13-25.竜神子達との懇親会、の前の情報整理(前編)
前回のあらすじ:ケイティさんとの心話も楽しく行えたんですけど、思ったより負担になってたようで、途中で終了となりました。幸い、寝て休めば治るそうで安心しました。(アキ視点)
「おはようございます、アキ様」
目が覚めると、そこにはいつも通りのケイティさんが笑みを浮かべていた。
ざっと観察してみるけど、昨日のような色濃い疲労感も抜けたようで、目にも力強さが戻ってる。
「おはようございます。疲れが取れたようで安心しました」
診察を受けたり、身支度をしたり、髪の手入れを手伝って貰ったりと、いつも通り。
普段と変わらないそんなやり取りが心配を搔き消してくれて心が穏やかになった。
机の上で丸くなってるトラ吉さんも、そんな僕達を横目で見ながら、大きく欠伸をしてる。
お爺ちゃんも、杖を握って背伸びをしたりして、元気そうだ。
「まだ、本調子とは言えませんが、この分でしたら、週一ペースで心話を行えそうです。魔方陣の改良が進めば、もう少し頻度を高めることもできると思います」
見た感じ、何もなさげだけど、どこか加減が悪いんだろうか?
「先ほどは本調子ではないと話しましたが、心身の不調という訳ではなく、心話をする心の整理ができていないのです」
「心の整理?」
はて? 心話にそんな話があったっけ?
そんな疑問が顔に出ていたようで、ケイティさんは困った顔をして教えてくれた。
「あまりにも密度の濃いやり取りをしたので、まだ、心話で交わした内容を表層的にしか理解できていないのです。思い返して、雑然とした記憶を整理しないと、魔方陣の改良にも繋げられませんから」
お仕事だと忘れてませんか? と目を覗き込まれてしまった。
ケイティさん、近い、近い!!!
「え、えっと、はい、お仕事でした。それで、今日は竜神子の皆さんとの懇親会でしたよね?」
そう話題を切り替えると、身支度を手伝ってくれたことからもわかるように、時間に余裕がないようで、スケジュール表を出してきた。
「懇親会は午後からですが、午前中に、新たに届いた情報を頭に入れて貰う必要があります」
「新たに、というと、探索チームからの報告とか?」
「それもありますが、連樹と世界樹の呼びかけに伴う影響や、追加実施の洗礼の儀や、竜神子達への教育結果に関する概要把握もあります」
示してくれた感じだと、それぞれ質疑応答を入れて十五分程度、懇親会に向けた身支度を考えると、朝食兼昼食も食べながらでないと間に合わないっぽい。これは気を引き締めていかないと大変だ。
◇
急ぎということで、居間に行くと、珍しく、父さん、母さん、それにリア姉が資料を手元に置いて、何やら意見を交わしていた。アイリーンさんが僕のために、チーズや野菜の載った香ばしいトーストや、野菜スープを用意してくれた。壁沿いに用意された椅子にはジョージさんだけでなく、ウォルコットさんやダニエルさんまで座ってる。机の端にはベリルさんが座って書記役としてスタンバイしてるし、シャンタールさんもケイティさんの支援役として資料セットの置かれた棚の近くに控えていた。
「お待たせしました。フルメンバーでやるような話でしたっけ?」
懇親会をやるよ、その前に近況を把握しておいてね、だけなら、関係者全員が集まる必要はないと思う。
僕の疑問には父さんが答えてくれた。
「集まった情報なんだが、中長期的には多くの分野に影響を与えることが考えられる。それだけに全員が認識を共有しておくことが重要と判断したんだ」
「なるほど」
まぁ、聞いてみないとわからないね。
ケイティさんがホワイトボードをひっくり返して、予め書いてある項目を示した。①呼びかけの影響(魔導具)、②呼びかけの影響(「死の大地」)、③樹木の精霊探索チームからの第一報、④追加の洗礼の儀の日程確定、⑤竜神子や支援者達への教育結果、とある。
