14-7.世界樹との心話(前編)
前回のあらすじ:浄化杭の投下実験も、目標地点からかなりズレたけど、一応、成功しました。ちなみに雲取様からすれば、翼を広げた自身の身体イメージからすると、二人分ちょいズレた程度なので「ちょっとズレた」程度だったようです。(アキ視点)
世界樹から、心話用の枝も届いたので、早速、第二演習場で心話を試みることになった。事前に連樹の巫女ヴィオさん経由で、連樹の神様にも、問題が発生したらフォローをお願いしたし、リア姉やケイティさんもリモートワークしつつ、同席する事に。
紅竜さんも、外から介入できるよう控えてくれる事にもなった。
過負荷時には自動切断する心話用魔法陣も用いるから、現時点にできる対策は全て行ったと思う。
「ニャー」
「相手は福慈様と思って慎重にするんじゃぞ」
トラ吉さんとお爺ちゃんがそれぞれ声を掛けてくれた。
「ありがとうね。それでは、心話を始めます」
<無理はするでないぞ>
紅竜さんからの思念波からは、見守るしかないのが歯痒いって感情も伝わってきて、ちょっと申し訳ない気がした。こうして側にいてくれるだけでも心強いのに。
離れたところにはリア姉やケイティさんも控えてくれている。僕は世界樹を見て、幼子のような印象を受けたけど、それでも身長六百メートルを超える巨大な幼子となれば、出し惜しみはなし、そう皆が判断するのも判る。
さて。
どうなるか。
では、心話開始だ。
◇
意識を向けると、これまでに経験したことの無い強大で落ち着いた意識が見えてきた。
雲取様が普通乗用車なら、白岩様は大型乗用車、福慈様は超大型トレーラーって感じだったけど、どっしりと地に根を張り、遥か彼方までそびえ立つ様は木と言うより、超高層ビルといったようで、確かに心の在り方がまるで違う。
降臨された連樹の神様と心を触れ合わせた時は、あの方がかなりこちらに合わせてくれていた事が理解できた。
これ迄の心話の相手と違い、触れれば応えるけれど、離れているなら、触れるまでは気にしない、そんな印象だ。動く意志がないというよりは、動くと言う選択肢がはじめから無いんだろう。植物なのだから、当然と言えば当然か。
内に秘めた熱さなら、マグマに例えられる福慈様が圧倒的だけど、存在としての総量なら世界樹の方が遥かに広大だ。
と言うか、サイズ比でも、スカイツリー並みの巨体だから大きいとは思ってたけど、感じられるそれはそれを大幅に超えている。
魔力だけでは説明の付かない巨大な存在、それは心の在り方にも言える事だったと。
さて。
いつまでも距離を詰めないわけにもいかないので、心を触れてみた。
<世界樹の精霊様、アキです。始めまして>
触れてみてわかったけど、大海原で叫んだみたいで、全然届いた感がない。スケール感が違い過ぎて、主体としての意識がどっちに向いているのかわからない。とはいえ、記憶をブロックしている感じもないから、距離感を調整して、あちこち探ってみた。
福慈様は不用意に振れて激しさに巻き込まれたら大怪我、という大型機械みたいな難度だったけど、世界樹さんは、海岸沿いで波に戯れていたら離岸流で一気に沖に流されるような緩やかなうねりがあって、別の難度がある。
触れたところから伝わってくる感覚からすると、日差しを浴びて気持ちいいって嬉しそうな感情があちこちで波紋のように広がってる印象かな。というか、触れてても確信が持てないんだけど、本当に一つの存在なんだろうか。動物のように一つの意識で全体が統制されて動くというより、連樹の神様のように、多くの要素が集まって、一つの共同意識を創り出している、といった方が近い気がする。
あちこちで起きてる嬉しさの波紋も、それぞれが好き勝手に湧いて、相互に影響し合ってるようで、何かの意識で団体行動してる感じでもない。
うーん。
……そんな風に、相手からの明確な反応ないので、結構長い間、触れ続けていたら、徐々に受ける印象が変わってきた。
何これ。
言葉にすればそんな印象かな。ムズムズするから意識を向けたら、なんか小さな虫がいた、くらいの軽い認識。
