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14-5.浄化杭投下実験と精霊使い(前編)

前回のあらすじ:研究組の活動も、「妖精の道」の探索に関する研究から始まりました。ただ、全体を広く粗めに検討していく流れだったのに、話も途中で、マコト文書から情報を引き出して資料作りをするのにケイティさん&女中三姉妹の皆さんが掛かり切りになったり、僕は仕切り直しまではお役御免と追い出されてしまいました。(アキ視点)

翌日、午後の浄化杭投下実験への立会いの前に、森エルフのイズレンディアさんと会談の場を設けることになった。


順番になにか関係があるのか聞いたら、投下実験時、浄化杭の投下と風の影響を、精霊に観察して貰うからとのこと。普通に撮影して、後から分析で良いかと思ったんだけど、今回の実験では、本番を想定して、夕闇の術式を使い、目標地点の観測が困難な状態にするので、風の流れや、空気を切り裂いて落ちていく浄化杭の動きを、光学観測以外でも把握する事にしたそうだ。雌竜の誰かに観測して貰うのは、圧が強くて精霊による長距離観察に支障が出て駄目って事らしい。樹木の精霊(ドライアド)達も、竜族の加護に対して、強く反応していたし、精霊さん達は繊細なんだろうね。


午後の浄化杭投下実験は、山沿いにある採石場跡地で行われる。そこは良質な石が採れなくなり廃棄された場所で、そこそこ地盤が頑丈で周囲に人里もなく、実験にうってつけとの事。


そして、僕はそこから五百メートルくらい離れた小高い丘の上に向かっていた。マトモな道は通じてないので、本格的な登山装備に着替えて、片道一時間歩く事に。


「整備されてない道がこんなに大変なんて……」


登山訓練を兼ねるということで、僕は必要な物資を入れた背嚢バックパックを背負い、登山靴を踏みしめて、先を歩くイズレンディアさんに続いていた。


「普段、平地を歩いてばかりだからだ。運動不足は心身を歪ませる。それに登ることだけに意識を向けず、回りの樹々や、日差し、空を流れる雲、風、そういった身を包む自然に心を向けるといい」


山歩きを教えよう、と以前言ってた事もあり、丁度いいから観測地点まで登ろう、と言う話がトントン拍子に決まったそうだ。極秘実験なので、周辺地域の保安確保は担保済み、ならば特例で外出を認めようとヤスケさんも承認してくれた。


有り難い心遣いだし、こうして自然の中を歩くのは心地よさもあるけれど、山道と呼べる程でもない、仮設の道はやはり歩き慣れない。日本あちらの登山道が整備された、初心者向けの山と違って、道標はないし、傾斜にも足場なんかはない。まぁ本当の自然の中を歩いているって感覚は強く感じられて、新鮮な経験ではあるのだけれど。


「地を歩く種族は大変じゃのぉ」


僕の周囲をふわふわと飛びながら、お爺ちゃんは僕達が歩く様子を眺めて、興味深そうな眼差しを向けていた。


ちなみに、現在のパーティー編成は、先頭がイズレンディアさん、僕の後ろにはジョージさん、それとお爺ちゃんだけ。トラ吉さんが同行してないのは、魔獣のトラ吉さんが歩くと、周囲の魔獣や獣達の配置に影響が出るので、それを避ける為らしい。紫竜さんが使い魔候補の魔獣を追いかけ回して、玉突き状態で魔獣や獣の配置が変わって大混乱を招いたのと同じ理屈だ。


ジョージさんとお爺ちゃんが、ちゃんと護るから安心しろと説得して、トラ吉さんも渋々納得してくれた。


「これでも先行チームが、山刀で草刈りをして道筋を付けてるんだ。藪漕ぎしなくて良かったな」


獣道もない中、実験に参加する大勢の技術者達が先行して、既に観測準備を進めている。リア姉もそちらに参加していているんだよね。


「次は現在位置の確認だ。精霊の導きがある我らでも、思い込みで道を違える事もある。だから地図と方位磁石コンパスは欠かせないぞ」


これまでと違い、道らしい跡がなくて、見晴らしも悪い。ポケットから地図と方位磁石コンパスを出して、山筋の傾斜と方位から、地図上の地点を割り出した。


「えっと、あちらが進行ルートです」


僕が示した方向に、イズレンディアさんの判定は△。


「方角はあってるが、このまま進むと足場の悪い岩場に当たる。だから、少し迂回しないといけない。そちらが正解だ」


などと、少し下り坂、目的地から外れる方向を示された。


うーん。


見える範囲では解らないし、地図にはそこまで載ってないし嘘とは思えない。そこはジョージさんがフォローしてくれた。


「五感に頼るだけの我々と違い、彼は精霊使いだ。尾根の向こう側、視界の先も含めて、周辺の広い地域の風の流れや生き物、植物の生え方や地面の様子、地面の下を流れる水の様子まで掴んでいる。まぁ、俺も彼の示すルートを選ぶがね」


