13-23.ケイティとの心話(中編)
前回のあらすじ:樹木の精霊探索チームの報告がそろそろ届きそう、竜神子の皆さんとの二回目の懇親会も明後日行うことに、そして、ケイティさんとの心話を遂に試せることになりました。(アキ視点)
第二演習場に到着すると、既に紅竜さんと師匠、それに魔導医師の方々と思われる皆さんもいて、準備万端のようだ。森エルフとドワーフの技師もいるけど、確か共同開発をしてたと言う事だから、それで同席しているんだろう。
<今日は私が何かあれば対応するから安心していい>
紅竜さんが穏やかな声でそう告げた。
「もしもの時には、心話の接続相手をケイティから、紅竜様に切り替える必要があるが、そいつは心話魔法陣の方でできるから問題ないよ。けどね、今回は単なる情報交換じゃない。竜と人の心話にも繋がる大事な試験だ。起きた物事は研究者の視点で観察して、後でしっかり報告するんだ。いいね!」
「はい。紅竜様も何かありましたら宜しくお願いします」
<任せるがいい>
師匠も弟子の報告としてキッチリ確認するから、そのつもりでやれ、と釘を差してきたし、相手がケイティさんではあっても気を引き締めておこう。
とはいえ、今回は心話の内容迄は伝える必要もないから、気楽なものだけどね。
◇
ケイティさんが少し離れた位置に用意された目新しい魔方陣の中に入り、僕もいつものように心話魔方陣の中に移った。
と言っても、いつも通り、相手との接触までは魔方陣側でやってくれるので気が楽だ。
……と、気楽に構えていたんだけど、いつもと違って何も反応がない。
ないというのは言い過ぎかな。魔方陣の術式と繋がった感覚はあったから、魔方陣自体は起動している筈。
となると、当初聞いていた通り、負荷を最も抑える状態で開始なせいで、ケイティさんの心が僅かにしか感じ取れない状態なのだろう。
自身の心に向き合ってみても、あのケイティさんとの心話だー、っと心が浮ついてたのも確かで、寝る前のように、心の中を空っぽにして、静かに心を静めていってる状態に比べれば、自身の心が雑音になってる……のかもしれない。
心の中に浮かぶ思いを一つずつ片付けて、だんだん、心の中を空っぽに。
夜の静けさに耳を傾けるように、自分の心とは違う揺れに気を付けて。
静かに。
静かに。
――そうして、七分くらい心を静かにしていたら、微かにケイティさんの意識に触れた気がした。
おっ。
自身の心は十分に静かになっていてこれ以上は難しいから、そちらとの距離をちょっとずつ近付けていくと、だんだん、ケイティさんの意識に触れてる感覚が強くなってきた。曇りガラス越しみたいに、なんか精度がぼやけてるところはあるけれど、それでも、相手の意識がわからないほどじゃない。
昔、山登りをした時、父が取り出したFMラジオを回りに邪魔にならないようにボリュームを絞って、一生懸命、周波数のダイヤルを弄って、微かに聞こえてくる外国からの放送を聞いた、そんな経験を思い出して、心が温かくなった。
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。
<――ケイティさん、聞こえますか?>
心を澄まして待っていたけど、なんとなく、もうちょっと近付いても大丈夫、という思いが伝わってきた。
もう少し、もう少し。
近づけていくと、次の瞬間、ケイティさんの声が聞こえた。
<アキ様!>
僕とは逆に、ケイティさんの方は心を最大限、熱く燃やすように強く高めてる雰囲気だ。長続きせず疲れそうなので、慌てて返事をした。
<ケイティさん、繋がりました。その様子だと疲れちゃいそうですね。少し距離を詰めるので、その分、心を静めてください>
<――どうぞ>
それから少しやり取りをして、ケイティさんへの負担がそこそこ、無理に心を高めなくともよい塩梅になるまで調整を繰り返して、なんとか、安定したところを見出すことができた。
<僕のほうは、海外放送に耳を傾けて、小さな音にそれに集中して聞いてるイメージですけど、そちらはどうですか?>
<こちらは、見上げるような巨躯の穏やかな顔の相手、その者の内に秘めた強さに圧倒されてる感じです。竜族の方々とは印象が異なりますが、強い圧を感じているのは確かです>
なんと。
<僕のほうで、繋がったと告げる前から、もしかして、ケイティさんの方は僕の意識に触れてあれこれ感じ取れてました?>