なかなか多い。
「まずは「①呼びかけの影響(魔導具)」について報告します。連邦や帝国領の情報は届いてませんが、連合では最大一割程度の魔導具が何らかの被害を受けたようです。被害は稼働中のものに限定され、停止中、待機中の魔導具には影響は出ていません。それとロングヒルに滞在している鬼族、小鬼族に問い合わせたところ、彼らの所持する魔導具にも影響は出ていないとのことです。我々、共和国の魔導具も被害はゼロです」
ほぉ。思ったよりは被害は少ない……のかな? というか、領土から言っても偏りが出るのは位置関係じゃないよね。
「人類連合の魔導具だけ影響を受けた、というのは設計思想の問題でしょうか?」
僕の問いには、リア姉が答えてくれた。
「設計思想と品質だね。連邦は鬼族の使用に耐えるよう高負荷前提の設計だからか問題なし、帝国は技術力に見合った製造誤差を考慮した設計のおかげで問題なし、共和国はそもそも品質、性能共に他と一線を画してるから問題なし。品質もそこそこ、製造誤差への余裕が足りず、高負荷前提でもない連合用が、影響を最も大きく受けることになった、というのが現時点での見解さ」
あー、鬼族用は頑丈だから、小鬼族用は緩さを許容するから、街エルフ用は色々おかしいから、と。
「連合だけ貧乏籤を引いちゃった感じですね。それで一割って影響大きいですよね?」
そちらは、母さんが答えてくれた。
「三大勢力が停戦状態でなければ、真っ青になっていたところよ。幸い、物流、通信網は財閥系列だから影響なし。それ以外のところは、まともに動く魔導具を使って縮退運転してるわ。ロングヒルは共和国と同盟している関係で、共和国製の魔導具が他国より多く、影響は軽微ね」
一見すると問題なさげだけど、なんか地雷だらけに聞こえる。
「んー、それってニコラスさんが奔走してたり、国境沿いがきな臭くなったりしてます?」
その問いには、ジョージさんが答えてくれた。
「当たりだ。ニコラス大統領が緊急事態を宣言し、地域間の交流制限、不要不急の外出自粛を所属各国に要請した。連合に所属する国々は、それぞれの被害に応じて、活動制限を始めている。ロングヒルは幸い、通常運転といったところだが、物流網が生きていても、送り元が動いてなければ物は届かない。戦争に備えた備蓄はあるから困窮する事態にはならないが、竜神子達の帰国は少し延びるだろう」
ふむ。
「連邦、帝国の反応は?」
これは父さんが教えてくれた。
「どちらも、甚大な被害に対して理解を示し、必要があれば支援を行う旨を表明してくれた。また、帝国は、国境付近での活動を通常の半分まで控えてくれるそうだ」
さすがユリウス様。でも国内の反発も結構ありそう。
「竜神子達の国元が混乱しており、彼らの帰国が先延ばしになる、そうご理解ください。次は②呼びかけの影響(「死の大地」)です。――ホワイトボードに貼った時系列順の「死の大地」の観測写真をご覧ください」
ここが福慈様の魔力爆発があった時期、ここが呼びかけ後、と教えてくれた。衛星写真だからか解像度がかなり粗いんだけど、それまでの変化のサイクルに対して、福慈様の魔力爆発が起きた後は、「死の大地」の呪いが東寄りに遷移した感じ、そして呼びかけの後は、北東寄りに遷移して、全体が少し薄くなったように見える。
「呼びかけ後、北東方面は呪いの濃さが増してますが、全体としては数年単位で呪いが減ったと考えられます」
ん?
「減った、というと、これまではずっと増加傾向にあったと?」
「周期変動や偏りもあり、ずっとという訳ではありませんが、長期的に見ると右肩上がりの傾向がありました。それが今回、全域に対して一時間、呼びかけが届き続けたことで、空中に拡散しているような弱い呪いが、それに耐えられず浄化されたものと考えられます」
ある意味、想定通り、か。んー、それってどれくらいの効果があったんだろう?
