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14-2.初夏の始まりは穏やかに(中編)

前回のあらすじ:研究組へのプロジェクト管理技法導入が始まりました。それに伴って、比較文化学への取り組みも秋に始まりそうな気配に。エリーに話したら、ユリウス様が強く推してくるだろうから重要議題になると頭を抱えてた。そんなに悩んでたら禿げるよ、と揶揄ったら、予想以上に強く反発されてびっくり。その後も話してみると、ストレスが半端ないみたいだったから、トラ吉さんと遊んだり、竜達と心話をすると癒される、と勧めてみたんだけど、残念、乗り気にはなってくれませんでした(アキ視点)


僕が参加していると横道にそれがちだからと、研究組へのプロジェクト管理導入作業から追い出されたけど、翌日、リア姉と共にやってきたのは第二演習場。そして、既に金竜さんが降りて待っていた。


「リア姉、何の為か秘密って言ってたけど、そろそろ教えてくれない?」


「そうだね、金竜様も来られているから、これ以上焦らすのは止めよう。実は我が研究所が試作した魔導具をお披露目する事にしたんだ」


そう言って、金竜さんの前に置かれていたテーブルの覆いを取り外すと、そこから現れたのは、半透明の表示板とキーボード。


「えっと、タイプライターって訳じゃないよね。電卓でもないし、なんかパソコンっぽい外見だけど、これは?」


<これまでに見たどの魔法陣よりも精緻で、幾層にも重なる造りは、いくつか異なる役割を担う複合的な仕組みに見える。ただ、全体が二人と同じ、完全無色透明の魔力に満ちていて、私の魔力も含めて、周囲からの影響を受けてないようだ。リア、もしかして、これが例のアレなのか?>


金竜さんが竜眼で見通して語った内容からして、やっぱりそうなのかな。金竜さんが尻尾を動かしそうになって、慌てて自制したけど、リア姉も静かに頷いて答えを教えてくれた。


「そう、これがこちらの世界初、外部魔力干渉を完全に排除した科学・魔術併用式コンピュータだ」


リア姉がドヤ顔で言い放った。


地球あちらだと、初期型のコンピュータだと、計算結果はランプ表示とか紙テープに穴を空ける方式だったし、こんな卓上に置けるサイズでも無かった。


<あちらの世界の高度な技術を支える機械とは聞いていたが、やはり見ただけでは、よくわからない。何かやってみてくれないか?>


うん、金竜さんの言う通り。動かないパソコンは単なる箱だ。


「では、ちょっとした計算をして見せるよ。銀行に金貨を百枚預けて、毎年五%の複利が付くとする。二十年間預けたなら、金貨は何枚になるかな? 計算を簡単にする為、端数は毎年切り上げて」


そう言って、紙と鉛筆を渡された。ちょっと顔を見合わせた僕と金竜さんだったけど、僕が金額を書き、金竜さんが暗算する形で、計算してみた。


「二百七十九枚!」


「はい、お疲れ様。で、今の計算だけど、こうして予め登録しておいた式を呼び出して、値をセットすれば、はい、答えはこの通り」


げ、単なるメモリ機能付き計算機じゃなく、マジでプログラミング可能なコンピュータだ。


それから、何回も数字を変えて計算して、計算の速さと正確さを金竜さんも理解した。


<簡単な計算ならともかく、多くの数字を控えて、それらに何度も計算をしていくとなると、暗算や手計算ではまるで勝負にならない、見事だ。それで、コレは文字の検索もできるのか?>


金竜さんの称賛に満足そうに頷いて、リア姉は一冊の薄くて大きな本を取り出した。


「これはマコト文書抜粋版序章だけど、行と文字数を確認できるように書き記したものだ。そこから何か単語を選んでみて。その章は全てデータ化してあるから、すぐ何行の何文字目か検索してみせるよ」


<ほぅ。ならば――>


金竜さんが面白がって、あちこちのページから単語を選んで、それをリア姉が卓上コンピュータで検索して、行と文字数を表示する事を繰り返して見せた。


たまに選んだ単語が、それより前に出てきたのを見つけるなんてこともあり、文字検索の仕組みを含めて金竜さんの怒涛の質問攻めが続き、リア姉も喜びながらも、ある程度で止めに入った。