むむ。


「ジョージさんは近代魔術を使っていたし、精霊使いじゃないですよね? どうして、そちらが正解だと判断できたんですか?」


すると、ジョージさんがどうぞ、とジェスチャーで示してイズレンディアさんに説明を譲った。


「例えば、この落ち葉や枝だが、大きな足跡が残っている。鬼族の足跡、セイケン殿だろう。枯れ枝が折れた断面を見ると、折れてからそう時間が経っていないとわかる。それに歩幅の小さな足跡もある。これはドワーフ技師達だ。それに少し高い位置だが、枝が折れている。この高さには熊は当らないし、熊の香りもしない。誰かが視界の邪魔になるから避けたんだろう。そして、一定区間に残る足跡を見れば、結構な人数がここを歩いたともわかる。踏まれていない落ち葉や地面と見比べてみれば、その差は歴然だ」


山刀を使ってあちこちに残ってる微かな痕跡を丁寧に教えてくれた。確かに言われてみれば、それとわかる。


「地形や景色に気を取られて、そこまで意識が向いてませんでした」


「今回は大勢が先行していたから、痕跡も多くわかり易かった。では出発だ」


そうして、迂回した道を進むと、藪を切り開いたばかりの新しい道があり、ルートが正しいと分かった。気になるなら、帰りに時間があれば、僕の考えたルートを途中まで歩いてみればいい、とも言ってくれた。少し樹々の上に出てお爺ちゃんが眺めれば答え合わせはできるけど、自分の目でも見てみたいと話したら、その探求心は大事と頷いてくれた。


そんな感じで、時折、イズレンディアさんの講義を受けながらの登山となり、時間はさほどでもなかったんだけど、充実した時間となった。




観測地点を眺められる丘まで、そうしてやっと到着すると、そこには仮設テントが設営され、多くの観測機器が設置され、ドワーフ技師の皆さん達もそれらの調整に追われていた。他にも、双眼鏡を持って眺めているセイケンとか、機材群から離れたところで街エルフの人達や魔導人形さん達と段取りを調整しているリア姉もいたりと、あまり広くない丘の上は、なかなかの混雑ぶりだった。


少し離れた一角に座れる場所も確保されていて、僕はそちらに案内された。観測機器などに触れると壊してしまうから、僕やリア姉の移動範囲は制限されていて、旗とロープで囲われた範囲以外は立ち入り禁止となっていた。


背嚢バックパックを降ろし、帽子を脱いで、やっと人心地つくことができた。周囲に設置されている陽光制御用の魔導具が働いてくれたおかげで、木陰ではないのに、日差しの強さもちょうどいい塩梅で風も強過ぎず快適だ。


「久しぶりの登山で、色々あったけど楽しかったです」


「そうか。今回見たところ、アキの意識は、整備された大使館領を歩くのと差がないように見えた。これからも機会を見つけて、私やハヤト殿のような大人と共に野山を歩くといい。街中にいると感覚が鈍ってくるのもいずれは理解できるようになるだろう」


イズレンディアさんはそう笑ってくれた。


「精霊使いからすると、街中は息が詰まる感じですか?」


大使館領だって、日本あちらの代々木公園くらいには草木も豊かなんだけどね。


「人の営みを優先して、あちこち捻じ曲げていて、地形を削り、埋めて、壁で囲い、屋敷を立てるから、風や水、それに魔力の流れがどうしても歪んでしまい、まぁ気になってしまうんだ。制限された中で配慮しているのはわかるんだが」


地面の下や、死角の向こう側まで把握できるよう精霊が認識を補ってくれてるとなると、それはそれで大変そうだね。なんでも見えればいい、聞こえればいいって訳でもないと。


「それって、精霊さんに補助をしないようお願いできないんですか?」


「それは術者による。私の場合は、良好な関係を築いているのと、探る時、休む時、警戒を任せる時といったように、私の都合に合わせてくれるよう、粘り強く理解して貰った。だから、不要な情報まで拾って、意識が削がれるような事はないね」


