13-33.リアとのスキンシップ
前回のあらすじ:樹木の精霊探索チームのほうも仕切り直しにはなったけれど、次はもう少し効率よく、「妖精の道」の発見への協力を取り付けて貰えそうで良かったです。(アキ視点)
ザッカリーさんにこれまでの事を話し始めてから直ぐに、家族の皆が入れ代わり、立ち代わり、僕との接点を増やし始めた。これまでも街エルフの感覚的には、接点を多めにしてきたらしいんだけど、ザッカリーさん曰く、僕の感性はかなり人族寄りであり、人族の視点で見ると、未成年の子供を抱えた家庭としては、すれ違いが多く問題がある、と話したからだ。
人族寄りも何も、僕は半年前まで日本で生活していたわけで、人族そのものじゃないかと確認したんだけど、ミア姉との濃密な心話を重ねた結果、街エルフ的な感性も多くなったらしい。大勢のサポーターに囲まれてもすぐ順応できたり、彼らに作業を割り振れる思考は、人形遣いの街エルフならではのモノ何だとか。それに時間感覚や視点の広さも、マコト文書の専門家である事を差し引いても、かなり街エルフ寄りらしい。
それなら、僕はちょっと変わった街エルフの子供って感じかとも確認したけど、そこは、こちらに来た当初に検査した通り、教育が物凄く偏ってて、一般からは遠くかけ離れているとの事。
で、今はリア姉と組んで、ペアストレッチに取り組んでいた。一人では難しい角度でも、相手の補助があれば十分伸ばせるし、互いに反応を見ながら、言葉を交わして、動けるのが嬉しいところ。
「それに、こうして触れ合って、五感で互いを感じ取るスキンシップをしてると、親しみも増すってね」
リア姉の体はなかなか鍛えられてて、柔軟性も高く、肌も綺麗だし、骨格の歪みも無く、全てが高いレベルで整ってる感じだ。
「ん、どうかした? もしかして私にドキドキしちゃったとか?」
にひひ〜と笑みを浮かべるリア姉だけど、不思議と、ケイティさんやミア姉みたいに心臓がバクバクしちゃう事は無い。こんなに綺麗で格好いいのに不思議。
それに、お肌の触れ合いだー、なんて言って、嬉しそうに運動に付き合っててくれるけど、触れ方の匙加減が絶妙で、不快に感じる少し手前で自然と切り上げてくれてる。きっと、そのあたりはトラ吉さんに鍛えられたんだろう。
「ここまで体がバランス良く整ってるって凄いなーって。それと親しみは増したと思うよ」
特定の競技に特化した体付きじゃなく、全てを平均以上に仕上げて、更に美容や健康まで考慮すると、こんな感じになりそうって話したら、何でもできる街エルフは、誰でも自然にそれなりにはなると教えてくれた。
「まぁ、褒めてくれたのは嬉しいね。アキはちょっと運動不足かな。有酸素運動を増やそうか。サーキットトレーニングにすれば、そこまで時間はかからないから」
う、それって、体育の授業でもよくやらされたけど、かなりキツいんだよね。
「そんな嫌そうな顔はしない。女は自らを磨く為の努力は惜しんじゃ駄目さ」
横着すれば、それは直ぐに体や振る舞いに現れてくるんだから、と笑われた。
むぅ。
「んー、ミア姉の体なんだから、粗雑に扱うつもりは無いけど、リア姉みたいに整えるのは、かなり無理がある気がする〜」
「私を目標にする必要は無いし、街エルフと言っても、誰もがそこまで体を整えてる訳じゃない。私がここまでやってるのは父さんの影響が大きいね。魔術が苦手でも、身体操作が得意なら、自信も付くだろうって。ただ、私としては、ミア姉みたいな体の整え方は勧めないかな」
なるほど、リア姉は父さんのような裸族では無いけど、体をかなりハイレベルに整えてる方と。これが平均とか言われたら泣きそうだったから、ちょっと安心した。それに父親の優しさ、思いと、それに応える娘の気持ちも素敵だ。
ただ、ミア姉のようになるのは勧めないってのは謎だ。
「ミア姉は立ち振る舞いも仕草も、何処から見ても絵になって素敵だけど、リア姉を目指すのと同様、難度が高いから止めておけって事?」
実際、ミア姉の真似をして生活しろと言われたら、一日持たずにギブアップする自信がある。だけど、僕の認識は違っていたらしい。
「アキの夢を壊すようで悪いけど、ミア姉は舞台の上で理想的に振る舞う事に長けて、どんな振る舞いも絵になる大女優ってとこだけど、バランスがかなり悪いんだ。そこさえクリアできれば、後は最低ラインでいい、それよりマコト文書の知識を吸収して己が物とする方を優先してたからね」
