14-20.帝都訪問までの穏やかな日々(前編)
前回のあらすじ:三大勢力代表の皆さんから返事も届き、竹案以上確定ということで、シャーリスさんも、当日の演出に向けて大張り切りしてます。紫竜さんの尻拭い作戦の方は、記録は残すとしても、ドキュメンタリー映画にするのは、一筋縄では行かない感じがしてきました。あと、ニコラスさんが想像していたより大変そうで驚きました。護衛や事務担当の魔導人形さん達も派遣されてると言う話でしたけど、それでも溢れてるとは、世の中ままならないものです。(アキ視点)
割り込みが多かったので、暫くはリア姉やトラ吉さんと運動したり、父さんと遭難時に備えた生存用入組品だけを用いた訓練をしたり、母さんとフライパンひとつでできる料理をあれこれ教わったりしつつ、サポートメンバーの魔導人形さん達との傾聴を行った。
アイリーンさんは地球で言う医食同源の料理技法に手を出し始めたそうだ。僕の食事に合わせて日常料理の研鑽に努めていたけれど、心身が優れない時に、早めに食事で改善できれば、その方が良いと考えたからだそうで、心遣いが嬉しかった。
ベリルさんは、マコト文書の紹介だけでなく、三大勢力それぞれの文化、風習について纏めたガイドブックの制作に呼ばれる事が増えたそうだ。未知の文化をどう伝えるか。その難しさを上手くこなしているメンバーとして、相談されることがよくあるそうで、そうして作られているガイドも、少しずつ、僕が読めるように用意してくれるそうで、これには僕だけでなくお爺ちゃんも大喜び。以前、共和国の館で学んでいた頃の資料は、お勉強用って感じで、三者の文化比較とか、娯楽要素が少なかったので、とても楽しみだ。
シャンタールさんは、人形遣いと成るべく、母さんの指導を受けたり、同じ指導を受けたジョージさんに相談に乗って貰ったりしているそうで、侍女としての教育や経験に無い分野に戸惑いながらも、楽しく学んでいると話してくれた。共に練習に参加してくれる護衛人形さん達との連携訓練を行うと、指揮杖を持つ事の重みと、未経験の自分を支えてくれる熟練した彼らの心配りの有り難さも痛感する、とも。
ダニエルさんはあまり詳しく聞いてなかったマコト文書の神官や、信者の方々との触れ合いや、エピソードをあれこれ話してくれた。「マコトくん」を崇めつつも、その教えたるマコト文書に重きを置き、「マコトくん」やミア姉には親愛の情を強く抱き、親近感すら持つなどと、ちょっと恥ずかしくなるくらい、熱を秘めた慣れた語り口で説いてくれた。
護衛人形さん達は、帝国行きに備えて、小鬼人形さん達との交流を深めていて、農民人形の皆さんは庭の手入れや、トラ吉さんがいない時間帯に見掛ける野生動物の種類や振る舞いをあれこれ教えてくれた。
そして、ロゼッタさんは次の帰省を楽しみにしていること、遠い地にいてもどかしさを感じていること、それと魔導人形さん達の生き方について教えてくれた。魔導人形にも生老病死に相当するモノはあり、人と同じように、日々の活動の中で色々と考える事があるそうだ。
人形遣いの手により創られ、多くの行いの中で学び、長く稼働すればあちこち不具合が出るようになり、稼働限界を迎えれば活動を終えるのだと。
人と違い、子供は産まないけれど、主の子供の養育に携わり、後進を育成し、何かを為していく事には違いはなく、自らの仕事に遣り甲斐を感じ、誇りを持ち、何かを為す事を望んでいる、と話してくれた。
自身が必要とされていて、それが誰かの為になる事であり、為したことが報われるなら、その魔導人形はきっと幸せだと。
最後に、サポートメンバーの魔導人形さん達は、少なくとも僕が成人を迎えるまではしっかり支え、立派に育った姿を祝福するつもりでいるので、自身を大切にして欲しい、と言われた。
自分だけで生きてるんじゃない、そんな当たり前のことなんだけど、魔導人形さん達が見せてくれる姿はほんの一部に過ぎなくて、役割を持つ前に、それぞれが自身の考えで立つ存在なのだと、それが強く心に響いて、その意識を持った事で、少し世界の見え方が変わった気がした。
◇