ふむふむ。


「それって未熟な術者だと、精霊が興味を示した情報をどんどん渡してきたり、TPOを気にせず話しかけてきたりして、大変だとか?」


空想上の友達(イマジナリーフレンド)を参考に、コントロールできる人格と、そうでない場合をイメージして聞くと、イズレンディアさんは驚いた顔をした。


「その通りだ。精霊は私達とは感性が違い、束縛を嫌い、自由気ままに行動することを好む。信頼できる関係を築いたとしても、精霊との語らいの時間を欠かさず、意識を向けてないと、拗ねたり、悪さをしたりもするから、拙い精霊使いは、折り合いをつけるまでは苦労するものだ」


なるほど。


「ちなみに、イズレンディアさんの精霊さんは、僕の事を何と言ってます?」


「――魔力は感じられないけれど、体温もあり、呼吸もしていて、話せば声は大気を震わせる。近場にいれば面倒だけど見つけられる。けれど遠くに行ったら見つけられないから勝手に出歩くなよ、との事だ」


むぅ。まさか、精霊さんにまで、目を離せない子供扱いされるとは。


「そういえば、イズレンディアさんはケイティさんと一緒に、雲取様との心話を行う計画に参加されましたよね? 精霊使いの方って、精霊とは頻繁に繋がってる感じですけど、心話で心を繋げると、相手の方は、イズレンディアさんの心を通じて、イズレンディアさんの精霊を感じることができるものなんでしょうか?」


もし、できるのなら、ぜひお話してみたい、と伝えると苦笑された。


「心話は相性の問題もあるから、森エルフの間でもあまり熱心には行われていない。それに他人と心を触れ合わせていると、精霊が焼き餅を焼くこともある。自分と精霊の間に、第三者が割り込んできた、みたいな意識だ。だから、心話ができる者も、あまりそれを好んで行おうとはしないんだ」


ほぉ。


「でも、計画に参加してるって事は、心話に興味もあって、雲取様と話す事への意欲もあるのでしょう?」


そう問うと、少し言い淀んでから、言葉を選んで話してくれた。


「アキは私達が何を思い、心話を望んだか知っても気にしないだろうから話すが、我々やドワーフ達が雲取様との心話を望んだのは、神と奉じる方に、自分達よりも近しい存在が現れた事への不満からだった。ずっと前から庇護してくださってる方、敬う思いならば決して負けないのに、と」


ん、なんとなくそれはわかる。


「僕が心話をするなら、自分達だって!って感じと」


「まぁ、そういう事だ。計画を始めた当初は、心話の利点にばかり目が行き、僅かな時間、対面して話をすることすら困難な中、親密に話を交わせる心話こそが、自分達も行うべき手段だと、そう思った」


「護符や障壁を駆使して、実際に対面してお話をするのは手間がかかるからですね」


そういったモノを必要とせず、世間話をできる僕が言うと、嫌みに聞こえるかもしれないけど。イズレンディアさんも、事実として告げられているだけと理解してくれて助かった。


「そうして、実際にケイティが心話を行うことに成功し、このまま推進していけば、いずれは雲取様とも心話を行える状況が見えてきた時、我々、森エルフとドワーフの足並みが乱れた。ケイティも含めて、三者三様の思いにズレが生じ始めたんだ」


おや。それは知らなかった。


「ケイティさんは僕との心話を望んでいたから、雲取様との心話を望んでいる森エルフ、ドワーフと少し異なるとしても、技術的な面でいけば、同じ方向を向いてると思いますけど。さっきの話の流れからすると、森エルフさん達の場合は、精霊との関係が絡んでるんでしょうか?」


「そうだ。精霊と安定した関係を築いている中、第三者が心を繋げることで、その関係に悪影響がでるのではないか。ケイティは精霊使いでないから問題がでなかっただけではないか、とな。それに小型召喚体の雲取様と間近な距離で、長い時間話をする機会も得ることができた。それは障壁や護符で心身を守らずとも雲取様と落ち着いて話ができる、その夢がかなったことも意味していた」


なるほど。直接話すのが厳しいから心話で、だったのに、直接話せてしまった今となってはモチベーションが駄々下がりだと。


「それで、言葉を交わせるようになれば、色々とハードルの高い心話に拘らなくてもいいのではないか、なんて意見も出てきたんですね?」


「そうなる。勿論、ケイティの心話を後押しする活動は続けていくつもりだが、雲取様と話をして具体的な話題も色々と上がってきた今となっては、我々が心話を行う事の優先順位は大きく下がったのだ」


