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2-29.新生活六日目③

前話のあらすじ:輸入品のお話や、学習に対する父、母、姉の見解の違いに関するお話でした。

 着替えて、外に出ると防竜林の一区画だけ、すっかり水溜まりもなくなって、運動しやすくなっていた。


「あれ? 午前中はもっと濡れてましたよね?」


「運動に差支えがないように、魔術で水を回収しておいたんだ」


 ジョージさんに言われて、芝生を触ってみると、乾燥し過ぎるでもなく、いい水加減だ。


 それから、一通りの武器について基礎的な動きを行って、体を温めた。武器を使う際も細かい部分までいちいち考えるような状況は卒業して、もっと全体的に意識を配ることができるようになってきた。ただ、指先まで意識を通すようにして、雑な動きをしないよう注意はしているけど、内面の魔力はといえば、やっぱり全然わからない。


 一通りの運動を終えたところで、ジョージさんが話を切り出した。


「さて、サバイバル術を教えよう、といきたいところだが、まずは前提となる身体強化術式の説明から行う。そういう選択肢があるということを知っているのと知らないのでは、生存率が大きく変わってくるからだ」


「身体強化というと、ケイティさんが僕を持ち上げた奴ですね」


「そうだ。サバイバル術を必要とされる状況では、結果を得るまでの時間が貴重であることが多い。身体強化術式で能力を高めれば、使わない場合より短時間で問題を解決できる、つまり生き残れる」


「例えば、急な増水で、川から急いで逃げるような場合、より短い時間に高台に逃げられれば生存率も上がる、とかでしょうか?」


「そうだ。身体強化術式は、身体の筋力、瞬発力、持久力、耐久力といった運動に関するあらゆる能力を引き上げる効果がある。これがあるのとないとでは、結果はかなり違う」


「一部だけ引き上げる術式はないんですか?例えば、筋力だけに限定して、魔力消費を抑えるような」


「ああ、身体強化術式の魔力消費が厳しいから、なんとかして消費を抑えようという奴か」


「はい」


「結論から言うと、その試みはこれまでうまくいった試しがない。走るにせよ、投げるにせよ、身体の細かい動きを認識すればわかることだが、どちらも全身運動だ。それに強い動きをする部位の近辺が強化されてないと、力に耐えきれず怪我の元だ。だから一部の強化は成功しない」


「うまくいかないものですね」


「だから、今は、使う瞬間だけ強化するというのが主流だ」


「それは発動のタイミング毎に魔術を使う感じでしょうか?」


「いや、まず身体強化術式を最低レベルで発動する。後は、必要に応じて強化の度合いを調整するんだ」


「改善はされそうですけど、ずっと術式を稼働させているのは大変そうですね」


「それでも、術式発動の手間と魔力消費に比べればマシという訳だ。ところで、先程、発動すると言ったタイミングで、実際に発動させたんだが、気が付かなかったか?」


「え?全然気付きませんでした」


水や霧の魔術と違い、見た目に何も違いはないから、全然分からなかった。


「実際、魔力が知覚できる奴でも、現代魔術の待機状態は見逃すくらい希薄だから仕方ない。では、実際に強化すると、どの程度変わるか見せよう。まずは強化なし」


ジョージさんがその場で垂直跳びをしてみせた。爪先が僕の膝を超えた辺りだ。着地時の音からして、付けている装備一式が結構重そうだ。


「次は強化ありだ」


同じように飛んだのに、今度は爪先が僕の腰の辺りを超えた。着地した際の音も飛び降りた時のそれだ。


「随分変わりますね」


「そう感じて貰えて良かった。子供だと、たまに物語のように屋根まで跳べると思ったりしている子もいて、いまいち受けが悪いんだ」


「身体能力が全体的に強化されるなら、魔力消費の悪さ以外は欠点なしですか?」


「それが、そうでもない。まず、魔術を発動しているから、探知されやすくなる。そして、魔術が掛かっている状態では、魔力の知覚が鈍くなる。例えば、そうだな、曇りガラス越しに見るような感じだ」


「それは待機状態でもそうなんですか?」


「かなりマシにはなるが、気になると文句を言う奴は多いな」


「探索者だと、知覚する能力が落ちるのは困りますね」


「だから、探索者は普段は身体強化は使わない。大概のことは、強化なしで回避できるし、こちらが、先に探知すれば対処もしやすい」


「神経が磨り減りそうな仕事です」


「わかってくれて嬉しい。探索者は本拠地に戻るまでは、熟睡することすらできないから、慣れていてもキツいものなんだ」


「宿屋に宿泊していても?」


「仲間が警戒していて、各種障壁を展開してあったとしても、他国では気は抜けないな。王宮に招かれたりすると、この上なく緊張するものだ」


 普通、王宮ともなれば、セキュリティ面では万全なはずだけど。あ、怖いのは外部じゃなくて……。


「……今までに襲われたりしたことがあるとか?」


「まだ、数えられる程度だが、まぁ、そんな訳で、王族や貴族は厄介ごとの巣窟だよ」


「なんとも物騒な世界ですね」


「弧状列島、特に人類連合の支配地域ならそれほどでもないさ。友好的な人々も多い。アキが心配するようなことには、そうそうならないさ」


「頼りにしてます、ジョージさん」


「給料分の働きは期待していいぞ」


 ぽんぽんと頭を撫でられた。くー、こういう何気ない振る舞いまで、絵になるとは。流石だ。





 今日のお茶菓子は、フライドポテトだ。ちょっと太めでホクホクしてて塩加減がちょうど良くて、パクパク食べられる。一緒に出された炭酸グレープジュースもとても合う。こういうジャンクな食事もたまにはいいね。


