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14-13.帝国への感謝と哀悼の意と共同声明(後編)

前回のあらすじ:前提を話して、だから呪いを調べよう、その協力をしてくれる小鬼族に感謝しよう、その思いを帝国首都に赴いて直接話そう、と伝えたら、集まった皆さんが騒ぎ出しました。ユリウス様もされていたように、相手に何か伝えるなら目線を合わせて近くで手を取ったほうが、遠い土地から手紙を送るだけ、より効果的ですからね(アキ視点)

以前の失敗もあるから、皆の反応がなんか思ってたのと違うけれど、慌てることなく、シャーリスさん、雲取様と話をすることで、間を稼ぐことができた。


相手しか持っておらず、それを提供するのは献体相当、それでも皆の為に提供してくれる、だからお礼を言おう――シンプルだと思うんだけど、さくっと賛同してくれたのはしがらみのない妖精族、竜族のみ。でも、このパターンは前回と同じだからね。流石にここでショックを受けて取り乱したりはしない。


さっき話してて、皆が騒然としたタイミングはというと、お礼を言おうと話したタイミングではなく、僕が帝国の首都を訪問しよう、と告げた時点だったから、それがちょっと予想外だったっぽい。その前の重苦しい空気は、しがらみがあって、それとのバランスで素直に賛同すると即答しにくかった、そんなところかな。


あちこちで、小声で話してたり、考え込んでいたりと、まだ会場内が騒がしい。

新顔のエドワード、アンディ両王子の反応はと言えば、ヘンリー王やエリーに話しかけて、ちょっと興奮と困惑が混ざってる感じかな。御后様は、おっと、僕の様子を見て、絡めとるような笑みを浮かべてきた。楽しみ優先の時のエリーと同じ顔、さすが親子、きっと遠慮したいような何かを思いついたんだろう。王子達の反応は想定内なのか、家族同士の会話をうまくフォローしつつ観察しつつ周囲の様子を眺めている、そんなところか。


あと、内容からして……ジョージさんや護衛人形さん達の様子を伺うと、仕事ですからって顔をしてるけど、諦観めいた目を軽く向けたまま、露骨に溜息をつかれてしまった。


う。


不味かったかな……?





暫くして、やっと静かになってきたので、話を再開することにした。


「先ほどの話ですが、当然、受け手であるユリウス様のお返事を受けての話になるので、現時点では単なる思い付きです」


お、セイケンが手を挙げた。


「そうは言うが、勝算ありと考えているんだろう? ユリウス帝との調整や、三案のうち、梅は妖精族、竜族の賛同を得られることから確実として、残りの松と竹についてどう考えてるか話してくれ」


ふむ。


「まずユリウス様ですが、対外的にも国内的にも大きなプラスになるので、訪問は歓迎してくれると思ってます。それで三案のうち松、つまり関係勢力の全てが賛同するかどうかですけど、まず財閥は三大勢力の融和を後押しする策なので賛成してくれると思います。共和国も不倶戴天と公言する竜族とも不可侵条約を結んだくらいですから、今回の声明ならやはり賛同してくれるでしょう。連邦は小鬼族と組んでいくさを行ってくる関係ですからやはり賛同されるかと。で、最後に連合ですが、こちらは判断に足る情報がない、というのが正直なところです。連合以外、声明に加わる情勢となれば、ニコラスさんは加わる方針を示すと思いますけど、所属する各国がどういった反応をするかまでは読めません。特に前線となってる国々では、毎年のいくさで被害も積み重なっていて、その感情がどれほどなのか、それが、この情勢下でも絶対に否と言うほどなのかは判断できません。なので、竹案は連合抜き、そんな認識です」


ベリルさんが板書してくれているので、書き出された関係勢力について、一通り勝算を話してみた。


連合が△、妖精族と竜族はどう宣言するか考えるレベルだから〇、他も順当に〇と、並べてみると今回の話は通りやすい話じゃないかと思う。


そんなホワイトボードの表記を見て、セイケンは目頭を押さえつつ、諭すように話した。


「ニコラス大統領には同情を禁じ得ない。アキが彼の立場を理解するなら、その思いを文に記して送るべきだ。それは、これからの苦労にも、いくらかの慰めとなるだろう」


ノーアクションは論外だぞ、と忠告された。いやいや、先日、心の治療の為に駆けつけて貰ったのに、そんな事務的に済ませるつもりはないって。


そこまで、ドライな関係とは思ってないんだけど、第三者からはそう見えるとしたら、ちょっと改めたほうがいいかもしれない。初見の時はともかく、今は良い関係を築けてると思ってるからね。


