表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
383/769

14-14.傾聴という技能

前回のあらすじ:帝国に感謝と哀悼の意を伝えようね、というシンプルな話が、関係者の頭を悩ませることになりました。ありがとうって素直に言えたほうがいいと思うんですけどね。しがらみの多い方々の奮闘を応援しましょう(アキ視点)

帝国の皆さんに、ありがとうと伝える話を提案したら、何故かオマケで、希望する皆さんの話に耳を傾ける事が決まり、他の用件も含めて、向こう三週間ほどは予定が埋まりきってしまった。


この前の心の治療では、皆さんとのこれ迄の出来事、思い出を振り返ったけれど、今回は、それぞれが思う事、伝えておきたい事、要望、不満などに触れていく予定だ。心話を行う遠隔地にいる竜族の皆さんも趣旨に賛成してくれたそうで、何を聞かされる事になるのか、不安よりは興味の方が大きい。


そして、その活動に入る前に、ルールと手順の説明を受けることになった。説明役はなんとヤスケさんだ。起きてすぐ食堂に向かう際に、家族の皆が誰かと話してると思ったら相手はヤスケさんで、結構驚いた。


他の話もあるから急がないでいいと言われたので、いつも通り、ケイティさんから予定を聞いたり、お爺ちゃんと話したりしつつ、朝食兼昼食ブランチを終えて、僕が戻ってきた時には、話は終わっていて、ヤスケさんがトラ吉さんの前に指を出して、鼻先でちょんと挨拶されていた。


「仲良しさんですね。ヤスケさん、猫好きでしたっけ?」


「儂は別に嫌ってはおらん。トラ吉には近付くのを認めて貰ったが、今はここらまでらしい」


「にゃ」


ゆっくりと身を動かし、距離の取り方を猫の側に任せる振る舞いは、空気も落ち着いてて、二人の関係もなかなか良さそうだ。





同席するのは、トラ吉さん、お爺ちゃん、それとケイティさんだけで、用意された席に座ると、ヤスケさんは話を切り出した。


「話を聴くのにルールと手順とは何かと疑問に思った事だろう。今回の傾聴だが、規定を満たせば、技能習得と見做す事とした。アキの教育課程の進みは芳しくないから、梃入れという訳だ。と言っても、アキは既にミアから基礎は十分学んでいる。だから、今回の件は最終試験の扱いとなる。ルールは区切られた時間内、傾聴に努めること。手順としては、話し終えたあとで、それぞれで分かれて感想を残す、その程度だ。秘密事項があれば、都度、判断する。何か質問はあるか?」


ん、お爺ちゃんがフワリと前に出た。


「儂は子守妖精として同席するが、話には加わらん方がいいんじゃろうか?」


「必要なら参加してもいい。だが、趣旨に沿って、あまり前には出ない事が望ましい」


返答にお爺ちゃんは納得してくれた。


さて、僕の方はどうかな。


「今回もベリルさんは同席する感じですか?」


「記録係として同席するが、対応は翁に準じる」


ふむふむ。


「直接の疑問ではないんですけど、街エルフの成人はやれぬ事なしでしたよね? そうすると皆さん、傾聴の技能を修得されているから、無用な衝突とか誤解は珍しい感じだったりしますか?」


もし、社会の構成員が全員、それだけの度量があるなら、日本あちらみたいに、残念な人達のせいで荒れるような事も減って、全体の規律が整ったワンランク上の社会が成立してたりするのかも、と期待してみた。


――してみたんだけど、ヤスケさんは少し驚いた顔をして、何とも面白いものを見たと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「何とも若々しい視点であり、期待の籠もった目を向けられると、そうだと頷きたくもなる。確かに我々は豊かな社会を築いてきた。衣食住にも困らず、そうした意味では粗野な者は減っただろう。だが、残念ながら、誰もがいつでも傾聴を行うとは限らない。技能を修得していても使うかどうかは本人次第だ」


儂の立場を考えればわかると思うが、全員に常に傾聴などしていたら、それだけで全ての時間を費やしてしまう、それは賢い振る舞いでは無い、と苦笑されてしまった。


むむむ、確かに。


「我ら妖精族とて、生活に困ってはおらんが、衝突も諍いもゼロにはなっておらん。それにゼロを目指すものでもあるまい。ジョージもよく言っておるじゃろ。適度にガス抜きした方が良いと」