僕の心身が安定したようだからと、白竜さんにも立ち会って貰い、第二演習場で魔術の訓練も久しぶりに行うことになった。今回は何と、リア姉も一緒だそうで、これは、手間を省く為、とのこと。白竜さんは、例の宣言の意見取り纏めを、雲取様だけでなく、雌竜の皆さんも総出で手伝っているから、と教えてくれた。
師匠、白竜さん、お爺ちゃんが見守る中、長杖を構えて、小石を弾き飛ばしたり、風を吹かせてみたり、大きな石を浮かべて運んでみたりと、以前にやっていた事の復習と、ちょっとしたアレンジって感じ。
「アキは見た感じ問題なし、と言っても良いんだが、始めての岩の運搬もやけに安定してたじゃないか。どうイメージしたんだい?」
「全方位からのバランスが揃ってないと安定しないと思ったので、雪を圧縮してブロックを作った時と同じで、全方位から満遍なく支えるイメージにしてみました」
大きな石も安定して浮かせて、白竜様が見せる着地のように音もなくそっと降ろすこともできたから、自信満々に答えたんだけど、師匠は目を丸くして驚いた。
「――そいつは何とも驚きだね。白竜様、普通のやり方と見比べをお願いしてもいいですか?」
<やってみて>
白竜さんが了承してくれたのを受けて、師匠が杖を振って、大きな石を僕と同じように運んで見せてくれた。パッと見、結果は何も変わらないように見える。
<アキには解りにくいかも。二つの魔術は視覚だけなら同じに見えるけど、その実態は大きく違ってる。人が荷物を抱えて運ぶ様を想像してみて。ソフィア殿は持ち上げて運ぶ者がいて、安定の為に補助する者は時折、手を貸すイメージ>
ふむふむ。
<アキの方は、全方位から大勢の人が手を添えて、常に向かい合わせ同士が均衡しつつ、皆で力を加減して、任意の方向に動かしているイメージ>
「何か、絵面を想像すると、凄く暑苦しい感じですね」
大勢でおしくらまんじゅうをしてるかのよう。
「それと、ソフィーのやり方だと、失敗したら岩は落ちるけど、アキのやり方だと力加減を間違えたら粉微塵だね。あと、手の数だけ必要な魔力が跳ね上がって、数が増える分だけ制御もかなり面倒になるかな」
リア姉が呆れた顔で補足した。
「そこは雪のブロック作りで慣れたんじゃろう。あれとて六方向からと言いつつ、各面に均等かつ適切に力を加えんと歪になるからのぉ」
お爺ちゃんが、慣れを強調したけど、それには師匠が顔を顰めた。
「翁は軽く言ってるが、普通なら魔力が足りず魔術が失敗するか、バランスを崩して岩が転げ落ちるところだよ。砕くのはまぁ、普通はあり得ない話さ。……アキ、私がいいと言うまでは決して、岩の圧縮なんざ試みるんじゃないよ。あちらの知識があるからわかるだろうが、逃げ場なく力を加えれば、高温高圧の爆弾みたいなモンに化ける。加えてる力を緩めても安定した形態に変化させるには、材料、温度、圧力の加減や時間の調整が必要でそいつもかなり難しい。アキがやったら、ほぼ間違いなく、力を緩めた途端、大爆発だね」
師匠が手をぱっと広げて、吹き飛ぶ様を示した。仕草は軽いけど、目が軽々しく扱えない事実だと語っていた。
「うわっ、やりません、と言うかそんなおっかない話になるんですか?」
僕の疑問にはリア姉が答えてくれた。
「普通はならないよ。そもそも岩を押し潰す程の力を全方位から加えるなんて、一流の魔導師でも厳しいから。と言うか、先入観が無いってのは凄いけど怖いね。私は魔導師としての長年の経験が邪魔して、どうしたってソフィーみたいに持ち上げてしまう」
そして、リア姉が僕から長杖を受け取り、同じように大きな石を運んで見せてくれたけど、見た感じは変わらない。
<今のやり方は、ソフィア殿の場合と同じ。力が足りなくて落ちるか、バランスを崩して転がることだけ心配すれば良い。アキのやり方は、今だから言うけど、私も緊張した。場合によっては空間ごと固定しようと思ったくらい>
う、何か聞けば聞くほど怖い。というか、空間固定とかできるんだ、凄いなー。
「力加減はそこまでミスはせんと思うが」
「岩に見えるように塗装した卵でも運ばせてみれば、結果は解るだろうね。私は割る方に賭けるよ」