それでも、反応があったのは嬉しかったので、大きさ的に全然問題なさそうとも思ったので、協力してくれてありがとうって気持ちを出して、あちこち意識をぶつけてみた。竜族相手でも驚かれるレベルだったんだけど、世界樹さんのほうはと言えば、それでやっと、そこら中から意識が向いてきた感じ。
巨大なスクランブル交差点で、突然、歩く人々が一斉にこちらを向いてきたような、かなりドキっとする変化。
だけど、そこに何か感情とか振舞いが伴う訳じゃなく、ただ、ただ、自然と視線を向けてきた、そんな感じ。一斉と言ったけど、実際には行動が波のように広がっていくようで、隣を見て自分も視線を向けるぞ、って次々に行動が連鎖していく、そんなところ。
これに何か感情が伴ってたら、怖くて心話を切ったと思う。それくらい、多勢に無勢な心細さと、全周囲から浴びせられる意識の波はインパクトがあった。
そして。
暫く意識の波に揺られ続けていたら、ふと、世界樹の記憶に触れることができた。
大空を飛ぶ雲取様、その胸元に普段見かけないモノが付いてて、そこに座ってた生き物、あぁ、それだ、それだ、そんなモノもなんかいた気がする、くっついてた、うろつく魔力泉、ちっちゃい。
……そんな整理されていない蜃気楼のように朧げな記憶。
雲取様の事は好意的に意識してるよう。でも、その認識は、何か色々と気を使ってくれる大きな鳥とか、そんな印象だ。そりゃ、六百メートルもある存在からしたら、翼を広げても二十メートル程度の天空竜なんて、大きな鳥程度だろうけど、ここまでスケール感が違うとは思わなかった。
あの時、僕の方を観てたと思ったけど、雲取様を観てただけだったんだね。僕はおまけ、お爺ちゃんに至っては認識されてもいない。
うーん。
結構疲れるけど、マコトくんの依代用の枝と、連樹の神様と共同で弧状列島全域に呼び掛けてくれてありがとう、って気持ちを強く持って、先ほどと同じようにあちこちに心をぶつけてみた。もう、ぜぇはぁ言ってるくらいの疲れ具合だよ。
そうして、奮闘すること数十分。
やはり大きなうねりと、意識の連鎖反応の波が伝わっていき、また新たな記憶の塊に触れることができた。
先払いしたから働け~、根っこを伸ばす力が足りない、西の呪いがすっごく邪魔、雲取様は枝に止まってもいいよ、いい枝あげた、呼びかけで力が減った、今年もそろそろ森エルフ達が苗木を持ってくる頃か、なんて感じ。
森エルフは数十、数百人纏めて同じグループとして認識してるイメージだ。人が蟻の行列を眺めて、全体を把握しているように。多分、個体識別はできてない。
でも、雲取様くらいの大きさになると、ちゃんと個体識別してるみたいだ。
竜や人との心話のように、記憶に触れても、それに反応して、連鎖した記憶や感情がすぐ湧いてこないから、その先がまるで読めないけれど。
こちらの意識を伝えるのに、全力でのタックルを何十回としないと伝わらない、そんなスケール差。
ケイティさんの心話魔法陣と同様、スケール差があり過ぎる存在との心話魔法陣を僕も作って貰わないと駄目かなぁ。
それとも、いっそのこと、連樹の神様に仲介をお願いして、直接の接触は控えるかどうか。
だいぶ疲れてきたけど、気になった事がある。僕の事を「動く魔力泉」と捉えたっぽい感覚と、根っこを伸ばす、という意識に触れた時の違和感。地面の中に根を張るなら栄養を求めてとか、水を求めてとか、大地を掴んで安定させて、とかそんな感情とセットになりそうなモノだけど、地脈の力を元手に、届きにくいところに向けて体を伸ばす、突き破ろうとする意識、今ある根では細くて足りない、それを破り、広げていこう、そんな意識。
……知るなら後者かな。
両方やる気力はないので、気合を入れて、伸ばしたいのに力が足りない、そんな根について、地に張る普通の根との違いが何か、疑問をぶつけてみた。それこそ体中ぶつけていく勢いで。
もぅ、ぜぇぜぇと肩で息をする状態になったけど、何とかまた反応を引き出すことができた。
