14-11.帝国への感謝と哀悼の意と共同声明(前編)
前回のあらすじ:「妖精の道」はこちらと妖精界を繋ぐ道だけど、道の向こう側がどこなのかわからず、周囲を観測して、位置を推定しないと、関係者が辿り着くのも大変なのが難点です。地球でも天測航法ができるなんて人は極一部の人達だけでしたし、もっと星空に注意を向ける人が増えてくれると面白そうです。まぁ地図とペアになって強みを発揮する話ではあるんですけど。(アキ視点)
研究組の検討へのコメントも終わり、帰りの馬車の中で、小型召喚体と妖精のペアによる超音速巡航実験成功の話と、それを受けて作成された「死の大地」の呪いの循環路探査計画案や、小鬼帝国領の呪われた土地や建物に関する第一報の書類に目を通してみた。
本当なら、僕が休んでいた間の情報全てに目を通して、纏めて対応するのが効率もいいんだけど、僕の場合、起きて居られる時間が短いこともあって、そうするのも難しい。
それに大したコメントを思いつかないこともあるだろうから、順次対応というのも仕方ないことと思う。
ただ、それらを読んで、気になった点や、不明点をあれこれ確認して、思いついた案をケイティさんに伝えたら、顔が引き攣ったのがわかった。
結局、その日は寝るギリギリまで、お風呂の中から着替えの最中まで、ケイティさんの質問攻めに遭うことになって、トラ吉さんまで同情の眼差しを向けてくれたりと、何とも慌ただしい流れとなった。
◇
そして次の日、目が覚めると、笑顔のリア姉が待ち構えていた。笑顔だけど目が怖い。
「あ、おはよう、リア姉。珍しいね」
「おはよう、アキ。今日はスケジュールが立て込んでいるから、そのつもりで」
ふむ。
「何かありましたっけ?」
そう問いかけると、大きく溜息をつかれた。
「有りも有り、大有りだよ。昨日、「死の大地」の呪いの循環路探査や小鬼帝国領の呪われた地について、思いついたことをケイティに話しただろう? 資料を纏めたからまずはそれを見て、問題があれば修正、午後には関係者を集めて会談を行う手筈にしたからね」
なんと。
「呪いに関する研究の道を切り開いてくれる小鬼族に、皆で感謝と哀悼の意を伝えようって程度の話なのに、随分急いでない? そりゃ急いでくれたほうが嬉しいけど」
そこに、ふわりとお爺ちゃんが飛んできた。
「そこに儂らも絡んでくる、伝える際についでに妖精族もアピールしようと言うんじゃろう? それに、竜族もこれまでになく大きく絡んでくる。実際の訪問はショートウッドと同様、雲取様、アキ、儂が行くとしても、あれこれ話も聞きたくなるというもんじゃろう」
「今回は準備もできるから、どうせなら、印象に残る伝え方をしたほうがいいもんね」
「あと、急ぎで悪いけど、アキが休んでいる間に起きた話が他にもあるから、そっちの資料も目を通して、第一印象とぱっと思いついたことだけでいいから話して。ベリルが記録するから、思いついたことをいつものように話せばいい。残りは一部に話をする程度とは思うけど念の為だよ。いいね?」
いいね?と聞いてる割に、了承以外認めないって目が言ってる。昨日、結構な人達に集まって貰い、そして今日もまた別件でとなれば、他にないだろうね、と圧力が掛かるのも当然か。
「勿論。それで、えっと、リア姉、何か怒ってたりする?」
なんか不機嫌そうな感じがちらちら見え隠れしてるんだよね。
「別に。つい先日まで、病んだ心の治療に専念してたかと思えば、またふらふらと飛んでいく話をし出して、理詰めでは納得できても、感情的に整理がつかなかったり、また、蚊帳の外に置かれるジョージ達、護衛組が可哀そうだなぁ、と思っただけさ」
う、それを言われると悩ましい。
「その、お世話になった皆さんにはお礼はいずれ個人的に行うということで」
「――忘れず、速やかに、誠意を持って。いいね」
仕方ない、とリア姉は退いてくれたけど、なんかストレス蓄積中って感じだ。感謝の気持ちをきちんと伝える、と約束して、何とか話を終わりとした。
