13-26.竜神子達との懇親会、の前の情報整理(後編)
前回のあらすじ:竜神子さん達と懇親会をする前に、近況情報の整理をしてます。連樹と世界樹の「死の大地」に対する浄化効果って、対象エリアの面積で考えるととても膨大なものでした。ちなみに、地球の核弾頭の数は14,525発(2021年時点)、1発が10km四方のエリアを破壊すると考える(放射能の影響は別)と、全核弾頭で破壊できる面積は1,452,500平方キロで、これって世界18位の国土を持つモンゴル国くらいの広さに過ぎないんですよね。よく核兵器は人類を〇回滅ぼすみたいな話がありますけど、あれって主要都市部を破壊する回数って話でして。つまり、世界は広いなぁ、と。(アキ視点)
小休憩も終わり、ケイティさんが説明を再開した。
「 次は③樹木の精霊探索チームからの第一報です。全てのチームが予定の街に到着し、発見した樹木の精霊について、位置や遭遇した際の状況、交渉の経緯、問題、相談事項を報告を終えました。今はチーム間でも連絡を取り合い、今後の方針について、彼らの方でも検討中です」
それは順調そうだ。ただ、資料を渡されてざっと目を通してみると、うーん、仕切り直しもやむ無しと言うくらい、梃子摺ってる様子がありありと読み取れた。
「塩対応が二割、これはまぁ仕方ないとして、樹木の精霊同士に諍いはあっても交流はなし、物々交換に近いレベルの取引は可能だけれど、こちらが求めるような長期契約関係を結んだ事はなし、あ、一体だけでも精霊使いと友好を結んでる例があったか。妖精の道と言われても知らない者が殆ど、困ってる話は虫害、病害、水害、水不足、冷害、蔓草や鹿の駆除、と。あと、情報の中継となれば、それに見合う対価が別途必要そう。そもそも樹木の精霊が隠れていて出てこない例も有りそう、ですか」
改めて列挙してみると、ほんと、前途多難だ。皆の表情も渋い。あ、でも、良い点もあるか。
「敵対的な樹木の精霊がいないのは良かったですね。それに樹木の精霊同士の諍いへの加勢要請もなし。見つけた樹木の精霊の位置を地図に描き入れれば、隠れている個体の位置推定もできそうかな? んー、あと、妖精の道だけど、見た目だけなら、お爺ちゃん、幻影で作れないかな? そこを通って、召喚体みたいな疑似体でこちらに来た事もあったんだよね?」
「うむ。妖精界側も、こちら側も双方から観察してよく覚えておる。精霊使いから見てどう感じるかは判らんが、幻影で皆に見せる事もできるぞ」
ん、いいね。
「見た目ってどんな感じ?」
「大きさは人が何とか通れる程度、境界があやふやで常に揺らいでおり、横から見ても厚みが無く、裏からは縁のような揺らぎがあるだけで、表から見た時のような道筋、奥へと続く暗がりは見えんのじゃ。こんな感じじゃのぉ」
お爺ちゃんが杖を一振り、机の上に妖精さんサイズの幻影を出して、ユックリと回転させて、見せてくれた。
これは面白い。
「厚さゼロ、では無いにせよ、横からだとゆらぎしか見えないから消えてるように感じられるね。んー、これは一度、戻ってきて、探索チームにも見て貰った方がいいかも。お爺ちゃん、他にもバリエーションはある? 形とか色とか匂いとか魔力とか」
「風は無かったのぉ。それにこれといった匂いも。それに道の壁も、壁と言うにはあやふやじゃった。儂らは飛んでいけるから、壁にも床にも触れてはおらん。道の先には陽炎のように揺らぐ、こちらの風景が見えたもんじゃった。迷い人の記録を読めば、何か書いてあるじゃろう。彼らは歩いて、妖精界へと足を踏み入れたのじゃから。バリエーションも、記録を見ればわかるじゃろう。発見したら、立入禁止にして、観察、報告する決まりじゃ」
