2-25.新生活五日目④
前話のあらすじ:トラ吉さんをブラッシングしたのと、心話(会話を用いず、心を直接触れ合わせることで意思疎通させる魔術)についての話でした。
すみません、急用が入ったため、予定より早い時間に投稿しました。
午後の訓練は、投剣術を練習した。せいぜい三、四メートルといった程度の距離とはいえ、抜き打ちで瞬時に攻撃できるのは、サバイバル術としてみた時には重要な技だとのこと。
上手投げ、横投げ、下手投げ、鞘に入れた状態からの抜き打ち、それを左手、右手それぞれで。
距離も短、中、長距離と分けて行ったので結構、時間がかかった。
「ナイフが一本あれば、飢える心配はだいぶ減るからな。小動物や小鳥の数は多い。それに蛇を遠間から倒せるのもいい。毒を持つ種類もいるから近づきたくはないものだ」
ジョージさんの言葉はさすが、経験しているだけあって重みがある。
お手本と称して投げてくれた際も、とても自然な動作で、僕みたいに投げるぞって意識が感じられないくらい。
投げられたほうも、気が付いたら刺さっていた、というレベルじゃないだろうか。
「やはり、探索者として活動していた頃にも役立ちました?」
「弓矢は便利だが、やはり矢は消耗品だ。それに弓は常に出していると嵩張る。収納してあると瞬時に使えない。投剣なら回収できれば減らないし、そうそう壊れないし、すぐ放てる。一本手元にあるだけで安心できたものだ」
「基本はサバイバル用途なんですね」
「それはそうだ。せっかくの装備を投げて失う恐れがあり、有効打を与えるのも難しく、対人戦では、ほとんど役に立たない。そうそう何本も持ち歩ける物でもない。そもそも耐弾障壁がある相手に、単なる投擲は意味がない。かといって、中和術式の付与された短剣は高価過ぎる。まぁ、戦うならナイフは普通に使うことだ」
残念。手裏剣術の出番はこちらではないようだ。そもそも、海外でも投げナイフは娯楽であって、実用性のある、戦闘術という位置付けではないから仕方ない。
「探索者って、どんなお仕事なんですか? 名前からすると、何か決まった物を探すんでしょうか?」
「探索者とは、何かを持ち帰る仕事だ。それは知られていない地理的な情報であったり、畜産用途や観賞用の生物であったり、苗木であったり、種子ということもある。あるいは異国の書物や技術ということもある」
「やっぱり、男の子のなりたい職業の上位ですか?」
「人気はある。交易が始まれば商人の出番だが、それまでは探索者の活躍がなければ、どこに行けばいいのか、何に注意をすればいいのかすらわからないのだから」
「なるほど。凄いなぁ」
未知の領域を切り開くパイオニア。やっぱり凄いと思う。
「だが、夢見るところで悪いが、探索者の実際の仕事は地味だ。ひたすら怪我をしないように、争いを回避するように、隠れて、歩いて、記録を残す。その繰り返しだ」
僕のように、前のめりに興味を示す子は多いようで、苦笑しながら諭すジョージさんの態度も板についたものだ。
「それは地味そうですね」
「派手な立ち回りが続くようなら、その探索は失敗だ。兵士の仕事と同じだな。兵士と言えば、魔獣や敵兵との戦いにばかり目が向きがちだが、実際はひたすら歩いて、陣地を構築して、警戒をして、監視をするものだ。魔獣相手だって、相手の習性を利用して罠で殺害するもので、直接戦闘で倒すのは策が失敗した後の話だからな」
「やっぱり魔獣は強敵ですか? 竜みたいに」
「竜は別格過ぎて同列には語れない。探索者は少人数での行動が基本で、軍隊のように何百人単位で動くことはない。少人数で魔獣と戦うなら、罠は欠かせない。動いている相手に剣を突き立てることは難しいが、掘った穴の底に尖らせた杭を用意しておけば、落ちた相手は自重で勝手に串刺しになってくれて楽だ」
「罠って重要なんですね」
獣を狩る際に効果的なのは罠で、中でも踏むと足を半円形の歯が閉じて挟み込むトラバサミは、安価で効果的だとか聞いたことがある。挟まれれば足を引きちぎるしか脱出手段がなく、三本足になった獣はそうそう長くは生きられない。海外では毛皮採取目的で今でも良く使われているそうだけど、日本では誤って人が踏むと足に障害が残る問題もあって禁止されていたはず。
「罠は人の力を何十倍にも高めてくれる。獣の牙や爪は恐ろしいが、彼らの体格からしたら小さな武器だ。それに比べて、人は体に比べて不釣り合いに大きな武器を使える。槍のようにリーチも稼げる。そして、罠は殺気もなく、魔力の動きもなく、数多く設置すれば、その分だけ頭数を増やしたようなものだ。無論、罠を活かせる頭は欠かせないが」