◇
ケイティさんに思いつくままに伝えた内容は、綺麗に資料として纏められていて、一部、心情に配慮した表現に変えて貰ったけれど、修正はその程度で済んだ。残りの話も、白岩様が鬼族の技を学び始めたとか、紫竜さんが魔獣を追い掛け回したせいで、魔獣の生息域が玉突き状態で変わった騒ぎについて、我々が魔獣レベルまで対処可能な実力を持つと理解が広がると、樹木の精霊達が、魔獣達を元の地に戻すよう、強く要望してきたなんてのがあったけど、どちらも今回ほど関係者は多くならないので、思いついた話だけベリルさんに伝えていった。
朝食兼昼食を食べて、身支度を整えてる最中にも、集まってくれる皆さんにどう話そうか、話の順番や注意点などをケイティさんと打ち合わせする羽目に陥った。集まる面々や情報漏洩防止の観点から、今日は別邸の庭先に集まって貰うことになったそうだ。
僕が起きる前に、リア姉は第二演習場で雲取様、白竜さんの小型召喚を終えていて、集合時間前だけど、窓から庭先を覗いたら、小型召喚体の雲取様、白竜さんは到着してて、イズレンディアさんや、ヨーゲルさんと何やら真剣に話してるようだった。
◇
時間になり、庭先に行くと、ケイティさんが杖を振るい、会場を囲うように設置された魔導具と併用して、全域に戦術級術式「風の輪舞曲」を発動して、風の流れが会場からの音を遮る状態へと変化した。術式の維持はケイティさんの魔導杖ではなく、設置型の魔導具のほうでやってるっぽい。
師匠が、なかなかの腕前だねぇ、などと褒めてるけど、仕事を押し付けられればリップサービスくらい惜しまないって心情が透けて見えて、ケイティさんも偶には腕前を披露してみてはどうか、と反撃してみたものの、もう私も歳だからねぇ、などと笑って軽くいなされていた。
ざっと会場内を見渡してみると、昨日に比べると父さん達、ヘンリー王と、アンディ、エドワード両王子が増えた感じかな? あ、ヘンリー王の隣に御后様も同席してる。ロングヒルに居る主だった組織の代表かそれに近い方々が全員やってきた感じだ。まぁ狭い国だから集めるのはそう難しくないだろうけど、ちょっと驚く事態だよね。っと、妖精チームからシャーリス女王と宰相さんも参加か。
「皆さん、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。呪い循環探査計画と、帝国の呪われた地に関する報告を元に、ざっと思いついた事ですので、粗削りですが、こうして集まって頂けた皆さんと意見を交わすことで、より良い案として頂ければ幸いです」
僕が来る前から、ホワイトボードには、ベリルさんが書いてくれた今日の話の主な項目が示されているので、そちらに注意を移して貰った。
「こちらにあるように、①「死の大地」の呪い循環探査計画、②帝国領内の呪われた土地や建物に関する報告、③帝国への感謝と哀悼の意を示す共同声明、の三点が主な項目になります。③については前にもありましたが、松竹梅の三案があるかな、と思ってます。それと、ガイウスさん達、小鬼族の皆さんには、心苦しい内容も含みますので、伝えたい事がありましたら、その時は遠慮せず発言してください」
そう話すと、ガイウスさん達も了承してくれた。
本題に入る前に、軽く、今回の内容についてある程度、頭に入っている前提で良いか確認したら、①と②は議論した当事者だったり、報告に目を通したりしているので問題なし、③はしっかり説明しろ、と言われた。
なるほど。
シャーリスさんや宰相さんにも聞いてみたけど、こちらに来ている妖精さん達やお爺ちゃん経由で内容は把握している、との事で、それなら問題なさそうだ。
さてさて。
「では、まず①「死の大地」の呪い循環探査計画について、その前提となる超音速巡航の試験飛行成功おめでとうございます。今は雲取様だけですけど、雌竜の皆さん向けの装備ができたら、順次、試していくこともできる、とあって心強い結果でした。雲取様、お爺ちゃん、長時間の超音速飛行はどうでした?」