「先日、来ていただいて、その後に今回の話なので、ユリウス様だけでなく、ニコラスさん、レイゼン様にも文は送るつもりでしたが、文面はちょっと考えてみます」


そう話すと、連邦宛は本件の報告と同じ便で送りたいから、そうしてくれ、と念押しされた。


三通となると、時間がかかるからちょっとベリルさんにも手伝って貰おう。





次は、ヤスケさんか。ちょっと不機嫌そうな顔をしてる。怒って……はいないっぽい。


「そもそもアキがロングヒルに居るのは、ここが大使館領であり、本国と同じと看做しているからであることを忘れていないか?」


本来なら成人してなければ、国外行動は認めておらんのだぞ、と睨まれた。


「その件は配慮していただき、ありがとうございます。それで帝国への訪問の件ですけど、今後の事を考えれば、ユリウス様なら、共和国の大使館領くらい確保してくれるかなって思ってます。そうすれば、ロングヒルのように大使が常駐する具体的な話さえ先送りにすれば、共和国と帝国がそこを大使館領と合意することはできるかなって」


「簡単に言ってくれるわ」


そう話しながらも、合格ラインはクリアしたようだ。ふぅ。


「大使がそこを実際に利用するまでは、契約書類が一枚増えるだけですし、もし誰も利用しないのに場が残ることを嫌うなら、訪問時だけの期間制限を設けてもいいので、そこは事務的な話でしょう。地球(あちら)でも国土の一部を他国に貸し出してた例もありますからね」


僕の説明に、ヤスケさんはふん、と鼻を鳴らしつつも、矛を収めてくれた。





あぅ、次はジョージさんだ。手を組んでて、不満があるぜ、と態度で示してきた。


「ロングヒルの地に関係者が集うのと違い、雲取様に運んで貰い、訪問するとなれば、傍らには俺や護衛人形達、ケイティやトラ吉もいない。それについてはどう思ってる?」


そこはあんまり考えてなかったなぁ。


「ショートウッド訪問時も、僕と雲取様とお爺ちゃん、それと妖精さん達でしたから、一応、安全は担保されるんじゃないかと」


「いくらユリウス帝が安全を確保すると約束されても、共和国と帝国は同じじゃない」


う、それを言われると。でもユリウス様なら高セキュリティは確保してくる筈。そういう意味では共和国が保障してくれます、というショートウッド訪問時と、帝国が保障してくれます、という帝国首都訪問時で差はないとは思うけど、それを口にするのが不味いことくらいはわかる。共和国を立てれば帝国側が、帝国側を立てれば共和国が不満に思うだろう。


なんて話そうか。


――そんな風に迷っていると、シャンタールさんが手を挙げた。


「ジョージ様、アキ様も状況を理解されたようですノデ、揶揄いはそこまでとしまショウ。昨晩、訪問の私案を聞いた時点で護衛チームが検討を重ねた結果、私達、女中三名と護衛人形が空間鞄に入って同行する折衷案であれば、いつもよりは劣るものの、必要水準は満たすと判断しまシタ」


そう告げると、別のホワイトボードに既に書かれていた代替案を表にした。雲取様に取り付ける椅子ハーネスは一人乗りだから、ケイティさんやジョージさん、それにトラ吉さんが乗ることはできない。だけど、空間鞄であれば、魔導人形の人達を入れて運ぶことができる。雲取様が持っても壊れない防御機構については訪問時までに改修を済ませる、と書かれていた。


また、役割については、雲取様の加護を持つアイリーンさんは目立つので接触防止のトラ吉さんの代役、ベリルさんは魔導具を取り揃えることでケイティさんの代役と公式文書の取り交わしに伴う事務手続き担当、シャンタールさんはジョージさんの代役と現地での式典に備えた衣装替え担当、そして護衛人形さん達はいつも通りの衛兵役となっていた。


注釈として、シャンタールさんは短期合宿で、人形遣いの仮免許を取得する、と書かれている。


「ソチラは、独力での護身と、他の人形達の操作は異なるノデ、代役を担うには資格が必要なのデス。また、雲取様も式典の際には椅子ハーネスは取り外された方が良いノデ、足場は帝国に用意して頂きますが、着脱作業は私達や護衛人形が担当するのでご安心くだサイ」