「今はまだ、記録できるデータ量が少ないけれど、数年あれば、マコト文書抜粋版を、十年内には、マコト文書の蔵書の大半を検索対象にできると思う」


……何かおかしな話を聞いた気がする。


<それは素晴らしい。そんな短期間でデータ化できるのか。そのペースなら、あちらのように図書館をまるごと検索できる日々もそう遠くは無さそうだ。この研究に携わった者達に是非、加護を与えたい。その者達こそ、我が宝と呼ぶに相応しい!>


「金竜様、ちょっと落ち着こう、ステイ、ステイ!」


金竜さんが興奮気味に語るのをリア姉が宥めつつ、コンピュータをスタッフに渡して退避させた。リア姉、混乱し過ぎ、それはわんこだよ。


「リア姉、ちょっと質問。初め、これが最初のコンピュータだって話してたけど、流石にこれはステップを飛ばし過ぎじゃない?」


「まぁ、アキなら気付くか。元々、こちらにも集積回路を造る程度の技術はあったんだ。ただ、微細加工した回路が、周囲の魔力の影響を受けてまともに動作しなかっただけで。そして、こちらには部屋を埋めるような巨大計算機を必要とする事態はなかったから、計算機の研究は後回しになり、遅々として進まなかった。それが私やアキの魔力を浸透させれば、他の魔力からの影響を排除できる事がわかり、一気にブレイクスルーを迎えた訳さ。ま、こいつは小さな検証機も含めると二十八台目だけれど、必要な機能を全て搭載したという意味ではこれこそが一号機だ」


しっかし、表示装置は白黒のみだけど精度はスマホ並み、中身も真空管をすっ飛ばしてトランジスタってだけじゃなく、それを沢山纏めた集積回路、サイズも卓上、使用エネルギー量も外部供給不要がスタートラインって。


「街エルフも大概、チートだよね」


僕の感想に、リア姉もちょっと苦笑した。


<アキ、チートとはルールから外れたズルだろう? 街エルフには当て嵌まるまい>


金竜さんは何が問題か、とちょっと不満げだ。


「金竜様、アキが言ったのは、一つの見方です。こちらに住む者達が、魔力に汚染されたこちらの世界で、自力でこの成果に辿り着くのは、ずっと困難だったに違いありません。もしかしたら千年後でも辿り着けなかったかもしれない、それくらいの難度です。我々、街エルフが手を届かせたのは、使い勝手のいい完全無色透明の魔力があり、他を寄せ付けない強度の魔力付与ができ、コンピュータの概念とその発展の歴史、突き進んだ果ての応用例、成果を予め知っていたからです。本来なら進む方向も分からず暗中模索し、無数の失敗の山を築いてやっと届く高み、それに一直線に梯子をかけて登っていく様は、事情を知らぬ者達からすれば、正にチート、そういう事です」


リア姉の説明を聞き、金竜さんは少し考えてから口を開いた。


<……なるほど。文字を学ぶ事と違い、コンピュータを使うだけならまだしも、例え現物を手に入れても真似て作るのはとても難しそうだ。何故、街エルフは作れたのだ、と皆も悩む事だろう>


凄いね。提供されるサービスを利用するだけの人と、提供する人の差を理解してる。例えば、現在のウェブサービスも、使い方の説明を受ければ江戸時代の人だって、すぐに使いこなせるようになるだろう。でも、江戸時代の人達に、ウェブサービスの構築、運用を自力でさせるのは無理だ。


「実際、先程の試作コンピュータも、それを可能とする製造技術を持つ企業はほんの少しで、量産化する程の設備はまだありません。それに我々も耐弾障壁の愚を繰り返すつもりはありません。苦労して作った品を簡単にコピーされないよう、一般向けには先程のように検索サービスのような形でしか提供しないつもりです」


