14-17.竜族が医術に長けている訳
前回のあらすじ:紫竜さんの尻拭いですけど、セイケン、ガイウスさんの協力も得られたので、三勢力共同作戦として対処できそうです。この活動もしっかりドキュメンタリー映画で紹介すれば、多くの人の意識を変えることもできるでしょう。(アキ視点)
※傾聴に関するコメントは本編でアキ自身がヤスケに語る(予定)ので省略です。
魔獣の調査と説得、無理そうなら所縁の品を入手する件だけど、呼ばれてきたセイケンは少し難しそうな顔を、ガイウスさんは自身有りげな表情を浮かべていたのが対照的だった。
軽く聞いてみると、鬼族の方は、追い払うのも簡単なので、人里に近づいてこないなら気にしなかったそうだ。だから、変わり者で観察しているような輩も居なくはないが、それは本人が楽しんでやっている娯楽であって、今回の件に沿った人材が揃うかと言えば微妙そうだと。
逆に、小鬼族の方はそもそも魔獣は手強い相手であり、できるだけ正面からぶつかりたくは無く、搦手で何とかしてきた歴史がある。だから、気配を消し、魔獣の行動を調査し、他の魔獣との関係や、争う頻度、季節ごとの行動域の変化などの情報の蓄積も多いそうだ。
なので、連邦と帝国はこの件で協力して、作業を分担していくと効率が良いのではないかと提案してみた。人族主体の探索者チームとの連携も、小鬼族の方となら、スムーズに行えるのではないか、と。
セイケンが少し不満げと言うか、出番の少なさを気にしてる感じがしたので、竜族に直接動いて貰うのは作戦失敗を意味するので、参加できる中で最大戦力は鬼族であり、いざという時に駆けつけてもらえると言うのは、大きな安心に繋がるとフォローした。いるだけで相手に死を予感させる戦士と言うのは、武器を振るうことなく場を収められる、頼れる力なのだと。
竜族だと、魔獣は恐怖に心が囚われて、話し合いどころじゃなくなるだろうから、と話すと、皆もこれには納得してくれた。
頼りになる後詰めが控えてくれることに感謝を忘れず、前線に出てる自分達こそ活躍してるなどと増長する残念な方がもし居たら、きっちり締付けを行うよう重ねてお願いした。
なぜ、そこまで言うのか不思議そうな視線を向けてきた人がいたので、日本の話で、「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉も鳥のうち」と言って、兵站に当たる者達を軽んじる風潮があり、戦争では兵站を潰されて、前線の兵士達が大勢飢えて死んだ話をして、直接戦闘を担う兵科ばかり重視する軍隊は碌なことにならないと伝えた。
ついでに、偵察して敵情を視察する方々はとても重要で、少数で視察し、情報を持ち帰る方々がいないと作戦の遂行もままならない、とも話すと、探索者の皆さんから、流石にこの場にいる者達で、自分達の役割の重さを理解してない奴はいない、と苦笑された。
ならばと、ファウストさんに、今回の件は結果がどうあれ、三大勢力の共同作業であり、その意義を広く世に知らしめる必要があるけど、その辺り、ドキュメンタリー映画を作って広報を行うような話は考えているのか聞いたら、まだ、そこまでは考えてなかったとのこと。
他の勢力に押し付ければ解決、ではなく、全体として被害を減らそう、という意識付けに繋がる良い機会なので、是非、活かすべきと力説した。
残念な事に、寝る時間が近付いてきたので、政治的宣伝、特に実際の映像を交えた方法論についてケイティさんに説明をお願いして、この件はひとまず終わりとした。
◇
こちらでは無線技術が使い物にならない事もあって、地球のようにラジオで国民全体に広く知らしめる手法は、育ってこなかったそうだ。フィルム映画にしてばら撒けば、似た効果は得られると思うのだけど、寄り合い所帯な連合では、そこまでして強く知らしめたい話もなく、それだけの予算を出す支援者も無かったと。連邦も似たようなモノで、帝国は多少は進めていたものの、広報官が各地で講演会を開く程度とのこと。
