14-18.「死の大地」に残る対竜戦争の負の遺産
前回のあらすじ:黒姫様から、竜族の医術と、それが何故発達したのか、竜族から見た歴史的経緯を教えて貰えました。街エルフがあらゆる手段を使って戦ったとは聞いてましたが、まさかNBC兵器群にまで手を出していたとまでは考えてなくて、かなりショックでした。(アキ視点)
「死の大地」に街エルフが残した負の遺産について、自分では怒りの感情を抑えて、ケイティさんにあれこれお願いしたつもりだったけど、どうも、それは自分がそうできていると思ってただけで、結構荒れた物言いだったらしい。
翌日、予定していたサポートメンバーの皆さんへの傾聴の代わりに、その件について話し合いの場が急遽、持たれることになった。参加メンバーはメインテーブルにはロングヒルにいる街エルフの代表的な人達が全員、つまり僕の家族とヤスケさん、大使のジョウさんと勢揃いで、サブテーブルにはサポートメンバーがやはり全員。ホワイトボードへの板書はベリルさんの担当だ。
人数が多いから、会場は別邸の庭先だね。話す内容が内容なだけに、外部と隔離された場所というのもあると思う。
テーブルの上では、僕の近くにトラ吉さんが陣取り、お爺ちゃんは隣に浮いているのはいつも通り。
「そんなに急ぎの話でも無かったんですけど、お集まりいただきありがとうございます。ロングヒルにいても、このメンバーでテーブルを囲むのは初めてですね」
とりあえず、挨拶をすると、ジョウさんが安心した、と笑顔を浮かべた。
「昨日は、トラ吉が近寄らないほど、怒り心頭だったと聞いていたが、落ち着いたようで何よりだ」
あー、なるほど。
「昨日は、黒姫様から過去の話を聞き、それが現代にも膨大な負の遺産となって残っていそうと知って、これから費やすだろうあまりの作業の多さに気が滅入りましたが、一晩寝てちょっとは頭も冷えましたし、しっかり調べれば思ったよりは負担は少ないかもしれず、対処に必要な時間もそれなりにはあるので、ゆったり構える事にしました」
ご心配をお掛けしましたと謝ると、ヤスケさんがジロリと薄暗い闇のような目を向けてきた。
「竜族の視点に触れて、感化されて街エルフへの悪感情を増したと言い出したなら、叱らねばならんと思っておったが、その必要は無いか」
家畜の屠殺を見て、極端な菜食主義を騒ぎ始めるような輩と同じかも、と思われていたなら、それは杞憂ってモノだ。だけど、そう憶測を呼ぶくらいには、街エルフの中でも、過去の行いを批判的に捉える思想があるって事だろう。
「悲しい気持ちはあります。でも遠い過去、争いが始まる前に、自分がいたとしても、マコト文書の知識を携えていても、その流れを止められたとは思いませんし、共存を是とする竜族へと変わった事を思えば――」
今に繋がる必要な出来事だった、と言おうとして、慌てて口を噤んだ。不自然な間になったけど、改めて言葉を続けた。
「起きてしまった過去を忘れず、誰も望まない未来へと進まないよう、胸のうちに刻んでおく事こそ、これからを生きる世代に課せられた義務でしょう」
そう告げると、僅かに緊張が走ったけど、何とか及第点を貰えたようだ。
「吐いた言葉は戻せない。今後も注意を忘れぬようにな。お前の言は、お前が思う以上に広く響く。良くも悪くも、だ」
ヤスケさんの静かな声が場を引き締める。この場にいる誰もが何らかの組織の代表だったりして、影響力があるから、僕だけでなく、他の人達にも言い聞かせる意味があった。
◇
少し沈んだ空気を、父さんが動かした。
「前提はそんなところだが、いちいち気にしていては、話の手間が増える。だから、後は余程のことが無い限り、いちいち注意はせず、纏めて指摘する。いいかい?」
「はい。そうして貰えると助かります」
「それとな、以降の発言は、意思を乗せよ。誤解なく理解を進めるためだ」
おや。
負担にならないかと思ったけど、そこは母さんが胸元から護符を取り出して見せてくれた。
「この場にいる全員が、個人用にカスタマイズした緩和術式の護符を付けているから心配しないでいいわ」
「にゃ」
