13-21.こちらは良い人ばかり?
前回のあらすじ:エリーの二人の兄、アンディさん、エドさんと階段をして、最後に「探索者ガイド」という本を貸して貰えました。目次を見た感じ、結構面白そうで、お爺ちゃん共々、手に取れる日が楽しみです。(アキ視点)
エリーの二人のお兄さんも、活力に満ちた若者っぽく、場数を踏んでいるからか、年齢の割には落ち着いた雰囲気もあって、良い人達だった。
こちらに来てから、当たりの人としか会った事がないのは有り難い事と話したら、ケイティさんが軽く溜息をついた。
「アキ様も認識されている通り、予め、問題となりそうな方との不要な接触は排してますから。残念な方々であれば、追加で行う「洗礼の儀」で第二演習場が満員になるくらい見掛ける事もあるでしょう」
あの広さを埋める程のヒャッハーな方々ねぇ。あ、そっち系だけじゃないか。竜神子候補のような鈍感力を持たない多数派だから、きっと、性格も年齢も種族も多様なんだろう。
起きていられる時間も限られるから、無駄な時間を取られたくはないなー。
「追加の「洗礼の儀」は篩にかけるのが目的ですから、竜神子候補とも違い、アキ様は、竜神の巫女として、天空竜と彼らの間に立ち、儀式の司会をしていただく以上の事は求めません。ご安心ください」
表情から内心がバレてたようで、先に説明してくれた。
「竜神子候補ですら、種族や性別に偏見を持つような方々がいましたからね。予め、資料を配っても、先入観から認識が歪んでて意味がないでしょうし、竜神子候補より脆そうだし、匙加減が難しそう」
「緩和障壁を用意して、白岩様にはゆっくりと降りてきていただいて、限界を迎えた者達から順次、避難所に搬送すれば、何とかなるでしょう。場合によっては、一時、空中待機していただくといった工夫は必要かもしれません」
「なるほど。竜神子候補より人数も多くなるから、もしもに備えて、高度を変えて、他の竜にも警戒して貰うのはどうでしょう? 暴発対策には効果的と思いますけど。ロングヒル以外でも「洗礼の儀」を行うなら、妖精さん達の支援にも頼れませんから」
地球で千九百八十年代に起きたソビエト(現ロシア)によるアフガニスタン侵攻で、ソビエト軍の武装ヘリが二機でペアを組み、高度を下げた僚機を、上の機体が支援する事で生存率を高めるという運用をしてた例を話して、下方の竜が障壁を展開する事態になったら、上方の竜が反撃すれば、防御と反撃を同時にできる、と説明してみた。
……してみたんだけど、ケイティさんは額に手を当てて、わざわざ、頭が痛い、とポーズまで取って、駄目出ししてきた。
「アキ様、「洗礼の儀」の会場に集う者達は、予め、面接を行い、最低限の護身装備以外持たさず、儀式を執り行う天空竜も、降りてくる際に会場や参加者達を竜眼で観察して戴きます。その上で、更に別の竜を待機させるのは、明らかにやり過ぎです。そもそも、その話では、竜が二柱になってしまい、参加者の負担が跳ね上がってしまいます。あと、妖精の方々がこれまで参加されてきたのは、九分九厘、アキ様を護る為です。儀式に参加する竜神子を護るだけなら、普通に護衛を付けておけば問題ありません」
妖精の参加は、僕が魔力感知ができない分、反応が一手遅れる事を考慮しての特別対応であって、白岩様に妖精達が自己紹介するのも兼ねていた、とも教えてくれた。
むむむ。なるほど。
「――参加者に最低限の武装を持たせてるのって、何故なんでしょうか? 武装がなければ更に安全じゃありません?」
「それは、錯乱した馬鹿が凶行に及ぶ前に、参加者達が自身の手で、鎮圧する為です。大多数は正常な精神の持ち主である前提とすれば、問題行動を起こそうとした者を周囲が短時間で無力化する、と決めた方が被害を抑えられます。被害が無くとも、竜の手を借りて鎮圧するのと、我々だけで鎮圧するのでは意味は大きく異なります」
それもそうか。素手で暴れる人を鎮圧するなんてのはかなり大変だし、魔導師も杖がなければ魔術を使えず、不慣れな近接戦を強いられることになって意味がない。