コスパ良く進めていく必要があるから、始めは監督が手持ちカメラで撮影してナレーションを入れた程度の自主制作映画辺りから行くのが良いだろうね。この手の事なら得意だろうと思い、マサト&ロゼッタのペアに話して、広報を行う部門を用意して、勢力間の協力を後押ししてはどうか提案してみた。
竜神子の活動もそうだけど、一部の専門家がやってる話は、その重要性、必要性もなかなか理解を得にくいだろうからね。
少ない投資で、大きな効果を見込めるとプッシュしてみたんだけど、二人は慎重な反応を示した。僕の帝国訪問の件はまだ単発だけど、そのような組織を作り、継続的に情報発信していくとなれば、その影響力は計り知れない、各勢力の政の混乱すら招きかねない、と言われた。
勿論、門前払いとはならず、確かに財閥の得意とする分野ではあるのと、竜神子支援機構の広報とも被る部分があるので、研究と準備は進めていくけど、具体的な提案や調整は、秋に各勢力の代表が集まった際には行う事にする、とされた。
魔獣への対処は、長く時間はかけられないから、秋口にはある程度の目処は立ってると思う。なので、後で必要な情報が揃えられるよう、記録だけは残しておく点だけはお願いしておいた。
もし、資金的な話が出たなら、僕とお爺ちゃんで群衆資金調達で集めるのもいいかな、と考えてる件を伝えたけど、大騒ぎをになるから止めるようキツく言われた。支給されているという給料の使い道にちょうどいいかと思ったんだけど、残念。
まぁ、これでドキュメンタリー映画の候補は二本目と。
真面目な作品ばかりだと堅苦しくなるから、娯楽系の作品も欲しいところだね。それは別の機会にまた考えよう。
◇
傾聴は、次はサポートメンバーの皆さんが対象となった。人数が多いので、期間もある程度バラける感じに。
ケイティさんは、家政婦長の典型的な一日の仕事について、色々と教えてくれた。僕と接点のある昼間の時間帯は、全体からすれば一部に過ぎず、それ以外のサポート部門の状況把握や指示を行う時間が多く、サブリーダー級に上手く権限を割り振ることで、仕事を回している感じだった。大使館領内であれば、杖を用いた連絡が互いに行えるので、あちこちから仕事が降ってきて、やりがいはあるものの、のんびりした田舎の生活からは程遠い、と溜息混じりに話してくれた。シャンタールさんに権限を移譲して、ウォルコットさんがあれこれ先に動いて調整してくれているから、何とかなっているけれど、探索者達を取り纏めるのとは違う難しさがあると。
僕が精神的に厳しくなって、皆さんから助けて貰った時期の思いは、言葉にすると欠けてしまうモノが多いので心話で触れて戴きます、とだけ。
重いので覚悟して下さいと言われ、神妙に頷くしかなかった。
ジョージさんからは、他の守りがない心話は、便利ではあるが、高いリスクがあると理解すべきだ、と言われた。一般的な護衛の話であれば、相手が物理的であれ、魔術的であれ、割り込む術がある、しかし、心話は直接、相手と触れるせいで、介入しようがないのだと。
特に、ファウストさんから提案のあった魔獣との心話は、相手が紫竜さんに襲われて精神的な余裕を失っている可能性も高く、竜よりずっと弱くとも、甘く見ていい相手ではないと言われた。
場合によっては探索者チームが一当てした後に、心話を行うといった工夫も必要かもしれない、と。
僕と魔獣達なら、僕を選ぶ、それを皆が望んでいると理解してくれ、と伝えられた。落ち着いた話し方だったんだけど、胸の奥に届く言葉だった。