なんと、トラ吉さんもホレホレと、首輪からぶら下がる小さな護符を見せてくれた。
なら、安心だ。
◇
では、今回の趣旨から話そう。
『今回の件ですが、ざっくり言えば、「死の大地」に残る、街エルフが用いた兵器の危険性を明らかにして、街エルフが率先して対処する事で、余計な風評被害を防ぎ、「死の大地」の浄化に尽力したと自他共に認める未来を得ましょう、って話になります。ついでに、同じ事を繰り返さないように、国同士の相互監視もしましょう、ってところですけど、こちらは将来への布石程度でしょうか』
ほら、シンプルな話でしょ、と伝えてみたけど、リア姉が、こめかみに手を当てながら、文句を吐き出した。
「アキが理詰めで行けば妥当な結論と考えてる事はしっかり伝わってきたけど、どのステップも容易ならざる気配に満ちてるし、規模も期間も破格のレベルなのは確実だよね」
ふむ。まぁ、そんなところもあるかも。
『でも、先に動けば、後から動く場合よりずっと少ない手間で済むし、「死の大地」全体の浄化計画からすれば、一割にも満たない規模だと思うよ? 期間も初期段階に集中していて、街エルフはそれをするだけの手駒も揃ってるから動きやすい話じゃないかな。あと、やるべき事が増えたんじゃなく、見えてきただけですよね』
全体からすれば、さほど負担は増えてない、とアピールしてみた。まぁ、この場にいる人達は、面倒だから嫌だ、なんて言い出す事はないと思うけど、なんか、皆さん、顔が引き攣ってる。
あ、でもジョウさんが場を動かしてくれた。
「話の規模が大き過ぎるから、先ずは一つずつ片付けていこう。それぞれについても色々と疑問があるから、それらも聞いていきたい」
ん、前向きな発言だ。
ベリルさんが箇条書きにしてくれてるから、一つずつ説明していこう。
◇
『では、①「死の大地」に残る街エルフの対竜兵器の危険性を明らかにする、から話しますね。あ、争っていた時代に用いた罠や毒、他の手段もいちいち話すと長いので、全体としては対竜兵器、末期に用いられた大地を穢した兵器は別枠なので、それを語る際はNBC兵器とします』
「アキ、儂はそこまでマコト文書を詳しくは知らん。そもそもNBC兵器とは何じゃ?」
ふむ。見るとヤスケさん、ジョウさんも補足が必要そうだ。
『NBCは大量破壊兵器を指した言葉で、Nは核物質、放射性物質を用いる兵器を意味して――』
N系兵器は昔はA、原子爆弾を指していたけど、水爆や放射性物質をばら撒いて汚染させる汚い爆弾も増えたので、呼び名が変わった。Bは生物兵器の略で伝染病の類を意図的にばら撒くモノ。C兵器は、化学兵器の略で、化学合成された毒ガスの類をばら撒くもので、どれも広範囲で大量に死と破壊を齎す兵器の事だと説明した。
典型的な例として、N兵器はたった一発の爆弾で、人口三十万を超える都市が壊滅した事を、B兵器は、意図して持ち込んだものではないけど、弧状列島全体よりずっと広い国が、持ち込まれた天然痘によって僅か数年で人口の六〜九割が亡くなった事を、C兵器は、第一次世界大戦で大規模に投入されて死傷者が百三十万人に及んだ事を話した。
お爺ちゃんはその内容に驚いていたけど、ヤスケさん、ジョウさんはNBC兵器に該当するこちらの事例を知ってるから、どれに対応しているのか理解してくれたようだ。
『何故、それらの危険性について明らかにする必要があるかと言うと、それらの脅威が今も残っている可能性があるからです』
「土の中では腐らず残っているかもしれない、或いは適切に処置しなければ今も毒性を有しておるかもしれない、じゃったか」
『そうだね。あと、高濃度の呪いに侵された事で、呪物と化してるかもしれないってのもあって、ケイティさんに確認したら、古い呪物が年月の影響を受けないかのように、昔のまま残っている、なんて話もあるって。そして浄化すると、一気に時の影響を受けたかのようにボロボロになって朽ち果てたりもするみたい』
「つまり、遠い過去の遺物であっても、呪われた品と化す事で、当時のまま残っているかもしれん、と言う事か」
