14-23.帝都訪問の前準備(前編)
前回のあらすじ:傾聴も終わり、僕の意識や感じたことをヤスケさんに伝えました。良いとも悪いとも言われず、傾聴の単位認定は貰えたので、まぁ良かったと思います。(アキ視点)
訪問の受け入れを行う帝国の意向を受けて、連合、連邦、帝国の間で、二週間の停戦協定とそれに伴う軍の移動禁止期間が始まった。
まだ、竜族、連合内では意見調整中だけど、竜族のいくつかの部族から賛同の意を得られるだけでも、その影響は十分過ぎるほど大きく、共和国、財閥、妖精の国、連邦が賛同している時点で、万難を排して、迎えなくてはならないと帝国が要請してきたのも当然と受け止められたからだ。
流石に雲取様だけの訪問なら、そこまでの反応は過剰だろうけど、雲取様が属する一つの部族だとしても数百柱の成竜と、弧状列島全域を揺るがした福慈様が絡むのだから、最上級の対応と、平和裏に終える為のあらゆる努力を必要とするのは確実だった。
下手に邪魔をして、竜に睨まれるような真似は誰だってしたくはないのだから。
それに、共同声明の内容が内容なだけに、勢力間で調整する余地もなく、どんな言葉を添えるか悩むくらいだ。だから、連合内で議論が白熱しようと、長期に渡ることは無い。どう纏めるのか、或いは纏められないのか。ニコラスさんの手腕が試されるところだね。
そんな訳で、竜族と連合からの返事を待ちつつ、帝都訪問に向けた準備作業が急ピッチで始まった。
◇
僕が座る椅子に取り付ける形で、荷箱が追加されて、馬車と同じ、高魔力への耐性を高める機構も備え付けられた。拳大の宝珠を使う事で、片道の飛行中も余裕で稼働できるらしい。空間鞄の中には帰路用と予備の宝珠も入れていくと言うから安心だ。
空間鞄への出し入れはお爺ちゃんが行う。と言っても、シャンタールさんが出た後の管理は、シャンタールさんにお任せだけどね。
会場に設置する緩和障壁の魔導具や、ドワーフさん達が用意した組み立て式の足場とか、妖精さん達が作らせていた道具なんかの貸し出しも、既に行ったそうで、なかなか手際が良い。
専任の小鬼の技師達が、魔導具の使い方や設営方法、問題が起きた際の対応なども含めて、死ぬ気で研修を受けていたそうで、本気度の高さが伺えた。死ぬ気で、というのは比喩じゃなく、失敗したら自決する覚悟をしてたらしく、これにはガイウスさんが慶事であり、最善を尽くして問題が起きたなら、それを咎める者はなく、その程度の事で命を粗末にしては逆に心証が悪化するだけ、と諭したそうだ。
燃え尽きるように全力投球するのは小鬼さん達の美点だけど、ほんとに燃え尽きちゃ困る。この点についてリア姉に相談したら、魅せる競技に臨む際の心構えを基本とすることを伝えればいいのではないか、と教えてくれた。ちゃんと競技をこなせること、そこを最低ラインとして、そこから、観客が見たら楽しい気分になるよう、笑顔を忘れず、振舞いに余裕をもって、難しいことも当たり前のようにこなす、そんな意識を持てれば、もし、何かあっても、慌てふためくことなく冷静に対処できて、それが観客達への好印象にも繋がるだろうって。
ガイウスさんにもその旨を伝えて、無遠慮過ぎるかどうかなんて気にせず、必要なことは全て手配して、頑張って、何が起きても、何とでもしてみせる、できるって意識が持つといいですよ、と伝えたら、何とも困った笑顔を返されてしまった。あまりに多く借り過ぎると後が怖いって。だから、借りたことを忘れず、きちんと誠意を持って返せば、或いは返そうという意識を定期的に示して、少しずつでも返していけば、その誠実さが伝わって、良好な関係を持てますよ、とお話した。自分が返せないなら、子供か孫の代で返したっていいんですから、とも。
利子の支払いで生活が成り立たない状況に陥って、借主を潰してしまっては、貸主も損するだけなので、そんな不実な取引はしない、なんて例も出して、そのまま返すだけじゃなく、付加価値を付けて返す工夫をするのも手ですよ、と説明してみた。
貸主、借主、地域の三方良しで行きましょう、どうせ国内の話なんですから負担を他に回すなんて話ができるのは今のうちだけですよ、なーんて話をしたら、少し話が先過ぎて、と諭されてしまった。
◇
そして、朝食兼昼食を食べていると、ふわりとシャーリスさんが飛んできた。
「アキ、帝都での式典だが、ちと面倒な話になってきた。ケイティ、例の進行表を出せるか?」
「こちらになります」
促されるままに、渡された書類に目を通してみると、シャーリスさんが面倒と言った訳がわかった。
小鬼さんたちの前で話をする時間が正味五分くらいしかない。理由は天空竜、雲取様の存在だ。