ウォルコットさんは、サポートメンバーの負担、余力について、マサト&ロゼッタの二人も含めて、「見える化」した方が良さそうだと提案してくれた。僕の起きている限られた時間の中で、言葉でサポートチームやその関係者の状況を伝えるのは難しいと感じているそうだ。
ただ、負荷が高いからと、僕の思考を縛るのは、僕の良さを殺す事になるので、それはしない。その代わり、複数が並行してきて、手が埋まってきたら、優先順位を決めていくようにして欲しい、と。
勿論、サポートメンバーの方である程度は考えておくけど、僕の視点は他の人が見てない部分に向けられる事が多く、他種族が絡むと、僕の考える優先順位と皆のそれがズレる事が良くあるので、手間はかかるけれど、宜しくとお願いされた。
あと、ウォルコットさんも心話は安易に考えてはいけない手法と考えていた。比較的、回数をこなしている竜族相手でも、触れると危うい記憶があり、僕を幼竜扱いしているからこそ、予め、触れないよう配慮してくれていた事が発覚するなど、僕が心話の扱いに慣れていても、それは安心できる強みとまでは言えない危うさがあると。
それと、世界樹との心話で、始める前は元気だったのに、僅かな間に大きく疲弊してしまった僕を見て、ケイティさんが取り乱し、沈痛な表情を浮かべていたのは、胸が締め付けられる思いだった、と話してくれた。
僕はそんなケイティさんの様子を知らなかったから驚いたけど、助けが必要な子を不安にさせるような姿など見せないのが大人だと諭された。それでも心が乱されない訳ではなく、修羅場を何度となく潜り抜けたからと言って慣れるものでもない、と温和な口調で話してくれた。
ケイティさんから、重いので覚悟して、と言われた事を話すと、僕にはその思いに触れる権利と義務があり、それは信頼の証でもある、と告げられた。
ただ、何でも直接ぶつかればいいというものでもないので、心話が可能な場合でも、敢えて心話を行わないという選択肢もある、と覚えておくよう言われた。
よく解らないと正直に話すと、僕が心話を禁じられていた時期のように、触れても互いに傷付けるだけで、関係の改善どころではなくなる事もあり、時間を置き、距離を空ける事が癒やしともなる、と話してくれた。……難しい話だった。
◇
先日、共同声明の話をした際に、竜族の医術について伺える事になっていたけど、その時に出たように黒姫様から聴く事になった。
僕が第二演習場に到着すると、アイリーンさんと黒姫様が何やら真剣に話し込んでいた。お邪魔かと思ったら、あらかた話は終わっていたそうで、黒姫様から話者交代を告げられた。
<獲物の下処理も奥が深くてな。血抜きだけならさほどでも無いが、内臓も取り除いて、温度を下げるのが良いと言われ、時折、練習しておるのよ>
ほぉ。
「何でも斬れる爪があれば解体は簡単そうですけど、そうでもないんですか?」
<始めはそう思っておったが、爪の厚みの分、ごっそり肉が消えるのは勿体ないと言われてな。まぁ、その話は別の機会としよう。アイリーン、手間を取らせた。獲物は皆で食べるがよい>
「ありがとうございマス」
一礼して、アイリーンさんが獲物の下に敷いていたっぽい、僅かに血のついたシートを空間鞄にしまうと控え室に戻っていった。
◇
トラ吉さんとケイティさんは、予め、緩和障壁の中にいるよう言われ、目に見える常時発動型の障壁が作られると、二人ともその中に移動した。
<私は老竜達ほど当時の事を生々しくは知らぬが、雲取達よりは詳しく学んでいる。だから感情が意図せず高ぶるかもしれない、それ故の措置だ。アキと翁は生で触れられるのだから、邪魔な障壁なしの方が、より正しく理解もできよう>
僕とお爺ちゃんは静かに頷いた。
