13-32.束の間の平穏(後編)
前回のあらすじ:洗礼の儀で、残念な方々を集めて釘を刺しておこう、と認識してたら、それが大きな認識間違いであることがわかりました。認識も正してイメージトレーニングもしたので、本番もこれなら大丈夫だと思う。それに弧状列島全体の視点から語るエリーには、参加していた皆さんも一目置く感じで、ロングヒルのスタッフさん達も誇らしげな顔をしてました。(アキ視点)
樹木の精霊探索チームが次々に戻ってきた。出発前よりも打ち解けた感じ。
彼らや、彼らの活動を支えるチームとの意見交換が一通り行われて、僕とお爺ちゃんはその後に呼ばれた。妖精さん達の緊急召喚も行われなかったくらいだから、そう焦るような事態にはならなかったのだろう。
別邸の庭に集められた彼らとの意見交換会も和やかな空気の中で始まった。
「皆様、お疲れ様でした。軽く報告を読みましたけど、大きな問題も無く帰還して貰えて安心しました」
「竜達から貰った加護のお陰で、お互い争わない事を前提に対話から入れたのは助かった。ただ、効き過ぎて、姿を見せない個体もいたようだ」
生ける天災の加護を受けた者なれば、樹木の精霊とて、粗雑には扱えないよね。マフィアの構成員が丁寧な物腰で、家に現れたみたいな感じかな。気弱な個体は居留守を使ったと。
「妖精の道について、知る者がいなかったのは残念でした。精霊が嫌うという話ですけど、彼らは、全く知らない、そのような現象を見かけたことも無い感じですか? それとも、あっても近寄りたくも無いし、動き回るものでもないから注目したことが無くて、知らないって感じでしょうか?」
念の為、そう聞いてみると、彼らの答えは予想通りだった。
「後者に該当すると言えそうだ。明確に、異世界に通じる道を知っていると答えた個体はいなかったが、精霊が嫌う、理の歪みや魔法嵐と思われる事象については経験してるようにも思えた。ただ、彼らは記録を持たず、時間の感覚も我々とかなり違い、アキの言うように、動き回らない事象には驚異より不快感が強く、興味を向けていないようだった」
むむむ。
「それで協力は取り付けられそうじゃったのかのぉ?」
お爺ちゃんの質問にも彼らは言葉を濁した。
「竜神の絡む話となれば条件の摺り寄せは必要でも拒まれはしない。ただ、我々の求める事象、妖精の道についての情報があやふやで、彼らも具体的に何を見つけたら伝えればいいか判断できないと言っていた。条件の摺り寄せは、探索チームと交流チームは分けないと効率が悪いが。それと鬼族、小鬼族に話が通してあるなら、道中の安全確保に竜の加護は過剰だと感じた。それに交流チームには不要だろう。樹木の精霊達は天空竜の恐ろしさをよく理解している。交流時にまで竜を意識させて萎縮させるのは逆効果だ」
竜神、竜の誰かが次元門構築に繋がる「妖精の道」の発見、それに樹木の精霊達が協力することを求めてる、と直結する訳ではないんだけど、僕がそれを望み、竜達が、山野の縦断は大変そうだからちょっと手を貸そうと申し出てくれた、というのは、加護を纏った探索者達に押しかけられた樹木の精霊達からすれば、どっちでも違いはないってとこか。
ふむ。おっと、他の探索者からも手が挙がった。
「翁、妖精の道を幻影で見せられると聞いた。まず見せてもらえないか? それと、出発前に見せなかった理由も知りたい」
「儂もまともに自身で観察し利用した妖精の道は一つだけでのぉ。話に聞いていたモノと同じで、実際、こちらにも繋がっておったが、他のモノも同じと言える程の確信はなかった。先入観を持つと判断が歪むかと思ったんじゃ。儂らの国で集めた過去の事例の話は冊子にしたから、見せた後にでも読んでくれ」
そう話すと、杖を一振り、妖精の道の幻影を出して見せた。探索者の皆さんも集まってあれこれ観察して、魔力はどうとか、形状の安定性とか、消えた時の様子など、質問が噴出した。
お爺ちゃんは先ずは読めと、ベリルさんに合図を送り、薄い冊子を皆に配った。僕も貰って目を通してみたけど、誰かの日記だったり、報告書だったり、目撃者から聞いた話のメモだったりと、形式も書き方も多様だった。
「お爺ちゃん、妖精の道を見つけたら立入り禁止にしてるって話だったけど、妖精の道って言うより、魔力異常や理の歪みを見つけたら、近寄らないよう通知を出すだけなんだね」
「儂らは空を飛ぶから、道に通行止めの看板を立てる訳にもいかんし、問題のある事象は地面近くで起きるとも限らんからのぉ。空の上、浮島近くで見つけた事例もあったじゃろ? そうそう起こるもんでもないから、皆に注意を促す程度で十分じゃった」