「頭ですか」
「用意する手間もかかる。だから、相手に効果がある罠をできるだけ効率よく、できれば、少ない数を用いるのが望ましい。そのためには、事前準備が大切だ。戦闘の九割は事前準備で決まると言っていい」
なるほど。確かに罠を設置する場合も、獣の通り道を探して、踏みやすいところに設置すると聞いたことがある。なんとなく設置したんじゃ外れが多くて手間ばかりかかって駄目だろう。
「事前準備には、体を鍛えたり、技を磨いたりすることも含まれるけど、それは準備の一部に過ぎないって感じでしょうか」
「その通りだ」
そうだよね。自衛隊だって、銃を撃ったり、白兵戦の訓練をするのは全体の一部に過ぎなくて、様々な装備の使い方や、部隊として活動するための団体行動訓練とか、法令を学んだりと、座学も多いらしい。海外活動に備えて現地の言葉や風習を学んだりもするそうで、大変だ。
僕が考え込んでいると、ジョージさんは明日の講義について切り出した。
「明日からは、探索者の能力、活動について学んでいくことにしよう」
「それは楽しみです。地図の見方とか、野山の歩き方とかでしょうか?」
「それも含めてサバイバル術からだ」
「よろしくお願いします」
ついに来たか。でも、役立つ技術だし、ちょっと興味もあったから楽しみだ。
「……珍しいな、アキは」
「何がですか?」
「人気がないんだ、サバイバル術の講義は」
「えー、なんでですか? 限られた資源、助けの来ない事態、頼れる者なし、という過酷な状況下を、知恵と勇気と団結で乗り切るサバイバル物のお話は、男の子の聖典でしょう!?」
「……あちらではそうなのか」
ジョージさんが珍しく驚いた表情をしている。こちらでは違うんだろうか。
「はい。冒険物、サバイバル物、危機に立ち向かうスペクタル物など、漫画、小説、映画と表現方法は違えども、大人気ですよ。もうお話の中では毎年のように世界の危機です」
「そいつはなんとも物騒な、いや、あちらでは、それだけ世界が平和ということか」
「んー、そうかもしれませんね。安全な暮らしがあるからこそ、危険な状況を想像して心躍らせるのかも」
「だが、それでも、子供達が楽しく読める話があるのはいいな。アキ、少しずつでいい、話を教えてくれるか」
「もちろん、いいですよ。それなら、子供達が主人公のお話がいいですね」
「大人が主役じゃないのか」
それだと、ドキュメンタリー作品になってしまい、凄い人もいるなぁ、で終わってしまう。
「知恵も力も限られる子供だからこそ、話を聞く子供達も、自分がそうなったら、とドキドキしながら話を読むんですよ。もちろん、子供達は幼い年齢から大人の少し手前まで様々な年齢、性別、性格の子達が、なんらかの理由で、子供達だけで、困難に立ち向かう状況に陥るんです」
「ふむ。そうなると小鬼、いや、野犬程度でも厳しいな」
「野犬は群れるから、サバイバル物がパニックホラー物に変わりそうですね。こちらだとあまり子供達が纏めて長距離移動することはなさそうですから、例えば、地震や洪水で、子供達だけで留守番していた屋敷が孤立状態に陥ってしまうんです。幸い、水や食料は多少はあるけど、いつ救助がくるかわからない。屋敷の設備もあちこち壊れていて、食事を作るのも大変だ、という感じで」
「なるほど。外的脅威ではなく、生存すること自体を主目的とするのか」
「はい。自分達が生きていると外部に知らせなくてはいけない、そもそも皆は無事なんだろうか、どうやって食事を作ろう、と困難や不安は次々にやってくるので、それを子供達は誰の助けも借りず、自分達だけで解決していくんですよ」
「……いかん、このまま話を聞き続けてしまいそうだ。続きは明日にしようか」
「はい」
さて、どんな話にすればいいか。地球に固有の小道具は出さないようにしないと、こちらでの現実味がなくなるし、そのまま話せばいい訳ではないのが悩ましい。でもせっかくジョージさんも乗り気なのだし、こちらを知る機会にもなるから、ちょっと頑張ってみよう。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
次回の投稿は、六月二十七日(水)二十一時五分です。
今回はやっと、投剣術やサバイバル術、それと探索者の仕事についてジョージと話すことができました。語る必要のある話が多くて、話の進みが遅くすみません。1章と2章についてはショートバージョンを作ろうと思っています。無駄な話を書いてるつもりはないんですが、書籍の文字数で一冊分の粗筋ならこれくらいと考えた分量からすると、進みが遅過ぎるので……。