<ゆっくりとうねる夜の海のような、どこまでも続く月夜のような静けさを強く感じました>
共に伝わってきたイメージからすると、ゆっくりではあるけれど人とは比べ物にならない膨大な力が秘められている、そんな感じで、なんか、同じ人間を相手にした時の例えじゃない。けど、ケイティさんはとても真面目に、自身の感じた事を伝えてくれていたのもわかり、それが心を落ち着かせてくれた。
<教わったように、自身の心が邪魔をするから、と心を静めてたから、それに触れても、感情とかは意識できなかったようですね。でも、僕のほうで意識できずとも、繋がった相手のほうでは認識できるのなら、一方通行でも想いを伝えるのに使えるかも>
ミア姉との心話だけど、もしかしたら、一方的ではあっても現状を伝えることができるかもしれない、そう思ったらわくわくしてきた。
<アキ様、もう少し心を静かに。それと、今使っている魔方陣はアキ様の圧を低減し、こちら側の圧を高める、そんな工夫を施しています。いくらミア様であっても、ミア様から高位存在に繋いだように自身で調整できるならともかく、アキ様の側から繋いで、ミア様自身が調整できなければ危うい事になりかねません>
こっそり試そうとしても駄目ですよ、と釘を刺された。伝わってきた感覚からすると、ドック入りしている大型帆船に自分から近づいて触れるのと、自身は身動きせず、大型帆船側が横方向推進装置を使って距離を詰めてくる場合の差、といった感じだ。前者ならそっと触るのも自在だけど、後者ならちょっとした力加減のミスでぺちゃんこだ。
うーん、そんなだとしたら確かに危うい。もっと経験を積んでからでないと。地球には心話に長けた魔導医師なんて人もいないんだから、どんな場合もミア姉に悪影響がでないよう慎重に事を進めないとね。
<ちょっと、言葉を使わずに心を触れ合わせてみましょう。竜の皆さんともやったんですけど、そっちの方が漠然とした思いとかは伝わる感じなんですよ>
<――そうですね。ではやってみましょう>
ケイティさんは僅かに躊躇したけど、それからしばらく言葉にせずに、心を触れ合わせてくれた。お姉さんが歳の離れた幼い妹に向けるような、目を離すとどこかに飛んでいきそうな子だと困りながらも慈しむような、そんな温かな気持ち。触れてるだけで心が癒される、そんな心地よさと安心感。まぁ、それとは別に、初々しい反応を返してくれる子を揶揄いたい、という稚気溢れる思いとか、喧騒を離れた田舎でのんびり館の管理をして暮らす話が、どうしてこうなったのやら、という戸惑いと、慌ただしくも刺激溢れる、けれど穏やかに繰り返される日々でもある、という現状への楽しみ、そんなものも感じられた。あと興味深かったのは、僕の事を、レアキャラ扱いしているようなところがあったことかな。レアキャラと思ったのは僕の感覚だけど、極めて稀で、これまでも、もしかしたら今後も会わないかも、なんて認識を持っている感じだった。
◇
<それでケイティさん、触れ合わせてみてどうでした?>
<――そうですね。言葉にせずとも多くの思いに触れることができる、興味深い体験でした。若々しい心と落ち着き、それと、脆さというか不安定さが奥にあるようにも思えました。あと、私に対しては、かなり嵩上げされた好意と信頼に溢れていて、少し心苦しく感じました>
むぅ。今は落ち着いてるけど、冬の間は心話ができないほど心が荒れてたし、不安定さがあるというのは仕方ないところと思う。だけど、いつもきっちりとした身なりで、スマートな仕草で、そっと僕の生活を支えてくれるケイティさんの綺麗さ、恰好良さと言ったら、もう、掛値なしで――
<アキ様、お願いですから、そのあたりで>
あぁ、いけない。心話で僕がイメージする「素敵なケイティさん」の記憶をばんばんと流していたら、これ以上は駄目っと頬を染めたケイティさんに止められてしまった。
<すみません、つい、本音が駄々洩れになってました>
<気を抜くとこれだからアキ様は……。ところでアキ様はどんなことを感じたのですか?>
露骨に話を切り替えてきたケイティさんの振舞いをずっと愛でたい気持ちを抑えて、先ほどまで触れて感じ取れた事をざっと列挙していってみた。勿論、曇りガラス越しのような精度の悪さがあって、これまでに聞いていた話なんかを元にだいぶ、僕のほうで補完したものと補足したんだけど、ケイティさんはとても驚いてた。