勿論、街エルフの最低だから、使えるレベルではあるけれど、と言われた。
うーん、どちらも最低限クリアしてるレベルが高いせいで、違いがよくわからない。
「よくわからないって顔してるね」
「僕が知ってるのは心話の部屋の中での振る舞いだけだけど、その振る舞いはほんと素敵だったから」
「ちょっとだけヒントを出そうか。ミア姉は女優であり、その舞台は心話の部屋だけで、観客はマコトくん一人だった。ここまで言えば解るかな?」
んー、心話の部屋と言うと大きさはリビングくらいで、家具も最低限、窓もなし、天井も床も壁も落ち着いた昔のお屋敷って感じだけど飾りとかも無し、ドアも無かったね。
つまり、狭くて、少し歩いたり、椅子に座る程度で、それに身振り手振りが入る程度。注意すべき視点は一方向だけ。それに、リア姉とやったような運動とか、走り回る姿とか、そもそも武器を持って体を動かす姿も見た事無かった。
髪型や服装は季節に応じて変えてはくれていたけれど、化粧もしてな――くはなかったか。日本では気付かなかったけど、今ならミア姉が結構気を使ってナチュラルメイクをしてたとわかる。
女優かぁ。うー、なんか着飾った余所行きの姿しか見せて貰ってなかったと思うと、ちょっと寂しくなってきた。
「どうした?」
「えっとね――」
僕は、一見、普段着っぽかったり、ラフな服装っぽくても、実は魅せる装いで、自然に見えても演技だったのかも、と思ったら悲しくなった、と話した。
すると、リア姉は僕の頭を撫でながら、そうかな、と自分の考えを話してくれた。
「好きな相手には自分を綺麗に見せたい、それって女なら普通の事じゃないかな? 男が自分を格好良く見せようと背伸びするのと同じでカワイイと思うよ。まぁ、ミア姉はそれがかなり極端で、突き抜けてて、徹底してたけどね。アキも魔術を習いだしたからわかるだろうけど、正確なイメージを創り出すのはかなり大変だ。なのに、マコトくんに見せる、それだけの為に髪型を変えてみたり、新しい服を作っては鏡台の前で、目を閉じても細分の狂いなく再現できるように姿を脳裏に焼き付けてたりしてたからね。幻影で新しい装いを見せて感想を求められたりして、その情熱の高さというか深さは感服したものだった」
自分にはとても真似できない、とリア姉は苦笑した。どれくらい難しいか見せようか、と戦術級長杖を持ち出して、自身の姿を幻影で出して見せてくれたけど、うーん、かなり出来が甘くて、これだと遠目でギリギリ及第点くらいかも。
「コメントに困る顔をしてるけど、普通は本物と見紛うような幻影なんて作るのは厳しくて魔導具の補助を付けるモノさ。夢の中には魔導具を持ち込めないからと、ミア姉は自力で再現してたけど、アレは一種の才能、特殊能力だと思ったよ。本人曰く、よく観察して心に焼き付ければいい、必要なのは妥協しない心だと話してたね」
あー、それは僕も聞いた覚えがある。
「観察してごらん、手だって人それぞれ違うし、その人の生き方が表れてる、表情や仕草、声の調子なんかもそうだよ、って僕もよく言われたよ。それで、家族や友達、近所の人達の手を見たり触ったりして、変な子扱いされた事もあったね」
変と言っても、手に刻まれたその人の生活とかが透けて見えて、それらを色々と聞いたりしてたら、面白いところに興味を持つ、と何か嬉しそうな顔もしてたけど。
「あったね、そんな事も。――とにかく、ミア姉は、マコトくんに自分を魅力的に見せようとはしていたけど、騙すつもりは無かったと思う。やろうと思えば、イメージだけ美化した姿にもできたのに、頑なに現実の自分を正確に伝えようとしてたし、気になるところは自身の側を整える徹底ぶりだった。だから誠実だったとも思う。だから、そんなミア姉の乙女心を微笑ましいと思ってくれれば幸いだね。それに、アキだって、ミア姉の事をカワイイと言ってたし、薄々は判ってたんじゃないかい?」
あー、それは、うん。
「変わった点を褒めると、凄く嬉しそうに笑ってくれて、ちょっとだけ素の気持ちが出ててカワイイなーって思ってたよ」
普段のお姉さんって感じより、身近な雰囲気もして、今思い出しても、表情が緩むくらいカワイイ。うん、さすがミア姉だ。
「ほらほら、そこまで弛んだ顔をしないの。ミア姉は師として導いた、なんてザッカリー殿は話してたけど、アキのお姉さん好きは、えっと、何だっけ……そうそう、逆光源氏計画って奴だと思うよ」