<竜族には、地の種族のような国の仕組みはない。だから、これから話す内容も、他の部族に聞けば、少し異なる話が出てくる事もあろう。それと、今回、話をする対価として、街エルフの長老、ヤスケ殿から、過去の答え合わせとなる問いに答えて貰った。それだけ軽々しくは扱えない内容と心得よ>
思念波から伝わってきた感情は、警告と言うより心配してる感じだ。子供にどこまで話すか迷う、そんな配慮が見え隠れしてる。
「過去の答え合わせ、ですか?」
<我らと街エルフが、アキが生まれるよりずっと前、老竜ですら記憶が薄れるほどの昔から殺し合っていた頃の話だ。その中で我らの幼竜が死んだ理由が、街エルフの策によるものか、自然によるものか判断が割れた事例があった。何が正解か、手の内を明かせ、とな>
……それは確かに重い。
「竜眼でも真偽が解らんモノだったんじゃろうか?」
お爺ちゃんの疑問も尤もだ。体内まで見通し、魔術の痕跡も捉えるのに解らないなんてことがあるんだろうか。
<そうだ。いくら街エルフでも、自分達も危うい話であり、そこまでやるかと言う思いは拭えなかった。結果は、地の種族の執念深さ、強さ、怖ろしさを再認識させられるモノだった>
思念波にもハッキリと恐怖と、ドス黒い思いに触れた、胃が痛くなるような感覚が含まれていた。
……つまり、真っ黒、街エルフの策、それも碌でもない話だったと。
◇
<それでは今から、我ら竜族の医術について大まかなに話をしよう。アキは以前、大陸の竜達は、弧状列島の竜より体が大きく、共存の意思が低く、粗暴な面を多く残しているだろうと予想したそうだが、医術について話を聞けば、弧状列島の竜達が持つ深い知識と経験は、大陸のそれとは大きく異なると思うことだろう>
ふむ。
「狭い環境で、少ない子供を大切に育てる、だからこそ食や医療への理解が深まった。地理的な環境だけでも、雑に育ててはいられないとは思いますけど……ヤスケさんと話をされたということ、先ほどの街エルフとの過去に触れた、ということは、街エルフが原因なんですね」
<そうだ。九分九厘は街エルフとの歴史が育んだと言っても過言ではあるまい。アキは竜族と街エルフの争いについて、どう教わった? ヤスケ殿の了承は得ている。正直に話すがよい>
思念波から伝わってきた感覚からすると、僕の理解に応じてどこまで語るか見極めようとしているっぽい。誤解を解くとかじゃないし、竜族史観を教えてやろう、という上から目線も感じない。
僕はケイティさんから教えられた通り、荒々しい昔気質の竜達に脅かされる日々に耐えられず、座して死を待つのならば一矢報いてやる、と竜との絶望的な戦いが始まり、成竜相手では話にならないことから、より弱い若竜や幼竜を、考えうる限りのありとあらゆる手段で殺害していったこと、それが続いて豊かな地も損なわれ、この争いに勝者はなく互いに滅ぶのみと理解するにいたったこと、そして、竜族もまた如何に強かろうと、子を育み命を繋ぐ生き物であることに違いはなく、子が育たなければいずれ種として滅びると悟って、街エルフと不可侵の誓いを結ぶに至った、と話した。
黒姫様は僕の話に静かに耳を傾けて聞くと、暫くして口を開いた。
<概ね、ヤスケ殿から聞いた話通りであり、その理解で良いと思う。ただ、竜族側の視点がやはり少し足りぬ。だから、それを先ずは話すとしよう。それとな、互いに殺し合った出来事や、残された者達の思いについては詳しくは触れずにとどめておく。深く理解すればよいというモノでもない。あまりに激しい思いに触れれば、心の在り方が歪んでしまい、その者の生き方も曲げてしまうが、それは本意ではないからだ>
医術を知る前に歴史を知る必要あり、か。……胃が痛い。
「宜しくお願いします」