地面から離れられない人の感性との違いだねぇ。それに魔法嵐と言うくらいで、不思議事象は空でも起こる。妖精さんの持つ情報には、湖の上や滝の裏側なんてのも書いてあるし、水中とか洞窟の中なんてのもあっても不思議じゃないし、そんなところに行かない妖精達が知らないのも当然と。
張り付いて観測したりもしてないから、気が付けば消えていたってのも仕方無し。
妖精の国の領地内で、人族の物品が見つかる事例はあるけれど、それが妖精の道由来か、周辺国由来か、あまり区別はできてないようだ。妖精さんの持ち物みたいに大きさが違って間違えようがないモノと違うからね。それでも魔力が殆ど含まれない物とは判明していて、それと事例は多くないけど、妖精の道を通って迷い込んだ人も居たりして、その人の残した手記から、こちらの世界の事はある程度、情報を得られたそうだ。本が流れ着けば、書いてある内容から、こちら産かは区別もできたとある。
お爺ちゃんがお気に入りの帽子を落とした後は、お爺ちゃんや真似した人達が、妖精の道にあれこれ放り込んでみたそうだけど、こちらの世界には投げ込む物好きはいなかったっぽい。
「ねぇ、お爺ちゃん。ミア姉がお爺ちゃんの帽子を使って、心話を試みたように、漂流物を使って試してみなかったの?」
「所縁の品を媒介とした心話技法は、儂らの国では発達しておらんのじゃよ。それに含まれる魔力も僅かで、技法をわざわざ研究して試そうとまでは思わんかった。儂はこちらの世界の専門家じゃが、そもそも、こちらの世界の研究家と呼べるよう者は他におらんからのぉ」
こちらの品は皆、大きくて嵩張るから、邪魔物扱いされていて、それを集める自分は変人扱いされる始末じゃった、と話してくれた。
んー、人換算だと十メートルサイズの巨人たちの荷物を収める体育館のような巨大倉庫を持ってて、落ちてた品を後生大事に保管してる、か。博物館の館長みたいなノリかな。まぁ金持ちの道楽なのは間違い無しだ。
「翁、こちらから行った者はどうなったんだ?」
「妖精の道がいつ、どこに開くのかも定かではなく、こちらの世界に帰れない事を理解して嘆き、ある程度落ち着いたところで、周囲にある人の国へと去っていったよ。その後はどうなったのかはわからん」
人が食せる果実のなる木や、水場を教えたりして生きる手助けをして、お礼として、その人は妖精達にあちらの世界の事を話し、手記を残してくれたそうだ。妖精さん達は小さいから人が共に暮らすのは難しそうだし、帰れないと解った時点で、腹を括ったんだろうね。いつ閉じるかわからない、異世界への道に踏み込む事の恐ろしさに、探索者の皆さんも、重苦しい表情を浮かべていた。
結局、妖精の道については、現れる法則性は分からず、長くても一ヶ月程度で消えること、大人の鬼は通れない程度の大きさである事、理が歪んでいて、精霊が寄り付かないことが読み取れた程度だった。
それでも、モノを放り込むと反対側に落ちずに消える事から、現れた不思議事象に対して、モノを投げ込むことで、多少の区別はできそうとの基準は見いだせた。道の向こうでは、いきなり物が落ちることになるので、ぶつかっても痛くない程度の品、種とか小石とかにしよう、なんて話も出て、樹木の精霊にそれを試して貰えば、道の候補として報告して貰えそうだ。
投げこむモノに数字や記号を刻む事で、あちらでそれを妖精が見つければ、時刻や場所を絞り込む事もできそうだ。ただ、それが妖精界の何処に落ちるかわからず、刻む品も小さいから、他と区別が付き、情報漏洩しない工夫をしようなんて話にもなった。
問題は樹木の精霊が正確に加工できるのか。漢字ですら、外国人が書いたら不思議文字に成り果てるくらいだから、本当は加工した品を渡しておいて、使って貰うのがよさそうだけど、収納しておく風習もないだろうし、樹木の精霊の支配地域の中で、道候補の場所まで運搬するのもできるかどうか。
まぁ、何のために協力体制を敷いて、連絡を入れて貰うのか、という話になり、樹木の精霊はそこらの石や枝などを放り込んで、妖精の道かどうか確認。道だったら連絡を入れて、連絡を入れられた精霊使いは、小指の先くらいのサイズで、樹木の精霊の識別番号、場所や時期の情報を刻み込んだ宝珠を持参すればよいだろうという結論に。
連絡を受けてから、情報を刻む時間も、加工用の魔導具を使えば、数十分でできるそうだ。お爺ちゃんに聞いたら、妖精の国の方でも、同じ規格の宝珠を用意して、加工することは簡単とのこと。すぐにでも投げ込む手筈は整えられそう。残念ながら、無線標識と、信号を捉える受信機の方はまだまだ研究段階で運用までは暫くかかるそうだ。