<これまでは音より速くと言っても落下中の僅かな時間飛ぶだけだった。それを水平飛行で、しかも長時間飛び続けるというのは、新鮮な感覚だった。ただ、飛び方は殆ど直線的にしか飛べず、方向を変えるとしても少しずつ、普段の何十倍、何百倍と大きな弧を描くように飛ぶ必要があって慣れが必要だ。それと、あまり頻繁には試さないほうが良さそうだ。あんな無茶な飛び方は召喚体でなくては到底できぬ。あの速さは素晴らしい経験ではあるが、感覚が歪まぬよう注意が必要だろう>
ふむふむ。ジェット戦闘機で言えば、アフターバーナー全開でぶっ飛ばし続けるのに、機体内燃料が減らないようなものだから、その癖が変に残ると、平時に困ると。
「儂のほうじゃが、やはり素晴らしい体験じゃった。このような体験はこちらに来なければ到底、手が届かぬものだったのは間違いない。ただ、超音速巡航時は、儂は椅子にしがみ付いて、計測機器に目を向けているのがせいぜい、乗せて貰っている感じじゃな。儂らが飛ぶ速度帯と違い過ぎて、あちらの世界で、機械仕掛けの飛行機で音速を突破した勇者達もこんな気持ちだったのか、と思ったものじゃった」
自ら空を飛べる種族なだけに、そんな自前の能力を封じて、他者の飛ぶ力に身を任せる、というのは新鮮な経験なんだと思う。
「ちなみに、お爺ちゃんはこういう経験は大好きだから問題ないとして、他の雌竜の皆さんと一緒に飛ぶ妖精さんも、人選には困らない感じ?」
「――そうじゃのぉ、飛んでみたいという者なら多いじゃろう。じゃが、竜に命を預けられる者となると、少し減るかもしれん。召喚体なのだから本当に死ぬ訳ではないんじゃが、障壁が壊れれば、一瞬にして台風や竜巻を遥かに超える暴風に襲われる、そんな役処じゃ。人選にはちと時間がかかるじゃろう」
言われてみれば、確かにその通り。雲取様と一緒に飛んだ時は、飛行服を着ていれば、まぁ問題ないくらいの速度だったけど、超音速となれば、頑丈な機体がなければ、そもそもそんな速度域には耐えられないもんね。そして、疑似体験とはいえ、暴風に体を捩じ切られる事にでもなると考えれば、及び腰になるのも当然で、それを批難はできない。
「超音速巡航自体、もしもの時に備えた緊急離脱を想定したモノですからね。いざという時に戸惑わない程度の経験を積むだけでも良いとは思います。さて、小型召喚体の竜に、妖精用の椅子に観測機器も取り付けて「死の大地」を飛ぼう、というのが、呪いの循環路探査計画ですが、読んでみて、ちょっと完全無色透明の魔力特性を過信してるように思えました」
計画では、高度二千メートル程度のところを、雲を突っ切ったりしないよう注意しながら飛びつつ、地上の呪いについて計測機器で記録していく事になっていた。経路は街エルフが把握している古い大雑把な循環路の情報をベースに考えた、とある。この高度にしたのも、以前、雲取様が「死の大地」を眺めに行った時に、不快感を感じた距離を元に決めた、とあるから、この高度なら、不快感も感じず飛べるという話なんだろう。問題があれば高度を更に取るか、引き返す、ともあるから安全面も考慮されている。何かあっても超音速巡航で引き離せばいい、というのも安心できる材料とは思う。
<以前、アキが話した循環路を実際に確認してみる飛行計画で、この高度で小型召喚体の大きさであれば、竜族とて地上からは見つけるのは難しい。まして魔力感知もできないのだ。十分、安全に配慮していると思うのだが>
ん、雲取様も計画立案に関わってるだけあって、ちょっと不満そうだ。隣の白竜さんも発言はしなかったけど、無言のまま思念波を送ってきてくれた。そこまで配慮する必要はないんじゃないか、そんな感想を持ってるけど、何度も飛ぶのだから、現地の情報が集まってきたら、飛び方も改めればいいだろう、そんな感じだ。