「リア姉、よくそんな言葉を覚えてるね。それはともかく、僕が好感を持つのは、自立した芯のある人ってだけだから。大体、幼い、かわいい子を愛でるって、それって子供を愛でる感じで、恋愛感情とは違うんじゃないかな」
好む特性を備えているのがたまたま年上の女性ってだけ、と自己弁護してみた。
すると、リア姉はふむふむと頷いて、質問を投げてきた。
「それなら例えば、エリザベス殿はどうだい? 外見も立ち振舞いも文句無し、ロングヒルの女らしく芯の通った強さもあり、聡明で華がある。彼女に恋心を抱く殿方は大勢居そうだ」
んー、エリーか。綺麗だしスタイルも良いし、気品と活気に満ち溢れてて、頭もいいし、話をしてて楽しい。けど、それなら、ミア姉やケイティさんと同じカテゴリーかと言うと、うーん、微妙。
「エリーは女友達って感じで、ちょっと違うね」
「同年代は子供っぽく見えるってとこかな。ミア姉も罪作りな人って事か。困ったもんだ」
リア姉は、こうして恋バナをしてると姉妹って感じがするね、なんて満足そうな笑みを浮かべて、話を打ち切った。
◇
リア姉とのお風呂も、最初の時のような雑さが改まったおかげで、のんびりした気分で過ごす事ができた。僕が長い髪の水気を丁寧にタオルで拭き取り、魔導具で温風を当てて貰い、櫛を入れてと、ケイティさんのサポート込みでも時間がかかる中、自分はさっさと着替えて、そんな僕の様子を眺めながら、いくら愛があっても、自分には無理、なんて呆れてた。
僕も始めは大変だったけど、決まった手順をケイティさんとお話しながらこなしていくのも、それはそれでリラックスできるので、良い習慣と思えるようになった。
それで、髪の手入れも終わって居間に戻ると、リア姉が番号の書かれた封筒を持ってきていた。ミア姉からの手紙だ!
いつものように、トラ吉さんも同席してくれている。
「アキが、ミア姉の事を知ってるようで、実は知らないことも多いという事実に気が付いたので、条件を満たしたと判断して、ミア姉からの手紙を渡す事にしたよ」
ん、それは嬉しい。だけど、一応聞いておこう。
「リア姉、今回のって、僕が条件を満たすように誘導してたよね?」
「そりゃ気付くか。アキの言う通り、丁度いい話題に触れたから、ヒントを出してみたんだ。ミア姉の想定していた未来との乖離が大きくなってきたからね。それでも自力で気付ける程度には配慮したつもりだよ」
天空竜との接触を最難関と捉えていた手紙もあったくらいだから、リア姉の言う事もわかる。
「もしかして、沢山あると言ってた手紙も、条件を満たさないモノが多いとか?」
「三分の一くらいは、読む機会はないかもね。共和国や財閥、連合内の組織的な話とか、制度とか、力関係何かに絡む話だけど、それぞれのトップと話をすれば片付く話だから」
なるほど。共和国なら長老の皆さん、財閥ならマサトさんとロゼッタさん、連合ならニコラスさんに相談すればいいからね。
「あと、弧状列島の全体を統一する流れに入ってきているから、あちこち見直しが入ってて、当て嵌まらない話も増えてきてるんだ」
「なるほど。んー、それなら、完全に当て嵌まらないのが確定したら読みたいけど、どう?」
「中身を知らないから、判断が難しいけど、その方向で相談してみるよ。あと、竜神子支援機構なんて発想は、ミア姉の手紙には勿論含まれてないけど、新しい組織の立ち上げという切り口なら、何通かあるから、それも候補にしておくね」
「宜しく」
リア姉も、読みに行けと頷いてくれたので、トラ吉さんと一緒に自室に戻った。
【八十】
あなたは、十年間、毎日、心を触れ合わせてきたミアの事を誰よりもよく知っていると自負していた。けれど、あなたは気付いてしまった。毎日、誰よりも言葉を交わしてきたのは確かだが、ミア自身の心という視点、それもマコト文書に関わる出来事に焦点を当てた会話で、どれだけミアのことを理解できていたか、と。自宅での様子と、働いている時のソレが違うように、人は置かれた場面に応じて、見せる顔も違うモノだ。なんてことだろう、異世界に渡った想い、その根幹がこれほど朧げなものだったとは! ――あなたは、自身だけでは迷いは晴れないと気付き、関係者に話を聞く事を決めた。
