14-12.帝国への感謝と哀悼の意と共同声明(中編)
前回のあらすじ:「死の大地」の呪いの循環路探査について、我々は呪いについて知らないことだらけ、という視点と、「死の大地」の祟り神の力が無尽蔵で、ダメージを受けて経験を積むことができるのではないか、という話をして、皆さんに納得して貰いました。物語なら、こんな理不尽な相手は、某北米映画に出てきた機動要塞「死の星」のように、一か所だけある弱点を突けばリアクターが吹き飛んで大勝利って感じになるといいんですけど、祟り神には今のところ、そんな話はないんですよね。(アキ視点)
休憩中に、忌憚のない意見も聞いておこうと、エリーの元を訪れてみた。今日はロングヒル王家の皆さんは同じテーブルだね。容姿が優れているのと、振る舞いが落ち着いてて、でも内に秘めた力強さ、荒々しさも備えた感じが独特と思う。
「皆さん、先日は心の治療に手を貸していただき、ありがとうございました。王室の皆さんが並ばれると、背筋を伸ばしたくなる品格を感じて素敵です」
そう話すと、皆さん、笑顔を見せてくれた。
「ホスト国代表として、イメージは崩さない振る舞いは身に付いてるのよ。それにしても、今日の話、せめて帰国前に話せとお偉方は怒るでしょうね」
う、エリーの声が冷たい。
「ユリウス様が帰った後に、呪いの地の報告が届いたんだから、そこは結果論かな~と。ユリウス様、レイゼン様、ニコラスさんと気軽に話せる直通回線があれば、かなり楽になるけど、まだ敷設には時間がかかるらしいから、暫くは行き違いが出るのは仕方ないですね」
あれば話も早いのに、と振ってみたけど、少しあ然とされてしまった。エリーが手振りまで踏まえて、仕方ないから教えてあげる、と切り出した。
「いいかしら。ロングヒルと共和国の間で、直接通信できるのが、例外だと思い出してくれると幸いだわ。マコト文書が記しているあちらの世界と違って、三大勢力の代表同士で話ができても、所属する国々への連絡網まで早くはならない。そこは今の配達網を使うのだから。直通回線にできる事には限りがある、と言うか、偶発的な戦端が開かれるのを防ぐのが精々だと思うわ」
あー、なるほど。
「確かに。それにしても直通回線の概念を聞いただけで、その限界まで考えが及ぶんだから凄いね。始めにも言ったように、今回の案は荒削りもいいところだから、意見は遠慮せず話してね。頼りにしてます、姉弟子様」
「はいはい、必要があればね」
ちょっと、周りの注目が集まった事もあって、話はここまでと、やんわりと追い出された。リア姉やケイティさんも、余裕がありそうなテーブルに出向いて軽く話をしていて、揉めてるようなところは無さそうだった。
◇
さて、再開だ。
「予定通りに飛べるようになった、けれど呪いについての知識が足りず、「死の大地」の探査の加減や注意点がわからない、これが問題と考えました。そこに届いたのが、ホワイトボードにも書かれている、②帝国領内の呪われた土地や建物に関する報告でした。あ、ガイウスさんや小鬼族の皆さんに始めに謝っておきます。呪われた地は、そうなるだけの出来事があり、心情的に割り切れるモノではないと理解しています。それらの地に対する哀悼の意に偽りはありません。ですが、この後は、呪いの研究という側面から語ることになります。この秋に帝国との間で行われる成人の儀により、ロングヒルを中心に友好を深めていく流れと、これまでのように争う流れが並立するのと同様、呪いの地への哀悼の意と、研究対象に向ける意識が並び立つことも御了承ください」
そう伝えると、小鬼族の皆さんは少し目配せし合ってたけど、ガイウスさんが代表として口を開いた。
「アキ様、私達も研究に身を置く者として、倫理的には眉を顰められる領域にも足を踏み入れる事はあります。ですから、両者が並び立つことも理解しています。ご安心ください。そして、呪われた地への想いに感謝します。それらの地に因縁のある者達も、無下に扱わるのではないと知れば、不満を抱くこともないでしょう」