「見ての通り、帝国側の臨席者達は、立場から選ばれており、竜神子候補達のように圧への耐性からは選ばれておらぬ。先日、連合の各地から集めた者達に行った洗礼の儀と同じよ。緩和障壁と護符を併用する事、会場に備え付ける臨時の控室にギリギリまで待機しても、その時間との事じゃ」
実際、少しは余裕があるが、十分は決して超えないように、と頼み込まれたそうだ。
「シャーリスさん、雲取様も話すとなると、かなり手短に話さないといけないですね」
うん、うん、とシャーリスさん、お爺ちゃんも頷いたけど、二人とも残念そうには思ってなさげ。
「趣向を凝らすにしても、悩ましいところよな。そこで、式典だが、二部構成にする事で短さを補う事とした」
シャーリスさんの合図で、ケイティさんが新たな進行表を出してくれた。
見ると、控室への行き来の時間にも演出を加えることで、式典の短さを補うとある。それは良いね。音楽を加えたり、何なら妖精さん達が横を飛んで誘導するだけでも、特別な演出になると思う。
そして、二部構成とあるけど、僕、雲取様、お爺ちゃんが参加するのは一部の方、声明を伝える部分に絞る。それなら二部の方はと言うと、大量召喚で招いた妖精さん達との交流会とするとあった。
召喚された妖精さん達は、僕やリア姉の魔力と同じ、完全無色透明の魔力だから魔力感知はできないけれど、負荷もないから時間制限を気にしなくて良い。妖精さん達を認識できるように異なる属性を込めた、妖精さんサイズの宝珠入り背負鞄は、緩和障壁などと一緒に送り返せばよく、妖精さん達は自前で送還して現地解散すれば問題なしと。
ふむふむ。
「共和国のショートウッド訪問の時は、結構長居してたけど、帝都は制限が大きいんですね」
「民を他の地域に避難させる事も考えたそうじゃが、受け入れ体制を短期間に整えるのが厳しく、断念したそうじゃ」
なら、仕方ない。
帝都上空を雲取様が飛行するだけでも影響が大きいだろうし、慶事なのだから、無理をさせては本末転倒だ。
「二部構成にしたのは良い案と思います。ただ、ちょっと意外な展開になりましたね」
「意外とな?」
「連合はロングヒルを通じて密な交流はしているけれど、あくまでも民間交流の体裁を保っているじゃないですか。共和国も同様で個人旅行で訪れた妖精さん達と交流しようと。それに対して、今回は、シャーリスさんも全面に出て、妖精の国と帝国の交流とする訳ですから」
そう話すと、シャーリスさんがニヤっと笑った。
「敬意を向けるに相応しい相手ならば、妾達とて、それ相応の対応もすると言うモノよ。それに常設の大使館を置くでもなく、条約を結ぶでもなく、一時の語らいの場を設けるに過ぎぬ。それに、泡沫の夢のように消えて行くのなら、先々まで心に残る強い印象を与えておきたいではないか」
妾達はこのように小さくて目立たぬのだから、などとくるりと踊って笑顔を振りまいてくれた。
「それに、どの勢力から始めるかなど些細な話じゃよ。儂らが正式に国交を結ぶのは統一国家であって、分かれて足並みが揃わぬ地方勢力ではない。何処かに肩入れするつもりもないからのぉ」
お爺ちゃんがそう言うのも当然と思う。妖精さん達は情報しか持ち帰れないのだから、こちらの争いに加担するなんて、面倒臭いだけだ。
……とは言え、実際のところは、帝国のお偉方に妖精さん達の存在を、力を見せつける意味は大きいと思うけどね。どう転んでも戦争への機運が増すことにだけはならないんだから、良い投資だ。
その後も、司会を誰がやるとか、それぞれの持ち時間はどれくらいか、順番はどうするか、なんて感じで、意見交換を進めていった。思えば、三大勢力が始めに行った竜への停戦の誓いも、短時間だったのだから、何とでもなりそう。何より、普通の民からすれば、天空竜の前に立つだけで、一大イベントなのだから。
◇
その後は、ケイティさんと心話を行うからと、馬車で第二演習場へ。
馬車の中でもケイティさんはいつも通りで、違和感の欠片もないんだけど、それが逆に嵐の前の静けさのようで、あれこれ考えてしまい、表情が固くなってしまった。
すると、ケイティさんは僕の手をそっと包んで、温かい声で緊張を解してくれた。
「アキ様、前にもお話した通り、言葉にすると、どう伝えればいいか、私も迷ってしまっているだけで、そこまで身構える程ではありませんよ」
うん。
そう話してくれるケイティさんの態度も、中でグツグツと激しい感情が煮えたぎってる感じではない。
「でも、重いって」
重い感情と言うと、ヤスケさんの薄暗い、闇のような目を連想しちゃう。
「軽くは無いですね。私は実際にアキ様に出会い、成人の儀を迎える時まで、家政婦長としてお世話していくのも良い過ごし方と思うようになりました。その思いが軽い筈がありません」
単に給料がいいとか、そんな俗な話だけなら、高名な探索者でもあるケイティさんが、気の乗らない仕事を続ける必要なんて無い。