<確かに式典となれば、椅子ハーネス付では恰好がつかんな>


「色々と対応して貰うことになり、ありがとうございます」


サポートメンバーの皆さんに視線を向けて頭を下げると、一応、許して貰えた。


「それと、これは合意を得る必要はあるが、我々が雲取様やアキの対応や護衛の為の人員を同行させることで、会場を用意する帝国側との責任範囲を明確にするつもりだ。それに高魔力耐性を持つ侍女を用意しろ、と言われても帝国とて困るだろう。ガイウス殿、空間鞄に入れて護衛人形達が供をすることについてどう思われるか話してくれるだろうか」


ジョージさんの問いに、ガイウスさんは悩むことなく答えてくれた。


「雲取様が竜族の代表として訪問される時点で、他の方が何人いらっしゃるとしても問題とはならんでしょう。それに物語の中で語られる存在であった妖精族の皆さんを目にすることは、我が国民に感銘を与えるに違いありません」


「やはり、伝聞よりも己が目で見た方が心にも響くモノがあろうて」


シャーリスさんもご満悦だ。


そして、最後にジョージさんが姿勢を正した。


「訪問の価値を考えれば、ロングヒルに各国代表を集めての共同声明は推しにくい。ただ、我々、護衛チームにとって、今話した折衷案は不本意なモノ。シャーリス様の好意に甘えて、護衛して貰えて当然などと言う意識は持つんじゃないぞ。――シャーリス様、アキをお願いします」


「安心せよ。妾達はこれまでと同様、此度の訪問もまた争いが生じぬよう立ち会うつもりじゃ」


シャーリスさんも、女王として頷いてくれた。ありがたい話だ。


ジョージさんの忠告もまた忘れないよう注意していこう。きっと否とは言われない、と確信はしてたけど、無償の愛を注がれるのは幼子だけ。対等であれば、貰い過ぎも与え過ぎも行うべきじゃないのだから。





おっと、今度はエリーが手を挙げた。


「帝国に赴いて、民に共同声明を伝えることについて、考えたことを洗い浚い話して。事実上、今回の件は全ての組織、国家が絡むと言っても過言じゃないわ。釦の掛け違いは避けたいのよ」


ふむ。言ってることはわかる。あちこちと調整を始めてから、これ考えてませんでした、とか、思い違いしてました、とか出てきたら洒落にならないもんね。


「ユリウス様への支援と、弧状列島統一に向けた布石、「死の大地」の浄化に一丸となって立ち向かう意識の醸成あたりまで軽く考えただけなので――では、話が前後したりするかもしれませんが、ベリルさんに板書して貰って、思いついた事を話していきますね」


さっと、新たなホワイトボードを持ってきて、ベリルさんが板書する態勢を整えてくれたので、考えを列挙していくことにした。


「まず、僕が僅かな人数と共に訪問することで、帝国の皆さんを信頼している、という意思を伝えられるでしょう。また、魔導人形さん達が一緒に立つことで、表に出てこない、直接見た者も少ない街エルフの存在、人と交流をする天空竜、物語で語られてきた存在である妖精が並ぶことで、去年までとは違う大きな流れを感じて貰えるかなって思います」


僕自身はそうではないけれど、魔導人形の皆さんがいれば人形遣いとしての街エルフというイメージもまた、アピールできるでしょうと補足したけど、ここは特に反応なし。百聞は一見に如かず、やはり目の前に現れれば、そのインパクトは大きいだろう。


「次に、共同声明の書簡を送って、ユリウス様が臣下の人達に伝えるよりは、実際に各勢力代表としての巫女、竜族代表としての雲取様、妖精代表のシャーリス様が並び立って、言葉を伝えることで、これまでなら想像もしてなかった変化が実際に起きていること、帝国以外の勢力、種族を強く意識して貰えると思います」


〇〇が公式声明を出した、とユリウス様が間接的に伝えるより、当事者が並んで話したほうがやっぱり、納得もしやすいと思う。


「弧状列島の統一と、それに向けた「死の大地」浄化という大きな流れに対して、帝国の、小鬼族の尽力は大であり、他の種族もそれを認めていると、他種族から声を揃えて伝えられれば、きっとそれは自信に繋がることでしょう」