<そこまで伝わってしまうモノですか。竜族の方々との心話からある程度は覚悟してましたがそれほどとは……>
無遠慮に覗き込むような真似はしてませんよ、とフォローをして、それよりも聞いてみたいことを質問することにした。
<ところでケイティさん、僕の事を、超レアキャラ的な扱い、あー、えっと、こちらで言うなら、とっても珍しくて、これを逃したら二度と再会できないってくらい珍しい性格、みたいに捉えてるように思ったんですけど>
そう話を振ったら、ケイティさんは露骨に動揺した。といっても嫌がってる感じじゃない。あー、気付きますか~って程度。
<確かに、そのように認識してますが、理由を知りたいですか?>
<ぜひ!>
間髪入れず、話すようお願いすると、溜息をついたケイティさんは理由を教えてくれた。
<人の子供もそうですが、回りから可愛いと思われている子は、自身でもそれを認識して、その可愛さを武器にするでしょう? 自分の可愛さが通じる相手、可愛い仕草や言葉が通じる相手にそれを活かして、欲しいお菓子を貰ったり、いたずらしてもあまり怒られないように振る舞ったりと。ですから、アキ様くらいの歳であれば、自身の強みを理解して、それに相応しい振舞いを誰もが自然とするようになります。ですが、アキ様はアキとしてはまだ半年しか暮らしておらず、そういった経験を持たれてません。つまり、そのあたりに無頓着な幼子のように、アキ様は年相応の振舞いと初々しさを持たれている、普通に生きていればあり得ないバランスをお持ちなのです>
例えばと、女の子同士であれば、お互いに髪を結ってあげたり、嬉しい気持ちを伝えるために抱きしめたりと、スキンシップをするものであって、その程度であたふたするような事はありません。まぁ、好きな男の子を前にすれば、話は変わるでしょうけど、そんなものです、と教えてくれた。
むぅ。初々しいとはっきり言われると、なんか大きく負けた気がしてくる。
<それは、ケイティさんが狙った仕草で揶揄ってくるから、というのもあるでしょう?>
<それはありますけれど、私が似たようなことをしても、きっとエリザベス様は慌てたりなさらないですよ>
軽く想像してみたけど、確かにエリーなら、平然と受け止めて、貴女の忠節に感謝するわ、なーんて言ってさらりと流しそう。
なら、自分はそんな風に軽く流せるか、と言えば、そんなのは無理っ! だって、だって、知的で綺麗なお姉さんが好意をそっと示してくれて、触れ合う肌の熱さすら感じられちゃうんだよ!? というか、そんなシチュエーションにドキドキしないなんて、男じゃないよね。
ん?
なるほど。エリーやセイケンからは、男だったと言われてもイメージできない、なんて言われてがっかりしたものだったけど、ほらほら、ちゃんと男の子っぽい心もあるってことだよね。
<えー、アキ様? 思考が駄々洩れですけれど、人の性的嗜好は常に異性だけに固定されているとは限らないものですよ?>
歳を経て、人生経験を経て、相手との心の交流を経て、それらは揺れ動くのが普通なのです、とケイティさんが探索者時代に色々とみてきた記憶をほんの少し見せてくれたけれど、ちょっと触れただけで、丁重に共有対象から除外させて貰った。
いや、だって、漫画のような抽象的なイメージの人同士ならともかく、生々しい男同士で、心変わりしてないと弁明している男と、それを情念籠った眼差しで見ている男とか、あー、もう、とにかく、パスっ!!!
ケイティさんはそんな僕の醜態を見て、身悶えするようにクスクスと笑っていた。
さて、絵面は地味ですけど、第二演習場でケイティとの心話を始めました。かなり慎重な接触でしたが、もし、竜族相手のように接触していたら、ケイティ側の魔法陣がすぐに過剰負荷で機能をすぐに停止させていたことでしょう。
ケイティとの心話は、心話自体の技量はアキのほうが圧倒的に上ですけど、ケイティとて高名な魔導師、竜族のような初心者ではないので、それなりにやり取りもできています。
それに人生経験があまりにも違い過ぎますからね。アキもマコトの頃にあれこれ見聞きして、知らない訳ではありませんが、それは実経験を伴わない薄っぺらい知識であって、ケイティのそれとは比較になりません。そんな訳で、心話は単純な技量差だけでは語れない難しさがあるのでした。
次回の投稿は、六月二十三日(水)二十一時五分です。