「それなら、翁経由で妖精の道の情報を取り纏めて貰い、戻ってきた探索チームに情報を展開しようか。探索チームも帰還優先で移動するだけなら、二、三日で戻って来れる筈だ」
父さんの提案に、お爺ちゃんも快諾してくれた。
「儂らが知らんだけで、妖精の道があちこちで出現しておる、という説もあったんじゃが、樹木の精霊達でも、知らぬ者の方が多いとわかっただけでも収穫じゃろう。情報の取り纏めは女王陛下に伝えておくから安心してくれていいぞ」
妖精さん達が知る例だって、たまたま見つけただけで、どの程度の頻度で、道が現れるのか誰も知らない話だからね。手探り状態になるのは仕方なしだ。
おや、ケイティさんが手を上げた。
「受粉や種撒き、苗木の育成や果実の採取、剪定、育ちの悪い若木の除去など、地の種族と樹々が共生していく道筋であれば、同行している森エルフの精霊使いが多くの意見を持っていることでしょう。今回、多くの樹木の精霊との出会いがありました。木の種類が違えば、対応も工夫が必要でしょう。続けて交渉していくか、探索と交渉を別チームとするかも、考慮すべきではないでしょうか?」
ふむ。
「ケイティさんは分けた方がいい派?」
「そうですね。探索者は探索が本業で、交渉や交流もしない訳ではありませんが、本格的な交流が始まれば、後は、商人や学者に任せるものです。長い付き合いとなる事を考えると、樹木の精霊毎に専任担当者を決めて、チームで担当させるのが良いと思います」
おや、ウォルコットさんが手を上げた。
「樹木の精霊との付き合い方は、時折、足を伸ばして軽いやり取りに留めるのか、連樹の民や、森エルフのように密接に手を取り合うのか、それぞれの意向を伺うのが良いかと考えます。見知らぬ者に深入りされる事は好まないとは思いますが、頻繁に出入りすれば、獣との衝突も増えましょう」
ふむふむ。
「そもそも、連樹の神様のように、人の姿で現れてくれる事も稀なのだから、精霊使いと作業を担う人のチーム化は必須。あと、確かに竜族と同じで、どの程度の交流を良しとするかは好みがあるでしょうから、しっかりとした分析と管理が必要でしょう。幸い、樹木の精霊は歩き回らないから、人を管理するより楽と思いますね」
地図記号に社とかと同様に、樹木の精霊を意味する記号を決めて描いていくのも良さそう、と提案してみた……んだけど、反応が鈍い。
「地図は機密情報の塊だから、一般にはあまり流布してない。それに情報はあっても、竜の巣の位置は載せてないし、他国への提供もしていない。あまりに危険で、要らぬ衝突を招くからだ」
父さんが補足してくれた。うーむ、言われてみれば、動けないんだから、馬鹿な連中を引き寄せないとも限らない。連樹みたいに社があれば別だろうけど、扱いは要注意だ。
「雲取様から話を伺うまで、何処に誰の縄張りが在るのかも知られてなかった位ですから。縄張りとしていない共通領域も結構あったりして、それを地の種族は知らなくても生活できていたと考えると、何でも公開すれば良いものでも無しですね」
そう話すと、皆も頷いてくれた。竜族と街エルフは不可侵として、距離を置いてきたのもあるし、樹木の精霊達との交流も、竜族とのソレとは結構変わりそうだ。
◇
「それでは、次は④追加の洗礼の儀の日程確定、ですね。こちらは少し間が空いて、十日後になります。これは魔導具障害の混乱と、ロングヒル側の受け入れ準備に時間がかかる為です」
ふむ。
「確か、第二演習場に一杯になる程でしたよね。身分も多様となると、身一つとは行かないし、滞在施設、セキュリティの確保だけでも、かなり面倒臭そう」
そう話したら、ジョージさんがその通りと頷いた。