『呪いについては知らない事も多いので、推定ですけど、そう外れた話ではないかと思います。あと、地域を薄く広く浄化しても、呪物はそれでは浄化されず残る場合が多いとも聞いたので、この前の呼び掛けを受けても、残っている可能性はあるかな、と』
竜族が低レベルの術式を問答無用で無効化するように、呪物も弱い浄化術式の影響は受けない、そういう事だね。
「「死の大地」は単に呪われた地と言うだけで無く、対竜兵器があちこちに残り、その危険性に備えなくては浄化作戦の遂行にも影響がある、かもしれないと言う指摘か」
『かもしれない、その恐れがある、そんな話ですね。無ければ無いに越した事は無いんですけど、ばら撒いた罠と同じです。この会場も、罠はなく安全です、と言われるのと、多分、安全です、でもそこらに罠が残ってるかも、と言われるのでは、だいぶ意味合いが変わってきますよね?』
ちょうど、会場が庭先だったので、ほら、そこらの茂みは危険かも、なんて思ってたら安心できないでしょう、と話すと、僕の懸念も共感して貰えた。
「アキの指摘は呪いの時と同じで、遠い昔の話だから実際に残ってる可能性はそう高くないと予想はできるけど、どれだけ朽ちたのか、或いは残っているのか、把握できていない。だからこそ、危険性を伝えて備える事が大切だ、無いなら無いと明らかにして安心を得たい、そう言う事だね」
『リア姉の言う通りで、全て残ってるなんて事は無いけど、ゼロとも思えない。だからそこを明らかにしようって話です。シンプルな話です』
僕が心底、そう考えていると伝わったようで、でも、それだけにジョウさんは渋い表情を浮かべた。
「それは、言うは易し行うは難し、の典型だ。私も詳しくは知らないが、当時は都市間の連絡もままならず、それぞれが独自に作戦を遂行していたと伝わっている。それにそれこそ無数とも言える数の多様な罠を生産して、広大な地域に散布したという話だ。彼の地を脱出した頃は混乱の極みにあって失われた資料も多い」
ふむ。
『そこは、ヤスケさんのように直接経験されている世代や、そういった世代から今より詳しく話を聞いた上の世代への聞き取りをすれば、全体の把握は可能でしょう?』
僕の指摘に、ヤスケさんが顔を顰めた。
「その頃は儂も今よりずっと階級は低く、全体を把握できるような立場ではなかったわ」
ふむ。
嘘は言ってないけど、色々と隠してるね。
『いくら、厭戦感が双方に蔓延していても、不可侵の誓いを信用しきってなどいなかったですよね? 今でも都市の上部を緑化したり、帆船を山に偽装したドックに隠したり、竜が降りづらくなるように、防竜林を整備しているんですから。――何も今の手札を明かせと言ってる訳じゃありません。「死の大地」に残ってるであろう大昔の兵器群について、緑化事業に従事する小鬼族の皆さんに注意喚起できる程度の情報を出してくれれば十分です』
そう探りを入れたら、皆の表情が少し変わった。ん、リア姉はそうでも無いから、国の上層部だけの限られた範囲限定の話か。
やっぱりねーと考えたのが表情に出たようで、ヤスケさんが、目を細めて笑みを浮かべた。
「これは一本取られたな。あれか。あちらでも、この手の話は多いのか」
『多いですね。いくら危険でも、取り扱い注意でも、一度手にした武器はそうそう手放せません。それに条件さえ揃えば効果的に使える、そう考える為政者は多く、まして、それが相手に与える被害を考慮して相対的に安価となれば、防衛の為以外には使いません、と称して抱えてしまうものです』
「アキ、そんな物騒なものをあちらでは、使うかもしれないからと、皆が抱えておるのか?」
正気とは思えん、とお爺ちゃんの表情から伝わってきたけど、それは誤解だ。
『それは最後に語る、制限条約で互いに使わないようにしよう、作らないようにしよう、作ってないか相互監視しようって件に繋がる話だね。他の国にバレずに使えるなら、国内の反体制勢力を潰す為に化学兵器を使った例も少しあるけど、基本的には大っぴらには使えないように、皆で注意し合ってるよ』
そう話したけど、そんなモノを国内に使うと言うのが信じられないようだったので補足した。
