14-4.研究は何処から開始?
前回のあらすじ:今年の秋は、例年とは変えるものの、帝国が成人の儀と称した限定戦争を仕掛けてくることが決まり、それについてどう思うか、あれこれ聞かれました。日本で生活していると、毎月のようにどこかで戦争や紛争が起きていて、可哀そうにとか、何か回避手段がなかったのか、とその時は思っても、ずっとそれについて考える人は稀ですよね。悩ましい話です。(アキ視点)
研究組へのプロジェクト管理が導入されて、その成果を発表する日になった。注目されていたようで、元々、研究組のリア姉だけで無く、父さん達や長老のヤスケさん、調整組の面々まで話を聞きに来ていた。セイケンも今朝、こちらに戻ってきての参加との事。やっぱり顔を見ると安心だ。
それで各々が作成した資料を元に話した結果、どの案から進めるべきか、過不足はないかと言った点が明らかになった。事務作業を得意とする魔導人形さん達が支援に入っただけあり、資料の品質は高いモノになった。勿論、地球のようにパソコンで、作り上げるような見た目の綺麗さとかフォントの凝り具合なんて所は敵わないけど、シンプルな色使いと簡潔な表現は、それはそれで読みやすかった。
そして、三つの案、師匠の推す「妖精の道」探査、賢者&トウセイさんの推す召喚術式改良、小鬼さんチームが推す理論魔法学面からの再検討を並べてみると、違いが見えてきた。
「妖精の道」探査は、関係組織に早く仕事を回せる点と、今ある要素を組み合わせた案出しがメインだから期間も短く済む点が強み。
召喚術式改良は全員参加だけど、賢者&トウセイのペアが他を牽引する感じ。
そして、理論魔法学は意外な事に、小鬼チームが総合力で勝り、他を刺激し、活性化させる強みがあった。ただ、竜族は新しい考えを理解していく立場で、新たな可能性を切り開く程の力量はまだ無い感じ。
そして、それぞれの案を優先した場合に、他の案を後回しにする問題を比較した結果、師匠の案が採用されることになった。
「まぁ、順当な結果かね。何れにせよ、私達はアイデア出しと技術的な支援までで、広い地域の探査やそのための体制作りは他人任せだ。なら、話は早く回した方がいい。用意してあれば安心だ」
師匠は満足そうに頷きながら、自分達の周囲にいる多くの関係者達に目を向ける大切さを述べた。
ここは、個人研究メインの賢者&トウセイさんや、求められた案件を研究したら、後はお任せな小鬼チームが持ちにくい視点だったと思う。
「ソフィアの話した通り、こちら側での「妖精の道」探査は、樹木の精霊も含めて大勢が参加する取り組みだ。何かあるたびに我々が現地に赴いていては、手間がかかり過ぎる。その道の専門家で無くとも、事象を分類し、報告に値するか判断できる仕組みが欲しい。また、本件は妖精界側での探査体制も並行して整える必要がある。翁は適宜、人選して欲しい」
「承った。探査なら近衛が適任じゃろう」
「アキは何か気付いた事があれば話してくれ」
ふむ。
あらかた、ザッカリー先生が話してくれたから、付け足すような話と言うと、んー。
「「妖精の道」ですけど、妖精界で見つける場合とその後の対応、こちら側で見つける場合とその後の対応について、並べて検討した方が良い気がします。道に魔力を籠めた宝珠を投げ込んでも、妖精界の宝珠なら魔力豊富で、きっとこちらでもかなり目立って見つけやすいけど、こちらで籠めた宝珠は、きっと妖精界側なら、周りの魔力に埋もれちゃうかなって」
散々、こちらの魔力は信じられないほど薄いと言われてきたからね。こちらでは魔力たっぷりで目立つ宝珠も、あちらに持っていったら、路傍の石にも劣るかもしれない。
僕の発言にリア姉も賛同した。
「その点で補足がある。道に投げ込む無線標識とそれを受信する受信機だけど、電波の利用は難度が高いかもしれない。魔力濃度の境界で電波が偏向されると話したけれど、竜族に協力して貰って試してみたら、周囲との魔力差で電波が強く偏向される事が確認できた。対象地域の魔力分布を詳細に調べて地図に落とし込まないと、電波を受信できても方向が特定できそうに無い。思った以上に手間が掛かると思って欲しい」