他の研究組の皆さんの表情も伺ってみたけど、やっぱりこれでいい、って雰囲気だ。
「これは確認ですけど、残りの魔力を気にしないとして、雲取様はこの計画の高度を飛ぶ成竜に対して、ダメージを与える術式、例えば熱線の術式とか撃って当てられますか?」
<これほどの長距離となると、効率がかなり悪く、簡単に障壁で防がれてしまうだろうが、もし障壁を展開しないなら、手傷を負わせるであろう威力の術式を放つことも、当てる事も可能だ>
ん、想像通り。
「では、この十倍高い高度を飛んでたとしたらどうでしょう?」
<それは厳しい。体全体のどこかに当たればいい、といった程度でも難しいだろう。白竜はどうか?>
<視界を強化する術式を使えば、捉えることはできると思う。でも視力強化しつつ、その距離まで十分な威力を届かせる熱線術式を使うのは無理。専用の術式を創り出せば可能かもしれないけれど>
ここで、余裕で当てられるとか言われたら困るところだった。良し、良し。
「回答ありがとうございます。今、お聞きした通り、距離を離すことはそれだけ安全に繋がります。近いほど当てやすい、威力も出やすい、なら遠ければ、当てにくい、威力も出ない訳です。それで、僕がなぜ、こんな話をしているのかと言うと、我々が呪いについて知らないことが多過ぎる為です」
そう話すと、腕に覚えありといった魔導師級の皆さんが不満そうな顔をした。自身でやったことがなくても、あちこちで呪いは浄化してきた実績があるし、竜族の二人にしても、いざとなれば竜の吐息で一吹きって程度の話なのだから、そう思うのも無理はない。昨日、話をしているケイティさんや、そこから資料作りにも関わってるリア姉は違うけれど。
「そんな事はない、と思われてそうですので、それなら僕の思いついた疑問への答えをご存じであれば発言をお願いします。呪いに対して、狙撃に相当するような距離から、呪い本体ではなく、周囲に拡散している呪いを部分的に浄化したとして、その時、呪いは何もせず削られ続けてくれるでしょうか? 本体から滲み出ている呪いであっても呪いの一部です。そんな効率の悪い浄化なんて誰もやったことはないと思いますけど、さて、どう動くでしょう? 呪いには記憶はなく、ただ現象に対して反応するのみとは伺ってます。今の話は、呪いに対する刺激足りえますよね? では呪いはどう動くでしょうか。防御を固める? それとも攻撃側に呪いを伸ばして侵食しようとする? 或いは何か攻撃術式を放ってくる? もしかして幻影や霧、闇といったモノを展開して攻撃を回避する? さて、どうでしょう?」
ちなみに、反撃するなら、どの距離からか、遠距離ならどんな術式が選択されるのか、威力は呪いの強度や量に比例するのか、なんて精度で答えが欲しいところです、と補足すると、聡い皆さんなだけに、はっと表情を変えてくれた。
雲取様や白竜さんも想像はできたようだけど、ちょっと意識が違う感じかな。
「瞬間発動の術式が使える竜族の皆さんは高い実力があるだけに、想像しにくいかもしれませんね」
<呪いの挙動は確かに知らない。だが、何も前兆がなくいきなり何かしてくることもないだろう。防ぐなり、先を制して潰してもいい――と我らなら考えるところだが。アキはそれでは問題があると言うのだな。降参だ。何が問題なのか話してくれ>
雲取様も、これまでの僕の話し方をだいぶ理解してくれてるから、思いつかない事を楽しんでる感すらある。なんか、そんな雲取様のわくわくした目を見ると、可愛いなぁ、とかちょっと思っちゃったり。
こほん。
「今回は相手が悪いので、想像しにくいところが多いんですけど、一番の問題は、呪いについて知らない事が多い点です。そして、雲取様の話された通り、大概の事なら竜族なら即応できて大事には至らないとも思います。で、なら何が問題かというと、「死の大地」の呪い、えっと、面倒なので以降、祟り神としますが、祟り神の体力や魔力が無尽蔵で、経験すればそれに反応してくるので、経験すればするほど手強くなっていく点にあります。最初のうちは簡単に対処できていて余裕があっても、失敗を糧に手を変えていけば、だんだん、手強くなっていくのは避けられません」