「アキに聞いた簡単で人気なメニューだけど、どうだい?」


 リア姉も好きなのか、結構なペースで食べている。


「美味しいです。フライドポテトもポテトの切り方だけでもだいぶ食感が変わるからいいですよね」


 それに、炭酸飲料とも不思議と合うんだよね。


「アキ様、切り方というと厚さの違いでしょウカ?」


 アイリーンさんがメモ帳片手に聞いてきた。とっても熱心だ。


「スティック状でも箸くらい細くしてみたり、今回のように太くしてホクホク感を狙ってみたり。薄く紙のようにスライスしてパリッと仕上げればポテトチップスになるし、スライスする場合も波のようにわざと凹凸をつけることでパリっとしながら食感を高めてみたりもするんですよ。あと、蒸かして練って形を整えて作るパターンもあるし、揚げずにオーブンで乾燥して焼き上げるのもありです」


「ありがとうございマス。勉強になりマス」


「あと、練って形を整えるパターンの場合、そこに調味料を加えることで味のバリエーションをいくらでも増やせるのも利点ですね」


「塩味だけではないのでスカ?」


「うす塩、コンソメ、のり塩、七味唐辛子、白しょうゆ、だし醤油、ゆず胡椒、バター、かつおだし、黒胡椒――」


「アキ、あちらではそんなにあるのかい?」


 リア姉が割り込んできた。なぜかかなり驚いている。


「僕もよく覚えてないですけど、確か三百種類くらいはあったと思う。それに毎年のように何十種類も出て、消えていったし」


「そんなに多くて工場は混乱しないのでしょうか」


 ケイティさんが、そんな数を生産するなんて信じられないって顔をしてる。


「多品種少量生産のため、味付けや包装の切り替えが簡単に行えるように、生産設備は工夫されていたはずですよ。機械化しているからこそできているんでしょうね」


「そんなに多いと目移りしちゃいそうね」


 母さんも、薄塩味のフライドポテトで十分って顔をしてる。


「今言ったのはポテトチップスの話で、こういうフライドポテトは塩、胡椒、ケチャップあたりが定番ですよ」


「参考になりました。ありがとうございマス」


 アイリーンさんが満足そうにメモを書き終えた。


「アイリーン、練習するのはいいが、あまり量を出し過ぎないようにな」


 父さんが珍しく釘を刺した。


「何かあったんですか?」


「研究員達が最近、ふくよかになってきて、流石にそろそろ絞らないと不味いんだ」


 なるほど。


「リア姉も少し、抑えたほうがいいんじゃない?」


「私は大丈夫、まぁ、少し控えるよ」


 そうリア姉は言うけど、少し目が泳いだのが怪しい。まぁ、自覚して抑えれば平気だと思う。





 お風呂に入ってのんびり休んで、パジャマに着替えて、ふと鏡を見た。

 すっかり寛いでいる銀髪少女がこちらを見ているけど、少しは今の自分の顔だという自覚もできてきた。

 まだ慣れないけど、少なくともこの身体を見て、慌てるようなこともなくなったのは、きっと良いことだ。

 だいたい、ヘタれた耳を見てもわかるけど、ミア姉に比べると気品が足りない。

 同じ外見なのに、中の人が僕だというだけで、表情も仕草も子供っぽさが感じられる。


 ……あんまり考えていても、プラスの思考が出てこないから、鏡台を閉じて意識を切り替える。


 復習を兼ねて、ノートを開いてメモを書き込むことにする。


 講義のほうは、交易関連で面白い内容だったけど、ミア姉救出に直接繋がるような話はなかった。


 午前中の魔力感知訓練だけど、今のままだと、魔力を認識できるのは何年後なんてことになり兼ねない。色々、前提が通常から逸脱している以上、既存のやり方に囚われない魔術の専門家の人に師事するとか、何か変化が必要だ。

 もちろん、そんな都合のいい人材がいるとは限らないけど、探してもらうのはアリだと思う。


 午後の運動に伴う体内魔力の感知訓練も望み薄だけど、こちらは戦闘技術の向上や、体を使った様々な活動の訓練を兼ねているから、しばらくは現状維持かな。


 そんなところまで書いたところで、起きているのが厳しくなってきて、慌ててベットに飛び込んだ。

 寝付きがいいのだけは悪くない、そんなことを考えたあたりで意識が落ちた。

次回の投稿は、七月十一日(水)二十一時五分です。

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