『毒ガスも種類によっては翌日には毒性を失う、なんて使い勝手のいいモノもあるんだ。だから、他の地域と離れた、そんな都市なら使った方が自軍の被害を抑えて敵戦力を殲滅しやすい、他の国にもどうせバレないとね。そう考えて使っちゃった為政者もいたんだ』
毒ガスを浴びて、運良く生き残った人も生涯、後遺症に苦しむから、碌でもない話なのは間違いない、とも伝えた。
あー、なんかお爺ちゃんがドン引きしてる。
えっと、話が趣旨と違う方に入り込み出してるから軌道修正しよう。
『NBC兵器について詳細は別の機会で。今は長い年月、毒性を持ち続ける事もある、その効果の制御は難しく意図せず残る事もある、被害者が死ぬまで後遺症に苦しむ、とだけ理解してね』
そう諭すと、お爺ちゃんも渋々だけど頷いてくれた。
◇
『残っているかもしれない兵器について明らかにするのは、主に緑化事業に従事する小鬼族への二次被害を防ぐ為。それに浄化を行う各種宗教関係者の皆さんなど、現地入りする全作業者への二次被害を防ぐ為と言えます。事前に注意喚起しておけば、被害もある程度は減らせるでしょう』
「それを儂らから先に伝えておけば、天空竜から話を聞いた竜神子達から、話が広がった後に説明するよりマシだ、そう言う事だな」
『後出しすると、解ってるなら先に言え、と反感も生まれて、こちらの誠実さが誤解されかねないですからね。竜の口に戸は立てられませんし、後手に回るのは得策ではないでしょう』
情報源は二つある、そして竜がこちらに忖度する義理もないのだから、誤解が生まれないよう、先手を打つのは必然だよ、と。
「それが、次の、②街エルフが率先して対応する、に繋がるんだね」
父さんが上手く繋いでくれた。
『そうなります。幸い、街エルフには、毒や怪我にも強い魔導人形さん達がいるので、他の種族が現地入りする前に、事前調査と必要があれば、罠の除去をする事で、後に続く被害を減らす事ができるでしょう』
「通常装備だけでは対応は難しいから、捜索や無害化の手順確立もいるわね。どれくらいの頻度で見つけるかにもよるから、呪物化や、危険性の残余に関する研究が先になるけれど」
母さんも言う通りだね。
『小さくて、個人装備の護りを抜けないなら、発動させちゃうのも手ですけど、そこはケースバイケースでしょう。あちらだと、放射性物質はそれだけを抽出して、隔離するしか手が無かったけれど、こちらなら無害化する術式とかあったりします? あと、当時使った放射性物質の種類とか、量とか散布地域とか、散布濃度とか明らかですか?』
「アキ、そこは大昔の話で、今のようにマコト文書も無く、精製技術も作業環境も大きく劣っていた。だから濃縮度も低いだろうし、そもそも混ぜ物だらけで、雑な散布だったと思うよ。あと、無害化する術式も無くはないけど、対象となる物質だけ集める形にして、対象を絞らないと効率が悪すぎて現実的じゃないね」
なるほど。
「濃縮と言うと、鉱石から金属を取り出すようなモノかのぉ」
『ん、同じだね。天然の鉱石に含まれる放射性物質は僅かだから、目的の物質だけ抽出して、濃度を上げないと、核兵器としては使えない。だけど低濃度でも放射線はばら撒くから、対象地域にばら撒けば放射能汚染できる、それが汚い爆弾。えっと、使った後、竜族への効果があったかは確認できてないって認識で合ってます?』
僕の問いに、なんか諦めの気配すら混じった顔でヤスケさんが答えてくれた。
「末期に行った作戦の多くは、長期的な視点での効果を狙ったもので、その影響を見極めるだけの時間はもう我々には残ってはいなかった。もう生活を続ける事はできない、ならば、脱出するまで、できるだけ嫌がらせをしてやろう、そんなところだ」
黒姫様も話していたように、汚染された地域で毒に耐えながら、戦いを続ける気まではなかったと。そして、後先考えないでいいなら、手段を選ばずやってやろうって事だね。
「……相手を追い詰め過ぎてはいかん、という話じゃのぉ」
お爺ちゃんの呟きが響いた。
◇