「仲の悪い者達もいる、狙われる者も、狙う者もいる。この際だからと交流を広めようとする者も、ロングヒルで情報収集したい者もいるし、妖精族など、他の種族と交流したい者もいる。俺は、アキの護衛に限定しているが、それでも把握しておかないと不味い事も多い。ロングヒルの担当者達には頭の下がる思いだ」
そもそも、元気がいいと言えば聞こえがいいけど、反骨精神溢れると言うか、プライドが高いと言うか、肉食系の貪欲さがある、そんな方々ばかりを集めて体験させよう、と言うのだから、穏便に済ませるのは大変そうだ。
そこで、皆に、今後の事を考えて、洗礼の儀で、言葉に意思を載せて、少し忠告をしてみようかと提案してみた。纏まってるなら、話もしやすいし、僕が話したあとに、白岩様がくれば、念押しの効果も期待できるだろうと。
母さんが眉間を揉みながら、考えを口にした。
「誰かが話す必要があり、アキがそこで話せば、効果的と思うわ。ただ、加減が難しいわね。人数が多いから、護符を全員に持たせる訳にも行かない。竜神子達ですら、あまり聞かせると影響が大きそうだったわ」
リア姉も慎重論を口にした。
「研究組、調整組に協力して貰って、アキの言葉が、どの程度の影響がありそうか確認しておくのがいいんじゃないかな。きっと、口煩く警告されるね」
ちょっと想像してみたけど、確かに、少しは控えろ、影響を考えろ、と言われそうな未来しか思いつかない。
「でも、白岩様に話して貰ったんじゃ、趣旨が変わるし、それはシャーリス様でもそうだし、ニコラスさんやエリーが話しても微妙じゃない?」
「そりゃそうさ。あと、共和国での混乱からして、竜族に拡散タイプと言っても思念波を使わせるのは難しいんじゃないかな。と言うか、白岩様が降り立つまで、どれだけが残ってるか怪しいところだよ」
竜神子候補が大量に脱落したのを忘れないで、と言われて、納得した。
考えてみれば、全体を覆う障壁ありで、鈍感力がありそうな人達でも、退場者続出だった。一般レベルだとどうなるか、ちょっとイメージできないなぁ。
「そちらについては、エリザベス様に相談しましょう。ロングヒル市街での影響など、詳細を伺えるかと思います」
ケイティさんの提案に、皆もそれしかないかな、と納得した。この場にいる人達って、ウォルコットさんも含めて、一般とは言い難いからね。
◇
「最後は、⑤竜神子や支援者達への教育結果、になります。何とか先行の四名に近いレベルまで教育を終えました。話を聞く土台ができた状態と言えるでしょう。帰国後に神子を支える者達も選抜し、同様に教育を施し、同レベルに到達しています。魔導具障害の件もある為、伸びた滞在期間に追加で教える内容は本日の懇親会を踏まえて、決めていく予定となります」
ふむふむ。順調って感じだね。
「人族、鬼族、小鬼族で違いはありました? それと種族の違いはあっても、同じ竜神子として、仲間意識は育ったでしょうか?」
「森エルフやドワーフのように竜族の庇護下にある種族、街エルフのように遥か昔から争い続けた種族を除くと、他の種族は天空竜に関する知識は表層的なモノに留まり、遥か高空を飛翔する姿を見かけた程度という方までいるほどでした。それと、やはり、皆さん、白岩様と対面された事もあり、小さなプライドなど砕け散ったようです。交流も深まり、別の種族から見た視点、伝承についても披露し合い、理解も深まりました」
良し、良し。
「天空竜の前では、武力も魔力も意味はなく、ただ、言葉を交わすことにこそ価値がある。そのスタートラインに皆さんが立てただけでも安心しました。竜神子が竜と地の種族の仲介役であり、中立の立ち位置にある点はどうですか?」
そっちも合意できてて、相手への敬意と理解を持てば、後は些末なところかなー、って思うんだけど、ケイティさんの表情が曇ったのを見ると、残念、何か問題が出ているっぽい。