その記憶は、薄暗い底の無い闇のようでありながら、常に揺らぎ続けていて、縦でも、横でも、前後でもなく、過去でも、現在でも、未来でもない、そんな「向こう側」に向けていく方向感覚、何もない「あちら側」、高みから見下ろした視点だからわかる隙間だらけの世界、不連続な在り方、「あちら側」に浮かび揺れる「こちら」、それが――
◇
気が付いたら、ぽよん、と大きく弾き飛ばされていた。谷底を覗き込んだ子供を見て、危ないから手を引き寄せるように、ここまで、と抱きかかえるように。
世界樹の意識が潮流となって、僕を縁の外まで押し戻した……っぽかった。
自分自身を形作る心のイメージが揺らいだ感じで、ちょっとヤバい。
相変わらずそこにあるだけで、動くことのない世界樹の心だけど、さっき見た記憶の方向には、潮の流れに逆らうような動きをしないと進めない感じ。心話を拒んではいないけれど、さっきの記憶に触れるのは駄目、というより資格がない、力がない、そんなところだろうか。
力強くぶつかっていく気力も尽きたし、自身のイメージがなんか脆くて、ぶつかると怪我をしそうなので、申し訳ないけど、距離を離して心話を終えることにした。
世界樹からすれば、葉の上にとまってた小さな天道虫が飛んでった、それくらいの感覚っぽかった。
◇
心話を終えて、意識を外に戻すと、紅竜さんが心配そうに覗き込んできた。
<アキ、随分と意識の変化が大きく、今は疲れているようだが、何があった⁉>
思念波から伝わってくる思いが温かく、帰ってきたんだなぁ、と安心した気持ちになった。それに身体感覚が感じられた事で、自分がここにいる、と意識し直すこともできた。
「相手が大き過ぎて、全力で声を張り上げ続けた感じでした。世界樹さんは穏やかな五月晴れのような意識で、良い方でしたよ。ただ、ちょっと、このままの心話のやり方じゃ駄目ですね。仕切り直しです」
対面で会話するなら、手持ち拡声器じゃなく、街宣車に付けるような大きなスピーカーを並べるくらいじゃないと駄目だね。
トラ吉さんが走ってきたので、膝の上に載って貰い、顔を埋めてモフモフ感に包まれる。
「癒される~。トラ吉さん、暫くこのままで~」
肌を通じて感じる温かさや、息遣い、こちらに向けられる眼差し、それらを感じることで、揺らいでいた自身のイメージがちょっとずつ強さを取り戻していく気がした。
アレはヤバかった。
相手からの影響で、自身の心が揺らぐことは想定してたし、それならどうするかも対処法は用意できてた。だけど、意識を向けただけで、ソレを知っただけで、意識が拡散していくような、アレは初めての経験だった。
◇
結局、世界樹との心話は一時間に満たない短さで終わることになった。第二演習場に来ていた身近な人達にお願いして、手を握ったり、話をしたりして、紅竜さんにもお願いして、ちょっと体に触れさせて貰ったりすることで、だいぶ落ち着きを取り戻すことができた。相手に認識され、意識を向けて貰える素晴らしさ。ここに自分がいる、という普段なら気にもしてない当たり前の事実、それを確信することができて良かった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
意気揚々と始めた、世界樹との心話でしたが結果は御覧のように成功とは言えず。
実は意思疎通できただけでも凄いことなんですけど、それが判明するのは次パート以降です。
身体スケールで、人間=2メートルとしても三百倍違う相手ですからね。
天道虫程度なのに、意識して貰えただけでも、実は金星なのです。
そして、心話を終えるに至った、世界樹の記憶との接触。
アレも世界樹がアキのことを意識したからこそ、距離を離してあげた訳で、意識できてなければ、人が歩いている時に、足元の蟻に意識を向けないのと同様、何があっても気にしてなかったことでしょう。
連樹がどれだけ人を理解して寄せてくれていたか、そして精霊使いが、精霊という仲介役を持つ強みが明らかとなった体験でした。
次回の投稿は、九月十五日(水)二十一時五分です。