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2-28.新生活六日目②

前話のあらすじ:街エルフが運営する孤児院のお話と、話だけは出ていたミアの魔導人形ロゼッタについてのお話でした。


 孤児院の話が区切りいいところまで終わったので、ケイティさんは改めてフリップを取り出した。


「では、前回は主に輸出品について話したので、今回は輸入品について説明しますね」


「海の幸、山の幸、穀物類あたりでしょうか。鉱石類は精錬してから輸入してる感じですか?」


「そうですね。鉱石類は土砂を廃棄する場所の確保が難しいため、ある程度、精錬したものを輸入しています。他に高額商品として、森エルフからは世界樹の葉や実といった魔法薬の原材料、ドワーフからはマザーマシン製造に必要な精密部品、特殊用途向けの高機能合金の類がありますね。ちなみに各地の産物は、どの程度、輸入していると思いますか?」


 ふむ。膨大な量の鉱石を含んだ土砂を輸入して、余計な土砂は埋め立てに使うということはないと。高付加価値な製品として森エルフ、ドワーフは明確な品があるけど、人族は特にない感じか。


「こちらは、各国が食料自給率百%以上を達成していそうで、そうなると一部嗜好品だけに限定して輸入という策もなくはないですが、それだと交易の量が稼げないので、敢えてある程度の食べ物を輸入して、その分を輸出してバランスを取る感じでしょうか」


「正解です。こちらから高付加価値な品ばかり輸出すると、交易の行きと帰りで荷量のバランスが悪くなり、運送人の運用上も好ましくありません。後は、街エルフの作った飲食物をブランド化して流通させることで、街エルフの存在感を高める狙いもあります」


 そう言って、ケイティさんがいくつかのフリップを見せてくれた。原材料を輸入して焼き菓子を作ったり、飴玉を作ったりしている。チョコレートも海外からの輸入をほぼ独占していることもあって、主要な輸出品になっているみたいだ。


「飲食物なら、常に一定の消費量が期待できるから、たまに見かける高級品より宣伝効果は高いですよね。あ、もしかして、産地の人宛にお礼の手紙とか送ったりしてます?」


「そうですね。顔の見える生産に対して、高い価格で引き取る施策をしていることもあり、粗悪品をほぼ駆逐できたことは幸いでした。手紙ですか? もちろん、義務ではないのですが、かなりの頻度で送っているようです」


「顔の見える生産者と、顔の見える消費者ですか。いいですね。偽ブランド対策とかはどうしているんですか?」


 ブランド品と言えば、偽ブランド品は切っても切れない関係にあるはずだけど、こちらではどうしているんだろう?


「流通経路が限られるので、案外、辿っていくのは苦労しないんです。おかげで、偽ブランドを作るような輩は見かけません」


「……もしかして、苛烈な偽物撲滅作戦とかやったりしました?」


「そうですね、例えば、偽酒を作って流通させた国や企業に対して、鬼族連邦や小鬼達の帝国にまで識別に必要な情報を提供して、弧状列島で知らぬものなしという状態にしてから、各国に取引の自粛を求めたりはしましたが、その程度です」


「それはもう効果覿面だったでしょうね」


 全国の流通状況を把握し、印刷物で情報の流れを操作できるからこそできる荒業だと思う。あと、この例だと、どの種族も酒好きだからこそ、成立した話なのかも。


「その国はかなりの勢いで収支が悪化しました。ただ、その後、偽酒作り、流通に関与していた者は当然として、それを監督、監視すべき役人まで含めて、処分を徹底したおかげで、再発防止効果が確認できた十年後には、制裁は解除されました」