『次は、③余計な風評被害を防ぐ、ですけど、これは簡単です。予め、黒姫様から聞いた竜族視点の歴史観にも配慮しつつ、街エルフ視点の歴史観を先に広めておくことで、必要以上に街エルフへの反感が増すのを防ぎます。竜族の環境破壊や、双方の影響で生まれた呪いは、早い時期に無くなるのに対して、地に埋まった対竜兵器はかなり長い期間残り、忘れた頃に出て二次被害が発生するたびに街エルフの行いを思い起させるので、丁寧な対応が必要でしょう』
罠は老若男女、種族に関係なく殺傷するのだから、と補足した。
「罠は便利じゃが、厄介じゃのぉ」
おや。
『妖精族は罠を使わないの?』
「視認した相手を儂らは術式で簡単に倒せるからのぉ。いちいち倒すのが面倒な虫の群れでも、空間ごと爆破すれば一網打尽じゃよ」
このチート種族め。
「私達が過去の出来事を伝えるように、事実を伝えつつ、感情的な対立を煽らないように配慮する、そう言う事ね」
母さんが上手く纏めてくれた。
この件は、情報網を押さえて、上手く制御してきた街エルフだからか、特に異論はなかった。
◇
『次は、④「死の大地」の浄化に尽力したと自他共に認めさせる、ですね。当初の案では、街エルフは各種族の活動に必要な支援を適宜行っていく、呪いの事前探査や、浄化杭の製造を行う事になってましたが、対竜兵器の処分にも率先して対応する事で、街エルフの誠意と尽力を皆に認めて貰えるでしょう。まぁ、これは何かすると言うよりは結果ですね』
時間軸的には、緑化事業が始まる前までに情報開示と、事前の対竜兵器除去を担うこと、除去した場所から緑化に着手すればいいので、全体から見れば除去と緑化は並行できる、とも補足した。
言ってる事はわかる、と頷いてくれたけど、実行段階の手間や規模を考えてか、皆の表情は少し険しい。
まぁ、そこはすぐ答えを出す必要は無いところなので、気持ちを切り替える為に、最後の話題に移ることにした。
◇
『最後はNBC兵器の制限条約締結ですね。ケイティさんに確認したところ、環境汚染については、竜が睨みを効かせることで防いでいる、とのことでしたが、勢力間の条約締結は行われていないとの事でした。互いに総滅戦に繋がる大規模破壊兵器の使用は行わない、と宣言し、その誓いが守られている事の相互監視の仕組みも作ろう、という提案です』
不文律化している話を明文化しようというだけですよ、と伝えたんだけど、あまりピンとこないように感じられた。
『今も使ってないのに、明文化が必要なのかって感じです?』
「そんなところか。それにNBC兵器の研究施設となれば、最高レベルの国家機密ともなる。それを他勢力に開示する、施設に立ち入らせるのは、正直、厳しいだろう」
「それに鬼族が小鬼族の施設を査察するのも、物理的に無理だね」
父さん、リア姉の言う事もわかる。
『まぁ、これは先々の話なので、統一国家樹立後でも良いかと思いますよ。ただ、海外勢力は使うのを躊躇するとは限らないので、制限はしても研究と、いざという時の為の備えは考えておいてくれると助かります。まだ先ですけど、次元門の運用が始まれば、地球との交流へと繋がることにもなり、地球の手口と歴史を考えると、備え過ぎと言う事はありません』
長命種なら十年、百年先に備えておきますよね、と話を振ってみたけど、反応は鈍い。
「――備えが必要と言う意見は解るが、条約締結は先走りが過ぎよう。対竜兵器の件は確かに後手に回れば、要らぬ手間も増えるだろうが、加減も難しい。この件は儂の預かりとする。皆もそのつもりで他言はせぬように」
ヤスケさんが纏めてくれた。
まぁ、そんなところかな。ヤスケさんならお任せしても問題なさげだし、安心だ。
『宜しくお願いします。ヤスケさんなら安心です。長老の立場であっても、年配の世代への聞き取りや同意を得ることは、手間がかかると思うので、あんまり役には立たないと思いますけど、何かあったら遠慮なく言ってください』
日本でも、戦争時の経験を死ぬまで殆ど語ることがなかった、なんて祖父母世代の話は良く聞いたし、地道で、息の長い対応が必要じゃないかな、と思う。だから、理解してますよ、協力は惜しみません、とアピールしてみたんだけど、ヤスケさんだけでなく、全員が表情を引き攣らせたのが解った。