だからこそ、本国から、ロングヒルの別邸に同行してきてくれたことや、家政婦長の範囲から外れた、マコト文書の専門家としての仕事をしてくれてること、それに僕がまともに暮らしていく為に必要な多くのサポートも、自身の手で行ってくれていること、それらの意味は重い。
それは、愛情、好意の重さ。
とても、嬉しいことと思う。
ただ、だからこそ、先に謝っておこう。
「先に謝っておきますが、もし、記憶に触れて、不味いと感じたら、距離を離します。場合によっては心話を中断するかもしれません」
「アキ様の心の安全こそが第一ですから、そこは気にすることなく、振る舞ってください。回数制限がある訳でも無いのですから、今回、何かあっても、手直しすれば良いだけです」
気を悪くしないかと思ったけど、それは杞憂だった。ケイティさんが握ってくれた手の温かさが心地良かった。
◇
いつものように、心話用の魔法陣に入り、ケイティさんも専用の補助機能を付けた魔法陣に入って、心話を始めた。
二回目なので、前回を参考になるべく早く心を鎮めて、距離を詰めて、数分でケイティさんの心に触れることができた。
アイスブレイクと言うことで、少しだけ感覚を確認し合ったりして、準備OK。
ケイティさんの許可を得て、抱えている心の内に触れさせて貰った。
家政婦長としての立ち位置ときっちり僕の生活と教育を支えていこうという温かな思い、マコト文書を理解し、未知に挑む探索者としての鋭い意識、そして手の掛かる妹分に目を向けて慈しみと愛でる稚気に溢れた姉としての思い、それらがスクラムを組むと言うより、領地拡大を目指して争い続ける三国志のような様相を呈しているように感じられた。
しかも、ケイティさん目線から見た、世界樹との心話を終えた直後の僕は、土気色の肌、虚ろな瞳と変わり果てた様子で、何とか助けないとと焦る思いと、もっと止めるべきだったと責める思い、いつも前に進もうとして足元がお留守になりがちな僕への憤り、そこまでさせるミア姉への憧憬や敬意、それと恨む思いが全体を掻き乱して、あちこちで嵐が起きているかのよう。
そんな思いとは裏腹に、一見穏やかに進む日常があり、その裏で、誰も訪れたことの無い小鬼帝国首都への訪問準備が進められていて、多くの組織がロングヒルの外では蠢いている。
そして、手は尽くしたものの、自分もジョージさんもトラ吉さんも同行できないもどかしさ、悔しさまで相まって、正に混沌そのものといった様相だった。
触れれば触れるほど、巻き込まれてしまい、あちらかと思えば、こちらへと、僕を引き込んで他を制圧しようとするような流れがあって、といったように、その目まぐるしく変わる思いに感覚がおかしくなってきた。
嬉しくて、悲しくて、怖くて、楽しくて、苦しくて、晴れやかで、もどかしくて、寂しい。
ケイティさんが予め話していたように、それらはとても重くて、温かくて、それに言葉では確かに伝えきれない、言葉にすればするほど、本意からズレてしまう、それを理解できた。
そして、触れ続けていると、その思いに影響され過ぎてしまう気がしたので、心の距離を離して、心話を終える事にした。
心話を終えた僕は、あまりに多くの感情が抑えられず、溢れてしまって、涙が止まらなくて、ケイティさんにずっと抱きしめて貰う始末だった。
帰りの馬車の中では、トラ吉さんを抱えて、とにかく心を鎮めようと、その身に顔を埋める感じで、その日は寝るまで感情を持て余す感じだった。
帝都訪問に向けた準備も着々と進み、ケイティとの傾聴の残りとなっていた心話も終えることができました。多くの思いが頭の中でぐるぐるしてて、何をどう言葉にしても、文章に表しても、正しく形にできた気がしない、伝えられる気がしない、なんてこともありますよね。
言葉も文章も情報を一次元的にしか渡せないけれど、渡す順番や表現が後ろにも影響を与えてしまうせいで、全部書いて、話しても、きっとそれは正しく伝わらない。
話をして相手に伝わる内容は、良くて三割とか言われてますから。
ただ、今回のように正しく一度に触れて認識できたらできたで、受け手側の心がそれを受け止めるだけの力と余裕があるか、という問題も出てくるのが悩ましいところです。
帝国側の受け入れ準備も着々と進んできてるけれど、緩和障壁を正常稼働させることは、式典を問題なく執り行うための最低条件、なのに、自分達では使い方を理解するのがやっとという超技術の代物となれば、派遣されてきた技師達のプレッシャーも半端ないです。緩和障壁が無い時代にも、怒髪天を衝く母竜達の前に、彼らの王達は決死の覚悟で赴いた訳ですから、頑張れば、何とかなる話ではあるんですけど、アキが「上に立つ者として、障壁が無かったとしても、きっとそれくらいはやりますよ」などとフォローしても、何の慰めにもならないでしょう。
次回の投稿は、十一月十日(水)二十一時五分です。