「……となると、追加の「洗礼の儀」は地方開催を想定して問題点を洗い出す視点も必要って事ですね」
「可能性をゼロにはできませんが、近付ける事はできます。それに、ロングヒルで手順を確立できれば、連邦や帝国での開催もスムーズに行えるでしょう」
ケイティさんも、問題が起こる事を前提に考えているようだ。専門家にも聞いておこう。
「ジョージさんも同意見ですか?」
「概ね、その通りだ。俺達は「もしも」の為に備えている。その確率がどれだけ低くとも、起こる事を前提に、最悪の事態だけは避けようと対策を幾重にも重ねるんだ」
「最悪?」
「雲取様と初めて会った際にアキが気にしていた通り、竜が傷付く事だ。実際は傷付いて、地の種族への心象が悪化する事だな。穏やかな交流に水を差す真似は防がないと不味い。いつかは不幸が起こる事は避けられないだろうが、それをできる限り先送りするのが、俺達、セキュリティガードの仕事だ」
そう静かに話すジョージさんは流石プロって感じで安心できた。
「それとな、俺達の仕事と言うか、どんな仕事でもそうだが、要求を予算内で満たさなくてはならない。コイツが難題だ」
ジョージさんがここだけの話なんだが、って顔をした。
「予算は気にしなくていい、なんて話は物語の中だけ?」
「無い袖は振れないんだ。あと、アキは見慣れててピンとこないだろうが、妖精達は、誰もが一流の魔導師を超える実力者だ。そして一流の魔導師は歩兵一個小隊に匹敵する。つまり、物凄い金食い虫って事だ」
なんと!
「妖精さん達って、簡単に召喚できるから、その辺の感覚が希薄でした」
お爺ちゃんにお願いすれば、賢者さんを召喚して、召喚された賢者さんが大量召喚で、魔力一割の低コスト型召喚で、二十人くらいどーんとさらに喚んで、と数十秒で増えるお手軽さだったから、つい、コスト意識が無くなってた。
「一流の魔導師は大きな戦力であり、国家間を移動すると言う事は、軍隊の配備を変えるのと意味は同じだ。妖精達を何十人と召喚すると言うのは、千人規模の部隊をロングヒルに配備する事に等しい。俺も詳しくは聞かされていないが、対妖精の国の収支は結構な赤字らしい。物資や資金が直接動かず、帳簿処理だけで片付けているから表に出てこないだけ、と言う話だ」
それは知らなかった。でも、考えてみれば当たり前の話だよね。軍隊はとにかく金が掛かる。一流の専門家を最前線に送り込むためには、その人数の何十倍、何百倍と後方の兵站が必要なんて話もあるくらいだ。手軽に喚べても、ピンポイントに一日のスポット対応をして貰うとしても、千人規模の軍隊を派遣して軍事作戦に従事して貰う……まともに費用計算したらいくらになることやら。
「シャーリス様は気前良く派遣してくださり、細かい事は気にされず、割引交渉も気軽に応じていただけてますが、少しでも負債を減らす為に、妖精側からの要望には速やかに応えるよう、苦慮しているそうです」
そんな収支バランスになっていたとは驚いた。そこで、話が妖精さん達の内容になったからと、お爺ちゃんが割り込んできた。
「無利子、無担保、無期限、ある時払いの催促なし。深い信頼で繋がれ、必要に応じて誠意を示してくれれば、良い関係も保てるというものじゃな」
華奢で可愛らしい妖精さんって雰囲気でポーズまで決めて、お爺ちゃんはニッコリと満面の笑みを浮かべた。
勿論、中国のように「返済の罠」を仕掛けている訳ではないけど、返済限界を超えて借りてしまい、首が回らなくならないように気を付ける必要はあるだろうね。上限設定なしのクレジットカードみたいなモノで、便利に使えても、返済の義務はあるんだから。
◇
アンディさん、エドさんから借りた本「探索者ガイド」だけど、市販品なので、在庫があれば、それを取り寄せて、手書きのメモを書き写せば複製本完成となるとの事。そこで、複製本が届いたら、読書の時間を設けてもらうことになった。こちらに来てから、初めての読書と言う事で楽しみ。資料は沢山読んでるけれど、一冊の本として纏まった情報には、読み物として楽しませようと言う作者の心遣いが込められているからね。