「んー、ケイティさん。遠くからでも発見できるくらい、魔力を込めた宝珠ってそうそう用意できるものなんですか?」
「費用対効果の問題です。極稀にしか使われないのであれば、宝珠の価格より、投げ込んだ宝珠を発見できない損失のほうが大きいと考えられるでしょう。都市国家毎に用意することはできると思います」
ふむ。
「お爺ちゃん、妖精の国のほうはどう? 小指の先くらいの宝珠に魔力を込めたとして、落ちてても見つけられそう? それと、妖精さんからすれば、人の小指サイズでもかなりの大きさだけど、用意できそう?」
お爺ちゃんは少し考えてから答えてくれた。
「籠める魔力の属性さえ気を付ければ、見つけることもできるじゃろう。火や雷といった普段の森では見かけることのない属性が良いのぉ。儂らは小さいがあちらの宝石まで小さい訳ではないから宝珠を用意することは十分可能じゃ。儂らの移動速度からすれば、王城に何個か用意しておけば、放り込むのは容易いことじゃな。籠める魔力もそうじゃが、魔力量もたっぷり詰め込めるから、こちらに落とせば、見つけやすいじゃろう」
ふむふむ。なら、確かにすぐ運用できそうだ。
――なんて話をしてたら、探索チームの皆さんがなんか驚いた表情を浮かべている。
「どうしました?」
「資金の制約は少ないと聞いてたが、改めて聞くとやはり驚きだ」
ふむ。
「探索者チームの皆さんや、交流チームの方々の人数や体制維持の規模に比べたら、目印の宝珠は誤差みたいなものかなーと。訓練を積んだ経験豊富なメンバーの確保、維持、運用費用が活動予算の多くを占めますからね。あと、宝珠は長い目で見たら使い捨てでもありませんし。妖精の道を使えるようになれば、いずれ戻すことも可能ですから、まぁ、海外の国々と贈り合うようなものですよ」
道具なんて使ってなんぼ、皆さんに比べれば、安いもんです、と話すと大笑いされた。
そんな訳で、樹木の精霊探索チームの活動は一旦、仕切り直しとなったけど、二回目の話し合いでは、それなりに調整も進みそうだった。何より、樹木の精霊達の場所がわかったので、交流チームの結成、派遣も並行で準備できるから、秋までにはある程度の成果を達成できると思う。
◇
連樹の社には、青竜さんもそうだけど、雌竜さん達が小型召喚体で通っているそうだ。巫女のヴィオさんからの手紙によると、初めの頃は連樹の民も緊張してたものの、毎日のように迎えることで慣れてきたそうで何より。連樹の神様に、「死の大地」の呪いについて聞いたみたけれど、大きな変化はなし、といった程度で、特に何か気にしている感じではないそうだ。まぁ、直線距離でも五百キロ近く離れてるから、彼方にあってもなお感知できる呪われた地って認識なのだろう。
イズレンディアさん経由で、世界樹に「死の大地」の変化について問うてみたものの、特に流れてくる地脈の魔力にも違いなし、といった感じで、こちらもまた、大して気にしてないようだ。いずれ、世界樹と心話をする時があれば、世界観とかも聞いてみたいところだね。大きさに比例して世界を認識してるとしたら、五百キロ先だって、人間にとっての二キロちょいだ。まぁそもそも動けないから、距離感といっても、そこからしてかなり違いそう。世界樹の実や葉は輸出されてるくらいだから、所縁の品はすぐ確保できそうだけど、世界樹のほうが乗り気にならないと心話をするのは難しそう。まぁ、イズレンディアさん経由で、暫くは誘ってみよう。
ブックマーク、評価ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
本文でアキは目印となる宝珠について軽く語ってますが、翁の言う「珍しい属性」の魔力を込めるという時点で、ソレを行える術者もまた珍しい、というポイントを見落としてます。それにしっかりと魔力を籠めないと目印の役とならないので、予算はなんとかなっても、数を揃えるのは大変です。あとケイティもまぁ、財閥ならやるでしょ、程度で返答してますが、主な城塞都市だけでも何百とあり、そこで短時間で宝珠に必要な情報を刻む魔導具も確保となると、かなり大掛かりな話です。鬼族や小鬼族の領土も含めると、三大勢力の代表達で調整する案件です。まぁ必要な方法、技術さえ段取りが付けば、それをどう政で対応するのかは、彼らの腕の見せ所。きっと、秋頃に再会した際には頑張ってくれることでしょう。
次回の投稿は、七月二十五日(日)二十一時五分です。