸し出していた。


「例の巫女が表舞台に出てきてからというもの、連合内の通信、物流量は大幅に増加している。竜族と我らを繋ぐとされる竜神子に関する問い合わせも増えた。いちいち中央を通さず、各地域の連合、帝国間で竜神子同士の連絡を取り合いたい、と申し出もきた。それも一つや二つではない。ロングヒルでは大勢の人形達を連れた街エルフもやってきていると聞く。共和国と財閥がこれまでになく活発に動き出したのは確かだ。連合各地の動きを見ていると、彼らもどこまで把握しているか怪しい事だろうて」


王達とて独自の情報網は持っているが、何せ、首都までが遠過ぎる。それに種族の違いもあって、連合との直接の窓口など存在せず、密偵達が連合領の動きを観察して推測するのが精々だった。確かに帝都経由で皇帝も情報を提供してはくれているが、やってくる頻度が多く、それらの内容がこれまでの歴史や経験とあまりに違い過ぎて、混乱が増すばかりだった。


それでも、福慈様の魔力爆発を直近で食らった鋭河王は、その件を持ち出して、皆に現実を見るよう促した。


「この春の連樹、世界樹による呼びかけと、冬の時期に福慈様が放ったとされる魔力爆発が列島全域を揺るがした件は皆も覚えているだろう。その後の竜達の慌てぶりと混乱まで嘘とは言うまい。これまでの常識が通用しない激動の世が始まった、そういう事だ」


西端の地にまでは、魔力爆発が届くことはなかったのだが、連樹と世界樹の呼びかけは届き、一時間に渡って心を直接揺らしてきて、酷い目に遭った。だからこそ、伝わってくる被害や混乱の情報も信ぴょう性が高い、と判断していた。


二大国と対峙し続けてきた自負もある群砦王が溜息をついた。


「昨年までは、連合を相手にどれだけ戦えるか、帝国の地を護れるかが最も重要な使命だった。財閥など連合を裏から支える民間組織群に過ぎず、共和国は噂話に聞く程度、連邦もまた、国力回復が遅れていて影が薄かった。だがそれも遠い過去だと言うのか」


今までは本島の一部で、北と北東に位置する二大国に対して如何に圧力を掛けて力を削ぎ落していくのか考えれば良かった。場合によっては西海王に海から支援を頼んだり、鋭河王に連動してテイルペーストを攻めて貰うこともあったが、その程度。周辺地域の事だけを考えていればよく、それが全てだった。


彼の独白には諸王達も同意するところだったが、彼らの会話もそこで打ち切られることになった。


ユリウス帝が入室してきたからだ。





「忙しい時間を割いて集まって貰い感謝する。各地を治める王達がいてこその帝国だ」


ユリウス帝がそう告げると、王達は静かに頭を下げた。


「今日、集まって貰ったのは他でもない。次の皇帝が観るべき視点、意識について考えを揃えておく為だ。激動する世にあって、余が全てを決めることなどできぬ。それに次代は卿らか、その子弟から輩出されるやもしれぬ」


ユリウスは当たり前のように話すが、王達は応えあぐねた。どう答えても反意ありと捉えかねない内容なのだから、それも当然と言えよう。


そして、諸王達の胸の内を理解するからこそ、ユリウスは笑みを浮かべた。


「この場での発言は不敬には問わぬ。そんな些末な事など捨て置け。この部屋に呼ばれたということは、この場では次代の帝位に意見する資格を得たと心得よ。それだけ遠大で、舵取りの難しいまつりごとについて語る場なのだ」


そう告げて合図を送ると、皆の見える位置にホワイトボードが運び込まれた。そこには、この場での議題が三つ書かれていた。


「その資料もそうだが、この場で見聞きしたことの口外は厳禁だ。あくまでも胸の内に留めなくてはならぬ。そして余が皆と認識を共有したい内容はここに書かれている通り、①視点の切替えと関係する勢力の認識、②時間感覚の切替えと知の引継ぎ、③新たな戦い方、となる」


このやり方は、ロングヒルで研究チームがよくやっていたが便利なので採用した、などとユリウスが話すと、諸王達は苦笑するしかなかった。情報を残さず、その場で整理してとなれば、そうそう取れる手段はないが、皇帝陛下自らペンをとって、ホワイトボードの前で話すのは、色々とどうか、とまぁ、思う訳だ。


そして、そんな彼らを見てユリウスは目を細めた。


「そうして形式なんぞ気にしてられるのは今のうちだ。余が話す言葉の意味を知れば、重みを知れば、独りで抱えておくことなどできぬと理解もできよう。其方らは今この瞬間から、秘密を共有する仲間だ」


権威ある絶対君主たる皇帝が、フレンドリーに笑いかける内容なぞ、碌な話である訳がない。諸王達は光栄の至り、という表情を張り付けながらも、酷い厄介事に巻き込まれたことを理解したのだった。

誤字、脱字の指摘ありがとうございます。なかなか気付かないので助かります。

今回はこれまでで初のSSの1話目となりました。

おっさんばかりの会議でしたが、小鬼さん達は小学生身長のなので、絵面を想像すると、ちょっと微笑ましい雰囲気に感じるかもしれません。堀の深い顔立ちなので、子供っぽさはないんですけど。


そして、良いモノは取り入れるということで、大勢を前にした場でなければ、このようにユリウス帝はフランクな態度も見せてくれます。小鬼族は実利優先、時短最高な気風があるので、そもそも儀式めいたことは、簡素に済ませる感じですけどね。


<今後の掲載予定>

一応、以下の感じですが、SS②が前後編になるか、単話になるか調整中です。


12月01日(水) SS①:ユリウス帝と王達の密談(後編)

12月05日(日) SS②:小鬼達から見た帝都訪問(前編)

12月08日(水) SS②:小鬼達から見た帝都訪問(後編)

12月12日(日) SS③:小鬼達から見た帝都訪問の後日談(前編)

12月15日(水) SS③:小鬼達から見た帝都訪問の後日談(後編)

12月19日(日) 第十四章の登場人物

12月22日(水) 第十四章の施設、道具、魔術

12月26日(日) 第十四章の各勢力について

12月29日(水) 15章開始


<雑記>

先日、水道が停止してしまい、半日以上、水道が使えない生活を強いられました。幸い、管理会社→大家さん→水道工事業者と連絡が行き、対処して貰えましたが、やはり不便でした。お風呂の浴槽の水を残しておくのが良いことを思い出しましたが、地震などの災害の場合、上下水道が停止している状態では、無理に水で流すのは、途中で破断しているところから漏れて二次被害が増すのもあり、近頃ではNGだと知りました。今回、同じフロアが全て水道が止まる被害でしたが、揚水ポンプのモーターは数年程度と新しく、機材の不具合ではなさげとのこと。私の住んでいる地区は、古い水道管が埋まってるところもあり、そのせいで流れが悪くなる=ポンプで予定通り吸い上げられず安全装置作動、といった流れになったのだろう、とのことでした。悩ましい話です。

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