う、お爺ちゃんのフォローも轟沈した。見た目詐欺な対象なら、確かに加減を間違えると思う。
「魔術に触感があれば、何とかなりそうですけど、仮想の腕で掴むってイメージすると、腕が生えそうで、ちょっと上手くいく感じがしないです」
「アキ、いつ消えてくれるかわからない生腕なんか創造しないでおくれよ? 警察沙汰は御免だからね」
弟子が警察にしょっ引かれるとこなんざ見たくないねぇ、などと意地悪く笑われた。
それからも色々と試して、魔術行使は問題なさそうとお墨付きを貰う事ができた。ただ、雪でブロックを作った経験の影響か、対角線上に均衡するように支えないと、どうも上手く行かなくて、それに作用点を減らすより増やす方が安定する始末だった。
「物を運ぶだけで、ここまでやり方が違うと、初歩と思った小石飛ばしも見直した方が良さそうだね。白竜様、アキの小石飛ばしを普段より詳細に観ることはできませんか?」
<できる。ただ、とっても疲れるから、やるのは一度だけ。できるだけ観測時間を縮めたいから、タイミングを計ってアキは魔術行使、翁はカウントダウンをお願い>
「心得た」
お爺ちゃんがぽん、と胸を打って、皆に合図をしてから、カウントダウンを開始。
ゼロの合図と同時に、僕は小石を飛ばしたんだけど、ゼロになる寸前、白竜さんの抑えていた魔力が元に戻って、何か魔術を使ったような気がした。ただ、僕自身は自分の魔術に集中していたから、何をしていたかは、まるで把握できず。
そして、白竜さんを見ると、身体を起こして両足と尻尾で座り、首を大きく曲げて手の前に顔を持ってくると、目のあたりを指でぐりぐりと刺激しながら、深く息を吐いた。
「おっと」
咄嗟にお爺ちゃんが障壁を張ってくれたおかげで、師匠も僕も吹き飛ばされずに済んだ。
「白竜様、なんか凄くお疲れですね?」
<観測する間だけ意識を加速したから、アキにとっては一瞬でも、私にはゆっくり空を飛び回れるくらい長かった。もう今日はやらない。目が疲れた>
などと言いながら、目を閉じて指圧してる。
「あの、白竜様、竜族にも指圧の技術ってあるんですか? 僕達も疲れるとよく体のツボを圧したりするんですけど」
<ある。刺激を与えたら体のどこが反応するか竜眼で確認できるから、成竜なら誰でも指圧の技は使える。下手だと番いになれないから、誰もがちゃんと覚えてる>
なんて言いつつ、暫く目の周りを指先で圧したり、目を掌で全体的に圧したりしてたけど、十分くらいそうしてたら、回復してきたようで、いつものように座り直すと結果を話してくれた。
<アキのやり方は、小石を全方位から包んで固定しつつ、後方から圧力を加え、少しだけ遅く固定を解除することで飛ばしていた。固定する力も周りよりも早く前側を消すことで、跳ぶ方向も制御しているように見えた>
あら。確かに形状も違う小石だから、重心がどこにあるかどれも違ってて、飛び方が安定しなくて、固定しつつ全体を満遍なく圧すといい感じに飛ぶようになったんだけど、あくまでも瞬間的なイメージだから、そこまで厳密には考えてなかった。
「白竜様、いつものように竜眼で観るだけなら、見比べはまだできますか?」
<問題ない。やって>
師匠が杖を一振り、小石を飛ばしたけど、こうしてみると、師匠の方は山なりに飛んでいく感じだ。敢えてゆっくり飛ばしたからかもしれない。
<ソフィア殿のやり方は、小石を掴んで投げるイメージ。アキの方は短い筒の後ろに固定した小石を、振り回したハンマーで叩いて、筒から飛ばすイメージ。飛び方がかなり違うからこれはわかりやすい>
師匠は、表情を改めて、話し出した。
「アキ、軽く飛ばしている分には多分、問題は起きないだろうけど、念の為、小石飛ばしも暫くは禁止だよ。岩の話と一緒で、加減を間違えたら石が砕けて破片が飛び散ってしまいそうだからね。まさか、小石飛ばしで、石が砕け飛ぶ心配をしなくちゃならないなんて、完全に想定外だったよ。白竜様、協力に感謝します」
<私も普通に観ていたら見逃していたから良かった。ただ、意識の加速は誰でもできる技じゃない。それに私も暫くはやりたくない>
目の奥にずーんと疲労が残っている感じで、一週間はこの感覚は抜けない、と教えてくれた。