元々の浄化案では呪いを除去した後の緑化事業にならないと、帝国の出番は回ってこない感じだったけど、今回の声明では、浄化作戦の基礎をまず固めるのが帝国、と伝えるのだから、当事者意識も強く持てることだろう。


「竜族は地の種族に干渉しない、と公言はしてますが、弧状列島の統一に向けて、皆が手を取り合って、「死の大地」を浄化すること、それに協力してくれてありがとう、と伝えれば、竜族は関心を持っていて、その流れを好ましく思うことは明確になる。そうすると、毎年のように成人の儀で、戦争を起こす流れに多少はブレーキがかかるかもしれませんね」


おまけみたいな話ですけど、と補足したけど、白竜さんから、白々しい、と揶揄う思念波が届いた。


「次もそうですね、やっぱり杞憂に過ぎない話ですけど、道案内なしに、帝国首都に僕達が降り立つことで、竜族が地の種族の諍いに口を挟むことはないと理解していても、前線を飛び越えていきなり、後方の重要拠点が危険にさらされる恐れがある、と考えるかもしれない。これもまた、戦争への流れに対して一定のブレーキになりそうですね。あと、帝国の地理を把握されている、というメッセージ性もあるので、前線から距離が離れていることへの安心感も減って、結果として攻勢に出る勢いを削ぐことにも繋がるかもしれません」


竜族は関与しないのだから気にしなくていいんですけど、軍関係者は可能性があれば無視はできないと思うんですよね、と伝えると、ヘンリー王やエドワード王子がなんとも苦々しい顔をした。


「それから、松案を採用できれば、帝国以外の勢力が手を取り合っていると認識されることで、その和を乱す流れを躊躇する機運が生まれるかもしれない。これもまた、戦争への流れへの一定のブレーキになるかと。また、他勢力がそれぞれ団結していることが印象付けられるので、帝国国内で割れている場合ではない、と意識が変わる切っ掛けになるかもしれません」


帝国が団結すればユリウス様も仕事がやりやすくなると思いません?とガイウスさんに話を振ると、それはまぁそうです、と曖昧に返事された。むぅ?


「ちょっと話は重複しますが、初めは僕一人に見えたところに、空間鞄から魔導人形の皆さんがどんどん現れれば、話に聞いていた人形遣いだ、と意識を改める人達も出てくるかと思います。小鬼族の皆さんの世代交代の間隔を考えると、人形遣いも街エルフも、妖精さん達ほどではないにせよ、古い文献や伝承に出てくる者達、ってくらいに現実味が薄れている気がするんですよ。そこに本物が登場すれば、街エルフもまた、帝国を取り巻く国々として確かに存在するのだ、と強くアピールする事に繋がるかと」


ロングヒルにいると忘れがちですけど、他国では魔導人形も見かけることはないと言いますからね、と話してみたけど、これには皆さん、ある程度納得してくれた感じだ。総武演で、人形遣いの技を披露した際の話と同じだからね。


「んーと、それとユリウス様が他勢力とも良好な関係があると語るよりも、実際に僕や雲取様、シャーリス様が並んで、良い関係だ、と実際に伝えたほうが説得力もあるでしょう。とても小さな妖精族から、見上げるように大きな竜族まで、大きさも大きく異なる種族が並ぶことで、他種族と交流することへの意識も具体性を増す気がします」


この場にいる皆さんのように、すぐには無理としても、いずれは語り合う人達が増えれば素敵だ、と伝えると、色々と思うところもあるだろうけど、誰もがそうなればいい、とは思ってくれたようだった。


さて、結構話したけど、ざっと見返してみて、他に何か……。


「今回は、さきほどから何回か出てるように、関係者が多くて訪問まで時間がかかるので、式典の演出を妖精さん達が主体でプロデュースして貰えると、見栄えも良くなって、きっと印象に残る式典にできるんじゃないか、と思ってます。前に僕がお爺ちゃんから、名誉市民の地位を貰った時も、演出がないと寂しいって話してたけど、当時と違って今なら、大勢の妖精さん達も召喚できるから、音楽も含めて妖精さん好みにできるかなーって。シャーリス様、総武演の時より人数も増やせるから、縛りも減って腕の振るいがいがあるんじゃないですか?」