<ではまず、前提を話そう。竜は大きい為に広い縄張りを持ち、個で暮らすのが基本だ。そして十分に強いので、皆で経験や知恵を共有する必要性が乏しかった。それに力の差があり過ぎるのと、まともに対面すら難しいこともあって、地の種族のことなど気にしていなかった。だから、荒れた気性の竜が暴れても、自分には関係のないことと静観している竜が多かった。これが街エルフ達との戦端が開かれる以前の竜族の意識だった>
「自分の縄張りで完結しているから、共同意識が育まれにくいというのは理解できます」
<そして争いが始まったが、アキも聞いた通り、力の差は大きく戦えば百戦百勝、傷を受けることすら殆どなかったと聞く。だからこそ我らは危機意識を持たなかった。しかしそれは徐々に誤りであると理解させられることになっていく。強き者の戦い方があるように、弱き者の戦い方もあるのだとな>
米軍と戦ったベトナム軍より酷い非対称戦だもんね。
「地の種族には、数の多さ、発見の困難さ、道具の活用があり、それらを駆使したと」
黒姫様は深く頷いた。
<我らが百戦百勝しようと個であり、広大な縄張りの殆どは常に我らの目が届いていなかった。そして街エルフ達は、地の種族らしく数が多く、魔導人形達を用いることで、一人が何十倍もの兵達を抱えることができた。更に大量生産の技術にも長けており、それらを組み合わせることで、竜達の縄張りを罠だらけの危険な地に変えてきた。始めは成竜相手の罠が多かったが効果はなく、次第に小型化し、発見しにくくなり、しかも容易に設置でき、簡単に朽ちることなく何十年と発動の時を待つようになり、我らがその意味を理解した時には、もうどうにもならなくなっていた>
幼竜の細い首を絞めつけるワイヤートラップ、錆びて糞塗れの釘トラップ、踏むと跳ね上がって襲う尖った竹杭のトラップ、竜の被膜を切り裂く剃刀のトラップと言ったように、その設置方法や威力、糞や毒を併用することによる病気狙いといったように、手口は巧妙さを増していったそうだ。こちらなら魔術的な手法も多いかと思ったら、術式付与は目立つのと、宝珠に魔力を籠めるのも手間と費用がかかり、コスパが悪いので、主流とはならなかったらしい。
トラップは大量生産されて、簡単に散布もできるようになり、竜が街エルフの村を襲って帰ってきたら、巣の周辺地域がトラップで埋め尽くされていたりと、必敗の一つを、千の手数で覆す、そんな弱者の戦い方が徹底されていた。空間鞄の活用が拍車をかけたそうで、たった一人の街エルフを見逃せば、それは数十人の魔導人形達の部隊侵攻へと繋がり、休みなく働く彼らによって黙々とトラップが設置されていくことを意味したのだと。
……出会ったら必死な生ける天災、とはいえ、それは軍としてみれば孤軍であり面制圧は不向き。そして地の種族は魔獣ほど強くないので、それは目立たないことを意味する。確かに厄介だろう。それに獣なら牙は本人にしか生えてないが、地の種族は道具を作ることで手数を何十倍、何百倍と増やす。しかもトラップは壊れるまでずっと待ち続ける。
僕は、子供の遊び場に小さな釘をばら撒くような陰湿な行為について、やるのは簡単でも取り除くのは大変、という話を伝えると、それだ、と黒姫様は目を見開いた。
<やる手間よりも、除く手間のほうが遥かに大変、それこそが我らの古い世代が直面した危機だった。懸命に罠を探して壊しても、見逃したたった一つの罠が幼竜達に牙を剥く。広い地域を少しずつ探して安全を取り戻しても、僅か一晩でまた罠だらけにされてしまう。罠の形状も仕組みも多様で、発見されにくい色合いから、逆に幼竜が好むような派手な色合いまで、よくもそれだけ考え出したというほどだった。その効果も締め付け、切断、貫通痕、打撲と多く、単純な怪我、傷口が汚れることによる病と多彩で、それらへの処置と膨大な犠牲を糧に、我らの医術は経験を積み重ねていくことになった>
成竜には何の意味もない罠だからこそ、子育てを終えた多くの竜達は危機意識が持てなかった。それもまた竜族全体が危機意識を持つのが遅れる原因となった、とも教えてくれた。