……さて、これを読んでるという事は、私が心話で見せてきた姿が一面に過ぎない、と気付いたからなんだと思う。それを偽りと取るか、私の一面と取るかは、マコトの周囲にいる人達から話を聞いて自分で考えてみて欲しい。
得てして、人は自分自身は見えないモノと思う。自分ではこうだと思ったことが、周囲に聞いてみたら誤解だったなんてことは枚挙に暇がない。他人は見てないようで良く見ているというし、無くて七癖なんて、言葉もあちらにあるくらいだ。
それでも、普通なら、本人から話を聞き、周囲から話を聞いて、相手の人間像を構築するしかないけれど、私達の場合は、心を触れ合わせてきたから、私がどう認識していたか、何を感じていたか、その共有ができている分、私への理解は深まると思う。
追伸:理想と現実のギャップにあまりショックを受けないようにね。
追伸二:話を聞く時は、出会った時期や状況もちゃんと聞くようにね。その時々で良かれと思ったことでも、後から考えると誤りだった、なんてこともあって、全部を纏めると矛盾してることもあるだろうから。
追伸三:話を一度聞いて終わりと思わないこと。相手も今のマコトに合わせて、内容を選んでる可能性があるからね。
追伸四:ロゼッタの話は、少し割り引いて捉えるように。嘘は言わないけれど、趣味を先行する悪癖があるから。
追伸五:マサトの話も、割り引いて聞くように。彼は私を理想視してるところがあって、長所をより良く、短所を補うので問題ないと話す傾向があるから。
追伸六:もし、長老達と話す機会があれば、彼らの言は信頼していい。遠慮なく駄目なところを蹴り飛ばす御仁達だけど、伸ばすところは褒める懐の深さもあるし、全てに絶望してもなお、新たな世代の為、種族全体の為に働く気高さがある。……気難しい御仁達だけどね。
追伸七:マコトも気付いてると思うけど、私は心話の技法に長けている。だから、マコトも私との心話で腕は上げてはきてるけれど、全てで追いついたとは思わない事だ。それに女は秘密があったほうが魅力的だからね。
あー、それでも、僕のことを大切だとか、愛してるとか、信じて、とか書かないあたり、ミア姉の誠実さが伺えるね。それに追伸を書いてるうちにあれこれ浮かんできて、書き足した感が強い。街エルフは引き籠り体質と言うし、この分だと交流範囲は狭いのかもしれない。――違うか。普通に次元門構築を考えて動いたら、接点がない人の事は書いてないだけだ。
あと、家族の事に触れてないのは、聞いて自身で判断しろって事だろうね。信頼してるってこともあると思う。
「にゃー?」
「はいはい、えっとね――」
トラ吉さんが催促してきたので、ざっと説明して、ミア姉のことをいろんな人に聞いてみることにすると話すと、大きく欠伸をして、丸くなって目を閉じてしまった。
うーん。
「トラ吉さんは、あんまりミア姉と接点がなかった感じ?」
「ニャ」
残念。そっか。
家族は当然として、初期からいたサポーターの皆もミア姉と接点がありそうだ。ロングヒルに来てから会った人達は多分、接点がなさそう。でもまぁ、外から見たミア姉、財閥当主とか、マコト文書著者であるとか、マコトくんと深い繋がりがある人物、といった感じで話はある程度聞けそうだ。
まぁ、相手の負担にならない程度に話を聞いていこう。レイゼン様やユリウス様に聞いてみるのも面白そうだ。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、久しぶりに姉妹同士のコミュニケーションとなりました。リアもアキと仲良くなれて嬉しそうで何より。あと、ミアの知らなかった部分が徐々に見えてきて、アキもちょっと動揺してます。それでも、まぁ聞いて回ろう、と構えて居られるのは、やはり積み重ねた交流の月日があればこそ。アキの感性が、日本育ちなのに街エルフ寄りなところが多い、なんて評価も明らかになりました。成長期に濃密な交流をしてきたミアからの影響を受けない訳がありませんから。マコトくんはきっと、日本でもかなり変わった子だったでしょうね。
そして、ミアの手紙にも書かれていたように、心話の技量はミア>アキ(マコト)>竜族といった感じなので、アキはあらかた手の内がミアにはバレてますが、ミアのことは、ミアが許可している部分だけ見せてる感じです。教育的観点と乙女心ってところですが、アキがその辺りに気付くには、まだまだ経験不足でしょう。
次回の投稿は、七月二十八日(水)二十一時五分です。