うげ、ファミコンやプレステみたいな媒体売りじゃなく、初めからウェブサービス限定にしてコピー対策済みか。


「こちらにはインターネットもないし、暫くは共和国、ロングヒル限定サービスと。まぁ手堅くていい思うよ」


<二人だけで納得せず、順を追って話してくれ。そもそも――>


金竜さんに請われて、電子辞書のような道具を量産配布して皆が使う場合と、共和国にコンピュータを用意して通信回線経由でサービスを利用する場合の違いについて説明し、初歩的な書物の活用から始める竜族の位置と、膨大なデータの大量検索、利用を行う地球あちらの位置の間にある段階もじっくり説明していった。


始めは制限ありまくりなサービス方式に不満アリアリだった金竜さんも、そもそも膨大な知の蓄積があり、それを必要とする人々がいなければ意味がない事に気付いてくれた。


「竜族にはまだ文を記した紙も、それを束ねた本も無い。一冊の本から必要なページを探すだけなら記憶に頼ってめくれば良い。……先は長いな」


そう言いながらも、金竜さんはとても楽しそうだ。


「竜族の集まり毎に、老竜が覚え伝えてきた伝承や、生活する上での工夫、動植物に関する知識を書き連ねるだけでも何百冊かにはなるでしょう。それらを比較すれば、同じところ、違うところも見えてきて、分析した結果を見るのも面白いですね。地の種族の文化を導入していく経過を記録するだけでも、あとから見れば価値のある記録となりますよ」


<アキ、そのように誘惑しないでくれ。あれもこれもと手を出したくなってしまう>


そこまで話したところで、お爺ちゃんがもう耐えられない、と声を上げた。


「すまん、自分から、混乱するから教えるなと言っておいて申し訳ないんじゃが、あちらの世界の活動を支える、計算に特化した機械がコンピュータだと認識しておった。初めの利息の計算が早い、これはわかる。じゃが、なんで文字の検索ができるんじゃ?」


「えっと、ほら、世界間通信とか、レーザー通信とかと同じだよ。全ての情報は数字に変換できる。情報があれば1、無ければ0。それを二進数として――」


世界間通信とかやってるから根本を理解してるかと思ったけど、そこは彫刻家さんや賢者さんに丸投げしてたっぽいね。それから金竜さんの了解を得て、文字をコード化、つまり数値化すること、そして検索とは該当する数字列を探すこと、といったように一通り説明してみた。


「かなり手間をかけておるが、それでも数値演算に特化したコンピュータにやらせれば、人よりずっと速い、そういう訳か。いや、凄いのぉ」


それからも、個体から知を外出しする事の意味、個体の頭脳という制限を超えて、知が蓄積されていく事のインパクトについて、金竜さんの考えを聞き、こちらも意見を話してと、とても濃い時間を過ごすことができた。





お昼休憩を挟んで連れてこられたのは、第二演習場の裏手。普段、僕は近付かないエリアだ。


その一角は厳重な覆いに囲われていて、空からでなければ中を窺い知ることはできない。そんな場所に、ソレは横たわっていた。


全長六メートル程度、直径四十センチくらいの筒状で尖った先端と、中程と後端にそれぞれ四枚の姿勢制御翼がある、つまりミサイルっぽい巨大な物体だった。最後尾にはフックを引っ掛ける取手付だ。


「これは?」


「例の浄化杭の試作品だよ。何せ、着弾したら地下深くまで潜り込んでしまうから、そうなる前に先ずは見せようかと思ったのさ」


ほー。


「目標地点に軟着陸させるんじゃなくて、地中を貫通させちゃうんだ? 地表に置いておくと何か不味いとか?」


短時間なら触れても大丈夫と言われたので、先端とか、後端とかあちこち触れてみたけど、確かに分厚い金属で覆われていて、まるで巨大な鉄杭だ。


「完成品には私が魔力を通すから、外からの干渉はまず通じない。だけど、物理的になら頑張れば壊せる。そして、呪われた地には、呪いだけでなく、呪いによって徘徊する死体や鎧、人形と言った、物理的な力を持つ輩もいるんだ。地表にあったら、呪いは弾けても、そんな奴らに殺到されて壊されかねない」