母さんから戦闘外傷救護について教わったから、その大変さ、酷さもよく理解できた。子供だけ狙う兵器か。そうするしかなかったのもわかるけど、とても悲しいとも思う。
「竜は長命だから、子育て世代って全体から見れば割合は少なそうですよね」
<その通り。それと街エルフの手口はトラップだけではなかった。広い地域の食べ物を根こそぎ取り尽くして獣を竜の巣のほうへと追い込んで、卵や幼竜を襲うように仕向けたり、我らの獲物となる生き物に毒を仕込んだりと、与えた餌を食べた幼竜が死ぬといった事例も増えた。毒の仕込み方も一種類だけでなく、他の種類と混ぜると毒性が増すといった手の込んだ方法もあった>
「それで体内まで竜眼で見通す術も習熟していったんじゃな」
<怪我や病への対処の為に幼竜を診ることが多くなり、それと比較する為、健康な個体を診ることも増えた。それに獲物も不自然な外傷がないか、毒入りカプセルを入れられてないかと、念入りに探すことにもなった。それにトラップ探しで地中深くまで探ることも増え、木の洞などまで確認することになって、竜眼の使い方もそうして長けていった>
「そんなことが続いたら、精神的に病んでしまう竜が増えそうですね、それって」
黒姫様は、ほぉ、と目を細めた。
<よくわかっておる。結局、幼竜達がなかなか育たなくなり、子育て世代の竜達で精神を病む者が増えていった。卵を産まなくなってしまったり、産んでも孵ることがなかったり、生まれても体が弱かったりと、追い込まれていった。相変わらず、竜は常に百戦百勝だったが、「死の大地」の竜達は種族として追い詰められていった。その頃には、竜の過剰な力であれこれ対処し続けた結果、大地は荒廃が進み、それもまた、竜同士の縄張り争いや、子育ての困難さに繋がることとなった。そして、街エルフ達が起こした策が最後の一押しとなった>
そこまで追いつめてってことは、地の種族の生息域も狭まっていく訳で、そんな状況下で行われた策というと、碌な話じゃなさそう。
そんな気持ちが伝わったのか、黒姫様も悲しい目を向けてきた。
<街エルフ達の生活も危機的な状況下にあったのだろう。その頃にはもう彼の地を捨てる決意をしていたのかもしれない。彼らが最後に行った一連の策は、大地を毒で染めることだった。水源を様々な毒、寄生虫などで穢し、動物達に病を流行らせ、霧の毒を撒いていった>
「水源に毒など入れたら、街エルフも死んでしまいませんか?」
<そこが彼らの巧妙なところだった。毒と言っても様々な種類があり――>
そうして黒姫様が語ってくれた内容は、毒というけど幅広い話だった。鉛やカドミウムのような慢性中毒狙い、濃度の低い放射性物質による汚染、地球でのコレラやチフスのような病原菌、そして化学合成された、慢性的に毒性を発揮する薬物の霧状散布などと、NBC兵器勢揃い状態だった。
それに寄生虫のほうも、皮膚を通しても入り込んでくる日本住血吸虫のような水辺で感染するようなものも、多くの水源地に一斉にばら撒かれたそうだ。
答え合わせといっていたのはこれで、膨大な量の寄生虫を生産して保管庫に入れて持ち運び、幼竜の育つ時期に合わせて、いずれ体内で増殖して死に至らしめることを狙ってばら撒いた、とのこと。寄生虫まで大量に育てて、しかも、地の種族であっても寄生される、そんな真似までするとは思えないと、自然発生説も根強く残っていたそうだ。……結果は真っ黒。水源に接する時に分厚い長靴を履くとか、水を煮沸するとか、直接触れないようにすれば被害はほぼ抑えられるから、と強行したそうだ。