この秋の件と絡めることで、並立できるとしか答えにくい言い方にしたけど、ガイウスさんも立場的にそのことは予め立ち振る舞いを想定していたようで、さらりと返してくれた。見事だ。
<アキ、済まぬが少し補足してくれ。ある程度、推測はできるが、誤解のないようにしておきたい>
雲取様が慎重な言い回しで、説明を求めてきた。扱いに細心の注意を払う必要がある要件だから、その気遣いは嬉しいところ。白竜さんはそこまで配慮するのが何故かイマイチわかってないけど、雲取様が言うのだから何かあるのだろう、と思ってるってとこかな。
<説明して>
子供扱いするなーって感じの軽い不満混じりの思念波をぶつけられた。おぉっと。
「それでは少し補います。竜族の皆さんは、我々、地の種族が治療の為に体を切り裂いて、骨や腱、血管などを繋ぐといった手術をすることはご存じでしょうか?」
<詳しい方法は解らぬが、そうして折れた手足を治すことがあるとは知っている>
ん、なら話は早い。
「折れた骨をそのままにしては、治癒したとしても手足がおかしな具合に固まってしまい、その後の生活に不自由します。ですから、折れてズレた骨の位置を正しく変えて、元のように治癒するように外から固定し、もし血管や神経、腱が切れたならそれらも繋ぐ手術を行います。傷を放置してれば病気になったり、腐ったりもするし、血も沢山出るので、容易な技術ではありません」
<――想像するだけで痛そうな話だ。だが怪我をした体が元のように使えるように癒えるのならば素晴らしい技とも思う>
だよねー。というか、道具が作れないんじゃ、竜族は怪我の治療はどうしてるんだろう?
「えっと、すみません、これは知的好奇心からですけど、竜族も小さい頃なら怪我とかもすると思うんですけど、治療はどうやってる感じですか? 道具は作らないとは聞いてますが、自然治癒に任せるだけ、でもないですよね?」
<創造術式で傷を塞ぎ、後は治癒に任せている>
ふむ。
<手足とか尻尾が斬り落とされたり、羽が破れた時はどうですか?>
そう言うと、雲取様が嫌そうな顔をした。その光景を想像して、気分が悪くなったっぽい。
<それも同じだ。切断面を合わせて創造術式で補って治す。治すのが間に合わなければ、傷口を塞ぐしかない>
「膨大な魔力を持つ竜族ならではの治療方法ですね。ありがとうございました。ちなみに、傷口を塞いだとして、後日、失った部位を復元することはできますか?」
<それを行った事例は聞いたことがない。ところでこの話はどこまで続けるのだ?>
そろそろ精神的にキツいと、思念波で送ってきた。うん、その光景を想像しちゃうと気が滅入るのもわかる。
「すみません、竜族の医療水準を理解できたのでもう十分です。人の場合、幼い頃であれば指先を失ってもその後の成長で失った部位が回復することがあったり、トカゲが逃げる際に尻尾が取れることがありますが、その後失った尻尾は回復するので、竜族の場合、どの程度か確認が必要でした。ちなみに地球の世界の話ですが、そういった回復現象を参考に、失った部位や、機能の衰えた臓器を新たに創り出して治療するといった研究も熱心に行われていました。妖精さんも行使している3D製造技術を応用して、決まった位置に細胞を配置することで複雑な臓器も創れる、そんな話です」
「待て、アキ! 妾達の技でそのようなことができると言うのか⁉」
おっと、シャーリスさんが猛ダッシュで目の前まで来て覗き込むように聞いてきた。
「えっと、シャーリスさん、ちょっと落ち着いて。要は細胞が生きている状態で望んだように並べて塊にできれば、原理的には可能です。あちらでは細胞を培養して食べて美味しいハンバーガーのお肉くらいまでなら創り出せてました。妖精さん達は設計して正確に並べる技術はもうあるので、後は細胞を生きた状態で扱う術を習得できれば手が届く話です」