「処分?」


「身分、性別、年齢に関係なく、最前線の特等席に永続勤務だったかと」


「それは誰でも遠慮したい罰ですね」


 不十分な措置では、各国は許そうとしなかったんだろう。各国が自給できているからこそ、嗜好品への拒絶も容易なのだということかもしれない。


「はい。その国では生産と流通をトレースできる仕組みを導入して、今では信頼できる国の上位に常時、ランキングしているくらいです」


「正直者が報われるのはいいですね」


「そうですね」


 やっぱり、やらかしていたか。口煩いクレーマー扱いされてなければいいなぁ。

 正論だったとしても、あちこちで恨みを買っている気がする。





 昨晩、雨が降っていたようで、草木は濡れていて、あちこち水溜まりができている。

 トラ吉さんはどうしているのかとみてみれば、正面扉の近くに大きな籠が置いてあって、そこに毛布が敷き詰めてあり、トラ吉さんはそこで丸くなっていた。


「雨の時はここにいるの?」


「にゃーん」


 そうだよ、とでも言うようにトラ吉さんが返事をしてくれた。

 どこから入ってくるのかとみてみると、正面扉の横に、犬猫用の小さな出入口がついている。


 試しに手で押してみると、思ったよりも軽く蓋が開いて、簡単に出入りできるようだ。


「魔力感知訓練に行ってくるね」


 そう言って、手を振ると、トラ吉さんも尻尾を振ってくれた。

 顔からすると、濡れているのに物好きな、とでも言いたげだが。


 スカートの裾を濡らさないように注意しながら、庭に降りてみる。


「うーん、これはちょっと要注意だよ」


 靴が濡れないように、歩くところも注意して。

 やはり、どうしてもいつもよりも、歩くのに随分手間取ってしまう。


 それでも、心を静かにして、そっと風の流れに気を配れば、水気を含んだ空気が動くのも感じ取れる。もっと繊細な動きを捉えられないと駄目なんだろうか。


 連鎖して、いろいろ悪い考えが浮かんでくるけど、心臓の鼓動に意識を向けて、ゆっくりと雑念を捨てていく。


 ふと、空を見上げてみると、雲が流されていくのが思ったより速い。

 そういえば、毎日こうして庭を歩いていたけど、空に意識を向けたことはほとんどなかった。


 防竜林のせいで、空が切り取られていて、見えない部分が多いのが恨めしい。

 それでも、空の彼方に月が浮かんでいるのを見つけることができた。


 丸い形からすると今日は満月に近いようだ。


「ケイティさん、確か月明かりでも魔力を得られるんでしたよね? 何か影響があったりするんでしょうか」


「はい、今日は満月なので、休息日になります。普段よりも魔力が過剰になる分、どうしても争いや事故が起きやすくなるので、家で休むのが一般的です」


 なるほど。地球だと迷信の類だけど、こちらだと実害があるのか。


「それなら新月は、魔力が減る分、皆で騒ぐ感じですか?」


「魔力が減っている分、活動を抑えるということで、やはり休息日になっています」


「そうですか」


 月をじっと見つめてみる。同時に身体のほうも指先から頭のてっぺんまで意識を向けてみる。

 ……でも、何も変わった気がしない。

 うーん、やっぱり何か根本的に、何か足りない気がする。


「ケイティさんは、何か満月ということで影響を受けたりするんでしょうか?」


「私ですか。多少、魔力が増えはしますが、その程度で、それで何か問題が起こるということはありません」


 残念、そもそも、それほど影響を受ける訳じゃないのか。……でも休息日というくらいで――


「ケイティさん、それより休息日なのに訓練とかしててもいいんでしょうか?」


「そこまで厳密な運用をしてはいませんのでご安心ください」


「すみません、付き合って貰ってしまって」


 本当なら今日は休暇なんだろうし、悪いなぁ。


「余裕のあるシフトで活動してますので、問題はありません。それよりアキ様、そろそろ訓練を再開しましょう」


「はい」


 それからも、できるだけ感覚を研ぎ澄まそうと、何か感じ取ろうと頑張ってみたけど、結局、昨日と変わらなかった。このまま続けていけば、ある日突然、何かを掴んだ、といった感じになるのかもしれないけど、ここまで手応えがないとなかなか厳しい。やっぱり何か別のアプローチが必要だと思った。





今日の昼食は、蒸し鶏の表面を焼いて葱ダレを絡めた主菜に、マンゴープリン、中華スープといったメニューだ。肉厚の鶏胸肉を蒸して柔らかく仕上げて、表面は片栗粉を塗して焼いているから、外はパリパリ、中はジューシーな感じだ。葱ダレが良く合う。野菜の千切りが敷いてあって、それと合わせて食べると、味付けも丁度いい塩梅になって、御飯が進む。これは美味しい。


食べている間は誰もが無言で、もくもくと食べていた。ボリュームもあって大満足。

烏龍茶を飲んで、ちょっと一息。


「どうかしら? 今回は私がメインで作ってみたのよ。父さんが作ったのはマンゴープリンとスープね」


 母さんも、僕達の反応を見て嬉しそうだ。


「とっても美味しかったです。ただ、ちょっとお腹一杯になったので、お茶の時間はボリュームを控えて欲しいです」


「わかったわ。ほら、私の言った通りじゃない」


 そう話を振る母さんに、父さんとリア姉はどうも否定的な顔をしている。


「そうは言うが、やはりこのメニューなら、春巻きの二、三本はいるだろう?」


「同感。アキ、今はまだ仕方ないけど、起きてる時間が伸びたら、もっと食べて運動しないと駄目だよ」


 二人して、せめて今の倍は体を使う活動をするべきだ、なんて言って、自論を展開している。


「戦闘技術に比重を置くのもいいけど、やっぱり学問のほうが重要だと思うわ」


 今度は、母さんが自論を展開しだした。若いうちに頭を限界まで使う訓練をしておかないと伸びないと。

 なんだか、これは困ったパターンになってきた気がする。


「それで、アキはどっちがいいと思う?」


 きた、きた。さぁ、なんと答えるか。


「そうですね、どちらも大切と思うけど、やっぱり今は魔術を伸ばすべきじゃないかと」


 戦力バランスからすると、母さんに肩入れしたほうがいい気もするけど。


「ほら、やっぱり学問は重要よね。魔術の効率的な運用や、原理の理解、魔法陣の作成には高い知性が必要だもの」


 母さんは、僕のほうを見て、アキはわかっているわね、といった感じで満足そうだ。


「ん、魔術が重要なんだから必要なのは心身を鍛えることだろう? 特にアキは古典魔術を学ぶんだから、強靭な精神、肉体は不可欠じゃないか」


「現実を己の意志で書き換える強い心と、周囲の魔力を認識して利用する鋭い感覚がないとね。魔術を伸ばすならやっぱり、体を動かさないと」


 あー、二人ともそんな煽るようなことを言っちゃって。

 受けて立つと言わんばかりに、母さんが反論を初めて、父さんとリア姉も理性的に聞いているように見えて、戦う姿勢ありありだ。


「議論は皆様に任せて、アキ様は午後の訓練に行ってください」


 ケイティさんが僕を連れ出してくれたおかげで、なんとか脱出できた。三人とも討論に本腰を入れたようで、挨拶もそこそこ、見送ってくれたのは良かった。……互いに自分が正しいと確信しているから、長引きそうだ。

次回の投稿は、七月八日(日)二十一時五分です。


先日から喉が痛く、声が掠れてでなくなってきました。夏風邪でしょうか。薬を飲んで大人しくしていようと思います。

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