それは高い力量を持つ探索者同士だから成り立つ荒っぽい策って気がするけど、ヤスケさんも深く頷いた。


「人形達を持ち出さぬ程度のじゃれ合いなら、やらせた方が後腐れも無くて楽と言うモノだ」


うーん、探索者特有かと思ったら、街エルフもそっち系か。


「――リア姉が同期を全員凹ませた件も?」


「アレもまた良い結果となった。心を圧し折られて、立ち上がるまで時間も随分費やした。暗い思いに歪みかけた奴もおった。だが、若いうちに矯正できて、今では良い思い出となってるだろうて」


リア姉は後腐れなく済ませた、と言ってたけど、端折った部分がかなり多そうだね。それに長老さん達もフォローに回ってたっぽい。


「ミア姉もそうですけど、リア姉も僕が知らないエピソードが多そうですね」


「他人事のように言ってるが、今の勢いならアキが単独一位になるのも、そう遠くは無いだろう」


ヤスケさんが意地悪な顔をして、これは預言だ、などと突き落としてくれた。


そして、何とか言い返したかったけど、きっとこれからも沢山助けて貰うと言うのは確信してたから、言葉に詰まった。


そんな僕の頭をポンポンと撫でながら、ヤスケさんは告げた。


「儂はリストの最後に回して貰った。エリザベス殿が言っておったように、皆の心に色々と溜まってきておるモノがあるのは確かだが、それだけでないことは理解しておろう。どうでもいい相手になぞ、誰もわざわざ不満を伝えたりはせん。儂はアキが皆の思いに触れて何を思うか、聞くつもりだ。期待しておるぞ」


ぐぅ。


確かにあの時、言葉を語ることのないトラ吉さんですら、僕の膝の上に乗って動けないように抑え込んできて、リストが埋まるのを見届け終わるまで開放してくれなかったくらいだから、ほんと色々ありそう。リストには記載されてないけど、トラ吉さんにも終わったら自分の思いを伝えないと……。


悩む僕を眺めて、ヤスケさんは相変わらず、底のない沼のような薄暗い目をしてるけど、そこには見守る温かさも感じられて、この人には勝てないなぁ、と、心の中で白旗を揚げたのだった。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

ちょっと分量が少なめですが、今回はキリがいいのでここまで。


アキは訪問の手間だけ考えればちょっとした話かなー、などと思ったりしてましたが、共同声明を作り上げるのに、関係各国の調整は三週間ほどかかることが判明しました。

郵便網は現代とはいかないものの、かなりのレベルを財閥が提供しているんですが、流石に今回の件を郵送だけで決定するのはどの組織でも無茶でしょう。

それに、声明の相手も内容も、トップが独断で決められる範囲かというと、できなくはないとしても、後々を考えると関係者を集めて合意を得る内容です。

まつりごとの関係者達は今頃、あちこち奔走していることでしょう。お疲れ様です。


近々のイベントとしては、①白岩様、鬼族から武術を学び始める、②紫竜が使い魔候補を探して魔獣生息域が大混乱した件への対処、③黒姫から竜族の医術について話を聞く、④秋の収穫を竜と祝う件の軍事的影響への考察、あたりなんですけど、そっちもまぁスケジュール調整しながら対応しつつ、傾聴をがっつりやらされるあたり、関係者のアキへの欲求の高さが伺えます。どれもインパクトがそこそこある話なんですが、今回に比べれば相対的には小粒ですからね。


14章はいつもの解説ページ×3の後に、第三者視点の文体で前中後の3パート構成の短編を書こうと思ってます。内容としては、前編はこの春、ユリウス帝が防疫と医療を改善した実験都市の運用と、成人の儀の見直しを宣言した件、中編は今回の感謝と哀悼の意を帝国首都で伝える、との連絡が届いた件、後編は実際に首都で声明が行われた後の後日談、って感じです。

ユリウス帝や帝国に所属する国々の王達の座談会といったところで、読まなくても本編理解に支障はでないけれど、アキ視点でしか語られない本編を、第三者視点で描くとどんな具合なのか、状況の理解は深まるかなーと思ってます。


次回の投稿は、十月十日(日)二十一時五分です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
評価・ブックマーク・レビュー・感想・いいねなどいただけたら、執筆意欲Upにもなり幸いです。

他の人も読んで欲しいと思えたらクリック投票(MAX 1日1回)お願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