そう話を振ると、シャーリスさんは、ぽんと胸を叩いてふわりと舞った。


「そこまで期待されては応えぬ訳にもいくまい。異世界情緒溢れる、式典に参加した者が、参加できなかった者達に語らずにはおれない催しとしてみせようぞ」


それは何とも楽しそう。


さてさて。


残りは~っと、ほんとおまけだけど。


「ショートウッドの時と同様、僕が言葉に意思を乗せて話したり、雲取様が帝都の民に直接語り掛ければ、感謝と哀悼の意、それに敬意といった思いを届ける効果も上乗せを期待できるでしょう。――思いつくままに列挙してみましたけど、これくらいでしょうか」


そう言いながらも、あと一つ思いついた。


「あ、すみません。それと、帝国以外の勢力の方々にも、竜神の巫女は、国々の代表とは違う役割があると示す効果はあるかもしれません。必要とあれば即座に動くフットワークの軽さがあるぞ、と思って貰えたりもするかも」


って補足したら、そりゃそうだろうよ、とでも言いたげな視線を向けてきた。蛇足だったか。


さて、結構な量になったし、ざっと見直してみてもそれなりにカバーしてるし、叩き台としては十分じゃないかと考えてたら、エリーがやさぐれた目を向けて大きく溜息をつくと口を開いた。


「ヤスケ様、コレに首輪を付けてください。こうして列挙された話は、どれもこれも戦略級のインパクトがあるのに、伝手にお願いするだけで、最低限の梅案ですら、今話した話の大半をやれちゃうのって、どうかと思いませんか?」


「付けられるなら、とうに付けておるわ」


ヤスケさんは無茶言うな、と投げ返すと、ぐるりとこの場にいる人達全員に視線を向けて、皆が仲間であり本当に良かった、と話す始末だ。副音声で、逃がさないぞ、と聞こえた気がした。


ん、エドワード王子だ。


「アキが語った内容の全貌は若輩の身では把握しきれていない。ただ、竜族、妖精族という空を自由に飛ぶ方々が、一足飛びに目的地に降りる様は、地形に縛られてきた軍関係者からすれば、これまでの常識が崩れ去る出来事と思う。敵を包囲するにせよ、防衛線を築くにせよ、平面的に囲っても上ががら空きだと理解してしまえば、あらゆる戦略は見直しを迫られる。一度目にしたら、それが無かった事にはきっとできない」


空を自在に飛ぶといえば、竜族や一部の魔獣、それに鳥類くらいなモノだった訳で、どれもそこまで気にする相手じゃなかった訳だからね。なるほど。





想像の翼に限りはないけど、現実にできる事には限りがあるから、ちょっとブレーキを掛けよう。新たに始まる事の軍事的なインパクトなら、今、気付いたこともちょうど出てきたし。


「空飛ぶ乗り物が完成した訳ではないので、ちょっと先を見過ぎかな~って気はしますけどね。あと、軍事的なインパクトで言えば、秋から始まる竜族への料理提供のほうが大きいと思いますよ?」


秋の収穫時期の後に、成人の儀が行われる事と、竜族と始まる緩やかな交流と料理提供を合わせて考えたら、そっちの方が直接的な影響は大きいし、時期も遠い先の話じゃないって思うんだよね。


「ちょっと待って。アキ、そんな話聞いてないわよ?」


エリーが割り込んできた。


「今気付いた話だから。でも、これまで竜族の皆さんに提供してきた料理とか、竜族の皆さんの好みとかを考えれば、そっちの方がよほど戦争抑制に繋がる気はするよ」


話しながらも、更に考えてみたけど、やっぱり竜族が睨みを効かせるって話になると思う。


「……ベリル、板書してちょうだい」


さぁ話せ、と満面の笑みで迫ってきたので、ちょっとアイリーンさんや雲取様にも協力して貰って話をしよう。


「まず確認ですけど、アイリーンさん、竜族の皆さんが懐かしい味といって好む食材は、地の種族の好みに合わせて品種改良されてきたモノとは、確か違ってましたよね?」


「ハイ、どちらかといえば原種に近く、栽培している農家も少ないのが実情デス」


うん、そうだったよね。


「雲取様、地の種族を庇護する竜族はさほど多くないと聞いているので、竜族の皆さんが幼い頃に食べていて懐かしいと思うような食材が、地の種族由来の品種でない、これは竜族全般に当てはまると考えて良いでしょうか?」


