2-26.新生活五日目⑤ 長命種との感覚のズレ
前話のあらすじ:投剣術やサバイバル術について色々学びました。あとジョージと、子供向けの読み物の話題で話し込んだりもしました。
おやつは、夏野菜で彩りも鮮やかな塩味のケーキだ。豆乳が入っているようでしっとりとしていて、ボリュームもあって、満足度も高い。砂糖を使わない分、ヘルシーなのもいい。
紅茶との相性も抜群で、ちょっとリッチな気分だ。
僕は先ほどの訓練で、ジョージさんと子供向けの物語を考えることになった話をした。
「ジョージさん、かなり物語に興味があるようでしたね」
「どうしても子供向けの話は、面白さよりも教訓的な面が重視されていますし、昔話の類は登場人物が少ないことが多いですからね。子供たちだけで協力して危機を乗り越えるような話は珍しいと思います」
ケイティさんの言う感じからすると、読み物はそれほど普及はしていないっぽい。
「しかし、読んで楽しいサバイバル系の読み物とはね」
リア姉が苦笑している。見ると父さんも母さんも似たような感想を持ったようだ。
「サバイバルといっても子供向けですけど、リア姉もサバイバル術は好きじゃなかった感じ?」
「好きな奴は珍しいと思うよ。特に成人なら尚更だ」
「もしかして、試験が大変とか?」
「その通り。スコップと杖剣だけ渡されて、放り出されるんだ。最終試験の時に」
「杖剣?」
午後の訓練でもそんな武器はなかった気がするけど。
「魔術行使に補助機能付きの魔術杖は欠かせないが、それだけだと近接戦の時に不利になる。なにせ、ただの杖だ。そこで、杖の先端に簡単に短剣を装着できるようにした。それが杖剣だ。簡易の手槍として使用できる」
地球で言うところの銃剣みたいなもののようだ。
「放り出されるというと、指定期間生き延びろ、とかそんな感じでしょうか?」
常にハードルが高めな街エルフだからそれくらい、要求し兼ねない。
「指定ポイントまで、警戒網を潜り抜けて到達せよ、といった内容だったね」
「食料も水筒もなしで?」
スコップと杖剣だけじゃ、そもそも野宿するのもキツイと思う。
「水、食料の確保も試験内容に含まれているから、もちろんなしだ。しかも警戒に注意しながらだから大変だ」
「それはなんとも、難度が高いですね」
「後から考えれば、危険な獣などは予め排除するといった配慮はされていたとわかるが、当時は本当に命を落とすかもしれない、と不安になったものだよ」
父さんもしみじみと呟いた。街エルフ基準の高さは、やはり街エルフといってもキツイってことか。
「それまでも訓練は行うけれど、基本的に団体での訓練なのよね。でも、最終試験は単独形式。ここで甘い認識をしていた他人頼りの生徒は叩き落されるわけね。また、自分の体力を正確に把握できないようでは完走すら覚束無い。敢えて、前任者の行動跡もミスリードのために残されたりして、ちょっと意地悪ね」
母さんは、『ちょっと』というけど、中身が見えないほど悪意でコーティングされてると思う。
「それって一発合格出来る人は多いんですか?」
「だいたい一回目は落ちるな。ミスなくパスできるのは、幼少の頃から森で狩りをしてきたような者くらいだ。そういった者であっても半分以上は落ちる。獣はチームを組んで死角が生じない周回警戒なんてしないからな」
「サバイバル術の話でしたよね?」
淡々と当たり前のように語る父さんの姿勢に、かなり認識のズレを感じた。
「そうだが、何か疑問があるのかい?」
「敵地、あるいは明確な支配勢力がいない地域を想定しているように感じまして」
「その通りだが、何か気になるのかい?」
「かなりキツイ状況設定だなと」
「訓練の時に甘くしても意味がない。本番の時に、訓練の時の方がキツかったというくらいが丁度良いんだ」
なるほど、一理ある。
「そういうものですか。ケイティさん、人族も同じような基準で訓練しているんですか?」
「探索者は同レベルですが、一般的な人族はそれほどでもありません。ただ、長命種の訓練基準が高いのは確かです」
「まぁ、アキは街エルフなのだから、我々の基準をしっかりクリアしないと高等教育の卒業はできないぞ」
「初等教育から順番に習得していけば、必ず合格できる。気長にやることだ」
む、む、むぅ。
「リア姉は、サバイバル訓練はどうだったの?」
「私か。私はあまり一般的じゃないから……そうだった、アキは私と同じか。なら、かなり楽をできるかもしれない」
「それは魔力性質のおかげで?」
「そう。何せ相手に魔力を知覚されないから、ヘマをしなければまず見つからない。逆にあまりに把握できず、遭難したのかと捜索されそうになったくらいだ」
なんだか、まるで海自の潜水艦の話みたいだ。イージス艦側でまったく探知できず、事故でもあったのかと騒ぎになり、訓練時間が過ぎたので、心配になり浮上して連絡を入れたなんて逸話も残ってるというけど、そのレベルか。