そして、目に見えない毒があちこちにばら撒かれたことで、子育て世代の竜達の精神が完全に病んでしまい、水源地ごと竜の吐息で消したり、少ない森を浄化と称して焼いてしまったりと、大地を回復不可能なレベルで壊してしまったそうだ。呪いも増えてきていたが、やはりそれが決定的な一撃となったと言う。不可侵の誓いを立てるにあたり、共存を認められない気質の竜が滅びることになったが、気性の荒い古い気質の竜は全体としては少なく、滅びた竜の多くは心を病んだ親竜達だったと聞き、なんともやりきれない気持ちになった。
食物連鎖による生物濃縮まで殺害手段に入れてるあたり、本気度が半端ないし、長命種殺しに打ってつけなのも理解はできる。……できるんだけど、当時のことを思えば仕方なかったのかもしれないけれど、避けようがなかったのかもしれないけど、結果として、自分達の住む大地を取り返しが付かないほど痛めつけて、放棄するに至ったことを考えると、だんだんムカついてきた。
私怨もたっぷり混ざってるけど、悲惨な過去だった、で済ませる訳にはいかない、どーしてくれようか、とあれこれ考えがぐるぐると回り、沸々と更に自分で燃料投下していく始末だった。
どれだけ、そうしてたか、暫くして、驚いた顔をしたこちらをまじまじと見てる黒姫様とお爺ちゃんに気が付いた。
◇
<小さいながらも、まるで福慈様のような怒り具合ではないか。どうしたのだ?>
「うむ、少し落ち着くのじゃ。トラ吉さんも近付けんではないか」
そう言われて、足元を見ると、本当は近寄りたいけど、触ると火傷するといった感じで、少し距離を置いて、トラ吉さんがそれでも声を掛けてきていた。
落ち着け~って言ってる感じだけど、トラ吉さんが触れてこないなんて、よっぽどだ。
ぺたぺたと手足を触ってみたけど、体温がちょっとあがってる程度で、逃げられるほどとは思えない。うーん。でも、どうも、怒りで頭に血が上ってる状態だと、近寄りたくない気持ちもわかるので、何とか気を静めてみた。
ここにいる黒姫様も、お爺ちゃんも、トラ吉さんも、ケイティさんも当事者じゃない、怒りの向ける相手じゃない、と自分に言い聞かせること五分程。そうしてやっと、落ち着いてきた。
トラ吉さんがぺしぺしと慎重に前足で触れてきて、大丈夫と分かると体を擦り付けてきた。
ふぅ。
「すみません、ご心配をお掛けしました。先ほど聞いた話で、過去への感情的な部分とは別に、未来に向ける視点、今を生きる視点で考えた時に、先代が置いてきた負の遺産の大きさに眩暈がしてくる思いで、それとせっかく皆で協力して「死の大地」を浄化しようって話を進めてるのに、呪い以外にも酷く汚染されていると知って気が滅入ってきました。えっと、アレです。子育てしてた竜の苛つきと同じです。「死の大地」全部を安心できる地にする作業のあまりの多さ、作業に従事する小鬼さん達の二次被害を抑える為の対策とかを考えると――」
「アキ、話が飛び過ぎておる。だいたい負の遺産と言うが、罠や毒があると言っても、もう遠い昔の話じゃ。今更残ってはおらんじゃろ」
「材料によっては生物分解されるとも限らないし、土の中にあれば長い年月残ることもあるんだよ。それに、重金属の汚染なら汚染源を取り除かなければずっと残りっぱなしだし、放射性物質なら半減期の長いものならいまだに強い毒性があっても不思議じゃない。呪いが蔓延していたって、生物が壊滅していると限らないし、地中の深い位置なら生き残ってるかもしれないから、そうなると寄生虫だってある程度生き残ってる可能性もあるし、仮死状態でいるだけかもしれない。あーもう、なんかイライラしてきた」
<アキ、落ち着け。というか、あちらの話が色々と混ざっているようじゃな? あちらには百億の民と五千年の歴史があると聞いた。となれば、群れ同士の争いも色々と起きておろう。ちと話してみよ>
黒姫様が、器用に冷たい意識を混ぜ込んだ思念波を叩き込んでくれて、少し頭が冷えた。