ん、どうも厄介さが伝わってないっぽい。特に竜族の二人には。
「えっと雲取様、膨大な呪いを源として無尽蔵に力を行使してくるのは、小型召喚体の超音速巡航と同じです。普通なら息が上がる、疲れる、残りの魔力が気になるけれど、そんな前提を全て無しにして、減った分の魔力は補填しますよ、と祟り神はできます。先ほどの遠距離における熱線術式による迎撃ですけど、魔力が減らないなら、ライトで相手を照らすように、ずっと熱線術式を撃ち続けることだってできる……かもしれません。それに相手は広大な大地の規模です。熱線術式だって体全体のどこかに当てるのがせいぜいの精度だとしても、十発、百発、千発と数を増やして対処してもいい。ちなみに、低位の術式は何もせずとも無効化できるという話ですが、無効化できない程度の熱線の術式が絶え間なく、何十、何百と照射され続けた場合、翼や尻尾まで含めて全体を防ぐ大きな障壁を使って、一旦、受けに回ったら、そこから挽回できるでしょうか?」
<――それは厳しいだろう。そもそも障壁の術式自体、相手の狙いに合わせて狭い範囲で展開するのが常だ。我らの体全体を覆う障壁を張り続ければ、魔力の減りもその分早くなる>
「山の影に隠れるとか、射線を切れる位置まで逃げ込めないと、やっぱり難しいですよね。空間転移で退避できたりします?」
<無茶を言わないでくれ。先ほどの例では、一瞬とて緩められぬ状況で障壁を張りつつ、であろう? 何とか跳ぶ準備ができたとしても、障壁を張りつつ跳んだ事など試した事もないし、試そうと考えた事すらなかった>
だよねぇ。基本的に敵なしの竜族がそこまで追いつめられるなんて事態はこれまでなかったんだから当然だ。
<アキ、でも、それは相手の手数に制限がなく、魔力にも限りがなく、狙いも竜族に近くと、想定が厳し過ぎない?>
白竜さんの不満も尤もだ。
「その通りで、今の例はだいぶ極端な話をしました。多分、いくら無尽蔵と言っていい呪いでも、そこまで集団戦のような真似ができるとも思えませんし、熱線術式だってそこまで器用に扱えるかというと実体のないあやふやな存在ですから、もっと大雑把な挙動をするんじゃないかとは思います。ただ、今のような話を否定する要素がなく、初めは無理でも経験を積んでいったら近い事はやってくるかもしれないのも確かです。細かく当てるのが無理なら、空一面を熱線術式で焼いたっていいんですから」
避けようのない、視界全体が赤く染まるような様をイメージできたのか、雲取様も白竜さんも顔を顰めた。
「そして、想定が恐らくは過剰だとしても、それならどの程度なら妥当なのか、その基準となる知識を我々は持っていない、そうアキは言いたいんだね」
師匠が補足してくれた。話が早くて助かる。
「仰る通りです。懸念事項もあります。祟り神は既に「死の大地」全域に対して浄化術式相当の攻撃を一時間も受けて、連樹や世界樹の方面の呪いを厚くしたことが確認されています。呪いに対して刺激を与えて反応された状態です。何もせずにいた呪いと違い、想定してない超遠距離、水平線を超えるところから攻撃を受けて、全体からすれば僅かでも、大きく動く程度には危機意識を持ったとは言えるでしょう。となれば、遠距離に注意を払っている、そんな警戒状態にある……かもしれません。竜の皆さんが不快感を感じない程度の距離であっても、認識される距離ではあるかもしれません。確かに小型召喚体の竜は通常の竜の六分の一、面積比で行けば三十六分の一と小さく、そこにいると言われなければ、見落とす可能性が高いとは思います。でも、相手は警戒状態だとしたら、それでも見落とすでしょうか? 呪いの遠距離における挙動、能力について我々はどれほどか知りません。これくらいなら問題ない、安心だと言える根拠を持ててないんです」