<電波発信源の前を我らが横切るだけでも、その時の姿勢や向きによっても、電波の向きや強度が変化した。それに魔力を抑えた時と開放した時でも違いがあった。天候や星の位置も影響していそうだ>
なるほど。竜族は生き物だから纏う魔力も均一じゃないし変動もする。それに月の満ち欠けや、陽光も魔力量に変化を与えるというし、これは難題だ。というか昔、考えたように、殆ど魔力源がない大海原とかでないと、電波の運用はできないかも。
「移動体の偏向を検出して除去する仕組みが必要でしょうか。それに――」
アイデアを話そうとしたところで、ザッカリー先生からストップが入った。
「アキ、いきなり話が細かい所に入り過ぎだ。ベリル、後で議題とするからアキの話はメモだけ取ってくれ。ソフィア、君の案が採用されたのだから、議事進行を頼む。それと関係者の皆さんも忙しい立場、お好きに入退場してくれて結構だ。節目、節目で連絡を入れるようにしよう」
細かい話にまでずっと付き合っては時間が勿体ない、と気遣いまで見せる辺り、流石、要職に就いていただけの事がある。
勉強になるね。
そして、議事役を振られた師匠は面倒臭いと、ぶつくさ文句を言いながらも、休憩を挟んでから、具体的な検討に入ると宣言した。
◇
休憩後に始まった意見交換では、①「妖精の道」の捜索と世界間の連絡体制、②連絡を受けた側の「妖精の道」の探索、③「妖精の道」に対する調査体制について、話が進んでいった。
問題となったのは、妖精界側の探査網確立だった。こちらは弧状列島全域に棲む樹木の精霊達がある意味、常時監視をしてくれるから、連絡網が確立しさえすれば、「妖精の道」を発見しやすい。
それに比べると、妖精界側は、広いと言っても、妖精の国の支配地域は関東地方くらいのサイズしかないので、まず範囲が狭い。次に周辺国の軍勢の動きを監視する警戒網は敷いているそうだけど、数日単位で警戒している程度で、その探査もある程度の人数が動くことを前提とした粗いものだった。
「んー、それって、狩人とか、野草を採取してる村人とかは気にしない、支配地域=国土じゃなく、実効支配地域であって、幅広い緩衝地域を確保してる感じですけど、周辺国もある程度のところまでは、地形探査とか進めてそうですよね」
少数は気にされないのは経験則で知っている、なら、後は数を放って情報を集めれば、物資輸送に使える河川の流速や水深、移動に適したルート、隠れるのに適した地形、監視に向いた場所、地質、魔力密度とか、植物や動物の分布とか、調べる事は多いと伝えた。
「その意味は?」
なんか、近衛さんの目が鋭くなった。
「大した話じゃないし、すぐ何かある訳でもないですけど、妖精族は緩衝地域の外、周辺国の状況を知らない。周辺国は緩衝地域のある程度の深さまでは探査を終えていて自国領のように移動してくるかもしれない。地の利がある相手には、空からの攻撃も効果が減るから、軽く撃退できていると言っても、思ったよりは緩衝地域は足止めにならないかもしれないかなって」
地球の例として、圧倒的な航空優勢があったベトナム戦争の場合にも、隠れてる敵は見つけにくく、至近距離からの遭遇戦になるから反撃を受けやすく、森ごと焼き払うような真似は被害が大きい割に効果も薄いって感じに軽く話してみたんだけど、近衛さんの食いつきが良く、ならもう少し話そうかと言うところで、ザッカリー先生から待ったが入った。
「アキ、話が逸れてるぞ。近衛殿も興味があれば、別途、機会を設けるので、今は「妖精の道」の探査に注力して欲しい」
「済まない。アキ、今の件は後ほど」
「はい。ある程度は、ケイティさんや女中三姉妹の皆さんでも対応できると思いますので、後でどの辺りの資料が有用か伝えておきます」