「ケイティさん、浄化の術式って、規模は建物一つ、時間は十秒程度でしたっけ?」
「術者の力量にもよりますが、広範囲を対象とした術式ではその認識で合ってます。普通はもっと対象を絞って、呪われた物であるとか、生き物単体を対象としますが」
ふむふむ。
となると、今回の呼びかけは浄化術式そのものではないけれど、浄化術式相当の効果はあった訳だから、浄化術式何回分に相当するかざっくり計算できそうだね。範囲は十メートル立方、時間はシンプルに十秒として。「死の大地」は東西二百キロ、南北百キロ、高度一キロの領域とする。そうすると、術式と比べると横二万×縦一万×高さ百に相当するから、二とゼロが十個で、えーと二百億。あと一時間を十秒で割ると三百六十回だから、えーと、えーと、……七兆二千万回分か。
「ざっくり計算ですけど、通常の術者が行う浄化術式換算だと、今回の呼びかけは七兆二千万回分、福慈様の魔力爆発でも影響なしってことはない感じだから、両者合わせて十兆回とか、そんなレベルになりそうですね。それって、桁がズレててピンとこないんですけど、やっぱり物凄い事ですよね?」
広域に浄化効果を及ぼし続けた訳だから、「死の大地」全域に隙間なく一時間、浄化術式を放ったのと同じと看做せる、と話してみた。皆の反応をみると、その認識で合ってるようだ。
「その認識で合っています。それとアキ様。そもそも建物全体を浄化できるのは、高位の術者になります。術式としては戦術級です。街一つを対象とする場合でも戦略級、行使された事例自体が少ないことをお忘れなく」
まぁ、そうだよね。これまで聞いた通りだ。
「それで、「死の大地」全体の呪いがちょっと薄くなり、北東、つまり、連樹や世界樹のいる方面に対して、呪いが濃くなったとなると、それって、その方面からの攻勢に対して、守りを固めた、呪いの総意として、能動的に姿勢を改めたということでしょうか?」
地域としては関東地方全域にも匹敵する「死の大地」、その呪いは濃淡はあれども地域全体を覆っていて、なおかつ、それが他方面を薄くしてでも北東の呪いを濃くした、ってことは、全体が一つの意思で動いている、あるいは合議制かもしれないけど、総体としては同じ方向性に向く姿勢を示した、ってことだよね。呪いは集まると邪神、祟り神と呼ばれるというけど、ソレが通常モードでは対応できない、と判断したことを意味する。
僕の問いかけに対して、沈黙を破って、父さんが答えてくれた。
「「死の大地」の規模からすれば、高位魔導師が魔術を行使しようとも、大型帆船がその全火力を投射したとしても、規模が違い過ぎて、反応を引き出すことはなかったと思う。だが、今回の呼びかけは、呪い全体からすれば、僅かではあるが、それでも横面を張り倒されたくらいの影響はあったのだろう。呼びかけから二週間近く経過しているが、北東方面を重視する姿勢は変わっていない。そして、断言はできないが、呪いはある程度の規模の呪いの集合というよりは、全体として一つの巨大な呪い、災いと捉えるべきだろう」
やっぱりそうなるか。
「呪いが量にモノを言わせて、世界樹や連樹の方面に侵攻してくるとか?」
そうなったらヤバいけど、それは杞憂だったようだ。
「幸い、「死の大地」は四方を海に囲まれている。それに呪いは驚異ではあるが、情報収集をしたり、組織だった補給をしたりと、軍のように動く訳ではなく、あくまでも現象、その時の反応を示すだけだ。だから、近くを航行している船舶を排除しようと、火砕流のように呪いを流して襲う、といったことはあるだろうが、海を越えた地点まで呪いを伸ばし、そこに橋頭保を築いて、「死の大地」から補給を受けつつ、といった動きにはならない。……濃さを増した呪いの一部がなだれ落ちてくる光景なんて想像したくもないんだが」