騒いでたら、お母さんの本気で怒った低い声を聴いた気分だ。
お爺ちゃんも、ほれほれ、なんとかせい、と目線で合図してくる始末。
仕方ない。過去の争いに関する竜族側の視点も教えて貰ったし、「死の大地」の浄化では竜族も当事者として参加するのだから、話すとするか。
「えっと、話をする前に、誤解を招かないようにお話すると――」
<あちらの世界は良い面も悪い面もあるのじゃったな。心得ておる。安心せい>
雲取様から聞いていたのか、黒姫様も物わかりのよいことを言ってくれた。
◇
ならばと、非対称戦の概念と戦後に残る問題とか、人類と毒物の歴史であるとか、NBC兵器禁止条約の話とか、条約破りは皆で徹底して潰す件とか、NBC兵器が及ぼす被害とか、対処方法とかについて、ざっくりと入門編レベルの話をしていった。
相手を害する為なら何でもやる、何でもやり過ぎてしまった、だから皆で自粛しよう、という歴史の流れにはお爺ちゃんも、黒姫様も随分と衝撃を受けて、あちらの世界は良い事も多いんですよ、とフォローしても、固い表情で辛うじて頷くのが限度だった。
また、「死の大地」について、毒や罠に強いだろう魔導人形さん達を大規模投入する形で、大規模な現地調査をしてからでないと、危なくて小鬼族の皆さんを浄化作戦に投入できない、やりたくても対策をきっちりとると効率が悪過ぎ、費用が掛かり過ぎでやってられないだろうことも話した。ついでに今後の事を考えると、三大勢力間でのNBC兵器禁止条約締結と相互監視の仕組みの設立とかもしないと駄目かもしれなくて、国家間の条約なんて何がどれだけ行われているか知らないし、そのあたりの確認から始めるとなると、とにかく面倒臭くて、こんな負の遺産を山ほど残してくれて、ご先祖様達は何やってんだ、と不満も漏らしたくなりますよねー、とも話して、二人とも疲れた表情で何とか頷いてくれた。
◇
第二演習場からの帰りの馬車の中で、ケイティさんに、「死の大地」で行われた終末期のNBC兵器を用いた作戦の被害想定地域や、それらの浄化に必要な技術や設備の有無、調査方法について、共和国に情報の整理をお願いするよう依頼した。国家間のNBC兵器に関する取り決め辺りも含めて。
大地を穢した当事者が率先して動かないと、三大勢力の皆さんや竜族、妖精族に示しが付かないし、「死の大地」の浄化も、予想外のコストが上乗せされれば、その分、魅力が減ってしまい、取り止めとなったりしたら大変だ、と。恐らくそうはならないけど、コストの上乗せは間違いないので早めに把握しておきたい、と伝えた。
……まだほかにもあちこちに地雷が埋まっていそうで頭が痛かった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付かないので助かります。
街エルフと竜の死闘の歴史について、医術の発展と強く関係があった関係で、黒姫から、竜の視点から見た歴史を語って貰いました。事前にヤスケとも相談して、どこまで話すか、どう話すか、なんて話までしてのことだったので、アキが酷い歴史に受けるショックもある程度緩和ができました。
復讐と憎悪に心を染められた子供達なんて、多くの真っ当な大人なら見たくはありませんからね。
歴史を知って欲しい、けれど心が囚われてしまうほどに浸って欲しくはない、と。
なんとも加減の難しい話です。紹介する時の年齢とか人生経験との兼ね合いもあるとは思います。
弱者の戦いであっても、抗うことはできる、それが街エルフの戦でした。
ただ、あまりに長い年月争い続けて、終いには生きるための基盤すら生贄に捧げた顛末ともなり、犠牲は双方ともにあまりに酷く、竜族が地の種族と距離を取り、街エルフが引き籠る原因ともなりました。
次回の投稿は、十月二十日(水)二十一時五分です。