強力な対空火器とか、装甲師団なんてのが出てくる地域や時代でもないから、ベトナム戦争あたりをチョイスすればいい、とケイティさんに伝えたら、妖精の国向けにどうアレンジすればいいか、相談したいと言われたので快諾した。まぁ確かにそのまま伝えても混乱するだけの話も多いからね。日本の戦国時代における間者の話なんかも、魔力隠蔽をして目立たず地域の者に溶け込んで情報収集するから参考になる、なんて話を口にしたところで、ザッカリー先生の眉がピクリと上がったから、慌てて止めた。
「「妖精の道」は一度できれば、暫くは存在しているから、探索間隔はその程度でも良さそうだけど、翁が見せてくれた幻影のイメージだと、厚みがないようだから、横からの視認は難しそうだ。そもそも樹々に埋もれていては、上からじゃ見落とす可能性もありそうだねぇ」
師匠が指摘したように、視覚以外の探査手段がないと、さほど大きくもないし、見落としそうだね。
んー。
「LiDARみたいな光探査、測距の魔導具ってありませんか? あれなら、木々に覆われた地表も把握できるし、間に「妖精の道」があれば、反射光も変化するから見つけやすいかなって」
「アキ、皆は知らないし、私もなんか聞いたことがある程度だから、説明して」
リア姉の言う事も尤もなので、指向性の高い光を空から地上に秒間何万回と雨のように照射して、反射光の強さから、対象までの距離を把握する仕組みだと説明した。草木に当たらず地上まで届いた光があれば、その点のデータを集めることで、それは草木に覆われた地面の形状、起伏を表すことになるから、そうして対象地域を調べ上げれば、草木の生育に関係のない地形図が手に入る。一度、地図ができれば、次の探査で地図と違うところを検出したら、何かありそう、と当たりをつける事もできて、手間が減ると話した。
……説明したんだけど、ピンときてない感じだったから、斜面に木々が生えてる簡単な模式図を描いて、上から無数の光が降ってくるとして、葉に当たった場合と、地上に当たった場合を色分けして点描して貰った。
「これは平面図ですが、このように深い位置に注目すれば、上に草木があろうと地面は把握できるんです。頑張れば、道の跡とか、水の流れとかも追えますよ」
一定高度から飛ばないと距離データが狂うのと、どの位置で照射したか地図上の平面位置も高い精度が必要ですけど、そこさえクリアすれば良いのと、飛行しながらデータを集めるので、複数の角度から照射する事で、実は結構、地面まで届くデータも多く見られると補足した。
「上空から捜索する場合、様々な高度から見る事で草木を見通して、発見できるのは経験上、納得できる所はあるが……」
近衛さんが、お爺ちゃんに合図を送ると、お爺ちゃんは早速、彫刻家さんを喚び出した。
現れた彫刻家さんは、一通り話を聞くと、深い溜息をついて、それでも楽しそうな表情を浮かべた。
「原理は理解しましたが、地図上の正確な位置を常に把握する、それは言葉にすれば簡単でも、実現するのは至難でしょう。単発で指向性のある光を放ち、その反射光を捉えて距離を測る、そこまでは何とかできるでしょうが、それを秒間何万と放ち、世界を一筆書きの要領で観測して地図に起こす、それは、あちらの世界にあるという計算に特化した道具、コンピュータが無ければ、到底なし得ない偉業です」
む、言われてみれば確かに。米軍の全地球測位システムがあるから、飛行機の三次元座標を高精度で把握できるわけで、それとレーザー照射の距離情報が合わさって始めて意味がある仕組みだ。膨大なデータを高速処理して蓄積するコンピュータが無ければ、座標情報の海に溺れるだけとも思う。
いいアイデアだと思ったんだけど。
「ですが、発想は悪くない。「妖精の道」はきっと、草木や地面とは異なる反射光を示す筈。ならば、満遍なく照射して、草木や地面と異なる地点を見つけられれば、今回の目的は達成できるでしょう」