地続きじゃなくて良かった。というか、呪いの挙動はまるで積もった雪みたいだ。雪と違って重力を無視して分布を見直してきたり、暖かくなっても溶けたりもしてくれないとか、厄介この上ない性質だらけだけど。
ダニエルさんが、現象、反応だ、という説明を聞いた時にちょっとだけ不満そうな顔をしたけど、神を信仰する神官さんからしたら、神も邪神も方向性が違うだけで、同じ系統の存在だから、大いなる意思を持つ信仰対象が、過去も未来もなく、ただ今に反応するだけ、と言われると、ムッとするところもあるんだろうね。
とはいえ、今すぐ溢れてこない、というのは朗報だ。あ、でも、年々増加してたとも言ってたね。
「えっと、その呪いなんですけど、増加傾向を示していたって話でしたよね? その場合、どれだけ蓄積されても、「死の大地」の上に積もるだけなんでしょうか? それとも高く積んだ土砂が崩れるように、量に応じて裾野を広げる、この場合だと海を越えて広がるんでしょうか?」
この問いにはリア姉が答えてくれた。
「魔力と同じで、強い力はそれに応じた範囲に影響を与える。だから、地脈から力を常に得て、呪いの規模を増し続けている以上、いつかは、「死の大地」から溢れることになると思う。これまでの試算では、それは何千年も先の話だったんだ」
「だった?」
「偏りなく循環しながら、規模を増していくという前提だったからね。ところが、今回、それが他を薄くしてでも全体の何割かの地域を厚くする挙動を起こした。となると、もっと早く溢れる可能性が出てくる」
リア姉の言葉が静かな室内に響いた。静けさが痛い。
「早くというと、百年後とか?」
「数十年かもしれないし、百年かもしれないし、もしかしたら二、三百年は先かもしれない。けれど、千年ってことはないと思う」
なるほど。これが人族だったなら、まだ時間があると考えるところと思う。だけど、街エルフからしたら、子供が生まれて成人になるくらいの短期間に起こる大災害ってことになる。切実な問題と言えるだろう。
「結果論ですけど、呼びかけをお願いしない方が良かったんでしょうか」
必要と思ったからお願いしたんだけど、災害のトリガーを引いたとなると申し訳ない気にはなる。
「福慈様の魔力爆発で、呪いの分布に変化が見られたんだから、溢れる流れは止まらなかったんじゃないかな。それに、呼びかけで多少ではあるけれど、呪いの総量を減らすこともできたんだから、トータルではプラスさ」
リア姉はそういって、軽く流してくれた。まぁ、気に病んでも仕方ないと割り切ろう。
「今すぐではありませんが、呪いが対岸の火事ではなくなる、その認識を持たれておけばよいかと思います。では、五分ほど休憩を入れて、次は③樹木の精霊探索チームの第一報について情報共有しましょう」
ケイティさんの宣言で、皆が一旦、姿勢を崩して、アイリーンさんからお茶を貰って一休みした。新しい情報を貰って少し意見交換しただけなのに、異様に濃い話をした気分だ。リラックスして次に備えよう。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
竜神子さん達との懇親会再び、の前に、集まってきた情報を頭に入れておくことになりました。情報だけ書いて、それが何を意味するのか書かなければサクサク話は進むんですけど、それだと意味不明になっちゃいますからね。なかなか時間軸が進みませんが、悩ましい話です。
世界樹&連樹による呼びかけ=浄化術式(簡易)なんですが、浄化術式を超バーゲンセールで一回十万円で発動させる換算とすると、10兆回✕10万円=1,000,000兆円。日本の国家予算は106兆円(2021年度)なので、ざっくり、日本の国家予算の1,000年分相当です。神と称されるだけの事はあると、代表達も痛感した事でしょう。
次回の投稿は、六月三十日(水)二十一時五分です。