<その認識で間違いない。幼い頃には地の種族のいない地で育つのだから、馴染みのある食べ物も野にある品種となる。そして体が大きくなれば、小さな果実などを食べる事も無くなっていくものだ>


だよねぇ。


「アキ、それが戦争抑制とどう繋がると?」


エドワード王子はぴんとこないか。ふむふむ。


「人、小鬼、鬼のどの種族でも、竜族が好み、懐かしいと思うような食材を生産している農地は少なく、その生産に携わる農家の方々も少ない。だから、いくさとなれば、そんな一部でしか生産されていない食材は、ちょっとしたことで、生産が減ったり、途絶したりするかもしれません。そんな時、秋に訪れた竜族に伝える訳です。「今年は食材が調達できず、お好みの料理はお出しできません」って」


一部の人達は、その意味に気付いてくれたようだ。エドワード王子はもう一押しかな。


「勿論、他の料理でもいいし、そちらでも不満はそうはでないでしょう。でも、あの料理も食べたかったなぁ、と不満が生まれる――かもしれません。そして、互いにいくさを担う者達も、敵地の軍事的な脅威は把握していても、失われたら戻らない貴重な栽培地や、その生産者達、或いは関連する技術は設備までは把握できてないでしょう。地の種族同士の争いなのだから竜族は干渉しない、それは確かにそうでしょう。でも、いくさで無遠慮に焼かれ、殺される様を知ったら、或いはそうなるかもしれないと思い至ったら、竜族の皆さんも問題が起きる前に睨みを利かせておこう、と乗り出すかもしれませんね」


一度手に入ってしまった甘露は手放せない、そして地の種族が争って台無しにするなら、ちょっと人数を間引いてみたり、衝突しないよう緩衝地帯を設定したりと、面倒臭いけれど管理しよう、とか考えだしたりするかもしれない。


かもしれない、かもしれない。


そうならないかもしれない、でもそうなるかもしれない。そんな話。


ここまで話したら、エドワード王子も想像が追い付いてくれたようだ。


「それが進めば、これまでのように後方攪乱行為も互いに取りづらくなりそうだね」


その可能性はある。


「あと、竜族は長命なので、気候変動の結果、普段の生活地域からは、懐かしの食材が取れなくなってしまった、けれど遠隔地の似た気候の地では、その食材は残っていた、なんて話もあるでしょうから、竜族との交流が深まり、懐かしい味覚への理解が進めば進むほど、弧状列島の中で、竜族が残すことを希望する土地や生産者達、関連施設が増えていく可能性があります。そういった対象への配慮が、軍事衝突への誘惑より大きくなれば、いくさを踏み止まる機運も増えていくでしょう。兵士を空から運ぶのは遠い話ですけど、こちらの話は今年の秋からですね」


<アキ、疑問があるのだが、品種というのはそれほど偏りがあるものなのか?>


ん、それは良い疑問だ。


地球(あちら)でもそうでしたが、品種には流行り廃りがあるんですよ。もっと美味しい、虫害に強い、風害に強い、水不足に強い、病気になりにくいなど育てやすさ、収穫量が多いといったように、新しい品種が生まれると、そちらに乗り換える流れはどうしても生まれます。それらは地の種族の好みに沿うモノなので、どうしても原種に近い品種の栽培は主流にはならないんです。まぁ今後は竜族の方々の好みに合わせた品種改良とかも進んでいくかもしれませんよ? そうなったら悩ましいですね。懐かしの味を取るか、新しい美味しい味を取るかって」


<なんとも贅沢な悩みだ>


そう言いながらも雲取様も、そんな未来がまんざらでもない様子だ。


そして、ザッカリー先生が、話が横道に逸れたのでこの件は別の機会に検討しましょう、と宣言したことで、この話題はお終いとなった。





そろそろ時間もお終いというタイミングで、エリーが手を挙げた。


「アキの提案は無視できないし、何らかの声明は出すべきだし、どうせ出すなら効果的にやりたいとも思うわ。だから、話もある程度聞けたし、細かい話はこっちで議論して進めておくけど、一ついい?」