彫刻家さんはそう言って、期待を込めた眼差しを、ドワーフのヨーゲルさんに向けた。
「位相を揃えた光の扱いは街エルフに一日の長がある。それを持ち運べるサイズの魔導具にするのなら、ドワーフの技と、妖精の立体造形が役立つだろう。だが、秒間何万となると、耐弾障壁系の術式と、レーザー発振術式と観測術式の組み合わせになるぞ。生半可な事では――」
「ヨーゲル殿、その検討は話が細かい。今は全体把握と、アイデアの洗い出しを優先しよう。全員で考えるべきところと、他の者にも振れる話を分ける、そうで無いと時間がいくらあっても足りないだろう?」
等と、何故かザッカリー先生は僕を示しながら話し、そして、皆も何故かそれに深く頷いた。
◇
それからも、検討を進めていったんだけど、暫くして、師匠が検討作業の一時中断を提案した。
「取り敢えず、今日はここまでにしておくかね。ケイティ達、マコト文書支援メンバーは、関連する情報の取り纏めと、資料作成を頼んだよ。事務系の魔導人形達はその支援に回っておくれ。四人じゃとても手が足りないからね。会議に参加した各メンバーは、議事録を受け取ったら、各自で何か思いつかないか検討しよう。資料制作ペースと合わせるから、次の検討会の日時は別途、調整するからそのつもりで。何か意見は?」
皆さん、色々と思うところはある様だけど、持ち帰りと、仕切り直しには賛成してるっぽい。
うーん。
「師匠、結構時間を開けちゃうのは何故です? 広く浅く全体把握なら、詳細検討の項目出しだけでも、ラストまで進めるかと思ったんですけど」
せっかく集まってるのだから、密度の高い話し合いをもっとすすめてもいいかなーとか、鉄は熱いうちに打てとも言うからと、聞いてみたら、それはもう盛大に呆れられた。
「いいかい、アキ。確かにアキはあちらの例を、分かりやすく話してはいるさ。聞けばなるほどとも思う。だけどね、さっき出たLiDARもそうだが、あちらの話は、様々な仕組みを組み合わせて創り上げる複雑なカラクリ細工のようなもんだ。仕組みがあって使うだけなら軽い理解でいいが、概念を聞いて、それをこちらで応用するのに理解があちこち欠けていたら、空中楼閣になるだけなんだよ。そして、アキの意見は、捨てるには惜しい。一見すると魅力的で食い付きたくもなってくる。だからこそ、一旦、足場固めをするんだ。アキは手が空くだろうから、例の浄化杭投下実験や、世界樹との心話でも参加するんだね。そっちはそっちで大事な話だ」
後は調整とかになるから、アキはここ迄の参加でいいよ、と体よく追い出され、帰りの馬車の中に僕とお爺ちゃんだけと言う有様だった。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
やっと、研究組の作業方針も決まり、検討が始まりましたが、初日もアキは途中で追い出され、次の研究会は数日後と間を置くことになりました。まぁ山の高さだって三角測量で決めてた時代とてそう昔ではありませんし、近年のGPS技術で、地震後のメートル単位の国土の変形具合がわかるようになったのだって、驚愕の技術でしょう。これまで密林の中を歩いて何十年と地道に調べていた遺跡探査が、航空機からレーザー測距技術のLiDARで広範囲の地域全体の樹木を取っ払った下の地形を浮かび上がらせるなんて、口あんぐり状態でした。
海の海水温の変化を調べるのだって、そう遠くない昔なら飛行機から表層温度を観測するか、船で狭い範囲の温度を測る程度だったのに、今は何百という水中ドローンを放って、定期的に深度も変えて計測して、太平洋全域の深海域まで含めた海全体の温度を調べる真似もしてるくらいです。
科学技術は頭打ちだとか言ってる人をたまに見かけますけど、どこ見てるんだ!(笑)って思います。
凄い時代になったものですよね。
次回の投稿は、九月五日(日)二十一時五分です。