「なんと……」
「アキ、話が逸れてるぞ」
おっと、ザッカリー先生が話を戻せ、と手振りまで加えて話してきた。
「シャーリスさん、この件はまた別の機会に。マコト文書に書かれている内容なので――知ってる範囲でご説明します」
載ってる話だからケイティさん達でも説明できる、と話を投げようとしたら、全員から×とサインを出されたので、僕が引き取ることにした。
<それは我も聞きたい。シャーリス殿、この話は今はここまでとしよう>
雲取様が、まだ聞きたいと言いたげなシャーリスさんを抑えてくれた。シャーリスさんもケイティさんにスケジュール調整をがっつり頼むと、元の位置へと戻っていった。
さてさて。
「話を元に戻すと、そうした治療の技は体がどうできているのか、肌の内側、筋肉の付き方や腱の付き方、血管の繋がり方、臓器は何があるのか、病んだ症状と痛んだ臓器の関係はどうかなど、実際に見てみないと理解は進みません。あ、竜族のように竜眼があれば別ですけど、見るということは体を切って中を覗くということです。腹の中には食べた物を消化する臓器があり、胸には呼吸する肺があり、血液を送る心臓がありというように、えっと、獲物を食べてれば、体内の構造もある程度、理解してると思いますが、治療の為に、同族に対してもそれを行い、そうして知識を蓄えていった歴史があります。これを献体といい、自らの遺体を医療技術発展の為に捧げる、という気高い精神の現れです。怪我だけでなく病気の場合も含みます」
そこまで話すと、雲取様と白竜さんはかなりショックを受けたようだ。……無理もない。傷つけずとも竜眼で生きてる状態を好きなように観察できるのだから、わざわざ遺体を切り刻まなくても深い理解を得ることは可能だ。
他の種族の皆さんはと言えば、これは既知の話で、それを禁忌とするような文化、文明レベルでないことは見て取れた。日本でも西洋から人体解剖図とかの知識が齎されるまでは、臓器の種類や形状なんかも医師ですら知らないくらいだったし、戦国時代でごろごろ死体はあっても、そっちに踏み込むのはやはり大変だったんだと思う。
そういう意味では、こちらの世界の文明レベルがほぼ現代に匹敵しているのは驚きもあり、ほっとする事態でもあった。もし、それらが禁忌とされる文化だったりしたら、話をするだけで異端だ、邪悪だと迫害されかねないのだから……。
「生きた体を直接診ることができる竜族の皆さんは、道具は使わずとも医療知識、技術はかなりのモノがありそうですね。別の機会にお話しましょう。子育てを経験されている黒姫様だとこの辺り詳しいでしょうか?」
<――うむ。詳しいとは思うが、誰と話すかは後で知らせよう>
雲取様からの思念波に含まれた感情からすると、怪我や病気は稀なので、そういう痛い、苦しい話はストレスになるっぽい。それに何をどこまで話すかどうかも相談したいようだ。
「ありがとうございます。では、竜以外の種族の視点に戻すと、呪いの研究とは、非業の死を遂げた、生ある者に恨みがある、未練がある、妬ましい、苦しい、悲しい、そんな出来事があった、その残滓である呪いを、献体の場合と同様、理解を深めるために切り分け、観察していく行為に他なりません。その献身は、敬意を向けるに相応しいモノと言えるでしょう」
呪われた地には、自分達の種族と関係の薄い、自然現象に近いモノもあるとは思いますが、因縁のある地の場合が多いでしょう、と話すと、特に長命種の皆さんは、思い当たるところがあるようで、沈んだ面持ちになった方が多かった。……ヤスケさんの目は、怖すぎてちらりと見ただけで、視線を逸らしてしまう程だった。申し訳ない振舞いをしたと思い、視線を戻すと、判っているから話を進めろ、とハンドサインで後押しされた。
ふぅ。
理解しているつもりでも、生の感情に軽く触れるだけでも、精神的に堪えるね。