「リア姉は魔術を使ってたの?」
「あまりに簡単なんで罠じゃないかと思って使ってみたけど、やはり探知されず、結局、遠足気分でクリアしたっけ。確か今でも最短突破レコードは私の出したものだった筈だね」
「リア姉、凄い」
「昔よりは魔導具も性能が向上しているから、アキはもう少し苦労するかもしれない。ただ、逆に簡単になる恐れもあるかな」
「昔より魔導具を過信しているとか?」
「そう。今の若い連中は、自分の感性より、魔導具の探知を信頼している奴らも多いらしい。まったく嘆かわしい」
「魔導具を騙せれば勝ちと。良くない傾向ですね」
僕の言葉に、皆もそう思ったようだった。
「そんな訳で、多分、アキがサバイバル術の試験を受ける時には、同時に試験官達の検証作業も兼ねることになるだろう。当面、先の話にはなるがね」
子供全員に、特殊部隊のような、敵地潜入ミッションをクリアする技量を求めるなんて、なんとも基準がおかしい。誰でも合格レベルまでは引き上げるように、みっちり時間をかけて訓練を積み重ねるんだろうけど、一事が万事この調子だとしたら、成人になるまで、何年掛かることやら。
「あ、そういえば、教育制度の初等から専門までの割合は聞きましたけど、普通は何年くらいかかるもの何ですか? 単位制でスキップとかもできる感じですか?」
「もちろん。落第も飛び級もある。というか、能力が足りないのに先に進めてもいいことはないじゃないか」
「といってますが、ケイティさん、その辺りはどうなんでしょうか?」
「学ぶ速度は人により異なるので、体格が重要になる分野は別として、学習分野の飛び級は人族でも多いですよ。少しでも優秀な人材には早く活躍して貰わないと困りますから」
「なるほど。それで戻りますが、街エルフが成人するまでにかかる教育期間の目安はどれくらいですか?」
「六、三、三、四の比率だが、それぞれ十倍すればほぼ、費やす期間に等しいと言われている。習得する範囲が広いから、得意な分野と、苦手な分野で相殺して、平均的な年数に落ち着くことが多いようだ」
「十倍というと、合計百六十年ですか!?」
「そうなるかな。増える技術や知識の中で何を残して、何を廃止するのか毎年揉めるんだよ。全部入れておけ派が毎回煩くてね」
「何でも残したら教育年数が際限無く増えちゃいますよね」
「その通りだ。だが、教育の密度は中々、高めるのは難しい。そのため、廃れていく技術は選択式にしたり、体験学習程度に留めたりと工夫はしているんだ。いつまでも未成人であり続けるような制度は良くないと考える人も多いからね」
「ですよね。って、それでも百六十年はいくらなんでも長過ぎでしょう!?人族なら二、三回は寿命で死んでる期間ですよ!」
「人族はそうでも、私達は街エルフだから、同じ教育課程という訳にはいかないわ」
「ケイティさんは確かハーフでしたよね?そのあたりはどうなっていたんですか?」
「私やジョージは、街エルフが運営している孤児院の出なので、種族的特徴に合わせて、かなりしっかり教育は受けました。それに探索者としての訓練期間もあったので、かなり街エルフ寄りかと」
残念、ここには味方はいないようだ。しかし、ここで街エルフの流儀に従っている訳にはいかない。
「注文が多くて申し訳ないのですが、僕の教育過程について、魔術習得を最優先に組み替えて貰えないでしょうか? 他は出来るだけ後回しにするか、人族基準程度にまずは抑える感じで」
「理由を伺ってもよろしいでしょうか? 教育の順番や内容、密度は無駄のないよう効率よく組まれています。アキ様の場合、午前二コマ、午後に一コマのペースになるので、既にその前提で教育課程は用意したのですが」
「それは街エルフの基準ですよね?」
「もちろん、そうです」
「それじゃ、地球にいるミア姉が寿命で鬼籍に入っちゃいます。地球では、ミア姉は人族なんですから」
「それはそうですが……」
「何も学ぶ量を減らして欲しいというのではありません。ただ、順番を変えて欲しいんです」
勉強したくない、なんて主張をする気はない。
「アキ、時間もないからストレートに聞こう。アキの考える必要最低限とは、ミアを助けるための技能、例えば魔術だけに絞り、短縮できた分の時間を、ミアの救出に専念したい、そういうことだろうか」
「はい。今は時間が何よりも貴重です。幸い、救出計画に参加させて貰えるとのことですので、今はそこに注力したいと考えています」
「その場合、計画に参加している分だけ、成人を迎えるのが遅れると思うが、それについてはどう思う?」
父さんの切り替えしはなかなか痛い。でもここで譲歩するのは駄目だ。
「申し訳ないと思います。ただ、後悔はしたくないんです。ミア姉の救出は時間との勝負です。後回しにはできません」