「何?」


「ここにいる誰かや、ユリウス様達のように離れた地にいる人が問題を抱えて、話を聞いて欲しいと言ったら、手を差し伸べてくれるかしら?」


「勿論だよ。皆さんにはお世話になっているし、受けた恩は返したいから」


その思いに偽りは微塵もなかったんだけど、逃げたほうがいいような予感がちろちろと見え始めた。


「それなら、今回の件は関係各所の意見を纏めて、帝国との間で調整を終えるだけでも何週間かかかるでしょうから、アキの手もその間は空くし、希望する皆さんの話を聞いて貰えるかしら。難しい事は求めないわ。ただ、それぞれの話に真摯に耳を傾けて聞いてくれればいいの」


やけに具体的だ。


「それはいいけど、えっと、誰か心当たりがあるの?」


「あるわ。初めての妹弟子を持って、世間の荒波から守ろうとしてきたけれど、そんな私の思いを知ってか知らずか、好き勝手飛び回って、周りを巻き込んで振り回す姿に、いい加減疲れてきたのよねー。そんな訳で愚痴を聞いてちょうだい。アキが、ちゃんと聞いてくれれば、私もまだ頑張れるから」


エリーは笑みは浮かべてるけど、国民に大人気の可愛い王女様が見せる目付きじゃないと思う。

この話の流れはなんか身に覚えがあるので、話を切り上げて退出しようと思ったんだけど、僕が切り出す前に、父さんが話を受ける見事な連携を見せてきた。


「エリザベス殿、心から手を差し伸べてくれる友人を得てアキは幸せだ。どうもありがとう。この際ですから、他の皆さんも時間は確保するので、ぜひ、遠慮なさらず手を挙げて頂きたい」


おぅ。そんな無制限開放まで促すなんて。

そして、阿吽の呼吸で、母さんが悲しいと態度で示しながら話し出した。


「護衛してくださる皆さんの力量には疑念はありません。ですが、アキの事を幼竜に例える白竜様であれば、私共の不安に思う気持ちにも共感して頂けるのではないでしょうか?」


<子を思う気持ちは尽きないと言う。私もそう思う>


アキはちょろちょろ動き過ぎ、などと無遠慮な思念波まで送られてきた。


「皆から受けた恩を忘れずに、速やかに誠意を持って応える、ちょうどいい機会だから希望する方の話は聞こうね。あ、ケイティ、私もリストに追加しておいて」


リア姉が駄目押しの一撃を加えてきた。


「承りました。帝国領へと同行できない心の痛みを私も聞いていただくことにしましょう」


ケイティさんも、申請は私のほうで受け付けます、などと退路を完全に塞いでくれた。


「にゃーぉ」


まぁ頑張れ、って感じの声ではあったけれど、どすん、と膝の上に乗って立ち上がるのを封じてきたトラ吉さんの所業が恨めしかった。


……当然だけど、会場に時間ギリギリまでトラ吉さんを抱えたまま居座ることになり、リストに全員の名が記されるのを目撃することになった。

帝国への感謝と哀悼の意を共同声明として出そう、言ってみればそれだけなんですが、その方法がやはり、こちらの皆さんには衝撃的でした。

言ってみれば、江戸時代末期に、ハインド武装ヘリで江戸城に直接乗り付けてきて、皆さんに感謝します、仲良くしましょう、って親書を渡すようなものですからね。ハインドと違って、その姿を見て、近くに感じるだけで、正気度チェックが必要な天空竜とあっては、驚天動地の出来事と感じるんじゃないでしょうか。そんな天空竜が半径何キロという規模で、心に直接語り掛けてくるオマケも付けば、これまでのままでは生きられないでしょう。


……とまぁ、アキの提案は効果バツグンではあるものの、振り回される人々からすれば一言、二言、三言と言いたいこともあるに違いありません。


人間、どうでもいい相手にわざわざ言い聞かせたりはせず、アキもそれは理解しているので、以前はサポーターの面々、今回はロングヒルにいてアキと縁のある皆さんから向けられる思いは、アキの心に変化を生んでいくことでしょう。

次回の投稿は、十月六日(水)二十一時五分です。


<雑記>

スターキング(・デリシャス)という林檎の品種があって好きなんですけど、取り扱ってるお店が少なく、なかなか食べる機会がないんですよね。調べてみたら保存性に難ありとのことで生産量は大きく減った(まだ生産されてはいるけれど)とのことで時代の流れなのかな、と思いますが、残念です。

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