「だったら地中を貫通して深いところに埋めちゃえば、手が届かないと。それに触ってみて気づいたけど、これ、後端部も頑丈な金属塊だよね」


「先端は貫通用、後端は地表から続く穴の底、唯一の侵入経路だからね。当然、生半可な攻撃を通さない強固な盾とした」


何とも頑丈な防壁だ。


「でも、頑丈過ぎて、僕達の方も後からどうにもできないね」


「それは仕方ない。そもそも濃密な呪いを何とかしなくちゃ、近付く事も無理なんだから、落として機能すれば良し、万一機能しないなら、もう一発落とすさ」


そりゃ何ともお金持ちな事で。


「これ、落下中に加速術式での補助はするの?」


米軍の地中貫通爆弾(バンカーバスターも、自由落下より、ブースター加速をした方が貫通力は格段に高くなる。


「一応、それも準備はしてる。ただ、科学式のロケットブースターはこんな大きい奴向けは作った事がないし、加速術式の魔導具だと、「死の大地」の濃い呪いの中で正常動作するかわからない。だから、それは今後の課題だ」


なるほど。


「ちなみに、これ、試射はどうするの? 試作品ならやっぱり回収したいところだよね?」


そう問うと、リア姉は先程までと違い、歯切れが悪かった。


「そこはヨーゲル殿にも相談してみたんだけど、いくらドワーフでも想定深度まで潜り込んだ浄化杭を掘り出すのは時間が掛かるから、こいつは引っ張り出しやすいように後部に取手を付けて、投下後は表面に摩擦軽減術式を這わせて、釣り上げて回収するよ。投下後の影響はやはり現物を見て確認したいから」


投下後に歪んだりしてなければ、スルッと取り出せる筈、との事だけど、そうそう上手く行くとはリア姉も考えてないっぽい。


「だから、後部に取手が付いてたんだね。穴の底という割に変だと思ったらそういう事か」


「そう。本番用は掴むところなんて無くすから、頑張って、呪われた鎧が底まで降りてきてもどうにもならないさ」


そもそもこの直径じゃ、嵌まったら体も動かせない、とジェスチャーまで加えて説明してくれた。


「呪いの干渉じゃ機能停止できない、手下達も向かわせても手が届かない、壊せない、掘り進めていくのは時間がかかり過ぎるし、手下達は採掘に向いた道具も持ってない、でも浄化術式でガンガン呪いは減らされる。祟神も痛し痒し、何とかしたいだろうね」


聞いた限りでは問題なさそうだ。


「全ては、地脈の流れを詳しく計測して投下地点を割り出せて、これが予定の位置に正確に投下できて、ちゃんと機能すれば、だけどね。こいつに合わせた空間鞄も用意した。小型召喚の雲取様に運んで貰い、鞄の開閉と誘導は翁にやって貰う。ただ、着弾予定地点の周辺地域も含めて、無人化しないと危険過ぎるから、そこはロングヒル王家と調整するよ」


それは何とも大掛かりな実験だけど、リア姉が見せてくれた計画書では、もう投下位置の選定までは済ませていて、この分なら研究組へのプロジェクト管理導入の目処が立った頃には、投下実験を行えそうだった。

今回は、リアが研究組の面々とは別に進めていた取り組みについて二つ紹介しました。こちらのコンピュータは、リア&アキの魔力の属性や強度に頼り切り状態なので、当面の間はホストコンピュータと通信して、サービスの提供を受ける以上のことはできそうにありません。微細加工技術の方も顕微鏡を覗かないとわからないレベルになってくると、妖精達の技のアドバンテージも無くなるので、今後の進展も緩やかなものになりそう。

地中貫通浄化杭のほうは、地中貫通爆弾バンカーバスターというお手本もあり、防壁貫通後、目標地点で的確に爆発する機能も付けてない、単なる誘導羽付き金属弾ですから、ガラを作るのはさほど苦労もしなかったようです。実際は「死の大地」の呪いの状況も知らないし、誘導も試してないので、まだまだ紆余曲折はありますけど。

次回の投稿は、八月二十九日(日)二十一時五分です。

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