あと、どの程度したら、呪いが通常状態に戻るか、その判断基準も持ってないですよね、と話すと、知らない事の恐ろしさがだんだん伝わってきたようだ。
ん、セイケンが手を挙げた。
「アキの話からすると、経験を積ませるほど手強くなる、祟り神はそれができるだけの無尽蔵の体力がある、だから、可能な限り経験を積ませたくない、そう言いたいようだな」
ナイス。
「当たりです。「死の大地」の浄化は初撃でどこまで相手の力を削げるかが鍵です。理想を言えば、初撃で呪いの循環を断ち切り、物理的な力を持つ不死の戦力を潰し、分断された状態の祟り神を順次、各個撃破していきたいところです。その場凌ぎの反射的な反撃ですら大地を覆い尽くす祟り神が行えば、かなり理不尽な猛威となるでしょう。だからこそ、初撃で回復不可能なレベルの痛撃を与えて、経験が追い付かないペースで叩き潰していきたい訳です。その為には、作戦開始時点での祟り神の経験を限りなくゼロに近づける努力が必要でしょう。誤った経験を積ませて下手を打たせる、みたいな策は嵌れば強いとは思いますし、こちらの手を読めず祟り神が迷う事は期待できる気もしますが、そういう搦め手もまた、経験を積ませてる事には違いないので、避けたほうがいい気はしますね」
何かあっても対処すればいい、というのは悪手で、そもそも何かをさせてはいけない、それを誘引するような行動は避けないといけない、と話すと、雲取様も白竜さんも合点がいったようだ。
<我が聞いた話では、「死の大地」の呪いも始めは全てを覆うほどではなかったと言う。そうなると、今、大地全体が一つとなった祟り神も、普通の呪いと違って現在の基点を潰したとしても、残った膨大な量の呪いに相応しい他の基点を拠り所に、活動を続けることだろう。アキの言うように呪いの循環を断ち切って、祟り神を分けたとしても、それらもまた十分な力を持つ祟り神であることも確かだろう。そして、我々は、大きな呪いの基点を潰した場合、分かれた呪いが新たな基点を元にすぐ動くのか、暫し時間の猶予があるのか、それも知らないという事か。なるほど、我々は呪いについて知らぬ事だらけだ>
「弧状列島にいる全ての竜族が竜の吐息を放ったとしても、それは威力が過剰過ぎて、範囲が狭くて、「死の大地」の祟り神からすれば、身体の一部がちょっと削れた程度に過ぎないと思います。基点を失った呪いは周囲に拡散していくとも言いますし、例え全ての基点の位置を把握できて、それらを一度に破壊できたとしても、弧状列島全域に呪いが拡散しちゃったりしたら目も当てられないから、やるなら、やっても大丈夫という確信が持ててからにしたいですね。で、その確信を持てるだけの情報がない、ここまでは皆さんの合意も得られたかと思います」
はい、ここまでが前提です、と話すと深い溜息があちこちから漏れて、お疲れな感じがしたので、ちょっと休憩を挟むことにした。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキとしてはシンプルな話を提案してるつもりですが、ありとあらゆる神話や伝承まで手を伸ばして、まるで大喜利のように切り口を変えて、可能性を追求している日本の創作業界文化にどっぷり浸っている現代日本人と、近隣地域までの移動程度が「世界の全て」だった弧状列島の住人では、やはり視点の違いは大きく、説明に手間取ることになりました。
話をはじめに聞いたケイティやリアは、マコト文書に詳しく、アキの視点に近い意識も持ってるので、資料を纏めて、この話に絡むであろうメンバーに参加を呼び掛けることもできましたが、昨晩はきっと大変だったことでしょう。両者の意識の差を理解して、何とか軟着陸させようと橋渡しに奔走したのだから。
次回の投稿は、九月二十九日(水)二十一時五分です。