「竜神子の皆様は、頭では理解されているようですが、これまで生きてきた国、地域、人々との繋がりも深く、意識の切替が難しいと話されてます」
ふむ。
「国の代表としての意識が強い、なんて言いだすようなら、勘違いも甚だしい、単なる伝令であり、仲介者であって、国の使いですらない、と諭すところですけど、うーん、そこは割り切って貰うか、揉めそうなら、役に立つかはわかりませんけど、こちらに投げて貰えば、僕やリア姉のほうで仲裁する、とかでしょうか。白岩様と対面して、竜族が理性的で落ち着いて話の出来る相手、とは理解してるんですよね?」
その問いも含めて、リア姉が口を開いた。
「仲裁だけど、それこそ中立の立場で、双方それぞれに詳しい人なり竜なりの話も聞いて、心話をするって感じで行くしかないかな。そもそも、私だって、連合もそうだけど、連邦や帝国の文化、風習、歴史なんてよく知らないから、浅い理解で話を勘違いしかねないよ。あと、私も竜神子達とは何回か話をしてみたけど、いくら鈍感力があっても、怖いものは怖い、そこは理屈じゃない、と話してたよ。実際、私だって、やはり怖いと思う心はあるんだ」
あー、そういえば、リア姉も、雲取様のことをそこまで信用しきれない、とかそんな話をしてたね。
「僕達が脆弱なせいで、竜族も気楽に接することができなくて申し訳なく思うけど、そればっかりは解決は当面無理ですね。変化の術で、竜人化が進めば、だいぶ緩和されるとは思いますけど。……まぁ、その辺りは慣れて貰うしかなしでしょうか。仲間である、味方であるという意識が進めば、竜族に対しても心強いと思えるようにもなるでしょう」
今、話しても仕方のない事とわかってるので、皆もそこは深入りせず、議論を終えた。
これで取り敢えず、頭に入れておけ、と言われた件は話を聞いたから、後は懇親会だけ。
念の為、ケイティさんやベリルさんに話題に出そうな資料は持参して貰うことにしたら、後は着替えて、ちょっと身嗜みを整えたら、出発だ。
結局、時間はギリギリになって、鬼族の大使館まで向かう馬車の中でも、持参した資料を見ながら、ケイティさん、ベリルさんと意見交換をする羽目になった。
「もっとこう、ミア姉みたいに優雅に行きたいけど難しいね」
いつも資料に埋もれて、時間に追われてて、とボヤくと、お爺ちゃんが笑い出した。
「アキも若いのぉ。そんなもん、見えるところだけキリッとしておけば、語らぬ部分など、相手が勝手に補ってくれるもんじゃよ。見えないところでは、適度に手を抜く、メリハリが肝心じゃ」
いつもの、妖精さんのポーズをして、華奢でかわいい妖精さんでござい、っと決めたと思ったら、すぐに姿勢を崩して、腰をポンポンと叩いて、ずっとこんなことをやってたら疲れるじゃろ、とお道化てくれて、馬車の中が笑いに包まれた。
誤字・脱字の指摘、ありがとうございます。自分では気付けないので助かります。
樹木の精霊達、頭数は多くとも、独立独歩の精神、回りは全部競争相手、社会的な仕組みなどゼロに等しいと、やはり、実態を調査してみても、前途多難でした。
「妖精の道」がそうポンポンと生まれては消えている、なんてホラー要素はなくて幸いでしたね。ただ、発生頻度の少ない事象をどう捉えるか、再現するか、という話にもなるので悩ましいところです。
樹木の精霊達を探索するチームと、交流を深めるチームに分化していきそうですけど、こちらもまた、活動規模が増えるし、樹木の精霊の生息分布と、現状の国の範囲はきっとズレがあちこち出てくるし、こちらもまた問題山積でしょう。
次パートは、竜神子達との懇親会再び、です。
次回の投稿は、七月四日(日)二十一時五分です。