なんか踏んだ臭い。
ヤスケさんが夢に見そうな、おっかない笑みを浮かべて、代表して答えてくれた。
「本心から心配してくれているとは伝わってきたが、いつもそれで良いと思うようでは考えが浅い。エリザベス殿も、アキは気を許すと相手を遠慮なく振り回す、と話してたようだが、そうされる相手の気持ちを理解せねばな」
う、なんか責められてる。
『でも、理詰めで状況を整理してけば、皆さんも納得できる結論になった訳で、それも、新しく仕事を増やしたんじゃなく、ある仕事の「見える化」をしただけな訳でして――』
などと反論してみたものの、ヤスケさんの眼力に声も尻すぼみに消えてしまった。
「初期情報に触れた直後に、多くの脇道をすっ飛ばして、ゴールまでの正解ルートだけ示されても、はいそうですか、とそのまま歩ける訳がなかろう! 傾聴だが、儂は最後にアキから感想を聞いて、軽くコメントする程度にしようと思っておった。だが、気が変わった! 儂も積もりまくった不満を余すことなく全て吐き出すから、そのつもりでいるがいい!」
うわー、なんかストレス溜まりまくりって感じだ。
……ちょっとだけ、ミア姉の真似をして「ヤスケ御爺様ならできますよ、信頼してますから」などと後押ししてみたくなったけど、踏み止まった。
前にソレをやって、凄く怒られたからね。
ふぅ。
って、なんかリア姉が冷めた目でこっちを見てる。
『リア姉、何かな?』
「アキって、ミア姉に似て弾薬庫で火遊びする気質があるなって」
『え? 似てる?』
ミア姉に似てると言われるとなんか嬉しくなってきた。
「子の教育は親の務めだ。手遅れになる前に何とかせい」
ヤスケさんが何か酷い。
「親のできることなど殆どなく、子は自ら歩むものですよ」
「あちらでは、三つ子の魂百までと言うらしいですね」
父さんも母さんも遠い眼差しをしながら、そんな事を言って乾いた笑いを見せた。それでも愛情が感じられるのは、これまでに培った心の触れ合いがあるからと思う。
そんなやり取りに、口を挟めばやぶ蛇になる、と視線を逸らしたリア姉がちょっと薄情だと思った。
本文でアキが語っているように、今すぐって話でもなかったんですが、アキがケイティに情報収集と検討の依頼をした時の物言いが荒れてた為に、関係者が集まることになりました。同じロングヒル領内にいるので、まぁ集まるのはさほどの手間でもありませんからね。
今回やられたように、会話に意思を乗せるのは、細かいニュアンスを正しく伝える、という意味もありますが、言葉の嘘を見破るのにも使えてしまう諸刃の剣だったりします。即応で乗せる意思すら配慮が自然とできるようになれば、一流の女優か政治家になれるでしょうけど、まぁアキには無理でしょう。
アキもヤスケを揶揄うのを我慢して成長しましたね。リアにはバレバレでしたけど。
まぁ、リスクがあっても飛び込む性格じゃなきゃ、身一つ(というか魂一つ)で異世界に行ったりしない訳で、初期の頃に比べてアキもだいぶ、こちらの人達に心を許してきた変化と言えるでしょう。
振り回される方は勘弁してくれって気持ちが多そうですが。
あと、イズレンディアも言ってますが、アキの知識、好意は甘美な猛毒です。
ヤスケも遠慮せず不満をぶちまける、と言ってるのでその辺りにもがっつり触れてくると思います。
<補足>
アキは大した補足もなしに、放射性物質とか放射能とか放射線とか用語を使ってますが、翁は黒姫様の話も聞いてるので、毒をばら撒く物質、毒をばら撒く能力、ばら撒かれる毒、程度に理解してて、話の腰を折るのもどうかと思い、説明を求めない、大人の対応をしています。
きっと、アキが寝た後に、ケイティや三姉妹から入門レベルの核関連知識を教えて貰う流れとなったことでしょう。パンクするからマコト文書の知識は絞っていると言っても、現物が出てくる流れがありそうなら、話は別ですから。
次回の投稿は、十月二十四日(日)二十一時五分です。