まぁ、仕方ないね。資源リソースは有限だし。目的達成が重要であって、手段はある意味、何でもいいんだから。


んー。


「でも、やっぱり、人と異なる存在がどんな感性を持っているのか、触れることに興味はありますね。イズレンディアさん、僕と心話をしてみません? 勿論、精霊さんが了承してくれればですけど」


そう話を振ると、苦笑しつつも、心に響く精霊の声に耳を傾けてから答えてくれた。


「私自身は、アキが様々な種族と行っている心話を経験して把握しておきたい意識が強い。ただ、私の精霊は、乗り気ではないようだ。魔力撃すら通じない存在に触れるのは賢い選択ではないと言ってるよ」


む。


「雲取様との心話は乗り気だったのに?」


あっちだって、心の頑丈さなら似たようなモノ、それに僕よりずっと大きいし。


「そう責めないでくれ。雲取様の場合は、あの方に向ける私の強い思いを汲んで、仕方なく妥協してくれていたんだ。それでも慎重さを求められて――済まない、これ以上は話しては駄目らしい」


視線を見ていると、精霊に意識を向けている時は、僕から僅かに意識が逸れる感じだね。スマホを使って、通話をしている人のようだけど、精神を病んでる人みたいに目付きや振舞い、言葉使いに怪しさは見受けられない。


そして、イズレンディアさんと精霊の関係はなかなか微笑ましいモノのようだ。まぁそこまでお願いする話でもないし、無理強いする必要性もないからね。


「わかりました。今はまだ機が熟してないようなので、乗り気になった時に考えましょう。あと精霊使いさんへの質問ということで、世界樹の精霊さんとの心話をする上で注意すべき点があれば教えてください」


そこが聞きたかった点だからね。


イズレンディアさんは、暫し、精霊さんに耳を傾けてから口を開いた。


「世界樹の精霊は、大きな滝のようなモノであり、こちらから触れることはあっても、あちらから触れてくることはない。何か用事があれば、広く薄く呼び声を響かせて、こちらがやってくるのを待つのだ。激しく落ちる滝に例えたように、余りにも大きな存在であり、世界樹にとっては小さな振舞いでも、我々は大きく翻弄されてしまう。だから、世界樹は動かず、我らが歩み寄るのだ。だから、私達、精霊使いとて、あの方の思いは深くは理解できていない。強いて言えば、時間の感覚に違いが大きいとは思う。それとこちらの言葉は理解を示してくれるが、人々の営みにはあまり興味を持たれてはいないようだ。連樹の神とは異なる存在、そう意識しておくといい」


「注意します。ありがとうございました」


思えば、自分達と世界樹の関係も、これから竜族が人々と結ぶ緩い関係に似て、ふわりとしたモノなのかもしれない、とも語ってくれた。きっと、森エルフは誰よりも、雲取様よりも世界樹には詳しいと思う。だけど世界樹の恵みを貰い、その代わり、求めに応じて害虫を駆除したりと労務を提供してきただけ。それでこれまでは良かったけれど、地脈の流れを正す巨大計画推進によって、その関係は変わり始めた。世界樹が示した明確な意思、それが何を意味するのか。


まぁ困ったら連樹の神様に仲介や翻訳を頼もう。植物の感性的なところは、想像力を広げてもなかなか難しいだろうから。

ブックマークありがとうございます。やる気がチャージされました。

誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。

研究組の活動もちょっと休憩ということで、先ずは浄化杭(試作)の投下実験に立ち会うことになりました。アキは特にやることがある訳ではないので、単なる観客としてです。そして、世界樹との心話を控えて、精霊使いであり、世界樹との交流もある森エルフのイズレンディアの話を聞くことに。

ただ、ちょうどいい機会だからと、ちょっとした登山をやらされる羽目になりました。日本こちらと違い、登山ブームなんてのは起きてないので、人が立ち寄らない森は、歩きにくい原生林になってます。里山とかならだいぶ違うんですけどね。でも、ワイルドさのある登山もアキは楽しむことができました。

次パートは、小型召喚の雲取様と翁が合流して、浄化杭(試作)の投下試験です。

次回の投稿は、九月八日(水)二十一時五分です。

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