「……アキ、私もミアの親だ。助けられるものなら助けたい。その気持ちは変わらない。だから基準を決めよう」
「基準?」
「アキが救出計画に参加している間は、その活動優先を認めよう。ただし、外れることがあれば、以降は扶養家族として、普通に教育を受けて貰う。どうだろうか」
外れるということは、僕の知識が不要になるということだろうから、問題ない。
その時点で救出の目処が立っているか、どうにもならないことが明確になるかしているんだから。
「それで構いません。よろしくお願いします。すみません、ずっと脛齧りするような我儘を言ってしまって」
「構わないわ。子供は親に我儘を言うものだもの」
「そうだぞ。アキはもっと家族に頼っていいんだ。あと、アキは一つ勘違いをしている」
「えっと、それは何でしょうか?」
「ミア姉の救出計画は、ちゃんと給料の出る仕事だ。当然、参加すればアキにも給料はでるから、脛齧りという訳ではないんだ」
「給料が出るんですか」
「当然。ただ、高度な技術力を持つ専門家集団による仕事だから、仕事の量も密度も各自の裁量に任される」
「一昨日、参加して貰うという話の時点では、オブザーバーとして参加する程度で考えていたのよね。でも、今の話だと、他のメンバーと同様、しっかり働いて貰うことになるから、ちょっと心配だわ」
母さんが、何気に不安しか感じられないことを言い出した。
「もしかして、もしかしなくても、激務は確実?」
「安心していい。街エルフは心身の能力が落ちない限界の見極めにかけては、他種族を周回遅れにするほど能力が高いと言われているんだ。最高の能力で百年でも二百年でも働き続けられることを約束するよ」
「リア姉、そんなブラック企業も真っ青な話を聞いても安心できないよ」
「大丈夫、笑いの絶えない最高の職場だから。そして、やはり言っておくべきかな。歓迎の言葉を」
「歓迎?」
「成人の儀の際に、祝福の意味で伝える言葉だから、本当は、アキにはまだかなり早いと思うわ」
母さんは、僕はまだ子供なのだから、という認識が強いようだ。ただ、反発する気は不思議と湧いてこない。
「計画には専門家として参加して貰う。だから意識を変えるためにも、リア、言葉を贈ってあげなさい」
父さんの促しを受けて、リア姉が芝居がかった仕草で、言葉を切り出した。
「ようこそ、こちら側へ。我々は君を歓迎する。共に目指そう。今日より高みにある明日を。そして、終わりのない道へようこそ」
両手を広げて、満面の笑みを浮かべるリア姉の目が、哀れみと同情を含んだなんとも言い難い感情を含んでいて、伝えられた言葉をそのまま受け取って無邪気に喜ぶような浮ついた気持ちを、丁寧に押し潰してくれた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ後悔しました。早まったかな、と」
皆が笑った。
◇
今日はお風呂を手早く済ませて、メモ帳にジョージさんに話すための内容を書いてみた。もちろん、その部分はジョージさんには内緒だ、と注釈を入れるのも忘れない。
やっぱり、隔絶した舞台があっても、道具がいくらでも取り出せる無限ボックスがあったら緊張感は薄いと思う。
空間鞄は魔導具だから、きっと鍵がかかるような部屋に保管されていると思う。
だから、その部屋の扉が、地震で歪んでしまって入れないことにしよう。行動範囲の制限は基本だ。
建物全体があちこち壊れていて、行ける範囲が普段と違う感じにするだけでも、かなりドキドキだと思う。
食料がないのは辛いから、厨房の保管庫にある程度の食材は入っているのがいいかな。
でも、調理済みの料理はないから、自分達で料理を作らないといけない。
うん、それだけでも子供たちからしたら高難度だと思う。
お腹が空いたーとか、騒ぐ幼子を宥めたり、味付けがうまく行かなくて酷い出来になったり。
それで、男の子と女の子の最年長な子達が、内心は不安だけど、皆の前では自信を持って行動し、年少組を励まし、慰めて、と活躍すると。
うん、そんな感じで話をしてみよう。
そんな所まで考えたあたりで、起きているのが辛くなってきたので慌てて布団に入る。
もしかしたら、就寝時間の最長記録かも、と考えたあたりで意識が落ちた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
次回の投稿は、七月一日(日)二十一時五分です。
長命種との感覚のズレについて、アキはその危険性をやっと認識するに至りました。皆が考える「普通」にはあちこち地雷が埋まっているけど、漫然と暮らしていたら気付かず、一番貴重で取り返しのつかない資源「時間」を失ってしまう……。
アキが危険性に気付いたことで、また少し変化が生まれます。といっても活動制限が多いこともあって、変化は少しずつです。