それと、明日は、遂に、ケイティさんとの心話を試せるそうだ。待ち遠しかったと話したら、手を包み込んで、そっと耳打ちされた。
「こうするより、もっと触れ合えますね」
くすぐったい感触と吐息の温かさに、ミア姉との間では感じることのなかった生々しさを意識させられて、自分でもわかるくらい、顔が熱くなってしまった。
クスクスと肩を震わせてるケイティさんに文句を言おうとしたけど、そのままギュッと抱き締められて、囁かれた言葉で、僕の手が止まった。
「こうして抱きしめても、言葉を伝えても、心を触れ合わせる竜や妖精の方々程には届かず、もどかしかったです。……やっと私も届きます」
こうして抱き締めて、表情を見せないのは、ケイティさんの照れ隠しだと気付いて、僕の頭の中は真っ白になってしまった。
綺麗な年上のお姉さんが、ちらりと見せる照れた素顔、それは僕の心のど真ん中を撃ち抜いた。
今回は、こちらに来て、アキが会う人達に問題のある輩が含まれていない点について、ちょっと触れてみました。ケイティは予め排除していると話してますが、当然、国家元首を挿げ替えるなんて無理な話なので、三大勢力の代表達やロングヒルの王族達がまともなのは幸運だったと言えるでしょう。
まぁ、実際のところは、アキを通じて、武装ヘリに匹敵する何万という天空竜達に繋がってたり、一度に喚べるのが数十人程度ではあるもの妖精の国とも繋がってたり、人類連合の情報、物流網を担う財閥が支援してたり、膨大な数の殺戮人形を抱える街エルフ達の上層部と深い関係があったりと、細心の注意を払って扱わないとヤバすぎるからってのが大きいのも確かです。
ちなみに本文中でも述べている妖精さん達の派遣ですが、軽く計算するだけで、頭が痛くなってくるレベルです。
民間軍事会社換算でも、任務に就くと一日あたり五万円程度は貰えます。死と隣り合わせなので安いか、高いかというと悩ましいところですけど、とりあえずそれとして、一流の魔導師は一個小隊に匹敵するというところから、一個小隊=三十人と看做すと、妖精さん自身には一日百五十万円が支払われる、という話になります。そして、社員の手取りと会社に支払う金額が大きく異なるように、普通はその二倍から三倍は会社に支払います。でないと会社組織が維持できないし、会社としての支援、活動もできませんから。なので、二倍とすると、妖精さん一名あたり三百万円/日の予算が必要です。
で、洗礼の儀の際には、何十人と妖精を配してました。ざっと二十人とすると、合計六千万円/日。
あと、当然ですが、事前打ち合わせや訓練、召喚中、本体の安全を確保する、妖精の国側の要員配置なんてのもあるので、ざっくりと、全体としては、当日分の十倍程度は費用が必要とすると、合計六億円/日。
これに、普通の難度ではなく、天空竜が参加する難度ベリーハードを換算して、特別危険手当も上乗せ、なんて考えると、金額は更に倍くらい、十二億円/日はせめて欲しいとこでしょうか。
これで運用、人件費に関わる計算「だけ」は終了ですけど、妖精さん自身の能力を装備換算すると、全員が飛行ユニット装備、完全ステルス機能装備、魔力切れなしは宝珠を複数装備相当として、魔術の瞬間発動は特注の魔導具扱いですから、これらを装備品扱いで費用を見積もったら、先ほどの費用の五倍、十倍となっても「お安い」金額でしょう。
アキが「上限なしクレジットカード」と称してましたが、まさにその通りで、こんな額相当な連中をぽんぽんと数十秒で喚べてしまう、というのは、手軽さと費用の釣り合いが取れてなくて、実際、かなり怖い話と思います。
そんな物騒な話もありますが、アキは現在、思春期真っただ中、大変そうです。次パートは本編ラストでも語っている通り、ケイティとの心話のお試しになります。
次回の投稿は、六月十六日(水)二十一時五分です。