「今回、帝国から届いた報告によると、大小百箇所ほど、呪いの地があるとのことでした。他の種族にも打診しましたが、帝国以外では呪われた地の情報は無かったと聞いています。我々は「死の大地」の浄化の為にも、呪いについて深く知りたい、そして、呪いの地は帝国領にしかなく、帝国はそれらの地を研究の為に提供する意思を示してくれました」
この事実に対する各種族の心情はちょっと複雑なようだ。小鬼族以外は、呪われた地を放置することなく浄化してきた、だからこそ呪われた地が残っていない訳で、呪われた地が手に負えないから小鬼帝国では残ってきたとも言える訳だ。
「呪われた地にも、成立した要因や性質、規模の違いなど、その内実は多様でしょう。百という数も多いのか、少ないのか、それすら私達は知りません。そして、これらの地を徹底的に調べ尽くすことで、「死の大地」の浄化で主力を担う竜族の皆さんへの危険性を大きく減らし、「死の大地」を実りある豊かな地へと復活させる道程を確かなモノとする事ができるでしょう」
前提で、知らないことの恐ろしさをしっかり説明したことで、この意見に反対する人はいなかった。
「これは、③帝国への感謝と哀悼の意を示す共同声明に繋がりますが、弧状列島の未来へと繋がる大きな貢献と献身的行為に対して、僕は関係者の皆さんで感謝と、呪われた地とそこに因縁を持つ方々に哀悼の意を表明しよう、と考えました。思っても言葉にしないと伝わりませんからね」
自分達の未来に繋がる献身的な行為にありがとうと伝えよう、要約すればこれだけの話。
……なんだけど、会場全体に広がったのは溜息混じりの諦観めいた重苦しい空気だった。
◇
っと、妖精族、竜族は他が重苦しい感じなので空気を読んだだけっぽい。場の空気を動かすためにも、ちょっと話を伺ってみよう。
「シャーリス様はこちらとの柵もないので、妖精の国として声明に名を連ねることに問題はないと思いますがどうでしょうか?」
「閣議は開くが、どこまで踏み込んだ表現とするか悩む程度であろう。竜族はちと手間がかかるかのぉ?」
<「死の大地」の浄化は、全ての部族が参加する大きな挑戦となる。そして相手を知り、我らの身を助ける知識を得られるのであれば、そして、その行為が尊い心に基づくと知れば、声明に名を連ねることに反対する者はいまい。いたとしても各部族の意見としては、同意を得られると思う。ただ、各地に話を伝え、意見を纏めるのには、確かに少し手間取るだろう>
雲取様も太鼓判を押してくれた。
「ありがとうございます。そして、共同声明に松竹梅の三案があると言いましたが、僕と妖精族、竜族で声明を出すというのが梅案、関係する全種族、組織が合意声明を出すのが松案、竹案はその中間です。いずれにせよ、正式書簡を帝国に向けて送るだけでは誠意が伝わりにくいので、共和国のショートウッドを訪問した時のように、帝国の首都、ユリウス様の元に出向いて、多くの人達に直接、声明を伝えようかな、って考えてます。小鬼族の方々も妖精族や竜族を身近に感じる機会は無かったと思うので、お互いを知る良い切っ掛けにもなるでしょう。雲取様、シャーリス様、この趣旨なら訪問して貰えますよね?」
そう振ると、雲取様もシャーリスさんもまぁ、その趣旨なら、と頷いてくれたけど、他の面々はと言えば、いやいやちょっと待て、いいから待て、と俄かに騒然となって収拾がつかなくなった。
前回が前提、今回はそれを踏まえた上での帝国領の呪いの地の調査報告の理解と対応、次回は、アキが提示した案への反応(反発)なんかになります。
アキは「自分達の未来に繋がる献身的な行為にありがとうと伝えよう」って話ですよ~と言ってますが、去年の夏までガチで戦争してた三大勢力にソレを求めるのは、まぁ普通なら正気じゃないと言われるところでしょう。
去年の夏の終わりに、魔術の勉強に行きまーす、と共和国を旅立った頃を思えば、隔世の感がありますよね。
次回の投稿は、十月三日(日)二十一時五分です。