「意識の加速とは凄い技じゃが、負担が大き過ぎるかのぉ。アキの魔力が感知できんのがやはりネックじゃ。確か、リア殿が研究を進めておった筈じゃが」
「あー、それだけど、今のところ、進展なし。一応、周囲を視認できる濃度の魔力で満たせば、私やアキの魔力は、その影響を受けず排除するから、無いところと有るところが生じて、認識できるだろうって方向性は見えたんだけど、そこから先に進めてない」
リア姉がお手上げのポーズで、状況を表現した。
「今度、賢者を混ぜて検討してみんか? 結果だけ見て判断するのは、どうも危険そうじゃ」
「そうしてくれると助かるね。済まないけど手を貸しておくれ。アキの意識の持ち方は基本、マコト文書が語る、あちらの世界基準だ。結果だけ見れば同じでも、物の捉え方や過程が色々と違ってそうだからね。それでも、手探りでも進めていけば、やり方は見えてくるだろうさ」
こうして、竜と妖精と私が立ち会ってりゃ、何とでもなるから心配もない、と師匠は笑ってくれた。
色々とアレなところもあるけど、決して見捨てない、と安心できる眼差しを向けてくれる姿を見ると、多くの人が、師と仰ぐだけのことはあるのだ、と感じて安心できた。ありがたいことだ。
そして、最後に師匠は目を細めて、ゆっくりと告げた。
「いいかい、アキ。古典魔術は想像すれば実現できる。だけどね、作用する対象は、物の理に従う事を忘れるんじゃないよ」
「心に刻んでおきます」
師匠は特に強い口調で話した訳じゃないけど、僕は魔術に対する浮かれた気持ちを引き締めた。
人族の一般的なやり方と違って、僕は最後のイメージを行うだけで魔術を発動できるけど、それは魔力量を調整することによる加減ができない事も意味する。常に最大出力でしか行使できない術式の行使。
その恐ろしさを垣間見た気がした。
ブックマーク、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
次のイベントまで束の間ですが、のんびりした時間が確保できたので、これ幸いと、傾聴したり、運動したり、訓練したり、と本来、ロングヒルでやりせる予定だった過ごし方をさせることができました。
本作では、魔導人形は、SFのロボットと違い、製造された時からすぐ働けたりはしません。赤子ほど無力ではありませんが、身体を動かす事も含めて自己学習を積み重ねていくことで、習得していきます。その過程で個性が生まれていきます。同一時期に同一工房で創られても、習得技能が異なり、就職先も変わってくるのはその為です。ですので、アキのサポートをしている魔導人形達も、それぞれの歩みがあり、本人が希望し、雇用主からも働くことを望まれて、現在の仕事に従事しています。本編では明確には語られてませんが、大変高価な存在なので、大量生産されて使い捨てできる安価な道具、といったよくあるSF的ロボットのような扱いにもならず。
魔導人形達にも人格があり、その心に向かい合う姿勢が必要なのだ、ということを、アキも今回の傾聴から改めて学んだことでしょう。
ちなみに、街エルフにも阿呆はいるので、魔導人形への認識が歪んでいて愛想を尽かされる者もいます。でも大丈夫、街エルフは気長なので、一度心が壊れようと、百年、二百年と時間掛けてでも立ち直らせるように、じっくり治療を施します。社会に戻った者は、ちゃんと認識の歪みの矯正も終えているので安心ですね。
長命な分、人口がそうそう増えないので、他の種族からすると頭おかしいレベルの手厚さで対応しています。沢山生んで選別して残す小鬼族の文化の対極と言えます。
アキの魔術訓練も久しぶりでしたが、魔力感知できない弊害がまた一つ明確になりました。結果が同じでも過程が違う。普通なら成立しない、制御できないところを、溢れる魔力と膨大な試行回数で得た卓越した操作で成功させてしまう。……なんとも頭の痛い生徒で、ソフィアも師匠として苦しいところです。それでも、何とかしないとね、と決して見捨てるような態度を取らない点は、彼女の美点の一つでしょう。
次回の投稿は、十月三十一日(日)二十一時五分です。